表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
28/44

21 大人しければ、見目麗しき淑女 中編

 さて、問題の服だったが、透は、このドレス服の着方が全く分からず、手古摺(てこず)るものの何とか着こんだ――実際は、着替えている最中にしびれを切らしたエルフィンによって、瞬く間に着せられただけだが。透はなんとなく、エルフィンから良い匂いが漂ってくるなぁとだけ覚えている。


 着替えされせられた後、脱衣室を出た透はテーブルをはさんでエルフィンの正面に、姿勢正しく椅子に座っていた。


「う~ん……」

「……まだですか?」


 円形のテーブルをはさんで向かい合って座る透は、腕を組んで唸っているエルフィンに向かって聞いた。 透とエルフィンは、未だに一歩も部屋から出ておらず、時刻はもう昼が近い。


「そろそろ時間が……」

「ちょっと待って。君の頭に、何が似合うか考えてるんだから」


 真剣な眼差しで頭を見られるというのは、中々、気恥ずかしい気分である。しかも、恥ずかしさを紛らわすため、少しでも頭をかいたりすると怒るのだ。


「でも、アーウィンさんとかは?」

「大丈夫よ。ルーさんには、時間になったらこの部屋に来るよう、言っておいたから。あ、ちなみに昼食は外でとるからね」


 やはり、昨日の話通りにこの格好で外に行かなければならないらしい。ふと、そう言えばアーウィンさんが「話がある」とか言っていたっけ、と透は思い出した。


「う~ん、服装はばっちりだからね……。やっぱりここは何もなしに日傘かな?」


 透が着ている服は、濃い茶色の生地に白いフリルのあしらわれたドレスだ。全体的にふわっとしていて、着ている透は何故、スカートがここまで膨らむのか不思議だった。

 実際は、パニエと言って大きいドレスなどのスカートにふくらみを持たせる下着とも言うべきものを穿いているためなのだが、透自身は、パニエをスパッツと同じようなものだろうと思っていた。

 スパッツとパニエ。どこに共通点があるのか、彼がそこに気付いた時、自分でも不思議に思う様な関連づけだった。


「中々迷うのよね~」


 現代から持ち込まれた服装の他に、この世界にはこの世界で服の文化があったらしい。このドレスも、そのひとつで、おめかし服とのこと。 上腕部中ほどから関節にかけて白く、腕を引き締める様な細さできっちりとして、そこから袖がゆったりと伸びている。

 透の印象としては、中世ヨーロッパの服装を連想させる上、ブラウン色は給仕職の女性を思い浮かべさせる。全体的にブラウン色で、白いフリルに首元の青く澄んだ宝石のブローチが、落ち着いた感じの女性を思わせる。


「実を言うと、この手の服は見たことが数回あるくらいで……」


 そうにもかかわらず、この服を着せたかったのは何故だろうか? 透は、実験に着せられたと受け取った。


「落ち着いた感じにおさめたから、このままで大丈夫かしら……」


 ぶつぶつと呟きながら目を細めて、眉間にしわを寄せる。


「シックで落ち着いた『お嬢様』風に仕上げたかったから、ウェーブをかけてみる? いや、このままの方が似合ってるし……」


 唸る様は、いつものあの可愛げある仕草ではなく、どちらかと言うと、素であると、透は思った。 ワザとらしくなくていいのだが、普段が普段なので、急に年上だというのを感じる。


「……うん、手元にあるものだと、このままがいいわね。唾の広く大きくて真っ白な帽子をかぶせてみようかとおも思ったけどまた今度。日傘と、この小物入れを持ってもらった方がしっくりくるわ! あ、あとこの手袋もね!」


 テーブルの上に乱雑に置かれた、帽子、髪留め。 フリルのついた帯などを掻き分けて、これまた服の茶色の近い色の――せいぜい財布の代わりにしかならないと透は思った――小物入れを出してきた。金の止め金が付いている。

 手袋もその中から出してきたのだが、真珠色の白い手袋で非常に手触りのよい、上質な手袋だった。 足もとから白の日傘をだす。開いて見せると、これにもフリルが付いているとおもった透の予想をはずれ、傘には細かい刺繍が施されていた。


「トオル君。ちょっと小物入れの紐を腕にかけて、この日傘を差してくれる? ――立ってね」


 座ったままやろうとした透に向ってエルフィンが注意した。「あ、はい」とだけ答えて席を立つ。


「そそ、そんな感じで―――もうちょっと日傘を優しく――そう、がっつり持つんじゃなくて、こう、軽く手のひらに抑える感じで――そうそれ!

