30 眠りの君は、周りを知らず
その後、シャワーから肩を担がれて出てきた透は、出血やのぼせと言った症状で、そのままエルフィンの介抱を受けてベッドに倒れると言う事態に陥った。
「わからないの! 体洗ってる最中に、急に血を吹き出し始めちゃって……」
傷の手当てをしながら半ベソをかいて言うエルフィンに、由久はつい、笑ってしてしまった。最近になって自分の体に慣れ始めた透にとって、まだ他人の裸体は刺激が強すぎたらしい。
「な、なにがおかしいのよ?」
「いや――」
若干、混乱気味の彼女は、目で由久を睨みあげる。彼は口元をにやけさせたまま首を振った。
「まぁ、こいつが幼すぎるってことですよ」
顎で指しながら言う。ベッドの上の透は、意識が混濁しているのか、変に呻いていた。
こんな状態では透はまともに動けそうにない。由久が居ると透の全身の打撲や擦り傷の手当てが出来ない、という理由で、彼女の店の手伝い代理で部屋から追い出された。
「ああ、あとスティルも呼んできてくれる? 『部屋の外にいて、呼んだら入って』って伝えてくれるかしら」
制服姿(スーツパンツに長袖のワイシャツ)の由久が部屋を出て行こうとする手前の所で、思い出したように彼女が声を掛ける。「ああ」と返事をしてふり返った先では、寝巻姿のエルフィンが、同じく寝間着姿の透の着衣を脱がせているところだった。
その後、腕に包帯やら湿布やらを張ってまで手伝うスティルに伝言する。
店の中は普段より大幅に御客が減っていて、店内の半分が空いている。松之介が働いている中カウンター際で、スティルは手持ち無沙汰で店内の様子を眺めていた。
由久から伝言を聞いたスティルはとても嫌そうな表情をする。普段から無表情な彼を見ていた由久は、少しだけ驚いた。
「……なんですか?」
珍しい物を見る様な目をしていた彼に、無表情に戻ったスティルが聞く。由久は、はは、と少しだけ笑った。
「いや。あんたが表情を変えたところを見るのは、あまり無かったからな」
「……。」
言われた彼は、暫く考え込むと僅かに口元緩ませる。由久の驚きが表面に出かけたところで、彼は表情を元に戻した。
「……わかりました。じゃぁ僕は部屋に戻るので、後のことよろしく頼みます。体中、痛かったんですよ」
肩を竦ませて言う彼に、もはや珍し過ぎて何とも思わなくなってきた由久は「ああ」と相槌を打った。
「悪かったな。加減の仕方とかも、教えていたつもりだったが……」
「いえ……」
由久の謝罪を止めるように手を翳して、彼は自室の方へ歩いて行った。厨房の奥にある廊下の方へ消えて行く様子を見ながら、由久は腰に前掛けを巻いた。
「よう、松之介」
注文された食事の配膳が終わって、次は何をしようかと辺りを見渡していた松之介に声を掛ける。呼ばれた彼はふり返り、そして眉間に皺を寄せた。廊下側の壁際に彼が歩いてくる。
「お前、今日休みじゃなかったか?」
「よく分からんが、頼まれたからな。本当は透を使わせる気だったらしいが――まぁ、あんまり変わらんだろ」
「そういや、見たか? スティルがボロボロだったが――」
「おっと」
急き込んで松之介が聞くのを、由久は手で止める。
「私語は仕事の後だ」
「あ、ああ。そうだな」
店内に入り込みながら言う由久に、松之介は頷くも「けどよ」とため息した。
「ラッシュも過ぎて、今は暇なんだぜ?」
「それもそうだな……」
「あ、ちょっと追加注文良いか?」
「あ、はい――」
腕を組んで店内を見渡していた由久へ、お客の一人が手を上げる。途端に腕組を解いて、メモを片手に客席まで歩いて行った。先程まで松之介が、スティルを休ませていたこともあり、今度は自分が休むか……と、カウンター際に寄りかかる。
欠伸をしているところで、裏口への廊下から足早にエルフィンが歩き出してきた。
