王に与えられた命
18時にも更新あるよ!
「それだけではない」
ニコライが項垂れたところで、陛下がお声をかけてくださいました。ニコライはのろのろと顔を上げ、陛下へと視線を移し、虚ろな瞳を向けるので私としてはすぐさま叱りつけたくなりましたが…。
「…ニコライよ。余はそなたに謝るべきなのかもしれん。余は、そなたから父とそして家族を奪ってしまったに等しい」
陛下がこれからおっしゃることは…、それを知ればニコライは壊れてしまうかもしれない。そして、それを支えてあげることはできない。
その想いが、私に彼を支えるべく伸ばす手を躊躇させる。
「――ウェラー侯爵が自害したのち、余はミラ嬢にある一つの命令を下したのだ」
それが告げられれば、私はもう――
「余が下した命令とは、ハイドリヒの妃を見定めるというものだ」
「父上…?一体、何を…?」
やはり、ハイドリヒ様には理解していただけていなかったのですね。
私の今までの努力はすべて無駄だった。そう悟れば、諦めていても哀しみが込み上げてくる。
「…わからぬか?」
陛下がお尋ねになられても、こればっかりはわからぬとハッキリと返されました。そんな殿下の疑問に答えたのは未だに主催の席から動いていなかった王妃様でした。
「――ハイドリヒ、あなたには失望いたしました」
言葉に込められた諦念と怒り、それを感じた殿下は驚いておられるようです。
ですが、そんなことで王妃様は手を緩めるつもりはないようです。
「そもそも、あなたはミラがそちらにいるアウラという少女にきつく当たっていたなどと申しておりますが、その必要があるとお思いですか?」
「……どういうことです?」
「……はぁ。本当に理解していない。いえ、理解しようとしていないのですね。そもそも、先程の話を聞けば彼女があなたの婚約者ではないことには気付いているでしょう。つまり、ミラにとってアウラは恋敵ではありません」
「…それはっ――」
「――恋敵でないのならば、ミラが冷たく当たっていた理由は何だと思いますか?初めから愛していない相手の、それも家同士の決めた婚約者ですらない相手ですよ。何のためにそんなことをしていたと?彼女は自分の素顔をあなたに晒すことすらできないというのに」
息子の言い分など聞くつもりはない。言外に示された態度は少なくとも王太子にするものではありません。
身分として王の妻と、次代の王とでは身分は後者の方が本来は上。それがわからぬ王妃様ではない以上、この場では身分ではなく家族としての問題にしようとしておられる。厳しく接しているように見えて、そのように殿下を守ろうとしている姿勢が王妃様の気高さと優しさを感じさせ、私だけでなく広場に集まっている方々に敬意を抱かせるのでした。
「ミラ嬢はウェラー侯爵亡きあと、当然のごとくお前の婚約者候補から外れた。しかし、ウェラー侯爵の死の真相を語る事が出来ない以上は彼女を候補から外す正当な理由はない。だからこそ、婚約者ではないと認識させながらも傍にいることでそのように見せていたのだ」
王妃様からお叱りを受け、考えようとしていた殿下やニコライを除けばあまり理解できていらっしゃらないご様子ですね。
「そうだ。ミラ嬢には婚約者であるかのように振る舞うことでお前が選んだ、あるいはお前に近づく女性が将来の王妃に相応しい人間かどうかを見極めてもらっていたのだ」
私が殿下の傍にいた理由がここで明らかになってしまいました。
「…幸か不幸か、彼女にはそれに相応しい力があったからな」
陛下の仰った言葉で数人が気付いたようです。少々ざわめきが起こりはじめました。
相応しい力――複雑ですが、それは事実。
常に殿下の意中の相手を知ることができた私にはそれぐらいしかできないのですから…。例え相手がどのような思惑を持っていようとも、殿下の心が移らなければ問題はない。
だからこそ、私の顔が変わればすぐさまその方に接触を図っていました。
(本当は辛かった。罪を犯してまで殿下と添い遂げることを願われた私が、そのような行動をしなければならないことは…。殿下の意中の相手が変わる度に、私ではない誰かを好きになる度に心に刃を突き立てられる気分だった)
「あれは今から1年ほど前か、お前が学院に入学して間もなき頃のことだった。いつものようにミラ嬢からお前の近況報告を受けていたところ、彼女の顔が変わった」
文字通り、顔が変わった。事情を知っておられる陛下の前で顔を隠すなどという無礼ができるはずもなく、常に素顔を晒しておりました。
あの時は陛下が急に怪訝な顔をなされたので殿下の意中の方が変わったと気付きました。――自分でも一度その場面を見ましたが、何とも表現しにくいものでしたから…。
その時の相手こそが、アウラ様でした。
「以降、お前は彼女だけを見て来たな。…今までだったら半月もしないうちに別の人間に心移りをしていたというのに。私はようやくお前が一人と決めた人物ができたのかと喜んだよ」
「……そして、陛下はミラに彼女と接するように命令を出しました。だというのに――」
王妃様が言い淀むのも無理はありません。
ハッキリ言って、彼女は今までの方とはあまりにも違いました。
殿下に対する彼女の行動は傍から見ても分かりやすいほどに貪欲でした。
そりゃあ、次の王位に付く方ですからね。別に、下心を持って接するのは悪いとは言いません。しかし、殿下に近付いておきながら彼女は他の方にも接するようになったのには驚きました。
「……殿下に関することで注意をする以前に彼女は手当たり次第の行動でした。ですから、特にきつく接さざるを得なかったのです」
仮にもこのまま王妃候補として上げられるようになれば、醜聞となりかねない。尻軽な王妃など誰が望むというのか…。
「ここまで言えばわかるであろう?ミラ嬢のどこに彼女を排する意味がある?そのようなことをしても意味などない」
「ですがっ!」
「ですが、何です?まさか、その娘が言っているならばすべて正しいとでも?」
「……ぐっ!」
「頭を冷やしなさい。その娘が神ならばわたくしもそれを認めたでしょうが、ただ権威と財力に吸い寄せられる虫がそのようなわけがないでしょう!」
「…………」
あまりにもキツイ言い方にとうとう殿下は黙ってしまわれました。
「王妃を見極めるという命令――余がその報酬に彼女に与えることにしていたのは、先代ウェラー侯爵の罪を許すこと。そして、家を離れて自由に暮らせる権利だ」
ただし……と話は続く。私は陛下からの温情とも呼べる処置に異議を唱えていた。
「ミラ嬢は先代ウェラー侯爵の罪については提案を受け入れた。…だが、もう一つについては訂正を求めた。――それは決してハイドリヒと会わないこと。お前が訪れないような僻地への移住を願い出たのだ」
「!?」
「先程も告げた通り、この決定はミラ嬢に希望を聞いた上で決めたこと。…わかるかハイドリヒよ?お前はミラ嬢が自分の婚約者としての地位を守るためにアウラ嬢に厳しく接していたと考えていたようだが、彼女は決してお前の傍にいないことを望んだのだ!!」
トドメを刺すような言葉が傷心の殿下に投げかけられたのでした。
辛かったのは自分を決して見てくれない相手の好きな人物を知れてしまうこと。別にミラ自身はハイドリヒを愛してはいませんが、それを見せつけられることで父の行為を死が無駄になったのではと心を痛めていました。