罪(前編)
タイトルに前編とありますが、深い意味はありません。罪とくれば~みたいな感じで話が続きますよとしているだけです。
「…彼女の――アウラの罪は……父、陛下に対して嘘を申したことです」
「嘘?嘘って何よっ!私は何も嘘なんて言っていないわっ!そうでしょう!?」
「「「…………」」」
殿下やニコライだけでなく、誰も彼女の言葉に反応を示さない。そんな中、殿下だけが小さな声で「すまない」と謝罪しました。
「ちょっと!ハイドリヒ様っ、こんな性悪の女に騙されないでくださいっ!お義父様もっ――」
それだけは言ってはいけない。
そう思った瞬間、私の体は無意識に動いていました。
「無礼者っ!!」
パァァン!と大きな音を立て、アウラ様の頬を叩いていました。
「……な、何すんのよ!!」
叩かれた頬を抑えて呆然としていたアウラ様はすぐに再起して猛然と掴みかかってこようとなさいました。ですが、それは陛下がお連れになっていた近衛の方々によって取り押さえられ、私に届くことはありませんでした。
「ちょっ、離しなさいっ!私にこんなことをしていいと思ってるのっ!?」
喚く彼女に対してもはや誰も手を差し伸べません。
取り巻き立った方々は別人のように豹変した彼女に恐怖を抱いておられるようです。
それ以前の問題で今彼女を助ければどんな人物であろうとも罪を免れることはできないでしょう。
「陛下そして殿下お目汚しをいたしました」
騒ぐ彼女のことなど見えていませんとばかりに優雅にお辞儀をすると、元の場所に戻っていく。殿下は呆気に取られたご様子でしたが、すぐに自分のすべきことを思い出し話を再開された。(当然、アウラ様にも私にも視線を向けることなく)
そこからはさながら殿下の独演会のように淡々とお声が会場に響き渡っていった。
「――先程陛下がおっしゃられた話からウェラー侯爵家令嬢ミラが私のことを一切異性として見ていなかったことが窺える。それならば、彼女がアウラに対して行っていた行動に不審な点が見受けられてしまう」
苦しそうに語る殿下の様子を私は祈るように見守る事しかできません。
彼女の罪を認めるということは、それに賛同した己の罪も認めるということ。身を切り裂くような辛さがあるでしょうが、それを避けていては良い王になどなれません。
(頑張ってください。あなたはきっと良き王になられるお方なのですから)
不敬だと取られかねない願い。それを抱くことしかできない卑小なる我が身が恨めしい…。
「苦言の数々は私に――この国の王太子に相応しい人物であるかを見定めるために必要だったこと。…それをとやかく言える筋合いは私は持ち合わせていない――が、最後に彼女がアウラを階段から突き落としたという点においては明らかに矛盾が生じている」
「――彼女自身が私に興味がないのに、恋敵を排除する必要があるだろうか?」
問い掛けるように発せられた言葉に返答はない。それでも、殿下は話し続ける。
「確かに、私たちはミラがアウラに対して厳しい言葉をかけている場面を何度も見てきた。だが、ミラが暴力に訴えたことは一度たりともなかった。…それなのに、アウラにうつつを抜かすあまりそんな大事なことに目がいなかった。――今更だが、ミラに一人の人間として謝りたい。申し訳なかった」
「「「申し訳ありませんでした!」」」
殿下の、ハイドリヒ様の謝罪に合わせそれまで沈黙を保っておられた取り巻きの方々も一斉に頭を下げられた。
ようやく報われたことに嬉しさが込み上げてくるのが抑えきれない。こんな時に限って表情を隠してくれるベールが取り払われているなんて…!咄嗟に手で顔を覆うが、おそらくは見られてしまっただろう。それがまた恥ずかしくて、小声で「ハイドリヒ様、ならびに他の方々の謝罪を受け入れます」と返すので精一杯だった。
この時、決して王太子殿下の謝罪として受け取ってはいけない。
陛下は彼女の矛盾点に関する説明においては王としての立場を強調されておられた。だけど、それは矛盾点の説明のみ。他についてはあくまで親が子に問うような形式を取っておられたのです。そして、殿下もそれを理解していたからこそ謝罪の時に『一人の人間として』とおっしゃったのだ。
つまり、これから先の謝罪は王太子ではなくあくまでもハイドリヒという個人が行うものであるとすることで国に不利益をもたらさないために。
ご立派な判断です。
元々誑かされなければ優秀なお方。この方が王になればきっとこの国は良い方向へと進んでいくことでしょう。
(……それをこの目で見ることができないのは、残念ですね)
「――以上のことから考えても、ミラが言っていた通りの状況だったと考える方が妥当である。つまりは、いつものように苦言を呈そうとし、それから逃げたアウラが自分で足を滑らせた……違いはあるか?」
アウラ様に問い掛けるのに、今までのような甘い表情はなされていない。あるのは為政者としての責任ある顔だけだった。
それに対して、彼女はどこまでも甘え、さらに図々しかった。
「た、たしかに、落とされたっていうのは言い過ぎたわっ!だけど、彼女がしつこく追ってこなければそもそも起きなかった事よ!」
ここまで追い詰められてなおそのセリフを吐けるとは…。彼女の図太さは見習いたいものだ。……まあ、実際に行動に移す段階になれば断固拒否するのは目に見えているけども。貴族の家に生まれた者の責務としてそんな恥知らずな行動はできない。
「そうよっ!…全部、全部あんたが悪いのよ!!」
「元々、あんたの魅力がなかったから、そんな姿になったんじゃない!あんたに魅力があれば父親だってそんなバカげたことはしなかったはずよ!それを人のせいにしてんじゃないわよ!!」
…彼女の言うことはもっともだ。確かに、私自身に魅力があれば父だってこんな真似はしなかっただろう。だが、それを彼女に言われる筋合いはない!