何やら不機嫌そうな彼女に声を掛けることもなく眺める。薬箱を手に持った彼女はそのまま厨房奥の廊下へ入っていくと、扉を開ける音と共に声が僅かに聞こえてきた。何を言っているのかは分からないが、叫んでいるのはエルフィンのようだ。相手――おそらくスティル――の声は一向に聞こえてこない。
しばらくして、荒々しく閉じられた扉の音がしたかと思うと、エルフィンが肩を怒らせて出てきた。
「どうし――」
「聞いてよマツノスケ!」
「……なんすか?」
松之介が口を開きかけた矢先、カウンターのテーブルを叩いてカウンター越しに言う彼女に、松之介は思わず失笑しながら聞き返した。彼女はそれには気付かないで話を続ける。
「人が心配してるのに、スティルったらなんともまぁ、素っ気ない態度で返すのよ! 陽が暮れて夜になるまで帰ってこないし、帰ってきたと思ったら泥んこボロボロになって帰ってくるし!」
「ああ~」
ぷんぷんと怒る彼女に相槌を打つ。注文の来ない間、少しずつ片付けを始めていたバラザームとダットが笑っている。それに気付いた彼女が、バッとふり返った。
「笑い事じゃないわ! スティルはともかくとして、なんで女の子のトオルまで、あんなボロボロになっちゃうの? オヤジさん、スティルにどういう風に教えてたのよ!?」
「『どう』と言われてもなぁ……」
「そんなこと言ったって、あの子も『ハンター』なんだろ?」
笑っていたバラザームは首を傾げ、カウンター客の一人が話しに割り込む。
「そうだなぁ。『|冒険者(ルタエ-ラザ)』ならともかく――」
彼の隣に座っていた別の客が頷く。エルフィンはジロリと彼らを睨みつけた。
「魔法使いが、刃の付いた鉄切れで戦うハンターなんて、聞いたことないわ!」
テーブルを叩いて叫ぶ彼女に、まぁまぁ、とダットが宥めるように声を掛ける。
「いいじゃないか。スティルがそこらで済ませて――」
「どこが『いい』のかしら?」
エルフィンが冷やりと言い放つ。『そこら』の差す意味がわかるのは、彼女含めてバラザームとダットしか分からない。
「二人ともボロボロだって言ったけど、トオルなんてスティルより酷かったのよ?」
ダットは何かを言いかけて、そのまま口を噤んだ。
「で、姉ちゃんはなんか聞いてないのか?」
カウンター客の一人が急き込んで聞く。「聞くって何を?」と彼女が聞き返す。
「なんでそうなったか、とかだよ。ボロボロってことは、何かとやりあったんだろ?」
「……お客さん、噂が好きなのね? 酒場の方がいいんじゃないかしら」
エルフィンが冷やりと言い放った。彼女が名前を知らない。つまり、彼はあまりこの店に来たことが無い客のようだ。
カウンターの客は思わぬ反撃にギョッとする。松之介は、そこまで言っておいてそれは酷い……、と思いながら何も言わずに眺める。
「はは、確かに噂の『暴壊の少女』の喧嘩っぷりを見に来たんだけどな」
「残念ね。昨日、苦情がきて皆街の外にいっちゃってたのよ」
「ああ、そうだったのか……」
客は頷きながら、残念そうに語尾をしおらせた。エルフィンはため息をつく。そこへ由久が近づいてきた。
「オヤジさん! 追加の注文で『二〇ウィックで適当に食えるもの』だそうだ」
由久が叫ぶと「あいよっ」と、バラザームが包丁を手に返事をする。メモ書きを厨房側へ置いた由久は、カウンター越しに店内を眺めて頬杖をつく、機嫌の悪そうなエルフィンに向いた。
「まぁ、大丈夫だろ。透、なんだか妙に怪我の治りが早いし」
「……そう、なのよね……」
入れ替わりに松之介が店内の方へ戻っていく中で、エルフィンが頷く。
「もしかしたら、上位の精霊がついてるのかもね。ねぇ、あなた達何か知らないの?」
「おいおい……」
由久は呆れたように笑った。
「開始直後に魔法使える上に、上位の精霊が加護についてるとか……まさに至れ尽くせりってやつだな」
「破壊の精霊でもついてるのかもな」
