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異世界。  作者: yu000sun
序章 
4/44

学校、そして放課後へ

 時折吹く風が素晴らしいものに感じる様な蒸し暑さの中、学校の体育館に全校生徒が集まり、一学期の終業式が執り行われている。外から聞こえてくる蝉の音のけたたましさも、ぼんやりとしていく意識の中では、次第に遠くで聞こえてくる。

丁度その頃、夜茂木沢(やもぎさわ) (とおる)のアパートの部屋に、インターホンの鳴る音が響いた。

 眼深に被った作業帽には汗が染みている。大きな荷物を足元に置いて、住人の反応を待つ配達員は少しの間耳をすませた。間隔を置いて、三度目の呼び鈴を鳴らしても物音の一つしない部屋に、留守を悟った配達員は、手に持った書類の中の一枚に連絡用の電話番号と荷物番号を素早く書き加えると、部屋のポストへ入れる。

 荷物を手に持って去る部屋のポストには、再送要求対応用の連絡が書かれた紙が挿み込まれていた。



「……眠っ……」


 クーラーが若干利きすぎている気もする教室の端で欠伸をしながら呟いた。

 今は終業式も終わって、一学期最後のホームルーム。成績表も返し終わり、今度は先生のありがたい(睡眠にはとても適したとも言える)夏休み中のお説教を頂いているところだった。

 ……さっき、ベルが鳴ったのに。いつまで続くんだよこの話……。透は、教卓に立つ先生を疎ましく思いながら、再び込み上げてきた欠伸を噛み締めつつ、ため息を吐いた。

 授業終了のベルは、少し前に鳴っていた。しかし、それにも関わらず、先生の話は今もなお続行されている。


 教室の中は静かだとは言えず、所々でお喋りが沸いている。


 残念なことに、透は未だ数人と短い会話を交わせる程度しか人付き合いが無い。一人暮らしということで、色々聞かれもしたし、アパートに行ってみたいと言われたが、とても人を連れ込めるような場所ではなかった。

 親交を深めるためにか、何回かクラス会と称して遊びに行くことを誘われたりもしたが、バイトがあったり、先約があったりして結局のところ、一度も参加できなかった。

 透は、窓の外で風に揺れ校庭の樹木に視線を移す。教室の端の席に座りつつ、気付かれない程度に小さくため息をついた。人付き合いに差しあたって、そんなに悪いところはないと思うのだが、如何(いかん)せん、誘いに対するノリが悪すぎたようだ。


 流れる雲を見る。夏の空は色彩が濃く、鮮やかだ。


 生徒たちのお喋りを意識して無視するように、先生は少々声を張りつつ話す。だいぶ話も佳境に差し掛かっていた。 こうして、大体変わりもしなさそうな内容を長々と話すのを聞いていると、終業式の校長先生の話を思い出す。今回の校長先生のお話は、カタツムリと夏のインフルエンザだった。

 取り敢えず「焦らずとも確実に物事に取り組みましょう」と言うことと「インフルエンザは夏にも流行するので気をつけましょう」ということを言いたかったようだった。

 それを長ったらしく約五十分にわたり、(予定されていた持ち時間は長くても三十分程度のはずだったのだが……)延々としゃべり続ける校長先生には、まったく頭が上がらず下がりっぱなしで、透は立ったまま寝るという妙技(?)を習得した。しまいには、ぶっ倒れてしまう生徒もいたが、騒然とした中でも尚、話を続ける校長先生には尊敬に値する、と心のうちに皮肉った。

 後にも、色々話があったような気もするが、そんなことは覚えていられない。


 窓の向こうで、学校の敷地内に植えられている大きく立派な木々の枝が、風に揺らいでいる。透の耳に、聞こえもしない木々のざわめきが聞こえてくるようだ。


 ふと、先生の話に耳を傾けると、話のしめ(・・)を予感させる口調になっていた。

 透は(おもむろ)に、机の横に掛けてある鞄を持ち上げると、物音をたてぬよう静かに荷物をしまって帰る準備をした。他の人はこっそり携帯電話をいじる人、小さい声でおしゃべりする人を除いて大体が眠そうに先生を向いたまま話を聞いている。


「――ということです。生活態度、課題、日々の学習を怠ることなく過ごしてください……以上! 学生(・・)としての充実した良い夏休みを」


 担任の先生が終わりの一部を強調すると、すかさず起立の号令がかかる。

 生徒たちの「さようなら」を聞き終わるかしないうちに、先生は教卓の上で始終いじりっぱなしだった出席簿を脇に持ち直していた。 先生が体を扉の方へ向いている瞬間には、透は荷物を手に、すでに歩きだしていた。長い話から解放されてわき合い始める生徒たちと適度に挨拶をしながら抜けて、先生とほぼ同時に教室を出た彼は、急ぎ足で廊下を歩いて行く。


 廊下を少し歩いて階段の手前の所で辺りを見渡して探す。いつもこの辺りで待ち合わせをしているからなのだが……。透は、壁に寄りかかりながら他の生徒と話している二人を見つけた。生徒は、おそらく由久の方の友達だろう。

