36 棘金蛇竜‐ペンヌラドゥ‐
8ヶ月も間が開いてしまいました。申し訳ありません。
言い訳させていただきますと、就職したものの、深夜まで残業の毎日でした。で、食中毒で大腸炎になってしまい、長期のお休みを貰ったので、執筆する時間が出来たと言うところです。
非常に遅れてしまい、すみませんでした!
※粗筋※
街の防衛イベント→予想よりも早い突然の襲撃→透が、竜に初撃で攫われ、気を失う→一方、その頃……。(new!)
予想よりもはるかに速い襲撃。混乱する街には警鐘が鳴り響く中、次々と竜が飛来する。抗い飛び交う怒号も、竜の恐ろしい咆哮と共に、絶叫、断末魔と街が瓦礫に変わっていく轟音に掻き消される。準備の最中だった北西門前は、戦場になっていた。
由久、松之介、スティルの三人は、北西門通りと表通りが交わる広場に居た。待機する松之介と由久は、待機時間を利用してジェイス・アレストから魔物との戦い方の手解きを受けていた。
そんな中、突如として上から聞えてきた雄叫びに、街の中心地の方へ飛んでいく竜を見上げ、地響きにはっとして北西門の方へ振り向いた。スティルだけ、怪訝な面持ちで竜を見上げていた。
「――あれは……」
スティルは、竜の前足に何かが掴まれているのが見えたのだ。中止している内、それが透である事に気付く。
ひょろひょろとした細い体に大きな翼を広げて瞬く間に直上を飛び去った竜は、直後、役所付近の高層建築群の合間から放たれた青白い魔法の輝きが竜の頭を貫いたかと思うと、次々と魔法が直撃し、氷に覆われた竜は『役所参り』付近へ揉みくちゃになって堕ちて行った。少し遅れて、轟音と土煙が舞い上がる。
「アレストさん! 俺たちも急ごう!」
松之介がジェイスに向かって叫んだ。その声に我に返ったのか、周りの人間も北西門の方へ走り出した。
「駄目だ! ――そこのお前達もだ!」
由久も駈け出そうかとした時、ジェイスが怒鳴って止めた。振り返った由久が反論しようと口を開きかけたところで、手で止める。彼は周りにも聞えるように呼びかけた。
「今すぐは駄目だ! すぐに宿から、残りの団員が飛び出してくる。それに合わせて行くんだ。ここに居る人間だけ先に行っても被害が増える」
ジェイスの言ったことは間違いではなかった。事実、広場周辺には、襲撃に向けて動きを覚えるために、監督役のリシア兵団の団員が三人と、新人が七人集まっていた。
「こっちに降ってくるぞ!」
誰かが咄嗟に叫んだ。茫然としている者、既に武器を手に取り迎撃しようと構える者も、彼の声で一斉に空を見上げ――突然の黒い暴風が彼らを吹き飛ばした。
それに続く様に次々に急降下して降り立った竜は、灰色の竜燐を、月光に照らされた銀色と、街の通りに立ち並ぶ篝火の赤に輝かせる。
そのギラギラとした目で、目の前でただ見上げて茫然としている人間たちを見下ろし――
「おい! ぼさっとするな!」「あ、あ――うわぁぁああああ!!!」
監督役として広場に居たリシア兵団員の一人が叫ぶが、その声は断末魔によって上塗られた。素早く振り下りた頭が、由久と松之介と共に吹き飛ばされた新人の冒険者の上半身を一飲みにする。持ち上げられた頭からジタバタと暴れる脚が空を蹴っていた。
「ひ、ひぃぃいえああ!」「間合いを取れ!」
ジェイスが、恐怖に絶叫する新人に負けぬ大きさで叫んだ。言われるまでもなく一斉に剣を抜きつつ急いで離れる。胴体から伸びる首が届く範囲より少し離れたところで剣を構えなおした。
竜は飲み込んだ冒険者を、頭を振って石畳に数回たたきつける。恐怖に我を忘れたのか、仲間を助けようとしてか、竜の眼の前から動かない一人が、叩きつけに巻き込まれ、悲鳴を上げる間もなく周囲に血飛沫と共に骨肉がばらまかれた。
竜は四度、五度と繰り返し叩きつけた後、頭を振りあげて残った下半身ごと一飲みにする。口の中の冒険者はとうに絶命してしまったのか、何の抵抗もなく、そのまま飲み込まれていった。
二分された集団の中心に、竜が一頭。その周囲を囲む様に竜が二頭。内、由久らのグループに向いているのが、こちらを向いているの中心の竜一頭と後ろにもう一頭。
見上げる素人集団の全てが一様に、恐怖に見入られたかのように震えていた。
震える手で剣を握り締め直した由久は、三~四メートルほどの高さの竜を前にして、手の内にある剣の言い様のない無力さを感じていた。
……こんな細い、安物の刃で切りこむことが出来るのか?