由久が首を振りつつ言うと、食器を片づける松之介が笑った。それを聞いて松之介と会話していたテーブル客が「あの子なら、不思議じゃない」と笑う。
エルフィンもつられる様に、クスクス、と笑った。
「そんな、破壊の神だって居ないのに、破壊の精霊なんて聞いたことないわよ」
「なんにしろ、怪我の治りが早くらいなら別にかまわない」
腕を組んでカウンターに寄りかかる由久は店内に視線を投げる。
「旅をするに『怪我の治りが早い』と言うのは中々な利点だ」
「……。」
「そうだよな。怪我しても復帰が早いってのは助かる話だし――」
エルフィンは黙って店の通りを見る。彼女が会話に混ざらなくとも、由久や松之介は、店の客たちと一緒になって楽しそうに会話を弾ませる。
――剣を振るう戦いの事、これから見るであろう旅の景色のことを。
彼女は、誰に声を掛けるわけでもなく、ただ静かにその場を後にした。
夜闇も深くなり、店も閉店の片付けが終わるころ、由久は客席の一つに腰かけていた。
「……おい」
テーブルに膝をついて不機嫌そうに由久が言う。
「なんで、俺が最後まで店の手伝いをしてるんだ? 当番は俺じゃないだろ」
疲れて気が立っているのか、そんな様子の由久に松之介は、最後の一枚のテーブルクロスを交換しながら、彼の愚痴を軽く笑い飛ばす。
「しかし、当番の俺も店の手伝いをやっているのも事実。俺に言われても困るぜ」
「……はぁ」
イライラとテーブルを指で叩いていた由久だったが、諦めたようにため息を吐いて首を振った。そこへ、バラザームが近づいてくる。
「すまんな。当番じゃないのに」
ちょっとした小山の様な大男のバラザームが済まなそうに言う。見上げる由久は、心持、彼の肩が下がっているように感じた。「別に大丈夫だ」と由久は首を振る。
「怪我した透の看病をしてるんだったらしかたない。それに、なんとなく疲れている様子だったからな……」
聞くところによると、至るところに痣やかすり傷があるらしいが……。看病が必要なことか? と聞きたいところをグッと抑えて彼女を放っておいたのだ。
「すまない。疲れてるなら君もそうだったろうに」
「いえ。正直な話、少し物足りないくらいの勢いで。」
二人が話しているのは、東門の外でやっていた喧嘩騒ぎのことだ。今回はなんと、二手に分かれてグループで競うと言う、もはや最初の『暴壊の少女を倒しに来た』という趣旨が全くなくなった状態で、やり始めたのだ。
当然の如く由久が戦う回数も、透や松之介の時と比べると激減して、殆ど手応えが無かったと言ってもいいと由久は思っていた。
「なんというか、彼らの戦い方は恐ろしく稚拙でしたよ。木の棒片手に、犬っころを殴る所から始めた様な……そう、相手に向かって『ただ振るう』と言うか」
由久の指摘は恐ろしく端的だった。昨日、店の前で戦っていた松之介には、その言葉の衝撃は、深く重く、腹に突き刺さる。
確かに挑戦者たちは、由久と対峙する時よりは幾分か楽に感じてはいたが……。由久の様な、そこまで言い切れることは、今の松之介には出来そうにない。
由久の言葉にバラザームは相槌に頷く。
「だが――」
彼は頭を振った。
「あのギリアムという騎士。さすがに騎士を名乗るだけあって、強かった。倒すどころか、打ち込みに行った剣は掠るだけ。一か八か、受け覚悟の最後の一撃も、深く入る前に吹っ飛ばされて……」
由久の声には悔しさがにじみ出ている。話を聞きながら、松之介には昨日の昼の光景が目に浮かぶ。昨日、騎士の戦いぶりを間近で、挙動のどれをも逃すまいと見ていた……。
前かがみに座り、悔しそうに組んだ拳をかむ彼の様子に、バラザームが腕を組んで顎ひげをいじりながら唸る。
「まぁ、相手はみたところ、階級はどうであれ熟練した騎士だ。君の年ならば、十分な及第点だと思うが?」
「そう……ですかねぇ」
いまいち納得が出来ていない様子の由久は、顔を顰めながら後頭部をクシャクシャと掻いた。
