31 二十四日目から二十九日目までのこと
翌日――ここに来てから二十四日目――の早朝、透は不思議な気持ちで眼を覚ます。毎晩、程度は様々だが決して夢見の良いものとは言えない日々が続いていた中で、その日だけ様子の違う夢を見ていた。
切り取られた何枚もの写真の中を歩くような不思議な雰囲気が漂う夢。
どれもが、夜の月明かりの写真。どこかの城の中で、月明かりに照らされる石畳の冷たい色。広い部屋に豪華なベッドに、窓辺で突きを見上げる小さな子どもの背。そのショートヘアに切られた髪が月明かりのふちどりに煌めいている。
風が吹き、視界に流れる銀髪。恐らく銀髪の者に呼びかけられたのか、小さな――だいたい幼稚園児くらいの――子どもが振り向く。小さい少女が自分―銀髪の女性―に笑いかける。
透の視界は時を止めて色を失い、悲しさや懐かしむ気持ちと共に、捻じれる渦の写真として闇の中に落ちて行き、夢から浮き上がって行くように眼を覚ましたのだった。
二十四日目。早起きした由久と松之介が、昨日の晩に話しあっていた内容を透に話す。だが、透は笑って答えた。
「なんで止めないといけないのさ。スティルだってスカウトしたばかりだってのに――」
「なんだって?」
二人が声を裏返して聞き返す。透は目をぱちくりさせた。
「あれ? 言ってなかったっけ」
「初耳すぎるぜ……」
松之介が唖然として呟くように言った。「つまり昨日のは……」由久が目を細める。透亜がにやりと笑った。
「スティルを誘いに行っていたわけさ」
その後、ドゥウォン・ギリアム騎士との試合(という名の稽古試合)をする。
透が当番の日だったが、体調の心配をするエルフィンと、無理させて騎士と戦わせる前にどこかに隠れさせておこうと考えていたバラザームによって、店の手伝いは休む様に言い渡されたのだが……。 準備を整え、ダットの隠れ家に言ったように見せかけるために店の前の住宅区どおりを歩いていき、遠回りをして北西門外へやってきた三人は、そこで門兵に止められた。
防具屋の主人と思わしき男性が隣に立ちながら、門兵が甲冑一式を透に手渡す。がちゃがちゃと慣れない手つきの透は、手伝ってもらいながらどうにか着込んでみると、今度は重すぎて動きにくいと訴えた。
大きさの違いについても、防具屋の主人が手を加えながら、鋼で打たれた胴鎧と籠手意外を全部取っ払ってもらうと、早速、集合場所へ歩いて行く。
着いた先で、あの傷だらけの壮年騎士ギリアム・ドゥウォンが剣を手に座り待っていた。透に躊躇なく魔法を使わせるためか、兜以外の甲冑を装備したギリアムは、報告に来た門兵に由久と松之介を共に下がらせるように言いながら立ち上がる。
二人が離れて行く中、透は、松之介から借りた重量のある剣を携えて相対した。透の中で、今朝のエルフィンとの会話が思い出される。
『松之介や由久と鍛練とか言って、剣を打ち合ったりしちゃだめよ?』
『喧嘩も駄目だからね? ――』
「――まぁ、試合は別だがな」
かくして、剣を鞘におさめたまま刃の無い剣を切り結んで戦う二人は、透が負ける寸でのところで魔法によるカウンターが決まり、彼女(?)が勝利を得た。
役所関係者の蒼い顔と、暇つぶしに群れた人垣から歓声が上がると共に意識を失う透。意識のない透を担ぎながらギリアムを見送る由久、松之介とアーウィンの三人。
ギリアムは西の樹海を抜けたルビナ国首都、ハルミティオ城へ帰るために旅の馬車に相乗りして帰るようで、「それなら自分も」と城下町に家があると言うあの調子の良い青年、キタン・ヘイズ・カルバンドも一緒に馬車に乗って行った。
見送り終わった後、意外に呆気なく終わったものだと話しながら帰る三人だったが、本当に大変だったのは宿に帰ってからだった。
