表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
40/44

32 ざわめく足音

 三十日目。三人は日の昇りきらない早朝から起き出し、朝の仕込みをしながらバラザーム達にテストプレイの期間について話をしていた。 大体一か月前後で『システム側』の人間が自分たちの所を訪れ、一旦現実世界に帰るはずだということを説明する。 松之介が説明し終えると、バラザームは「そうか」と顔を顰めて頷いた。


「そりゃぁ、寂しくなるなあ」


 凍っている肉を切り分けながら、バラザームは唸るように言った。ステーキ一食分の大きさの肉も、バラザームと対比するとそのまま口に放り込んでも良い様な大きさに見える。


「本当に、ね。いつごろになっちゃうのかしら? 今日?」


 エルフィンは彼の意見に賛成しながら残念そうに漏らす。彼女は街からの依頼が来ているので、朝から紺色のローブを身にまとっている。


「君たちは良く手伝ってくれたよ。本当、最初のころに言っていた様に『ずっと雇っていたい』くらいさ」


 ソース作りを終えたダットが、昨日のうちに寝かしておいたパン生地を取り出しながら相槌を打った。


「今だから言えるが、今までの『プレイヤー』たちはすごかったよ。悪い方に」

「ええ。あれは酷かったわねぇ……」


 思い出す様に話すダットが苦々しく言うと、エルフィンは表情を険しくして頷いた。スティルの一件で聞いた話を三人は既に共有していたので、一気に気まずくなる。


「それは……お気の毒というか」

「そういうやつらばかりじゃないはずなんですけどね……」


 二人の言葉に松之介はどう答えようかと迷いながらはぐらかす様に言い、透が横からフォローするように言った。この話の流れは良くないと感じた透は無理矢理、話題を変える。


「――で、本当はその前に少し旅をして帰るつもりだったんですけど」


 カウンターテーブルを拭く透は、誤魔かす様に笑った。スティルを誘った手前、本当は少しばかり気まずかった。だが、すでに彼の為の言い訳を考えてきている。


「すぐには答えを聞かないって言ったろ? また戻ってくるだろうから、その時にまた誘おうと思う。俺らと一緒に行くかどうかは、その時にどう?」


 カウンターから身を乗り出し、テーブルの倉庫から持ってきた食材の箱を開けているスティルに言うと、彼は手を少し止めて考えたのち、透を見上げて頷いた。


「正直、まだ決めていなかったので、その方が助かります」

「それなら良いんだけど……。すまんね」


 倉庫の方へ戻っていくスティルの背を見送りながら謝る。その後、開店時間までの会話をし続ける。エルフィンが、三人が帰っていくことを残念そうにしつつ透をからかったり、今まで貰って来ていたお金は帰るための路銀(ろぎん)になると話した。

 話題は転がっていき、話題は昨日の森の前での話になる。由久と透が森に三度目の挑戦しようと向かった時、街の役員とばったり会った。その時、彼らがこぼした情報に複数のハンター(レティエテリジィナ)を雇い入れた調査団を結成して森を調査しようとしていることを皆に話す。

 その話を聞いたバラザームは、暫くは店仕舞いをすることになりそうだなと漏らした。三人は調査団に雇われるだろうし、エルフィンは街の冷却魔法具に魔力の充填をしなければならない。 働き手の目処が立たないとなると、明日からでも店を閉めて落ち着きが出るまで……ということに。なら、看板を作って告知しておこうと言う話になり、倉庫に置いてある空箱をばらした廃材を使って由久と松之介が看板作りを始める。その様子を隣でエルフィンが眺め、しばらくすると彼女も役所へ向かって出掛けていった。

 裏で二人が「トンカン、トンカン」と看板作りを始めてから間もなくして客が入り始め、普段の様に忙しくなって行く。来た客に対して、挨拶と共に営業休止の知らせを告知する透。


「――というわけですので、暫くは営業休止とさせて頂きます」


 席に座った客に対して説明すると、異口同音、様々な反応ではあるものの同意は得られた。どうやら、ここらの住宅区の家々でも冷却魔法器具の利き目がとまり始めていて困っていたのだと言う。これから冷えて行く季節ではあるものの、やはり保存には冷蔵庫の様な貯蔵庫の必要性はあるらしい。夏場ではないだけあって、それほど急がれている事でもないらしいが……。

 エルフィンが一人で街一つ周り歩いて魔力を充填するのは恐ろしい手間だと言うことを改めて思った。


 裏でトンカチを振り落とす音も聞こえなくなり、店前には松之介が持ってきた『お知らせ』の立て看板が置かれる。客が増えるにつれ、常連客から残念に思う声が多く出てくる。しかし、それであっても人が居ないとなれば客の相手が出来なくなる。エルフィンが役所に言っている中、透は忙しく回りながら店の手伝いをこなしていった。


 そうした中、表通りから何やら異様な雰囲気が漂い始め、それは次第に住民への「避難勧告」の連絡として回りだす。 時刻は午後を回った落ち着いた昼の時間だった。 

 最初は眉唾な噂が流れだしたかと思われたが、役所の服を着こんだ役員が、住宅区の各区長へ連絡し回っていて、拠点防衛のために人手――ハンター(レティエテリジィナ)冒険者(ルタエ・ラザ)問わず戦える者――を雇い入れている話しも流れてきていた。

 そうなってくると、店の客や店の奥に居るバラザーム達も様子が変わってくる。注文の声は止まり、お代を払っては店を出て行く住人。どういうことが起きているか、未だ良く呑み込めていない透は不穏な空気を不思議そうに見ていた。

 客が慌ただしそうに店を出て行く中、透の方へずんずんと歩いてくる役員が一人。眉間に皺を寄せて厳しい顔つきをしている。


「レティエテリジイナのトオル」

「? あ、はい」


 あまり好意的ではない調子で男性が声を掛ける。役員が来た理由……森の依頼だとは思うが、態度がどこか怖いな……。彼は透が返事を返すや否や、表情と裏腹に落ち着き払った声で言った。


「緊急事態だ。今すぐにでも役所へ、ついて来てくれ。すでに君の仲間も来ている――テルバンダード! いるか!?」


 透が質問に口を開く間もなく、厨房の奥の方へ声を掛ける。声を出しかけた透は、彼の目線を追うようにそのまま厨房の方へふり返った。その先で、バラザームがカウンターから覗き込むようにこちらを見ていた。


「ああ、居たか」


 バラザームを見た役員は幾らか安心したかの様に調子を和らげる。だが、すぐに引き締め直した。


「アーウィンにも既に了承を得ている。貴方々の力もお借りしたい」


 バラザームは少し唸った後「分かった」と頷く。 ……まさか、バラザームまで森の調査に?


「用意が出来次第、役所に向かおう」


 そう言葉を置き残す様に言うと、奥でダットに支度をさせるように言う声がかろうじて聞えてきた。役員の男が踵を返していた。ぼやぼやとやり取りを聞きに入っていた透が慌てて口を開いた。


「森って今、そんなに危ないんですか?」


 彼の声に役員は立ち止って「森の異変より、もっと大事(おおごと)だ」と言う。ふり返った男は思いもよらぬ言葉を透に言った。


「魔物の群れが、もうすぐ押し寄せてくる」


 街全体が騒然とし、住宅区の住民は役所への列を成している。店の前を走っていく人の足音や掛け声が飛ぶ中で、彼の言葉は嫌にはっきりと透の耳に届いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