知らぬ生徒の時限爆弾
サブタイトルはシャレのつもりです。深く考えないでください。
構造物としての爆弾ではありません。抽象化された意味合いでの爆弾です。通報はしないでくださいね? この手の爆弾は警察に処理できません。
いつものようにゲーム機を引っ張り出して準備をしている最中、そういえばさぁ、と由久が何気なく口を開いた。 彼は丁度、下校途中で買ってきた菓子を台所から拝借してきた大皿に移すという作業をしていた。
「今日、泊まるわけだが、何か食べ物あるのか?」
「へ?」
ゲーム機のコントローラーを探していた透は、由久の唐突な発言の不意打ちに、気の抜けたような返事を返した。
「今日泊まってくの?」
「――言わなかったか?」
驚いて口を開く透に、由久が若干声を低めて聞き返した。一瞬固まり、口元だけ妙にひんまがった笑いになりながら、いやいや、と首を振る。
「……そんなの聞いてない」
「いや、この前話したはずだが? 普通に大丈夫だっていってただろう」
覚えが無い透はいよいよ眉間にしわを寄せた。
「……いつの話だよ」
「あ~……――まだ一週間も経ってないはずだ」
由久がカレンダーを見つつ答える。机の方へコントローラーを探し求めていくと、大きな水色の封筒のことを思い出すと共に透は頷き始めた。
「ああ、言ってたな~、そういえば」
数日分の新聞の下にあった見覚えのない封筒を手に取ると、その下にコントローラーがあった。 忘れっぽい透の様子にゲーム機の準備を一通り終わった松之介は苦笑いを浮かべた。ゲーム機の準備は、あとはコントローラーとソフト、電源を入れるくらいだった。
「晩御飯か……。今、何もないんだよな……」
「んじゃ、腹減ったらコンビニか、ファミレスってことで」
透が沈んだ声で呟くと、菓子の袋をくしゃくしゃと丸めながら由久が言った。 「コントローラーあったよ」と透が松之介に放り投げてよこすと、不意を突かれたのか、松之介は危なっかしく受け取った。 返事代わりに、「あぶねぇよ馬鹿」と怒られる――が、当の本人は、手に取った封筒を開けている真っ最中だった。
コントローラーも見つかったことで、二人とも早速ゲームの電源を入れてやり始めようとしたところ、透は思わず、うわぁ、とため息にも似た声を出した。
「……ちょっと先やってて」
透が封筒から引っ張り出した二~三枚の紙を眺めつつ言った。
「なんだそれ?」
「……赤点者の課題だってさ」
松之介の問いかけに、透が苦々しく答えた。
「ご丁寧に郵送してきてくれましたよ、あの先生」
はっと皮肉ぶった笑いをしながら透はプリントを机の上に投げ出した。中身は現代国語の漢字や作文と言った内容だった。
「そういえば、現国の教師、一週間前からインフルで休んでんだけ?」
由久が腕を組んで、中空に眼を泳がせながら思い出すように言う。「ああ、そうだよ」と透が頷いた。
「三日前、呼び出しのはずだったんだけど、先生居ないからって取り消されたんだよね。ラッキーだと思ったんだけどなぁ」
ため息をする彼を見て、松之介が「おかしくね?」と首をひねらせた。
「お前、ギリで赤点回避したんじゃなかったか?」
「その筈だったんだけどね」
透は表情を曇らせた。
「……提出不備だってさ。いつだったか、俺がバイトで無理して寝込んだ時、課題出たらしいんだけど」
濁り口調からして、二人は大体察しがついた。
「その課題、気付かないままで放置してたのか」
「ポストに突っ込まれてたんだけど、新聞と一緒に捨ててしまったっぽい」
「……アホだ。ここに阿呆が居る」
由久がオーバーなリアクションを取ると、透が眉間に皺を寄せて睨んだ。
「うっさいな由久。由久うざい」
「なんか語呂良いな、それ」
松之介が、ははっと笑いながら「まぁでも」と話の切り替えるように言葉をつづけた。
「別にそれ、今すぐじゃなくてもよくね? それより、さっさとゲームの続きをやりたいんだが」
松之介の家は二人とは違い、門限などがあり少し厳しいところがある。少しでも時間はつぶしたくないという習慣は今も健在だったようだ。
――あれ? じゃぁ、なんで部屋に泊まれるんだ?
ふと疑問に思ったが、すぐに考えるのを止めて、課題のプリントの方へ意識を移動させた。松之介の家のことなど、気にしたところで透には何もできないことは明白だった。もしかしたら、途中で帰るつもりなのかもしれない。
「すまない。こいつ期限が明日までという鬼畜仕様なんだけど」
透が肩を竦めて言うと、そばに置いてあった封筒を手に取った由久が大きくため息をついた。
「……届いた日付、二日前じゃねぇか」
「――すまない。どうやら私は、二日前、この家にいた記憶がないんだが」
演技じみた言い方で片手で顔を抑えながら、透が言った。確かに、透は親に呼び出されて学校帰りに実家にそのまま帰ったので、二日前は居なかった。 昨日は実家から学校へ行った後、放課後はそのままバイト先へ行っていたので、家に帰ってきた時は、すぐに就寝してしまったので、ポストの中身は一度も確認していない。
「担任の先生も、なんで一言言ってくれないかなぁ……」
「どうせお前、寝不足とかで聞き流してたんじゃねぇの?」
「……かもしれん」
松之介の疑わしげな眼に、透は腕を組んで真剣な表情で頷いた。松之介が、どうにもならないと言った表情でため息を吐いた。
「ヨル。先にやってるけど……」
由久がテレビから視線を外して、こちらを向く。透は丁度、鞄の中から筆箱を取り出していたところだった。
「別にいいよな?」
「ん。やっててかまわない」
透はちらりとテレビの方を見て頷くと、再び課題に視線を戻した。
――しばらくして。
彼はため息をつく。二人はゲームをしていて、透の課題は今、作文を残して全て終わらせたところだった。 透も今すぐゲームをやりたい衝動に駆られる。二人は今、長々と道具の準備をしているところで、街から一旦ダンジョンに入れば、引き返すまで透は参加できない。
だが……。透は視線を手元の課題へと落とした。
「……はぁ」
透は、作文が苦手だ。適当なセリフや小芝居は、あれよあれよと浮かんでくるのに、こういう真面目腐ったものを真剣に取り組むと言うのが苦手なのである。 作文の書き込み欄を見つめる彼の目は虚ろに、生気の失われた絶望の色で濁っている。いつの間にか口元から居なくなっていた煎餅を机の下に見つけると、拾い上げて軽く叩きながらまた咥えた。