不幸の始まり
婚約破棄系バッドエンドを書いてみたくなったのでちょっと挑戦してみました。
「ミラ!貴様との婚約は今この時をもって破棄する!!」
国王主催の舞踏会、そこで突如として行われたのは王太子殿下ハイドリヒ様からの婚約破棄宣言でした。それを受け、私ことウェラー侯爵令嬢ミラはついにこの時が来てしまったという悲しみとそしてどこかホッとした思いが胸中を占めたのでした。
(いつか来るとわかっていた日が来ただけ。それなのに、嗚呼どうしてこんなに……苦しいの?)
そうです。私のような女が殿下と結婚できることなどないのはわかっているのです。確かに、家柄は良い私ですが、私にはどうしても他の方と比べると劣ってしまう欠点があるのですから。
「……ふんっ!どのような顔をしているのか見えないのが難点だが、そのふざけた態度もすべて婚約破棄の原因となっているということを理解すべきだな!」
どこか傲慢とも取られかねない口調で話す殿下に私はできることをせねばなりません。それが私が――いえ、ウェラー侯爵家が背負った業なのですから…。
覚悟を決め、殿下の顔を見据えながら一歩近づく。それだけでも体が震え、その場に崩れ落ちそうになるほどの緊張が支配するが、それをおくびにも出さず、決して緊張などしていないように見せねばならない。
「――ハイドリヒ様……いえ、もはや私にそのように呼ぶ資格はありませんね」
むしろ今まで読んでいたのがなんと恥知らずな行為だったことか…!
「王太子殿下、僭越ながら一言申し上げさせていただきます。…失礼とは思いますが、私はいち貴族、また臣下として間違いを訂正せねばなりません。……私は、決してあなた様の婚約者などではありません。確かに我がウェラー侯爵家がその地位を欲していたことは否定はいたしませんが、それは先代当主である父が描いた妄想。…事実、王家と侯爵家に婚姻関係はありません」
「……何?」
私の言葉が信じられないのか、一段高い場所から舞踏会を見ておられる陛下へと視線が向けられる。息子である殿下の視線を受けられた陛下は私の言葉を肯定するようにゆっくり、それでいて威厳をもって頷かれました。
その表情はどこか物憂げであり、周りからは王太子殿下への失望だと取られたかもしれません。
ですが、私だけはその悲しみの意味が分かってしまいます。
(陛下っ!陛下がそのようなお顔をなされないでくださいっ!すべては、私が悪いのですっ)
叫びだしたくなる衝動を抑えるので精一杯の私。こんな時は表情を見られないことが嬉しく思えてしまう卑怯な私。
「だ、だがっ、例え婚約の事実がなかろうとも貴様の罪は消えたりはしないっ!!」
恥を隠すように大声を上げる殿下。……そうです。私の罪は決して消えたりはいたしません。
「貴様は、その身分をかさに着て我が友であるアウラに暴言を吐くだけに飽き足らず、つい先日には被害を与えたっ!!」
アウラ――その名を聞いて私の心はちくりと痛みを感じる。
おかしいですね。もはやそんなものを感じれないほどにボロボロだというのに…。
彼女は平民でありながら、王立学校に優秀な成績で入学し瞬く間にその才能を発揮した才媛。それでいて人柄もよく、誰にでも優しい彼女の周りには彼女を慕う方々が多く集まっている。
そして、彼女に対して厳しく接する私の姿もまたよく見かけられる行動ではある。
「……殿下、それについては既に弁解をいたしました通りでございます」
「その話は何度も聞いたっ!貴様はこう言いたいのだろうっ、アウラが身分を弁えずに高位貴族たちと交友を持っているのを窘めただけ、被害についてはいつものように注意をしようとして彼女が逃げたゆえに起きた事故だとっ!」
「事実その通りなのですからそれ以外もうしようがありません」
アウラと呼ばれる少女の光に吸い寄せられるのはわかる。だからと言って尊き身分の方々が一人の少女にそれも従者すらつけずに接触をするというのは些かを通り越して問題となるべきである。彼らには家が定めたとはいえ、将来を決められた婚約者がおられるというのに。
婚約者の方々が暴走しないように私が代表して注意を促さなければ、彼女はもっと酷い目に遭っていた可能性が大いにある。
あまりに厳しく接しすぎたことが原因で避けられるようになり、その際階段から足を踏み外したのは申し訳なかったが、彼女が殿下に選ばれたのならば避けては通れないことなのだ。
「嘘よっ!私はミラ様に突き落とされたのです!!」
話を聞いた周囲からどよめきが上がるよりも早く声を上げたのは、話題に上がっていた少女だった。
彼女は殿下にすり寄り、あざとい上目づかいで必死に訴えます。その姿は同性の私から見ても庇護欲をそそる光景。女性に免疫のない殿下たちではこれに抗うのは難しいでしょう。
事実、殿下は誰から見てもわかるほどに鼻の下をお伸ばしになり殿下と共に囲んでいた方々は嫉妬を向けておられます。
「どうだっ!アウラがこう言っておるのだ!言い逃れようなどあるまい!」
何を勝ち誇っておられるのやら…。呆れて物が言えないとはまさにこのこと。
あまりに呆れていたがゆえに私は最も重視すべき点に注意を怠ってしまった。
「貴様のことはずっと気に食わなかったのだ!特に、初めて会った時から王族である余に素顔を晒さないその態度になっ!」
殿下はそう言って、私が常に顔を隠しているベールに手を掛けました。
「っ!!…で、殿下おやめくださ――」
「――その性悪の素顔!醜い顔を白日の下に晒すがいいっ!!」
慌てて抑えようと手を伸ばすも間に合わず、無情にも剥ぎ取られたベールが床に落ち、私の素顔が衆目の眼に晒されることになってしまいました。幼少時からずっと隠し続けてきたウェラー侯爵家の罪と共に。――それもよりにもよって最も隠し通したいと願っていた殿下の手で。
「「「…なっ!?」」」
絶句。その言葉が会場を支配し、すべての視線が私の顔に注目しているのが手に取るようにわかってしまう。
それはそうだろう。幼き頃より素顔を晒さず過ごしてきた令嬢の顔が明らかになったのだ。それを見ようと思うのは人間の性とも呼べる。
噂では酷いやけどを負っている、あまりにも醜くてその顔を晒すべきではないとされた、他国の要人の血が混ざっており素性を明かせない――あるいは呪われている。そう言われ続けてきたのは知っている。
事実、私の顔は呪われている。
私は絶望を抱き、この会場で唯一事情を知る国王夫妻は嘆き、王妃様はあまりの悲しみに目を逸らした。
万人が何らかの感情を抱きこの顔を見る中、私の正面におられる方々のショックはいかほどのものか…。それを推し量ることなどできようはずがない。だが、彼らが衝撃を受けているのは間違いない。
当たり前だ。
今まさに断罪をしようとしていた者が、その顔が――自分たちの愛する女性と同じ顔をしているのだから。
――そう、私の顔は彼らが愛してやまないアウラという少女と瓜二つ。いや、まったく同じなのだから。