こそこそと帰ってきた三人に不信を抱いたエルフィンが、三人の部屋に向かう。こっそりと戦いを見て事情を知っていたアーウィンが止めに入るが、彼女の制止も聞かずに部屋に入ると、そこには気絶した透が横たわっていた。
軽いショック状態になった彼女は、はっとして立ち直るや否や「これは……どういうことなの?」と顔を青くさせて詰め寄る。
彼女が肩を怒らして叫ぶ彼女を手に負えないと思った二人は、透の話していた屁理屈を彼女にそのまま話した。つまり、二人が止めてもどうせ自分から戦いに行くだろうと。すると、それを聞いた彼女は、ぽろぽろと泣きだしてしまった。
声を抑えながら泣く彼女を、アーウィンが宥める。聞いてみると、痣だらけになっている透を見ているうち、とても居た堪れなくなってこれ以上怪我をすることのないようにしてあげたいと思った、と彼女は鼻をすすりながら話した。
泣きやみ始めた彼女を、アーウィンが頭を撫でながら「仕方ないわ。本人がそうしたいなら」と諭すように言うと、ベッドに気力切れで眠っている透を一瞥する。
「心配して言っているのに、全く間逆の事をする」
「……なんだか馬鹿らしくなってきた」
「腹立ちや悲しさなんて通り越して、訳が分からなくなってきたわ」
涙を払いながら、愚痴る彼女は最後にため息を盛大に吐きだすと、それまで苦笑いで話しを聞いていた二人に「ごめんなさいね」と頭を下げた。
「私が一人、変に心配し過ぎて気疲れしてたみたいね」
「ははは。しかたないじゃないですか? アレでも、外見は女ですし」
涙の跡が残る顔で笑う彼女に、つられて松之介が笑顔で返し、由久は肩を竦める。アーウィンは控えめな笑みをこぼして、エルフィンの明るく振舞う姿を見つめていた。
二十五日目、二十六日目とお祭り騒ぎもキタンとギリアム騎士が街から居なくなるとともに、元からなかったかのように行わなくなった。 騎士が帰って行ったお陰で街の役所が騒ぎの取り締まりに加減しない様になった事を感じ取ったのかもしれない。
何せあの騎士が来るまでは、街の外で剣を練習をするにも役所へ出向いて許可をもらわなければならなかったのだ。
二十七日目。魔物を討伐し、お金を得るために街の外へ向かう。
由久と松之介は、取り敢えず森に入り、歩いて十メートルもしないうちに逃げ帰った。例の苔生しったような狼や、熊。巨大化したトカゲの様な五メートル程の竜などが次から次へとわき出てくるように現れたのだ。
ここに来るきっかけにもなったあのゲームの末路を追体験しそうになった二人は、全力で街に戻って行った。
二八日目。透は街の外へ狩りに、松之介はアーウィンに稽古を付けてもらう。そして、事件は起きた。
透がいつもの様に街の外へ出向いて行くと、しばらくして街の門の前に、異様にモコモコ、ウゾウゾとうごめく緑や茶色などのまだら模様の魔物が現れる。
その魔物の正体は、人畜無害で猫や犬と同じように分類される魔物『バク』の色違い達が群衆した珍しいだけの光景だったが、門兵がその魔物たちを散らすと、中から透が出てきたのであった。
「あ~あ。温かくて丁度よかったのに」
透が名残惜しそうに、平原へ戻って行く『バグ』の群れを見送る。その日の透の服装は別段、露出のある服装ではなかったが、寒さが段々と強くなっているこの頃、天気は良くても外は寒い。
「あんたは本当に話題にこと欠かさないな」
門兵の一人が呆れたように言う。隣にいるもう一人の門兵も相槌を打つように頷く。
「バグも一応は魔物だから、人に懐くはずはないんだが……」
「魔物使い……か。いいねぇ。主役にぴったりの能力だ!」
「……トオル」
ニヤリと笑う透に対して、対照的に表情の曇る門兵が声を潜める。