 廊下の真ん中で立ち止まっていた透に松之介が気付いたようで、目線があうと、右手を上げてきた。 松之介の反応で気付いた由久は、透の方へ視線を向ける。話していた彼の友人らは、それにつられて透を見ると、察した様子で「じゃぁ、また今度な」と言って歩いて行った。


「お前の担任の先生……いつも遅いよな。どうなってんだ?」


 帰り際の短い談笑だったらしい様子の生徒を眺めながら近づいていくと、松之介が口を開いた。眉間のしわを寄せつつも笑っている。


「全く……あの先生は、ちょっと特殊だからね。教授といってもいいんじゃないかな」


 あの論文を読んでいる様な堅苦しい長話を思い出しながら、透がだるそうに呟いた。松之介はそうだな、と軽く笑いながら相槌を打ち、本を鞄にしまう。


「まぁ、明日から夏休みだしな。気にせず遊ぼうぜ」

「ん。まぁ――」


 朝のことを思い出しながら透が頷く。


「――今日から来週の火曜日までバイトが無いから、ばっちり遊びましょうか!」

「そいつには部活あるけどな」


 戻ってきた由久の的確な指摘が突き刺さる。


「……どうやら彼は、インフルエンザにかかっているようだ。部活なんてとんでもないな」

「おいおい……」


 透の唐突な診断結果に、松之介が苦笑した。




「――ん?」


 話し合いながらアパートまで歩いてきた三人だったが、扉を開けかけたところで透が素頓狂な声を出した。


「なんだこれ……」


 透が首を傾げながら、腰を屈めてポストへ手を伸ばす。挿み込まれていた紙切れを引っ張りだすと、それは折り畳まれていて細長い。


「手紙……じゃぁ、なさそうだな」


 松之介が首を傾げる。透は「うん」と、松之介の言葉に頷いた。紙を開いてみると、それは配達物に関する通達であることが分かった。配達員が訪ねてきた時間と、電話番号が記されている。


「ああ……、配達の紙だね、これ。終業式くらいの時間に配達に来たけど留守だから、荷物持ってちゃったみたい……。で、電話すればまた届けてくれるって書いてある」

「へぇ……なんかネットで買ったのか?」

「そんな金の余裕、俺にはないよ」


 由久の問いかけに、透はポストに詰まった三日分ほどの配達物を取り出しながら、苦笑して首を振った。


「まぁ、後で電話するとして……。と、部屋の簡単な掃除をしてしまいたいんだけど……」


 玄関の外で待ってもらうという手もあるが、他の住人からみれば、しらない人が玄関外にずっと居られるのも、あまり良い気分じゃなさそうだ。


「まぁ、取り敢えず入ってくれ」


 玄関を開け、廊下伝いにある台所のものを落とさないように慎重に歩きながら一室しかない部屋に入る。(ふる)い設計なのか、構造には詰め込んだような無理がある。だが、その多少無理のある設計のおかげで一室しかない部屋は少々広めだ。


「ちょっと待っててよ」


 手に持った中々な量の配達物を机に放り投げながら、そう言って二人を廊下に待機させると、住宅側の窓を全開にして掃除をし始めた。 部屋の片隅に追いやっていた服の塊を両腕で一気に持ち上げると、引っ張り出してきた大きなバッグの中に詰め込んでいく。

 先週から遊びに来ていなかったが一週間でここまで汚くなるか? と言いたげな二人を気にせず、透はせっせと一週間分の服をバッグに詰めていく。 どうせ、明日になればそう遠くもない実家の方へ戻って過ごすつもりなので、その時、一緒に大量の服も洗ってしまおうという算段だ。

 透が慌ただしく動き回るたび、短い廊下に作られた台所の食器がカチャカチャと音を立てる。 その都度、廊下に追いやられた二人は、狭い流し台の上で危なっかしく揺れる食器に目をやり、窓のすぐ外を走っていく電車の騒音で眉間に皺をよせるのだった。

 しばらくして、部屋の三分の一をしめていた布団もしまい終わり、壁に立てかけていた卓袱台(ちゃぶだい)の脚を展開して置きなおすと、二人を部屋の方へ招いた。


「えらく散らかってたな」


 ほとんど中身の入ってない通学鞄を部屋の隅の方へ置くと、開口一番、由久が左ほほを釣りあげるような笑いを見せた。


「――んあ……」

「ほんと、こんなんじゃ黒い悪魔(・・・・)が沸き立つのも時間の問題だな」


 透がなんと言い返そうと言葉のパズルをしていると、横から松之介が冗談を言いながら頷いて見せる。わりとシャレになってない冗談だった。

 彼の言葉に、透は一瞬固まったかと思うと急に真面目な顔をしだした。


「……この前全滅させる勢いで駆除から、たぶん大丈夫だ」

「おいおい」

「そんな深刻そうな面持ちで言われると、『出てきてください』って言っている様に聞こえてくるな」

「……」


 二人が笑って答えると、透も自然と口元がにやけてしまう。が、それは渋いものをかみつぶしたような変な顔だった。


「ま、一人暮らしは思ったよりずっと大変だってことだよ」


 照れ隠しか、首の横をかきつつそう言いながら、携帯電話を取り出す透。電話番号を打ち込む電子音と共に、部屋の話はお開きになった。

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