26-2 閉店後の談話
ごめんなさい。ぽいぽい投稿してたら一話分吹っ飛ばしてました。
「……ふぅ」
薄暗い、人が全くいなくなった店内のカウンター席に座りこんだ。前のめりになってテーブルの上に蹲る。
透は閉店作業をやっと終わらせた所で、慣れてきたとはいえ今日はさすがに疲れた。 なんとなくもう一度ため息をつく。こうして沈黙していると、未だに昼間の喧騒とした耳鳴りが聞こえてくるようだ。
右手で頬杖をしながら、左の掌を見つめる。
手が痺れて痛い。石畳の上を転がったり、時には打ち飛ばされたりもしたので、体の到るところが痛かった。きっと痣が出来ている。最近治ってきたばかりだと言うのに。
そういえば、二人と比べると、段違いに怪我の治りが速いんだよなぁ……。
掌の擦り傷を見ながら、彼は不思議に思った。実際は「段違い」と言うより「異常」とも思えるほどに。気が付くと怪我が治っているのだ。 痣なんて、冷やしたりしている内に二日ほど、今のところ最長でも四日で無くなってしまう。そこら辺はさすがゲームだなぁ、としみじみ思う。軽い傷が半日もたたぬうちに治った時は、さすがに不気味に思えた。
透の考え事はゲームからの連想で、中年騎士――ドゥウォン・ギリアム騎士のことを思い出す。あの後、彼が店の前の残党を片付けたのだが、始終、彼は疲れを見せない様子で戦い抜いた。それだけではなく、一撃もかすりすらさせない見事なまでの剣捌きは、さすが本職と言わざるを得ない。
早く流れる一撃一撃が重いのだ。見事な打ち込みが入れば、叫び声と共にふっ飛ばされ。途中から挑戦する前に諦める者が出たほど、彼の実力は見せつけられるものがあった。
「お疲れ、少年」
ぼんやりと呆けて昼間の回想をしていると、不意に横からエルフィンの声が聞こえた。続いて隣の席の椅子を引いく音が聞こえる。 透は僅かに上体を海老反りに起こし、隣に座ったエルフィンに顔を見あげる。 その顔には疲れが見て取れる。
椅子に座ろうと、体をいれこませている所でこちらの視線に気づいたエルフィンは、さっと口元をゆるめて穏やかな笑顔を作った。 何時もの、何かのオーラを飛ばしている様な笑顔ではなく、静かに佇むといった笑みだった。
「……今日は、ありがとうございました」
隣に座る彼女に、こちらも笑みを作って返そうとしたが、顔がひん曲がるだけで到底笑顔とは呼べそうにない顔になる。 あちらこちら痛む体を起して背筋を伸ばすと、頭を下げる。
「すいません、エルフィンさんに全部任せちゃって……」
実は、あまりの忙しさに途中で透がダウンしてしまったのだ。正確にはダウン直前のフラフラになっていたところにエルフィンが気付いて少し休憩を入れさせたと言う話なのだが、休憩に入った時間帯が込み合う時間だったため、彼は休んでいる最中申し訳なさで気が気でなかった。
「え? ――まぁ、いいのよ。で、楽しかった?」
エルフィンは一瞬なんのことか分からないでいた様子だったが、ふと思い立ったのか首を振って答える。彼女の聞き返しについては「多分、昼間のことかな?」と透はあたりをつけ、「疲れた」か「楽しかった」など色々と言うことを迷いながらも「そう……ですね」と頷いた。
「為にはなったと思います」
「そう。それは良かった」
優しげに彼女は笑った。疲れと眠気にまどろむ透は「はい」と相槌を返す。少しの間を開けたのち、彼女はため息と共にいつもの口調で口を開いた。
「それにしても、今日は本当に大変だったわ~。血の気の多くて、むさくるしい限りだったわよねぇ?」
テーブルに肘をつく。ため息を吐く様は本当に疲れているのがよく分かる。透もダルさに耐えかね、首をエルフィンに向けたまま、机に突伏した。髪が頬にかぶさったが僅かに鬱陶しく思うだけで、それ程気にもしない。
「そうですねぇ……」
「珍しくスティルも大分、まいってるよね。早々と寝ちゃうくらいだったし」
