23 喫茶店にて
翌日、例の如くエルフィンによって選ばれた服を渡された透は非常に厳しい選択を強いられた。 彼女が持ってきたのは、大凡透が着たくないと思っている服の二大選択だったのだ。一つは普段より露出度高めな現代服装。もうひとつは、おっそろしいほどのピンク色で統一された服……。
具体的には、前者の現代服は、下着の紐に小さなフックで引っかかるように出来た、肩幅よりも大きな口を開いた白いオフネックシャツと、本当に下着を隠す程度に心持、丈を足した様に思えるほど短いスリット入りスカート。 上下ともに、動くたびに下着が見える上、黒セットというおまけつきである。
もうひとつは……形容しがたいエルフィンの制服とお揃い服。
捨て身の露出か、嫌悪を抱くほどのピンクか。
透は、まるで己の「生か死」の是非を問うかのように真剣に悩む。しかし悲しいかな。彼にとってそのどちらも「死か死」という謎の状況だった。
結局、長考の末に至った考えは、露出の高い服の方を着ると言うことに。エルフィンの制服セットの方は、もしかしたら彼女が普段着ているものをそのまま持ってきたという可能性が無いくもない……と、そうだった場合の事を考えた透の気恥かしさが、選択を決した。
さて、服装が決まって着替えた後も、しばらく彼女と共に小物選びに時間を費やす。エルフィンの言うことは、透にとってわからないことだったが、彼女の楽しみように、透は何所か温かい目で眺めていた。 追加として、黒のリボンを巻いたつばの広く大きい白の帽子に、ネックレス、茶色のブーツに黒のリストバウンドを渡された。
中でも、リストバウンドは伸縮のある布で、手に入れるのは難しかったと自慢げに彼女は話す。行きつけのお店でプレゼントされたとのことだったが、それまで探しても見つからない様なものだったらしいのだ。
嬉しそうに話す彼女に、よかったですね、と笑いかける透。その本音は、兎に角寒い、という気持ちでいっぱいだった。
段々と気温が下がり、寒気の足音が聞こえてくるこの頃、春から夏に向ける様なこの服装は、さすがに肌寒さを強めに感じる。
そんな楽しげに話すエルフィンの服装も、見ていて肌寒い。腕や足が露出している。
寒くないんですか? と聞くと、彼女は不思議そうに、そうかな? と聞き返す。透は話題を変えて、アーウィンたちと合流することにした。 アーウィンの部屋で話しこんでる二人を呼びに行く。合流してみると二人の服装も、薄い服装だった。
アーウィンとエルフィンは普通と言った感じでおしゃべりしながら道を歩いている。その一方で、それについて行くように歩く透と由久は、季節のずれを否めない服装に肌寒さを感じていた。
素晴らしいことに、大きく広いつばの帽子は太陽の恩恵を遮ってまでその存在の主張をしてくれる。これならピンクの方が温かそうで良かったかもしれない。
「……どう考えても、寒い」
「……いうな。言っても仕方ない」
露出した腕を擦りながら呟くと、通りを観察しながら歩いていた由久は、首を振りつつ言った。 彼の視線の先……通りを行く人々の服装は、明らかに現代服とは違う。
「……なんて言うんだっけな」
「? なにが?」
由久の独り言を聞いた透が、彼の視線を指差し追いながら聞き返す。
「……なにが?」
何を見ているのかよくわからなかった透が再び聞く。いや……、と由久は唸りながら答えた。
「街の人の服装だ。俺たちが着てるような現代服ではなさそうだし……。だが、エルフィンさんが買ってくるあたり、現代服は市販されているんだろうが……」
「どこで服が売られてるか、ってことか? それなら――」
「いや、そうじゃない。一般の人たちが来てる服装のことを総称して何と呼ぶべきか、ってところだ」