「国際条約で、魔物使いは処刑の対象だ」
「……え」
まさかの発言に透が絶句する。「いや正しくは――」隣の門兵が口を挟む。
「『保護観察、特殊管理』に置かれて、従わない場合『処刑』を視野にした処分が下る」
「……え?」
嬉しくない言葉が次々と飛び出してきて、次第に顔が青くなって行く透。門兵と話をしあっている内、騒ぎを聞きつけた役所の役員が街に居る魔法使い(内、エルフィン含む)を集めて北西門から少し離れた平原に集まった。 大事になって行く騒ぎに、段々と透は生きた心地が無くなってくる中、透を調べるために例の『バグ』の群れに接触する。
疑いのある透、バクの群れはもちろん。エルフィンをはじめとした数人の魔法使いが集まっている。 驚いたことにあの変態青年も役員らしく、役員と同じ制服を着て、魔物側の調査に参加している。
魔法的異常を検知する魔法使いたちも透を覗いて街の役員だ。 皆、私服の上から役員だと示す街の紋章を肩に刺繍したローブをまとっている。白髪交じりの渦巻いた髪をした壮年の男性が緑色のローブを着ていて、エルフィンを含む女性二人と男性三人は紺色のローブを身にまとっている。
「暗緑色のローブのウェンガ・スラ局長は常務役員。私たち紺色のローブは、街と契約している非常務役員よ。スラ局長が上司ってわけ」
不安そうな表情を見せる透の気を紛らわせようと、エルフィンが説明する。かくしてウェンガ・スラ局長と数人の役員。エルフィン達魔法使いと魔物調査の為の役員たちによって調査が開始される。
役員や魔物に詳しい人たちから見れば、森から離れた場所に群れをなしている事自体が異常事態らしいのだが……。 調査の為に魔法使いが群れに近づくと、透に群がっていた様に、全ての個体がと言うわけではないが、近くの数匹が魔法使いにくっつく様に群がった。
観察、調査を進めて行く内、どうやらそれぞれの個体が不足している魔力を補給するために魔法使いの貯蔵する魔力を少しずつ吸収しているらしい。 何故、魔力不足に陥っているか原因が分からないが、魔力が十分に漂う森にも戻らない辺り、森に何か異変が起きていると言う結論に至った。
「よかったな、トオル。君の疑いは、一先ずは晴れた」
ペラっと書類へ次々に目を通す役員が言った。街から離れた平原で彼らは調査を行っていた。時刻は日が傾きかけていて、あと少し経てば美しい夕焼けが見えるだろう。
「バクたちが平原に出てきた理由はまだしっかりとはわからないが……。
おそらく、森になんらかの異変が起こり、バクたちが魔力を十分に補給できない状態にあった。毎日の様に君が平原に出てきているために、その魔力の残り香に吸い寄せられて平原を現在の生活区域にしているのだろう
近々、森の調査を行わなくてはならなくなったが……」
魔力の残量を検知する魔法を使う魔法使いからの報告などを取りまとめた書類に目を通しながら男性の役員が言う。街の周辺は特殊な土地柄の為、魔力は漂わない区域になっているはずが、調査している内に魔力が検出された。
彼は続ける。
「君たちについては常々語られている『プレイヤー』としては珍しい気質と評価されている。今回の調査では、君の魔力の保有量に至っては規格外という結果が出た」
「はぁ~、それはそれは……」
他人事のように感嘆としたため息をもって頷く透に、男性は苦笑を洩らす。
「少々問題を起こしてはいるが……、君がまだまともな方で良かったよ」
ペンで書類を叩きながら言う役員に透は微妙な表情になった。強盗団や先日のお祭り騒ぎなどで、ゲーム内の『プレイヤー』たちの悪い例を見知った透は、役員の言葉になんと言葉を返せば良いか迷う。
「――まぁ、そう悪い奴ばかりじゃないですよ」