今日一番の忙しさを考えると、スティルが一番働いていた。普段の仕事内容に加えてフロアーの仕事も時折請負い……。終わった時のスティルはしゃべることなく、早々に厨房奥にある廊下から自室の方へ歩いて行ってしまった。透たちが出入りする裏口への廊下とは他に、厨房奥にも廊下があり、スティルとバラザームの部屋へ繋がっている。
「スティルには頑張ってもらいましたし……」
「はい、二人とも」
透が相槌を打ち、エルフィンがテーブルに指を突っ立ててほじくっていると、ダットがテーブルの上に何か置いた。 何が置かれたのか見ようと、透が上半身を起き上がらせると、丁度、ダットが水を置いてくれたところだった。目の前にはパスタとフォークが置かれている。
正確には、一般的な麺状のパスタと言う料理はなく、広義な意味での『パスタ』が二人の目の前に置かれている。
すなわち、粉末状の実などと何らかの液体で練り、茹で上げられた食べ物である。
確か……食用の葉を香りづけに混ぜた粉末を、鳥ガラスープで練りあげて、食べやすい様に切って……駄目だ、良く思い出せない。たぶん、その後は茹でて、ソースやらと絡めるんじゃなかったかな。
取り敢えず、パスタ料理の一種であることには違いない。
「晩御飯、今日はまだ食べてないだろ? 適当に作ったよ」
一口サイズの三角形に切られたパスタを覗きこむ透へ、ダットが言う。肉厚なパスタはソースと絡んで美味しそうだ。
「あ、ありがとうございます」
パスタから目を離し、ダットを見上げて小さく頭を下げた。
「いやいや。実を言うと、残った材料の有り合わせなんだけどね。明日まで持たせるには微妙な量で――」
味つけは、酸味を付け足した『野菜煮込みソース』。たぶん、作り残りを煮詰め混ぜたのだろう、と透は見当を付ける。
「――あ、水を冷やすのはエリーに頼んでくれ。さっき冷蔵庫がとまってね。冷却用の魔法器具が魔力不足で動かないんだ」
エルフィンが水を一口飲んで「ぬっる~い!」と言いたげに顔を顰めたところだった。ダットのその言葉に、途端に彼女は噎せる。
透は口に運んでいたパスタを頬張りながらエルフィンの方を見た。
「ゴホッ! ……っええ~!? もう、そんな時期なの? それじゃぁ……」
「ああ、ボランティアとして町の役人と一緒に魔力の充填を頼まれるだろうな。街中の家庭魔法器具に」
エルフィンが涙目に険しい顔をして、ダットを見上げていた彼女は「うそ……」と消えてくような声をもらしながらテーブルに突っ伏した。
「いっ~やぁ~。氷水系を扱える人ってこの街に私と姉さんしかいないんだもん。姉さん、隣町に行ってるから全部回るのに、私ひとり……?」
「毎日みっちり、迅速にこなしても一週間は固いな」
何時も詰られているダットは愉快そうに笑って言うと、驚いた事にエルフィンがううっと泣き始めた。透が驚くが、ダットは動じない。
「助けて~少年~」
「え?」
「いや、トオルさんには無理なんじゃないか?」
話についていけていない透は、急に話を振られたことに変な声を上げる。そこへ、ははっと笑いながらダットが言った。
「? なんで無理なんですか?」
冷却用の魔法器具の所から質問したかったが、取り敢えず話の流れを堰き止めない様に質問する。すると、ダットは回答に困ったように唸った。その間に透は三角パスタを頬張りこむ。
「まぁ、色々理由があるんだけど……聞いたところによると、トオルさんは具現化の魔法であって、魔導や精霊使いではないのだろう?」
「――あっ!」
口に入れていたパスタを飲み込むと、透はエルフィンの方へ振り向いた。その横で運び終わったダットも席に座る。
「そういえば、エルフィンさんって魔法使いなんですか?」
昼間の出来事ですでに分かっていることが、一応に聞いてみる。詠唱が一切なかったが、もしかして彼女も具現化という類か?