「一般人が着ていて、それが普及しているようであれば、一般服で良いんじゃない? 流行服とか」
「それとはまた違うだろう。こう……日本なら和服とか、特徴的な服があるだろ? あれは何に似てる?」
「何って……」
透は言いかけ、そのまま腕を組んで黙り込んだ。しばらく唸って首をかしげる。
「質素な服……としか言いようがない様な……放牧的とか?」
「放牧……」
由久が言葉を繰り返す。眉間に皺を寄せて唸った。
「モンゴルの民族衣装はこんなんだったか?」
「違うなぁ……モンゴルの民族衣装ってなんか派手じゃなかった? 教科書とかでみると」
「教科書の奴は、質素とは程遠いな」
これ、といったイメージがつかめない二人は唸りながら二人の女性の後をついて行く。昨日もそうだったが、アーウィンとエルフィンの仲はとても良い。おそらく、透と松之介の二人がいなくなったのに気付いたのも、喫茶店前だったのだろう。彼女たちはとても熱心に何かを話しこんでいた。
その後ろを、考え事に耽り、どことなく目を虚ろにさせて歩く二人。あ、と透が声を上げた。
「ヨーロッパの市民階級とか、そこらへんじゃない?」
「……ずいぶんと『放牧的』から離れたな」
「考えてみれば『放牧的』ってのも、質素な服装をした農民の背景に酪農風景ってゲームのイメージが染み付いたせいかも」
ああ、と由久が賛同するように相槌を打つ。街には飾り気のない『質素』な服装の他にも、厚手の丈夫そうな服装、体の一部に――たとえば肩だけとかに――鎧を身にまとう人も一部にみられる。 それを遠目にみた透が「なんであんな中途半端なんだろう」と疑問に呟くと、同じ人物を見ていた由久が「ヒント、宿屋」と素っ気なく言う。
なるほど、置いて来ているのか、と透が納得したように頷くが、すぐに変だと気付いたようだ。「何故、全部置いてこない?」 と由久に聞き返すと、由久が意表を突かれたかのように顔をしかめる。
「金が無かったんだろ。肩しか買えなかったとか、元々あったが売り飛ばしたとか」
「金がないとか――」
「おやー?」
透が失笑気味に笑っていると、エルフィンが振り返っていた。口元に手を当て、指差してきている。
「やっぱり、お二人お似合いねー?」
「……。」「……。」
彼女の言うことに、露骨に嫌な顔をする二人。アーウィンは隣で「茶々をいれちゃ、駄目でしょ」と苦笑いしている。
「よし、由久。一旦、宿に戻って武器持ってこよう。街の外から桃色を燃やそう」
「名案だと言いたいところだが、止めろ馬鹿」
帽子の影の所為か、暗いものを眼もとに落とす笑顔で言う透に、由久の冷静な突っ込みが入った。
エルフィンの茶々入れに、透がああだこうだと、面白い様に引っかかるのをアーウィンと由久が眺めながら歩くこと数分、表通り沿いにある喫茶店に着いた。
街の中心を基準に南南東くらいに位置する喫茶店は、表通りにありながらもその客数はあまり多くはない。
表通りから住宅区の方へ伸びる広い道の角に位置し、喫茶店は大胆にも、道に面した二面が壁のない構造だった。木造建ての優しい茶色の色彩に、観葉の樹木なのか鮮やかな黄緑色の葉が、屋外からの陽を浴びている……。
「ああ、ここだったの」
到着するとともにアーウィンが店内を見回しながら言った。
「あれ? ルーさんは来たことあったの? つい最近、開店したんだけど」
エルフィンが驚いた表情で聞き返すと、アーウィンは、来たことはないけど……と首を振った。
「でも、街を歩いてたときに見かけたわ。今度来てみようかしら、てね」
「あ~。ここ表通り沿いだもんね……。で、結構おしゃれじゃない?」