「あまり思い詰めてはいけないと言うことさ。悔しかったら強くなる。単純明快だろう?」
オヤジさんはそう言って豪快に笑う。由久が「まさしくその通りだ」とつられて苦笑すると、松之介も愛想笑いで相槌を打った。
「……おっと、話がそれてたな」
話題が一段落したところで、バラザームがポケットから金貨袋を取りだした。
「今日の分に加えて、休みのヨシヒサが臨時で出てもらった分」
松之介に五〇ヴァーリィの『サーヴ銀板貨幣』を一枚。由久には一〇ヴァーリィの『ウァンズ銅板貨幣』が二枚手渡される。
「……いや、これは受け取らずに返す」
受け取った銅板貨幣を眺めていた由久は首を振りつつ、バラザームに押し返した。
「ん? 別に遠慮しなくていいんだぞ? 君は今日、休みのはずだったのを――」
「一日五〇ヴァーリィ受け取ったら十分だ。結構世話になっているし、まだ少しは、お世話になる見通しだ。非番の手伝いくらい、貸しにでも」
「おいおい、好意は受け取っておくんじゃなかったのか?」
松之介が非難の色を含めた言い方で聞くと、由久は「受け取らないわけじゃない」と首を振った。
「ただ、今日の非番の分、こんどは彼女に店の手伝いを変わってもらうだけだ」
ニヤリと笑って言う由久に、バラザームは何かを言いかけ「まぁ、いいか」とため息をつく。
「明日はトオルだったな。彼女は大丈夫なのか?」
「まぁ、大丈夫じゃなくても引っ張り出すさ」
由久は悪い顔をして笑った――と、はっとしてバツの悪そうな顔になる。
「……明日、動けたとして透は出れそうにないんだが」
言いにくさを誤魔化すように後頭部をクシャクシャとさせながら由久が言うと、バラザームが怪訝そうな面持ちになった。
「明日、例の騎士が帰るらしいんだが――一応、あいつ目当てでここに立ち寄ったから、最後に一度、手合わせしてみたいんだとか、なんとか」
「断ればいいんじゃね?」
「それができりゃぁね」
横から松之介が言うと、彼はため息と共に首を振った。
「『魔法使って暴れる』って、もう役所から許可もらってるらしい。怪我したとき様に病院から何名かの医者、治療魔法学関係の医療班を組んでるとも聞いたしな」
「どこ情報だよそれ……」
あまりに大袈裟な内容に、松之介が悲痛めいた呆れ声をだす。
「許可の件はギリアム氏から直接。医療班の件は門兵からだ」
「そりゃぁ、信憑性が高いな」
松之介がげんなりとした顔になる。
「はは、こりゃぁ終わっても手伝えそうにないな」
面白そうだ、と笑うバラザームは「そういうことなら」と手を打った。
「どうせ、噂が回っているだろうし客の足も少しは減るだろう。明日は手伝わなくても大丈夫だと言っておいてくれ」
わはは、と大きく笑って二人の肩を叩くバラザームは「それじゃぁお休み」と厨房の奥の方へ歩いて行く。二人も、裏口の廊下の方へ歩き出した。
「……たぶん、お前も挑戦させられるぞ」
「マジかよ……」
由久の言葉に、松之介は酷く顔をひしゃげさせた。部屋に戻った二人に、足の高いテーブルに頬杖をついて眠りかけていたエルフィンが目を開ける。
「ああ、二人ともお疲れさま」
穏やかな口調で言う彼女は、普段の元気と言うか、そういうものが抜け落ちたように大人の女性を思わせる。二人は彼女の方へ歩いて行った。
「ヨシヒサ、今日はごめんなさいね?」
椅子に手を掛けた由久に、エルフィンはまどろみを含んだ目で見上げる。腰を下ろす由久は「いえ」と首を振った。
「その代わり、今度都合が悪い時に、都合を合わせてもらう」
「そう。わかったわ」
ニヤリと笑って言う由久に、彼女は口元を軽く笑ませて頷く。そして、今度は松之介に向いた。
「マツノスケにも頼っちゃってごめんなさい」
「俺は元々当番っすよ」
笑い飛ばす松之介に、エルフィンは「ありがとう」と頬笑み返す――と、すぐにその笑顔は退いた。