 それで少し背筋を伸ばして。体をゆるやかに――余裕をもった感じでいいのよ――そう! もうばっちりよ!!」


 戸惑いつつも、エルフィンの指示に従うにつれ、彼女は喜々とした表情でとび跳ねた。


「完璧! その姿を基本に優雅に歩いて、こんな感じで」


 立ち上がった彼女は透に見本を見せつつ、透に真似させる。


「そうね。これで、笑う時は『上品』という言葉を忘れずに。でも気取って『ホホホ』なんて言わなくていいのよ? ただ静かににっこりと頬笑むの」


 困った要に顔を歪ませたが、少しだけ考えたのちに透が言われた通りにしてみると、エルフィンがうっとりしたような表情になった。


「いいわね。呑み込みが早いわ。なんで今まであんな子供っぽい行動をしてたの?」


 彼女は、不意に怪訝(けげん)そうな顔をした。

 気をよくした透は調子に乗って演技を続けつつ「あれが素ですから仕方ありませんわ」 と女性風の素気ない答え方で返す。 透は(おだ)てられると調子に乗ってなんでもやり出す、一種の単純バカだった。


 突然、狐に抓まれたような表情をしたエルフィンが可笑しくて、透はつい吹き出してしまった。


「え、え?」

「ああ、楽しいですね、これ」


 男としてどうなんだか、と心のうちに自虐的に皮肉る透は自分に対する嫌悪をあえて気にしない方向にした。

 おそらくこの先、『姿』によって伴う問題やストレスを考えると、単純に『ドッキリ』感覚の冗談を演じる心構えの必要性というものを感じた。 ……半ば『姿』に順応するという形になるだろうか。


「そ、そうね……。今日はこれで行きましょう! きっとみんな驚くわよ?」


 クックックッと腹を押さえながら言う透に、エルフィンが横から興奮気味に言った。


「そうですね。これは面白い――」

「シッ」


 笑いが収まってきて、口のニヤけが取れないまま言いかけると、エルフィンが透の口を押さえる。 彼女は廊下への扉を見据えていた。


「誰か来る。たぶん、ルーさんとマツノスケ君ね」


 透が扉からエルフィンに視線を変えると、にやにやとしていた。透も頷く。

 急いで日傘を畳んで、透の認識している『上品』な持ち方をする。単に緩やかな手つきで傘を両手に持つだけだ。

 透の演技スイッチの切り替えをする咳払いは、扉のドアノブが回るガチャっという音で掻き消された。


「エリー。もうそろそろ時間だけど、終わ――」

「ええ、終わりましたよ」


 入ってきたアーウィンは思わず両手を口元にあてて「うそ……」と呟くと立ちまった。余裕顔でエルフィンが答える。


「どうしたんですか? アーウィンさ――」


 続いて入ってきた松之介も透の姿を見て絶句した。こっちは全く別の意味で硬直した。


「すごい……! とっても似合ってるわよ!」

「ありがとうございます」


 アーウィンが走って近づいてくるので、先ほどエルフィンにしたように、微笑んでお礼を言う。 だが、エルフィンのような驚きの表情ではなく、喜びに近い様な表情な気がした。


「あなた、実は生まれのいいところのお嬢さんとかじゃない? そう思えるほどよ!」


 その上々な反応ぶりに面白く思う反面、少しがっかりした。

 そうか、アーウィンはエルフィンと違って、内面が男だと認めてくれてないらしい。まぁ、エルフィンも、認めているかどうか分からないが。

 透の要望としては、びっくりして絶句してくれるレベルが見たかったのだ。――松之介みたいに。


「ありがとうございます」

「エリー、あなたがちゃんと、服選びすれば、トオルもあんなに!」

「そうでしょ? 今回は高貴な女性をイメージしたのよ? 小道具も気を付けて――」


「……どうしたんだ?」


 アーウィンとエルフィンが盛んに話し始めたので、横からそろそろとやってきた松之介が、とっても苦々しい表情で聞いてきた。


「か~な~り、気色悪いぞ」

「そうだろうなぁ」


 松之介の嫌味に、素っ気なく答えた。まぁ、松之介の反応の方が面白かったからいいけど、と透は思い返す。 ふと透は、もう一度、やってみたらどうなるかと思い、試したくなった。