エルフィンがうずうずとして、感情を隠せない様な面持ちで聞く。アーウィンが笑顔で頷いた。
「ええ、そうね。結構というより、とても良い感じ」
「ここね、私がアドバイスしたのよ!」
「なるほどね。道理でここに来させたかったわけだ」
感嘆のため息の後にアーウィンが店内を見回す。
「へ~。良いですね」
「確かに。壁に飾ってある小物とか良い具合だと思う」
透につづいて由久も、各々が見渡しながら称賛する。エルフィンは満足げに笑った。
「ふふふ、そうでしょ~?」
笑顔満面に頷くエルフィン。店内のカウンターへ歩いて行くと、座っていた三十代と見受ける男性店員らしき人物が、こちらを見て、立ち上がった。
「やぁ、エルフィン」
眼鏡をかけ、青い長袖のシャツに緑茶色のエプロンを付けた彼は、近づいてくる彼女に向かって手を上げながら挨拶する。エルフィンは笑顔で答えた。
「どうも、クァラッティおじさん」
ぼさぼさ頭に、目元は少しくぼんで疲れている様な印象を受ける。彼はエルフィン、そして後ろに続く三人を見て、それから再び彼女を見た。
「今日も今日で、ずいぶんと奇抜なかっこうだね?」
肩をすくませて言うと、途端に彼女が不機嫌そうに頬を膨らませる。
「奇抜とは失礼ね。見慣れてないだけで、とってもかわいいと思うけど? 『向こう』の服を着たっていいじゃない? 良いところは良いと評価しなきゃ」
「そりゃぁそうかもしれないけど。あまり良い気持ちとは言えないな。この街じゃぁ、随分と前から君がその服を着てるから、街の人が慣れてるけど。やっぱり外から来る人からはあまり歓迎されてないね」
由久が目を細める。しかし、彼の言った『外』という単語は、そのまま街の外から来た旅人たちのことだった。
「……まぁ、それはまた今度ということで。紹介した方がいいかしら?」
由久の怪訝そうな表情を知ってか知らずか。エルフィンが話を切り上げて三人方へ手を向ける。 クァラッティと呼ばれた男性は、そうだね、と頷く。
「ルーさんは紹介しなくても大丈夫よね?」
「ああ、アーウィンさんのことはよく聞いているよ」
「じゃぁ……この子がトオルで、そっちの彼がヨシヒサよ」
名前を聞いた途端、彼は怪訝そうな表情になった。
「……なんだか、聞きなれない名前の響きだ。いや、話で聞いた様な……」
「おじさん」
エルフィンが三人から離れて、クラッティにちょいちょい、と手招きしている。クラッティがカウンター越しに顔を近づけると、エルフィンが何やら耳打ちし始めた。時折、嫌そうな声が聞こえてくる。 しばらくして、エルフィンが「大丈夫よ~」と諭すように肩を叩きながら言うと、「まぁ、あの人が言うなら」と渋々と頷く。
向き直ったクラッティはなんだか、歯に物が突っかかった様な面構えだった。
「……あ~……名は、クラッティ。ここの喫茶店を経営してる」
「――ほら」
なんと答えてよいやら良くわかんなかった二人は、ぽかんとしていると、横からエルフィンが肘で小突いた。慌てて透が――答えるわけでもなく、その小突きを由久へ回した。
由久が面食らった表情をする。 目の前の店長に向き直ってしばらく考えるが、由久は首を振った。
「……まぁ、そのなんだ。今の台詞になんて返せばいいんだ?」
「ん――すまん。語学の乏しい私にはわからないのでね」
透が演技じみた言葉で苦笑しながら返す。そこへエルフィンが口を挟む。
「『そうですか。よろしく』くらい言ったらどうなの?」
「『そうですか。よろしく』?」
「ちょ、お前馬鹿か」
キリッとした表情で即座にオウム返しに応える透に、即座に彼女(?)の後頭部を由久が叩く。やれやれと言った風に首を振った。
「あ~、『家猫』でお店の手伝いをさせてもらってる、由久です」
「同じく、透です」