「……トオル、魘されてたのだけれど、ついさっき寝込んだわ」
両手をギュッと組んだ彼女の声は、一段と下がっていた。
「ねぇ、あなた達何か知らないの?」
切実な瞳で二人を見るエルフィンに、二人は目を見合わせる。松之介が難しそうな顔で肩を竦ませると、了承したように由久が片手を軽く上げる。
「――ところで」
彼女に向き直った由久が口火を切った。
「一つ聞きたいんだが……あんたは『プレイヤー』か?」
彼女が眉間に皺を寄せて、首を振る。
「……違うわ」
「じゃぁ『システム側』なんだろ? 個人の過去を詮索するのは――」
「ねぇ」
彼女は震えた声で聞く。それは怒気を交えた複雑な震え方だった。
「貴方の言っている意味がわからないわ。『プレイヤー』はともかくとして、『システムガワ』ってなに? 私たちの事を言っているの?」
由久は、開きかけた口を閉じた。松之介には、彼が「そうだ」と頷こうとしたのが分かる。閉口した彼はテーブルの上に視線を流し、言葉を組み直したうえで顔を上げる。
「じゃぁ、そういうのを一切なしにして言おう。勿体ぶってすまないが……実は俺たちもわからないんだ」
彼女は何も言い返さなかったが、怪訝そうに細まった目は、その心情を物語っている。松之介が後を引き継いだ。
「俺たちが透と知り合ったのは中学……。あ~……、十二~十三あたりのころなんだ。それ以来の付き合いなんだが、悪夢を見るなんてここにきてからなんだ」
「ここに?」
「ああ。『向こう』では特に問題もなかったし、その手の話は話題にならなかったからな」
「……。」
エルフィンの口元がわずかに動いた。だが、彼女は思うものがあるのか、そのまま少し黙り込むと、深呼吸して「そうね」と立ち上がった。
「詮索しない方がいいこともあるわよね。……ごめんなさい」
「すいません。俺たちもしらないので……」
部屋に帰ることを察した松之介が立ち上がりながら返すと、エルフィンは小さく首を横に振った。扉の方へ歩きながら松之介の顔を見上げる。
「いいえ。今日はごめんなさいね? じゃぁ、二人ともお疲れ様」
部屋を出て行くエルフィンを松之介が見送り、扉が閉まる。廊下を歩いて行く足音が聞え、ドアの開け閉めの音が小さく聞えた。 松之介が椅子に腰を下ろす。由久は不快そうに舌打ちした。
「またムカつきがぶり返してきやがった」
「おいおい……」
荒々しく言う由久に、松之介はため息をついた。
「そんな気にすることか? 確かにゲーム相手だが、普通に接していれば人間とかわらないじゃないか」
宥めるように言う松之介に「そっちじゃない」と由久は腹立たしげに言った。
「悪夢の件だ。
今更考えてみれば――あいつの言うことを信じてやるとすれば、無理矢理、女の体にされた上に、精神異常のおまけつきだぞ?
開始の時から、あいつだけゲームの様子が違う。実験用のモルモットと同じじゃねぇか」
「まぁ、確かにそうだが……」
松之介は言葉を濁した。その様子を由久は鋭く見据える。
「……そうか、そういえば伝えてなかった所があったな。あいつ、なんでも体を移す時に意識がある状態でやらされたみたいだ。全身、引きちぎられる様な痛みを受けたそうだ」
「はぁ?」
中立的な松之介の心情だったが、それは一気に傾いた。
「……どうするよ」
「……。」
松之介の問いかけは、二人の耳に残響のように貼りつく。黙り込んだ部屋の中で、由久はため息と共に立ち上がった。
「胸糞悪くなってきたが、明日、あいつに聞いてみよう。正しく『実験台』にされているのがムカつくが、それを差し引いても楽しめそうなことがあるのも事実。
あいつがここへ誘ったんだ。帰る時の判断もあいつにまかせよう」
「そうだな……」
「んじゃ、取り敢えず先にシャワーを浴びさせて貰うぜ」
そういって由久は脱衣室に入っていく。閉じられる扉の音の中で、松之介は天井を仰ぎながらため息を吐いた。