「それより、似合います? この服」


 アーウィンをつまらなそうな目で――実際は、アーウィンではなく松之介を視界端に――見ていた透はくるりと松之介に向き直ると、微笑みながら聞いた。

 それにあわせて首を少しだけ傾げてみる。効果は絶大の威力を誇った。主に一般とは逆方向的な意味で。


「!? ――ッイ!?」


 気色悪さに目を見開いた松之介は、ズザザっと後ずさりすると、勢い余って頭を壁にぶつけた。その様子に、透は思わず大声で笑ってしまった。


「冗談! 冗談だよ。まったく……俺が本気だと思ったのか?」


 はっはっはと上機嫌に笑って、頭を押さえて屈みこんでいた松之介の背中を叩いていった。松之介は恨めしそうな目で見てきたが、透は別段、気にせずに無視する。


「さて、もうそろそろ行きませんか? ちょっとお腹が減ってきました」


 松之介が口を開く前に、エルフィンの方に向き直った。 立て続けに成功した、松之介に対しての悪戯によって気分を良くした透は、お腹を軽くさすりながら、盛んに話し合っている二人に言った。

 透に割り込まれた二人は会話を中断すると、エルフィンは腕を組んで右手で頬杖をつきながら口を開く。


「そういえば~、今日は外食にしゃれこもうと思っていたんだっけ?」

「エルフィンさんが言ったんですよ……」


 苦笑気味に「はははっ」と笑う透に「ごめんごめん」とエルフィンが軽く謝った。


「そうだったわね。昨日、廊下で言っていた喫茶店に連れて行ってもらおうかしら」


 アーウィンが相槌を打って頷くと、エルウィンが会話を喫茶店のことに切り替えながら一緒に部屋を出て行く。 透と松之介も彼女らのあとをついて部屋を出た。



 四人は宿を出て表通りを歩く。


「残念ね~三人にも見せてあげたかったけど、お店がね」


 アーウィンは肩をすくませて言った。

 三人とは、バラザームにダット、由久のことだ。お昼時なのだから仕方がない。


「でも、スティルにあったじゃない? いつも無表情の石像君だけど、さすがに、最後の『アレ』で面白い表情をしたわよね」


 エルフィンがはしゃぎ笑う。スティルには洗濯物を運んでいる最中に出会った。

 透の『お嬢様』姿に一瞬、動きを止めたが、あの無表情な仮面は剥がれることはなく、エルフィンの問いかけにも普段と変わらず、淡々と答えた。


 仕方ないので、透が割れ際に「頑張ってください」と穏やかに笑って、軽く腰を曲げて会釈する。確か、映画とかでは女性がこう挨拶をしていた気がしたのだ。


 顔を上げると、スティルは持っていたシーツをドバッと落とした。その顔が面白いこと。ぽかんと口を開けて驚愕した面持ちで立っていた。


 透の演技は絶好調を極め、続けて「あら」と言いつつクスっと笑う。スティルは、はっと我に返ると顔をほんのり赤らめて、慌ててシーツを拾い上げると足早に立ち去っていた。

 後には、楽しそうに笑う女性二人。気色悪そうに見る男性一人。そして、にんまりとした笑顔で見送る透がいた。


 それから、宿を出ること数分。透は演技をやめたその瞬間から、嗚咽感に似た自己嫌悪と戦っていた。


「お前さ、演劇の才能あるんじゃねぇの?」


 松之介が隣で日傘をさしながら歩く透に向って、小さい声でつぶやく様に言った。二人の少し後ろを歩く透と松之介は、街に住まう人々から注目の的だ。


 時折、周りからは驚きの声が聞こえてくる。


「え、あれが……?」 透の、男の様に振る舞う粗暴の悪さは、『家猫』にくる客になじみ深くなっていた。

「実はいいとこ生まれだったのか」と誰かが言う。レベルの高い給仕服だと思っていたが、そうではないらしい。

「大人しそうじゃないか」噂と共に、一度店に訪れたことのある人の感想だろうか?