今持っている武器で一番威力があるのは松之介の鋼の剣だろう。ジェイスの持っている手斧は由久の直刀よりも効果的ではありそうだが、目前の竜――大型の魔物を相手に扱う武器とは思えない。
相対する竜は、見上げる人間たちに視線を移し、まるでどれから食べるか考えているかのようだった。すぐ後ろや向こうから聞える悲鳴も、どこか遠くから聞こえてくるかのような感覚を受ける。
睨みあう竜に全神経を集中させつつ、由久は考えた。どうすれば自分の武器でダメージを与えられるか。思案するまでもなく、相手の弱点――粘膜、関節の内側や腹など、比較的やわらかそうな体の内側を狙うしかないのは分かっていた。
「――やめろ、飛び込むな!」
ちらりと竜、そして状況確認のために味方へ視線を走らせたジェイスが慌てて静止すると、その怒声に反応して、竜が彼の方に振り向いて襲いかかった。
「チャンスだっ!」
由久が叫ぶ! 彼が走り出すと、それに触発されたのか一斉に走り出した。由久の声に竜が振り向く。
「ぐあっ!?」「わあぁ!」
素早く振り向いた竜は尾で二人をなぎ払いつつ、まずはこいつからだ、と叫び上げた由久に狙いを定める。刀を逆手に持って走り出した由久がはっとした時には竜はその首を振り向かせて大きく口を開けていた。
かまわない……、喰らいついてこい! 恐怖に脂汗を滲ませながら、由久が不敵に笑った。
竜の牙が由久に襲いかかる――その瞬間、ジェイスが手斧を素早く投げた。僅かなモーションで投げられたにもかかわらず、全力で投げた様な轟音を鳴らしながら手斧が放たれる。ザシュッと肉を切りこむ豪快な音共に竜の後頭部、顎骨の裏側に入り込む様に深く刺さった。
竜が悲鳴を上げるかのように咆えながら首を大きく振るう――が、由久は逃さず頭に飛びついた。グルンと振りあげられたところで、由久は体を捩じって竜の頭の後ろに馬乗りにしがみついた。
「っ!」
すかさず、竜に刺さった手斧を思いっきり蹴りあげる。血が喉に絡むのか、ゴボゴボとした水音を発しながら咆哮した。苦痛にもがきながら、むちゃくちゃに首を振るう竜に、いつ、地面に叩きつけられてもおかしくない状況だ。由久は構わず、しがみ付き続け――暴れが収まりかけた一瞬の隙を突いて振りかぶった。
「でえぇああああ!」
由久が気合いに咆えながら、逆手に持った刀を竜の眼に狙いを定めて振り落とす。鋭く振るわれた刃は狙いが僅かにそれて、目元の窪みへ深々と突き刺さった。その瞬間、竜が首を大きく仰け反らせながら絶叫した。
その隙に、松之介が全力を込めて剣を振りかぶる。仰け反った腹の柔らかい鱗を鮮血と共に剥ぎ落した。胸には深々と切り傷が付けられ、寸瞬遅れて、気後れしていた他のハンターや冒険者の剣や槍が突き刺さる。
竜は天に向かって凄まじい断末魔を上げた。 頭にしがみついてまともに喰らった由久は、まるで空気の壁にぶつかったような感覚に痺れ――ハッとした瞬間、突きさした直刀の柄から手が離れ、彼は宙に投げ飛ばされてしまっていた。
「しまっ――」
勢いよく投げ飛ばされた由久は、偶然にも、隣で暴れていた竜が威嚇に広げていた翼幕へ衝突した。バサッと音をたてながら翼幕から落ちた由久は着地しきれずに転んでしまう。
丁度、襲いかかる寸前だった竜は、虚を突かれて飛びかかるのを止め、足元で慌てて飛び上がる由久と眼があった。目前の集団に襲いかかるために持ち上げられた前足がそのまま由久に狙いを定めて振り下ろされる!