「何よその顔っ、私の顔でそんな顔をするんじゃないわよ!私の顔で何で悔しそうな顔をするのよっ!私は負け犬なんかじゃないわ!」
「…………傲慢な」
王妃様っ!?
喚き声がうるさくてハッキリと聞き取れたのは何人いたことか…。だが、私には確かに王妃様の声が届いていた。ただ、その言葉を向けられた張本人には届かなかったようですけれど…。
「よくも、よくも、よくもっ!私をこんな目に遭わせたわね!私を誰だと思ってんのよ!いずれはハイドリヒと結婚してこの国の女王になる女よっ、私から手を離しなさい!私を、私の美しい顔を傷つけたあの女をもっと悲惨な目に遭わせなさいよ!!」
「……はあ。まだ理解できていなかったのですか」
呆れもここまで来るとなんと表現するべきか…。
「何を――」
「あなたは三つ間違えています!」
ビシッと指を三本突き立ててやりました。王妃様は、「存在全てが間違ってたんじゃ…?」と首を傾げておられますが、私は何も見ておりませんので!
「一つ目は、あなたが女王になると言ったこと。――普通に考えればわかることですが、王というのは国の実権を握られるお方の総称。もしも、あなたがなるとすればそれは女王ではなく王妃でしょう」
女王ならば、結婚したのちに何らかの手段を用いて政治的実権を簒奪するという宣言にほかなりません。政治犯的思想をこんな公の場で、恐れ多くも陛下の御前で言い放つ度胸には脱帽させられます。
「二つ目は、そもそもあなたが現段階でハイドリヒ王太子殿下と結婚できる可能性はほぼゼロに等しいということ。……そもそも、婚約者候補ですらありませんからね?よくて愛人、愛妾といったところでしょうか」
何をもって殿下と結ばれることが出来ると思っていたのやら。大方、最大の障害である私を取り除けばあとはなんとでもなると思われていたのでしょうが…。
ハッ!甘々ですね。我が国の貴族を舐めないでいただきたいものですわ!
私などは所詮最もわかりやすい氷山の一角に過ぎません。王太子殿下の寵愛を果てには王妃の座を狙う有力貴族令嬢の中で最弱の私に勝ったところで何も事態は動きませんよ。何よりも陛下、それに王妃様がお認めになりませんと確信を持って言えます。
お二方がお認めにならない以上、なれても妾ぐらい。跡取りとなられるお子をお産みになられても教育などに立ち入れないのですから意味もありません。子を産めば誰かに飼い殺されるのがオチですね。
「三つ目……」
これは言うべきかどうか…。ここまでの騒ぎにならなければ言わなくてもよかったのですが、これほどの騒ぎになると言わざるを得ませんね。
本当は嫌なんですよ?でも、あなたは懲りないでしょうからハッキリ言います。
私は憐れむような視線を向けながら最後の一本を折り曲げました。
「――あなた、それほど美しいかしら?」
化けの皮――厚化粧が剥がれ落ちた顔は大層醜くなっていますが…。元の顔がそれほど美しくないのでしょうがありませんけど。
えっ?何で元の顔を知っているかって?
だって、顔が変わる呪いって言っても、それは素顔に変わるだけですもの。殿下の初恋、絵本の中の登場人物でもなければ何もしなくても美しいなんてそうそういませんよ?
この顔になってから毎朝整えるのが大変だったんですから。呪いのせいで誰かにメイクを施してもらうわけにもいかず、かと言ってベールで隠すからと適当な仕上がりにするなんて私のプライドが許しませんでしたから。
……ええ、本当に大変でした。
その私が言うのだから間違いありません。
「どちらかと言えば美しくないのでは?」
ハイドリヒの趣味を疑ってしまったほどに醜い顔だったので本物を見た時はあまりの化粧ぶりに驚いて声が大きく成ってしまったほどです。