再びモコモコと群がってきたバクを持ち上げながら笑って応えた。辺りの気温は低くなってきており、透の魔力を目当てに群がるバクの群れが温かく嬉しい限りである。
「こうしてみると、可愛いわね」
「ねー。色も個体によって違うし」
自分たちにも群がるバクに、エルフィンとその知り合いと見受けられる茶髪の女性が、くすぐったいのかクスクスと笑っていた。
二九日目。平原にて。
平原に出てきていた透と由久は、森の中に再び向かおうとしていた。しかし、その手前で街の役員達に出くわす。どうやら、森の中の様子が普段よりも危なくなっているらしく、近づくのは危険だと言うことだった。この様子だと、近々集団でハンターを雇い入れて調査団を編成することになりそうだと漏らす役員。
それならばと、時期を待つことにした二人は、街に戻ると言う役員たちに許可を取って街の近くの平原で剣の練習をすることにした。
このゲームの世界にきてからはほぼ毎日の様に練習してきたのと、元々が慣れていただけに透や松之介の上達速度は目まぐるしい物がある。 松之介から借りてきた剣を両手で振るう透。この間から、重量のある剣で練習し始めた透は、構えや振り方が独自に考えて行かなければならない分、練習に熱が入る。
一方で由久は内心、悩み始める。勝負では今のところ負けそうな兆しはないが、乱戦のことを視野に入れると……。 剣道はスポーツであり、兵法ではないと感じ始めていた。
考え事をしながら練習に臨む由久は、次第に手加減が無くなり始め「あ」と気がついた時には、透に留めに近い一撃を食らわせてしまっていた。
透の牽制の突きを弾いた由久の剣が綺麗な流れを描きながら、ものの見事に透の脇腹へ入り込んでいた。
思わず剣を手放して脇腹を押え倒れ込む透に、はっとして我に返った由久は「しまった」と呟いた。
「ちょ……っ! おま……えっ!」
「……すまん、少し考え事してた」
「覚えてろよ、てめぇ……!」
「悪かった」
涙目で睨みあげる透に、近寄り屈みこんだ由久が済まなそうに謝る。透の悶絶様にしばらくは再開できそうにないので、そのまま休憩を取ることにした。
寒いので、脱いであった上着を着込んだ二人は、座ったまま互いにしゃべることなく平原をぼんやりと眺める。遠くでは何かが跳ねて移動している。おそらくバクだろう。
暫くすると、打たれた所を擦りながらも落ち着いてきた透が「そういえば」と口を開いた。
「何時頃になったら旅を始める? ここに来てからもう結構な日が経ってるよな」
「ああ、たしか二十九日目だ」
由久が相槌に頷きながら答える。「となると……」透が目を細めて呟いた。
「スティルを連れて旅するのは恐らく、正式版になってから、となるかもな」
透が微妙な表情になる。誘っておいて、旅に出ないまま終わりそうな雰囲気が漂って来ている。
「まだ、返事来てないんだろ?」
「まぁ、そうなんだけども……」
由久の問いかけに、透は歯切れ悪く答えた。
「……こっちから聞き返さないと、答えてくれないかね? 乗り気じゃない様子だったし」
「それはないだろう」
不安げに言う彼に、首を振って由久が笑い飛ばした。
「あいつは喋らないだけで、言うことは言う性格だ」
三人が、スティルについて知ることはほとんどない。ただ、彼は普段から無愛想なのと、時折表情を見せること。しゃべることは少ないが、自分から言うべきことは言ってくることは何ともなしに分かってきたことだった。
「その気になったら、向こうから言ってくるだろ」
「――その気になった時が、俺たちが一旦戻る時期と被らなきゃ良いけど」
「……。」
冷たい風が頬を撫でる。透の間の置いた呟きに、由久は何も答えなかった。




