1 友人
今気付きました。
40000文字以内という字数制限を、4000文字以内と一桁間違えて数えてました(´・ω・`)
この話は切りの良いところで区切ったので少なめです。
流れてくる空気が強く、声が籠っているように聞こえる。 風に煽られて一回転すると、巨大な石の扉はすでに閉じていて、すぅっと青い空の空気に消えていった。体は止まらずクルクルと錐揉みに回りながら落ちて行く。耳元では風のなる音が聞こえ、眼前には着実に地面が近づいてきていた。
恐怖の余り目を硬くつぶると、風に強く煽られさらにクルクルと体が回っていく。体の奥に、頭が痺れに似た言い知れぬ恐怖が湧いてきた。 固く眼を閉じていても、地面が迫ってくるのが分かる。想像の中で加速していく。彼は思わず息を止めた。
一秒――二秒――………。頭の中で地面がさらに勢いを増して近づいてくる。五秒――六秒………。もう、頭の中では透は地面に激突して終わってしまっていた。体中に寒気と震えが走る。十秒――十一秒………変だ。地面が遠すぎる。まだ落下しているのだろうか。目を開けるのが怖い。開けた瞬間に死んでしまうと思うと、目を閉じていた方が怖くないような気がした。
数秒後、背中が段々と鈍い痛みを覚え始めた時、体中に感じていた風は幻覚だった事に気がついた。
「ッは!」
飛び起きて辺りを見渡してみると、周り十メートル程先で急に霧が濃くなっていて先が見えない。自分が落下中だと思って倒れていた所には、芝生のように生い茂る雑草の間に石ころが疎らに転がっていた。
痛みの原因はこの石ころのようだ。
「なんだ……石ころか」
「……ぁっぁぁっぁぁああ!」
「――あ」
ほっと一安心した所で、不意に少年の叫び声がした。驚いて、周囲を見渡したのち、はっとして顔を上げる。見上げる遠くから何かが降ってきていた。 それは、五十メートル程先のところで減速しだし、三メートル程、減速の余裕を残して、ゆっくりと降りてきた。茫然と透がこの不思議な光景を見つめていると、彼から少し離れた場所に、静かにうつ伏せになって着地する。
「……。由久か?」
透の声に気付いて、ピクリと倒れている少年が反応する。
金髪に、少し長めの髪型。その姿に、透は見覚えがある。ここに来る理由に一つになった散々遊んでいたゲーム。そこで良く使っていた彼のキャラクターだった。全くそのままというわけでもなく、印象は由久よりになっていた。
「元の凛々しくも可愛らしさというものが混じった愛嬌のある顔が、目つきだけでこうも印象変わるんだね」
「……。」
腕を組んで顎に手をやる透は、興味深げにじろじろと由久を観察しながらしゃべる。起き上がった彼は、透の姿を見るなり眉間に深く皺を寄せた。
「いや、顔の骨格も由久よりか」
「……お前は全くと言っていいほど、見る影なしだな」
透が由久を観るのと同じように、立ちあがった彼が脚先から頭のてっぺんを眼で何往復か追いつつ、口元を歪ませる。透は「そりゃぁ、ねぇ?」と自虐気味に笑う。
「問答無用でやられたからね。無理矢理、キャラクター生成をされた後、さよならの一言もなしに大空へ『ぽいっ』だよ」
「……。……なるほど、そういうことか」
愚痴に対する同意の意見を聞きたい透が彼の相槌を待っていると、由久は少しの間を置いてあきらめがついた、もしくは納得するかのように頷いた。
「? 何が――」
彼の頭の上に、クエッションマークが「ポンッ」と出現した。
「仁山から借りたゲームデータを使っているだけだと思っていたから、お前にそんな趣味があるとは思わなかったよ」
「は?」
両手を上げて、渇いた笑いをする由久の意図が分からない透が、訝しそうな顔をして聞き返す。彼は答えない。腕を組んで首を傾げる透の頭上には、クエッションマークが増える一方である。その様子を見て「器用なまねをするものだな」と由久が呟く。
答える気がないと察した透は、「えー」と非難がましく唸りながら考え込んだ。
「なぁ……」
暫くして、頭上のマークが五つ目になったところで、透が降参するように口を開く。それを遮るように由久が、人差し指をクルリと回し、「一回転してみろ」と付け足しながら答えた。
要領を得ない問答に、晴れて透の頭上に六つ目のマークが輪になって躍る。彼は「それで分かるだろう」と有無を言わさないつもりだ。
「わっかんねぇな……」
納得しないと不服に呟きつつ、透が渋々と体勢を整える。由久は黙ってそれを見据える。
「ほっ――わっぷ!?」
短い掛け声と共に、飛びつつ一回転した透は、着地と共に勢いに乗った髪が顔を叩いた。
「痛った!?」
「どうだ?」
「いや、どう――」
顔にかかった髪を整えつつ訝しげに由久を見た透だったが、途端に彼の視線は摘んだ指先に釘付けになった。
その髪は、鬘を被っている様に長かった。
「……俺に会うまで、良く気付かなかったな」
みるみる顔を青く染めて行く透に、それまで内心疑い深げに観察していた由久が、はぁっとため息をついた。この様子ではおそらく……、という答えにたどり着いたのだろうが、落胆の色は隠せない。
一方の透は、彼のそんな調子を気付けるわけもなく、髪先を注視した視線は、自分の体をまさぐりながら確かめるように自分を見つめ、その目は、信じられない、と言ったものから、恐怖と絶望の色に塗りつぶされていく。
「――透」
そこへ由久が、彼の名を読んだ。
自分の胸元を弄って「や、やわらかい……?」と泣きそうに震える声で呟いていたところだった。酷く遠くで聞える様な気がした透は、ビクリと体を揺らし、それから恐る恐る顔を上げる。由久は変わらず、彼の目の前に居る。――そう、今にも崩れて消えそうな透へ、最後の一撃を食らわす戦車砲を携えて……。
「ご愁傷様、夜茂木沢君。今日から晴れて赤の他人だ」
透は、色のない顔で由久を見つめる。彼は今まで見たことのない、素晴らしい笑顔で応えた。