今度はクラッティの反応が止まる。エルフィンがまた慌てだした。
「ちょっと、クラッティおじさん?」
「あ、ああ」
呼びかけられて、茫然としていたクラッティははっとして我に返る。が、しばらくの間の後に、不思議そうに二人に聞き返した。
「君ら二人とも、本当に『プレイヤー』なのか?」
「へ? ……ま、まぁそうですが」
予想外の質問に、透が困ったように笑いながら言うと、彼はまた首をかしげた。
その後、エルフィンが仕切って微妙な空気をまとめ上げると、住宅区へと続く道側のテーブルの一つに四人は座った。
「ごめんなさいね。クラッティおじさん、結構噂とか鵜呑みにしちゃうから」
「そうなんですか?」
「さっきのは……」
エルフィンはちらりと通りの人たちを警戒するように見渡す。
「なんといえばいいかしら? 結構、感づかれちゃうのよね。トラブルを起こす以外は『まとも』だって思われてるからねー……」
「宿に帰ってからにしない? それは」
エルフィンが頬杖をついてため息をつくと、アーウィンが肩をすくめる。
「そうね――あ、いまお菓子と飲み物、作ってもらってるからね」
エルフィンが席を立ち上がりながら言うと、透は「そうですか」と笑顔で相槌をする。由久は「どうも」と軽く頭を下げて答えた。彼女がカウンターの方へ行くと、アーウィンが口を開く。
「じゃぁ、魔法について話そうか」
「あ、そうでした」
はっとして、透が頷く。アーウィンが苦笑した。
とはいっても、私も少しくらいしか分からないのだけれど……と、少し遠慮げに言いながら、彼女は説明し始めた。
最初に魔法の種類について教えてくれた。
前振りに『魔法にも種類があり、それは地方によって多少の違いがある』と言われた。よって、『主な』という表現に留まるが、魔法には三つ種類別が出来るというのだ。
ひとつは『魔導』と言われる系統。
大陸中で最も使われている魔法の一つ。触媒を用いて精霊に働きかけ、その精霊の眷属に当たる現象を起こさせる。触媒でも最も一般的なのが、書物に特殊な文字がつづられた「魔本」だそうだ。
本来、魔本は自ら作るのがセオリーだったのだが、近日では『精霊使い』と呼ばれる魔法使いが、使役させている精霊と同じ眷属の精霊たちと共通して使えるように書かれた『魔導書』を書き起こし、売られるようになったことから微弱な魔力しか持ち合わせていない者も、魔法を使えようになった。
しかし、それでも魔法使いと言うのはあまり多くない。
誰しも微弱ながらに魔力を持つと言われているが、その力の発現にはある種才能が必要だと言うのが、今のところの考えである。
話をしている最中、エルフィンがお菓子と木で作られたコップを持ってくる。配膳しおえると、彼女は元の椅子へ座った。
二つ目の系統『詠唱』系。この説明を聞いて透は、これこそ魔法だと思った。
詠唱系は、この大陸出身者に扱うものは居ないものの、西の島国グラザード出身者に見られる魔法で、操作系のものとは違って、精霊と関係なしに魔法が使えることが一番の特徴だ。
詠唱する言葉も、精霊使いは古めかしい言葉で精霊に頼みこむような形で使うのだが、彼らは、不可解な彼らの魔法専用の言葉を使い、魔力を操るのだ。それによって行使される魔法は、生活に密着したものから、闘いまでとても幅広いものだといわれる。
そして、その触媒に棒状のもの。主に杖や特殊な石などを使のだが、言葉にあわせて杖を振るう姿に『指揮者』に見立てて、グラザード出身者は音楽家が多いなどと言う可笑しな噂がある。
……その指揮者という見方も、実は『外』の考え方のだが。
元来、この世界の指揮者と言うのは、一定のリズムで音を刻み、テンポを取ると整えると言うもので、その音は魔法を行使して伝わる。