「おわ――ぬわっぁあああ!」
由久は間一髪のところで飛び避けると、二本目の刀を引き抜き――構えなおした由久は、ハッとして飛び退いた。松之介が駆け出す。
竜の前脚が、由久が居た場所の石畳を抉り飛ばす。これはいけないと、急いで間合いを開けようと駈け出すも、それに喰らいつくために竜が狙いを定める。
「うっ」
蛇が噛み付く瞬間の様に離れた間合いを一気に詰める、竜の噛み付きに由久は避け切れないと、全身を凍りつかせる悪寒で直感した。
――なら……噛み付くその一瞬に! その口の中に刀を突きさしてやる!
松之介が、人外が発する様な胴間声と共に飛ぶ。突進する竜。振り向き、もう一本の刀も引き抜き、両手に刀を持って構える由久。
「うぉおおお!! ――っ!?」
体中に走る震えと、凍りつかせる恐怖を、命がけの大音声で跳ね退けながら、目前に迫る大口を開いた狙いを定め――その大口が肉を貫く音と共に、縫い合わされた様に、歪に閉じられた。
血飛沫が舞う。鮮血に彩られた鋼の剣が竜の頭を串刺しにしている。渾身の力を込めて突きさしていたのは、松之介だった。
「な」
竜の口を貫こうと構えていた由久は、その突進を体に受けて、吹っ飛ばされた。肺から全ての空気が吐き出された。「ぐぇ」とひきつぶした様な音が喉から絞り出される。
由久の後ろで動くことが出来なかった新人冒険者が慌てて受け止め、由久は石畳に叩きつけられずに助かったものの、その表情は口から血を流し、苦悶に歪んでいた。
くそっ! 息が……、骨がイッたかもしれん。
「お、おい、大丈夫か?」
「……、ゴボっ……!」
胸を抑えながらよろめき立つ由久は蒼い顔をしながら、身を呈して受け止めてくれた彼にお礼を言おうとしたが、その口から出てきたのは血反吐だった。
「無理だ、動くな!」
走り寄ったジェイスが、投げ飛ばされた剣をふらふらと拾いに歩く由久の肩を掴んで止めた。松之介が竜の頭から剣を引き抜きつつ、こちらに駆け寄ってきた。無理なんて言ってる場合じゃない、と由久は思った。周囲を見渡さなくてもまだまだ竜が街に降り立ち、こちらに迫ってきているものもいるのだ。
「すまねぇ、由久。余計なことをしちまった」
松之介が水でも浴びたかのように汗を流しながら、蒼い顔で謝った。余計な事、とは恐らく自分が後ろから竜の頭を突きさしたことで、由久の狙いがそれてしまったのではないかと考えているのだろう。由久はそう解釈すると首を横に振りつつ、そうじゃない、と言おうとして、また血反吐を吐いた。
そうじゃない……そうじゃないんだ。由久は繰り返し思った。あの巨体から来る衝撃を甘く見ていた。自分があのまま突っ込んでいれば両腕は骨折していただろうし、突きさしてダメージを与えられても殺すことはできなかっただろう。そのまま呑まれて、初戦闘でゲームオーバーになっていた。
息がほとんどできない状態でもどかしく思っていると、松之介が自分の肩に由久の腕をまわして支えた。
「ちっ……、まだこっちに来るやつが居るな」
ジェイスが忌々しげに舌打ちをする。残っていた一体はリシア兵団の三人が倒したものの、表通りの西側に降り立った竜が、得物を狙う様にじりじりと近づいて来ていた。
「ジェイス!」
ゴーグルを掛けた黒髪の女性が、ジェイスに駆け寄った。彼女も竜を三人で討伐したリシア兵団の一人だ。
「ジェイス、一旦宿に戻ろう」
竜の血飛沫を浴びてたゴーグルを首に下ろしながら、リシア兵団の一人が、近づいてくる竜を警戒しながら言った。彼女の腰には、まるで両手剣が途中で折れてしまった様な、幅広で重厚なナイフが二本、ベルトにかけてある。その黒金のナイフは血を滴らせている。同じナイフが両手にも二本、そして背中に一本、ベルトで背負っていた。
「向こうから棘金蛇竜きている。私達で後ろを抑えながら行こう」