「ええ、私も一応……というか『元』本職ね。『精霊使い』って感じかな。氷水系が一番得意でね」
「え? でも昼間は……」
「あれは、精霊に対して心の内で会話……というより、私の怒りに同調して精霊が勝手に起こした魔法ね」
にっこりと笑うと不意に顔をダットに向けた。ビクッとダットが後ろに下がる。……どうやら、彼も彼女を怒らせて痛い目にあったらしい。
「……まぁ『今朝』は、ああ言う意味合いだったから仕方ない、か。元々、忙し過ぎてイライラしてたし」
『今朝』……と言うと。確か、バラザームが休みの交渉をしてきたのだっけ? 突然「今日は休んで良い」とか「ダットの家で時間を潰した方が~」とか。
今になって分かることだがバラザームとダットは、ギリアムが来ることを知っていた様子だった。
「『イライラ』……って。にしても、トオルさんは強いな」
話題を変えたいのか、ダットがこちらに話を振る。急な話の変化に透は眉間のしわを寄せた。
「いやぁ、昼間のことだよ。噂どおりの強さと言うか」
「……『暴壊の少女』ですか?」
今度は目を座らせて、不服そうに透が聞き返した。ダットは少し困った様に「そういう意味ではないけど……」と肩を竦める。
「君『外』から来て間もないんだろう? 元々、何か稽古をつけていたのかい?」
少し驚く。ここの人々は『現実世界から来た人間』に対して良くない印象を持っていると言うのは、昼間の『プレイヤー』の態度や、昨日の喫茶店で分かった事だったのだが……。
「……どうしてですか?」
「なんだかなぁ……こう、慣れた感じがしたからね。長く修練を積んだ、と言うわけでもなさそうだけど」
透は口に運んだパスタを一度下げて照れ笑いを見せるも、すぐに引っ込めて首を振った。
「由久ですよ」
「彼が、師?」
食いつくダットに「いや、まぁそうともいいますか」と苦笑気味に答える。
「半分当たりというか……。元々彼が、親から剣を教わったりしてたんですよ。習い事でも剣をしてましたし。
俺自身、遊びで木の棒持ってパッコンパッコン打ち合ったりね。で、彼がその付き合いを時々。三年間ほどですが……」
三年間。由久と遊んでチャンバラをするのは本当に時折だったが、それ以上に、学校で剣道の授業があった時は、松之介と一緒になって彼にしごかれたものだ。
二人が由久によってしごかれている最中、隣で担当教員が居ないことを良いことに、仁山と丹葉が『巌流島の決闘ごっこ』と称してふざけ合っていたのを思い出す。小学生用の竹刀を二本持った宮本武蔵役の丹葉と、佐々木小次郎役の仁山が飛んだり跳ねたりの良く分からない決闘をしていた。
宮本武蔵の二刀流は、大太刀と小太刀の長さの違う刀であるとか、色々と突っ込みを考えながら眺めていたものである。
「ああ」
ダットの「なるほど」と頷く声によって、透は思い出から現実に戻ってきた。彼は頷いたもののその様子は明るくない。歯切れの悪さを感じさせる表情をしたところから、聞きたいことはそこではなかったということに気付いた。
「じゃぁ、魔法の方は? 君たちのところでも魔法はあったのかい?」
「――いいえ」
透は驚いたように首を振った。
「魔法なんて……。向こうで笑われちゃいますよ」
「そうなのか……不便だったりしないのか?」
「まぁ、不便と言えば、まぁ、不便な点はあったりしますけど……。でも、物作りの技術がとても進歩して――」
ふと「ゲーム相手に何話してるんだろう……」と思った透は口を噤んだ。二人が、ん? と不思議そうな顔になる。
「……もしかして、聞かなかった方が良かった?」
エルフィンが心配そうに聞く。透はため息を一つすると「どうでしょう」と曖昧に誤魔化して首を傾げた。
「でも、なんでそんなことを聞くんです?」
「なんでって――」
話を振ったダットに向いて言うと、彼は「どうする?」といった感じの表情でエルフィンへ目線を送る。
「ああ――良い? 少年」
彼女は片眉上げながら肩を竦めると、透に向き直った。
「私たち、ここで『向こう』から来たばかりの人たちを幾人か面倒見てきたけど、魔法を使えた人って、居ないのよ」
「居ない?」
透が眉間に皺を寄せる。そこへダットは言葉足らずだったと、付け足した。
「いや、扱うにはそれ相応に、魔法を学んだりすると言う意味で、だよ。それまでつかったことのないモノを持たされたって、すぐに扱えるはずないだろう?