「だから、魔法が先ではなく、本当に音楽が先だったそうよ」
「じゃぁ、音を操る魔法とかそういうかんじなんですか?」
「そう……じゃないわね。伝承などによれば、元々はその歌に感動した精霊や神々が力を貸す形にということらしいわよ? 使われる魔力は精霊や神々に旋律を届けるためだとか。
まぁ、昔がそうであって、今はとても単略された言葉で行使されるんだけどね」
「そうなんですか……。なんかすごいですね。どこも『少し』って感じじゃないですよ?」
「まぁ、これは一部分であって、魔法は奥が深いというわけよ」
「なるほど……」
透は腕を組んで、頷く。ただ、ゲームの設定としてはもうお腹いっぱいな気もしないでもない。
そして三つ目。『具現化』という魔法だった。
「ところで、マツノスケから剣としきりに、にらめっこしてたと言うけれど……」
「ああ~」
透は何となく察しが付いた。首の座りを直すように傾げなおすと透は軽く握った手を目線より少し低い高さに上げ、じっと集中する。
白い靄が手の内に現れ、段々と遠方の雲のように白く濃くなり、そこから棒状に左右へ伸びて行く。アーウィンが「やっぱり……」と感嘆の声をだし、エルフィンが息をのむ。 形状変化していき、段々と剣の様な形になったところで感覚を確かめるように、手を握り締めると、先程まで無かった感覚がそこにはあった。
ひょいっと振りあげると、靄から離れて出現したのは白く光る剣――松之介が持っていた剣とそっくりだ。
由久もさすがに驚いている。だが、透の表情は良いとは言えなかった。
「う~ん……」
振りあげた剣を下ろし、じっと見つめる透。納得いかなそうに唸ると、剣を一発、指で弾く。
「きゃっ!?」
エルフィンが小さく悲鳴を上げながら身を退かせる。弾かれた部分から砕け散るとともに、折れた剣の上半分が机の上に落ち、煙に舞うように粉々に砕け散った。
「形までは出来るんですけどね……、持ってると自覚できない様な重さで……。しかも簡単に壊れるんですよね」
「じゃぁ、あの鉄の扉をふっとばしたという大きな剣は? 青白く輝く身の丈のある分厚い大剣だったと聞いたけど」
噂の内容を口にするアーウィン。説教のあとでどこぞから聞いたらしい。透は何とも微妙な反応した。
「確かにあの時は、大層な武器が作れたんですが……。殺意が足らないんでしょうかね? ずたずたの挽肉にしてやろうと思ってたので」
透が嘲笑に似た笑い方をしながら首を振る。
「そんな風に言わないの。なんにせよ、あなたが『具現化』系統だってことは分かるわね」
由久も納得したように頷く。ゲームを開始して早々、魔法が使えたのはそのためか……、と。
「具現化は他の魔法と違って、呪文や予備動作と言うものが存在しないわ」
「じゃぁ、透の叫んでいた『痺れろ!』とか『燃えろ!』とかは……」
由久の質問に、アーウィンは彼の方を見ると一呼吸分の間を置く。
「全く関係ないわね!」
「……。さ、左様で御座いますか」
笑顔全開に頷く彼女に、透はショックで引き攣った笑顔で返した。
「まぁ、叫び声も無駄なのだけれど……あなた、魔法使って気絶したことはない?」
「えっと――」
「初日に、森の中で爆発して気絶したな」
透が口を開きかけたところで、彼女(?)が言うよりも先に、由久が口を開いた。透がバツの悪そうな顔で由久を見る。彼は、事実だろ? とひょうひょうとした面持ちで流した。
アーウィンは、はっとして手を叩いた。
「ああ、そういえば! ……考えてみると、マツノスケに背負われていたのってトオルだったのね」
由久がにやりと笑う。透が眉間に皺をよせた。