「そうだな」
ゴーグルに付着した血を拭いながら彼女は言った。ジェイスが頷き、そして二人が、血を吐きながら苦しげにする由久に視線を移した。
「まだ宿には準備中の療術師が居るはずだ。彼女らにヨシヒサを頼もう」
「あんた! そいつを担架へ!」
兵団員の会話を聞いていた松之介に、冒険者の一人が呼びかけた。振り返ると、冒険者グループの三人が竜から切り取った翼幕と、転がっていた木の廃材を使って担架を作っていた。
ふらつく由久を支えながら担架に向かう。
「厭らしい奴らだ」
ジェイスと女性兵団員に近づいた男性兵団員が吐き捨てるように言った。斧槍を持つ彼の腕には抉られた様な古傷が有った。
「やつら、ゆっくりと追いつめているつもりか」
斧槍を肩に担ぎながら男性兵団員がこちらに歩いてくる、トカゲに翼を生やした様な竜……棘金蛇竜を見た。西側の表通りは篝火が消えている。月明かりに照らされる竜は少なくとも十頭程はいる。
「隙を窺っているんでしょう? 得物が逃げ出すか、間合いに入るまで愚鈍に見せるのがカナヘビもどきの狩りの仕方だし――準備出来たみたいね」
話しつつ、新人たちの行動を悟った女性団員が振り返り確認した後、頷いた。動けない負傷者は二人。短歌には由久が乗せられており、脚に怪我をしたハンターは冒険者が背負っている。松之介は剣を握って準備万全と言った感じだった。ジェイスは、自分の手斧の柄頭の輪に、縄を結びながら言った。縄は長く、輪にしてそれぞれ両肩にかけられている
「マツノスケ。君は念のため、前方や側面に注意してくれ――よし、行け!」
結び終わったジェイスが顔を上げて叫ぶと、リシア兵団員三人を残して松之介たちは走り出した。ぞろぞろと向かってくる竜の内の二頭が、先に走り出した集団に反応して走り出した。
「エプライア――」
「はい」
ゴーグルをつけ直した女性が返事をする。背中の一本を抜きやすいように、腰のベルトの方へ移した。
「――ヒッツア」
「おうとも」
斧槍の柄で石畳を叩き砕きながら、腕に古傷のある男が返事をした。
「この街の魔力装置を起動させるまで、団長は戦いに出てこられない――暫くは助けを望めないと言うことだ」
竜が迫ってきている。ジェイスが僅かな動作で、両手に持った紐の付いた手斧をそれぞれ二頭の竜に放った。それを合図に、エプライアとヒッツアが走り出す。しゅるしゅると肩の縄は無くなって行く。左の竜の左足に深く食い込み、右の竜には前脚の右肩口の首元に刺さった。素早く縄を引っ張り、手斧を引き抜いた。
戻って行く手斧と入れ違いにヒッツアが間合いに入り込む。脚の傷によって重心が傾いた竜に、力強く振るわれた振り落としが竜の前脚を砕く。空かさず、顎下の柔らか鱗に対して斧槍が振り上げられると、顎下から頭をかち割った。
戦いに転じた三人に刺激されたのか、ゆっくりと近づいて来ていた竜が一斉に突進する。
エプライアが右の竜に向かってナイフを投げる。人間が当たれば頭が砕け散りそうな勢いで投げられたナイフは、骨を砕く様な音と共に、肩口の傷に深く刺さり込み、顎狙いのナイフは、竜が怪我によって転んだことで狙いが外れた。当たることのなかったナイフは、煉瓦の建物の壁を砕いて穴を開ける。
「うおぉぉおお!!」
ヒッツアが雄叫びを上げながら転んだ竜へ飛びかかる。渾身の力で振り落とされた斧槍は、堅い鱗甲殻を砕きながら竜の頭を刎ねた。
「そいつは、つまり俺達の手柄を立てられるってことだな」
「全く……」
「ああ、そうだ」
竜の頭を蹴飛ばし、斧を担ぎ直したヒッツアが返り血と汗に濡れた顔で不敵に笑った。絶命した竜からナイフを抜きとったエンプライアは、そんな彼の様子に呆れたように笑い、ジェイスは力強く頷いた。
三人へ十数頭の竜が傾れ込む様に突進する。