すくなくとも、今まで僕たちが見てきた『彼ら』は、魔法を扱う人はいなかったね」
「――魔法は人から教わることが多いの。具現化を扱える魔法使いとなれば、そう多くはない……。感覚的なものだから、知識だけの人だとあまり効果的にも思えないし。
つまり『著名な魔法使いのお知り合いなのかな~?』って、そういうことよ」
彼女が肩を竦めると、「で、どうなの?」と興味津々と言った様子で身を乗り出す。先程まで疲れ切った様子を見せていたとは思えない切り替えに、透は驚きに身を退きながら「そうですね……」と来たばかりのことを思い出す。
……最初から使えてたよな。
「来たときから、扱えましたけど……結構、普通に使えましたよ?」
「……。なんというか、『君達』ってホント色々だね……」
胡散臭そうな表情で言う透の言葉に、ダットは意味深な言葉と共に思わず失笑を漏らし、エルフィンは「なるほど『天然モノ』……」と声を低めて呟いた。
その後、しばらく話しあっていると、透はこの世界の著名な教育機関を聞くことになる。こと魔法学については名高いが学術国、ウィガニース-ケルセンド。
大陸の中心に天高くそびえる巨大な山脈群。そこを中心にして、北西あたりにその国、ウィガニース-ケルセンド王国がある。現在位置は、山脈群より東南東に位置するルビナ国内の南東よりにある貿易拠点、ラス・ナイク。――時計に例えるなら、大陸の中央に位置する巨大な山脈群を軸に、ケルセンド王国が十一時の十二分前で、ラス・ナイクは四時あたりだろうか。
「――魔法学に関する豊富な知識と原石を集め、新たな知識を生み出す――ここで言われている『知識』とは、魔法学に精通するもの……すなわち、魔法使いのことであり、『原石』もまた魔法使い……」
そう説明するエルフィンは、得意げな顔をして指振り指揮棒に教鞭を執る。
「大小幾つかの魔法学校があるけど、国外からも有名なのは、国が特に注力して助力支援している『国立・ケルセンド上位魔法学院』、それと、上位魔法学院の入学年齢に満たない、年の低い子どもを入学させる下位魔法学院ね」
へぇ……、と感嘆のため息交じりに熱心に聞き入る透は「エルフィンさんもそこで魔法を?」と聞くと、途端にその得意満面な顔が固まる。
「……残念ながら私は、ケルセンドの北東地方にある名もない学校出身でーす」
首を傾げて笑顔で「えへっ」とか言って誤魔化す彼女に向けられる二人の目は、とても冷ややかなものだった。
「――ちょっと、見ないで! そんな目で私を見ないでぇっ!」
はっとして、彼女は顔を赤らめて叫ぶ。――透は物悲しげな目で、ダットは手の焼く子どもを何所か諦めたように見守る目で、彼女を見ていた。