パリパリっと音と共に、放電するエフェクトが透の周りに出始める。 ピコンっとどこからともなく電子音が聞こえてくると、透の頭の上には『充電一二〇% MAX』という表示が現れた。
アーウィンやエルフィンには読めない文字も、由久にはわかる。彼は、一筋の冷や汗を流しながら挑発的な笑みを浮かべるた。
『痺れさせたろうか?』
『やってみろよ……』
互いに無言のまま、そう言ったやり取りがありそうな表情で睨みあう二人に「まぁまぁ」とアーウィンが間を持つように苦笑する。
「でね、話は戻すけど……。具現化の魔法はとても気力に負荷がかかる代物だと言われているわ。気絶したのもそのせいね。普通、魔法が使えなくなる状況として、具現化以外はその自分の保有している魔力が枯渇して扱えなくなるのだけれど――具現化に関しては、気力がすり減ることで、魔力の保有量に余裕があっても使えなくなるらしいわ」
「みんな気絶するんですか?」
透の質問に、きょとんとしたアーウィンは、あのね……、と呆れ笑顔になる。
「そうなるまえに自粛するのが普通なんじゃないかしら? 大体、具現化を扱う魔法使いは少ないのは、多くの場合、メリットが少ないからなのよ? 使える人でも『魔導』を扱う者たちが多いわ」
「つまり、『無駄』が多いってことだな」
透がムッとして由久を見ると、彼はコップを傾けながらニヤリと笑っていた。透が目を細める。少し睨んでいたが、すぐに表情を戻してアーウィンに聞く。テーブルの真ん中に置かれたお菓子に手を伸ばした。
「――で、アーウィンさん。他には何かないんですか?」
透の声色は少し素っ気ないと言うか、急いている。手元のコップを見ると、中にはお茶が入っているようだ。何のお茶だろう……?
「そうね……私はこれ以上、話すようなことはないけど……。聞かれれば答えられる程度の知識しかないから」
「そうですか……」
アーウィンがエルフィンに目配せする。どういう意図か、彼女は分かっているのか、腕を組み片眉吊り上げて唸る。
視線を落としていた透は、二人の一連の行動を目撃せずに話を進める。
「これから役所と宿へもどりたいのですが」
「え、なんで?」
コップに口を付けていたエルフィンが驚いた面持ちで聞き返した。
「ちょっと許可を取りに……」
ピクリと彼女の目元が引きつく。一方でアーウィンはため息交じりに首を振った。
「許可を取るって……まぁ、確かに取れなくはないだろうけど……」
「今日くらい、いいじゃない? そういうのはナシでも」
肩を竦めていう長身の美人に、悲しそうに言う女性。透は息をのむように言葉を詰まらせ、そして由久を見た。由久は「どちらでも?」か、もしくは「どうでもいい」と言った感じに首をひねる。彼は手元のコップに視線を落とした。
少しでも剣を振りたいけども……、まぁ……。
「……。そうですねぇ」
少しの間の後に不服そうに透が頷く。途端にエルフィンがにこやかに笑って、静かに「ありがとう」と言った。それを見た透は、慌てて顔を俯かせる。 頬が赤くなっているのが、自分でもわかった。
その後、しばらく喫茶店で談話した後、先日行き忘れた服屋を訪れる。アーウィンとエルフィンが盛んにお喋りし、一方で、現代服ばかり並ぶ店内に世界観のミスマッチが否めないと、思わしくない顔をする由久と透。
なんと、その店は『プレイヤー』が服をデザインしているお店だった。デザイナー志望の『プレイヤー』だったその人は、こちらの世界で服を流行らそうと考えている。
オシャレ好きの女性だそうで、エルフィンとは仲が良いらしい。留守にしているようで、その日は会えなかった。 アーウィンとエルフィンは楽しそうに服を何着か買い、宿へ戻るとその日は何事もなく終わった。