 ま、今の『姿』だけを考えれば、妥当な振舞いだったのかもしれないが……。


「演劇の才能? そんなの、知れたこと。前々から言ってたじゃんか」


 段々と、注目する視線がうっとおしくなってきた透は、不機嫌そうに声を低めて答えた。


「あれは冗談で言ってたんだ。でも、今日の演技はホントすごかったぜ?」


 松之介が身振り手振りに言う。透は、普段から冗談で演技をする時があった。特に文章を、声色を変えて色々と演技をしながら笑わせることが好きだ。 主に親しい友人の前限定だが。

 その度に「演劇に入れば?」などと色々と言われた。でも程度が知れていて、それはそれは単なるほめ言葉だった。


「……本気にするよ? 本気で演劇目指すよー?」


 相変わらず、気分の盛り下がっている透は、だるそうに言うと、はっはっはと取ってつけたような無機質な笑いをした。 いくら日に日に気温が下がっているとはいえ、この服装は熱がこもり易い。汗なんてながしたら大変だろうから、必死にテンションを下げて、無駄に体温が上がるのを防ごうとしているのだ。

 風が吹かないかなと思っていると、ふと、気持ちのいい風が吹く。


「あ~いい風~」

「は? 風なんて吹いてねぇよ?」


 そよそよと涼しげに吹く風に思わず気をゆるましながら呟くと、横から怪訝そうな顔つきで松之介が言った。


「ふう、松之介さんってにぶいですのね? こんな心地よい涼しい風が流れているのに気付かないなんて。ふびんでありませんわ――にしても気持ちがいいものだ」


 フフフと笑みを漏らしながら気取って言うと、再び気だるそうな口調に戻す。松之介は本当に気持ち悪がっているようで、苦々しく顔をゆがめるとため息をついて首を振った。

 まぁ、由久と違って松之介のいいところは、嫌がっていても、あまりきつく言ってこない所か。由久相手だと何発後頭部を叩かれるかわかったもんじゃない。 彼の前では間違ってもフザけて女の真似事はしない。その一度の失敗で、長らく透に極端に強烈なマイナス評価がついて離れなくなるのは、簡単に想像できた。


「気色悪いこと、この上無いんだぜ?」

「お~い~。折角、おだてに乗って演技してやったのにそれはないんじゃないのか? まったくこれだから……」

「そこのお嬢さん、一緒にお茶なんていかがですか?」


 ワザとらしくため息をついて、松之介の反応を楽しんでいた透は、不意に横から声をかけられた。 見ると、数人の若い外見の良い男性がいつの間にか隣を歩いていた。


「え? 私ですか?」


 思わず立ち止まって、答えてしまった。

 松之介が「ばか……」と呟いて、めんどくさそうな顔をする。思ったより大きな声で返してしまったのか、透の驚いた声に反応して通りの人が数人、振り返る。


「そう、あなた。彼と一緒にいて楽しいかい? どうせなら俺たち一緒に楽しい旅の話なんかどうだい?」


 おお、と透は思った。ナンパされるのも、ナンパされているところも初めて見た透はちょっとした感激を受けた。 うん、5~6人の青年たちは、なかなかの顔立ち。でも、どちらかと言うと不良に近くて、その人相から性格がわかってしまうような人間だった。


 透の苦手なタイプの人間だ。ついて行ってはいけない。


 どうせ、断ってもしつこいんだろうな。


 ふとアーウィンたちの方をみると、同じ仲間だろうか、二人の前にも若い男性がいて、誘っている。だが、二人は呼び止めにも答えずに、盛んに話し合ってそのまま言ってしまった。

 お~。何と言うか、流石と言ったものですな。


「……いいえ、結構です」


 二人を追おうと静かに断ると、突然、目の前にいた黒髪の男が透の腕をつかんだ。どうやら先の二人を逃した分、こちらを手放す気はないらしい。


「一緒にどう? 隣の男はいらいないけど」


 透は、掴みかかってくる男の眼をじっと睨らむ。


「……。あいにく、俺は女じゃないんでね」


 大人しく終わらないのが、彼、夜茂木沢 透という人間である。


 静かに呟いた途端、目の前の男の顔面に思いっきりパンチを決め込んだ。数歩よろめいて後ろにいた仲間に受け止められると、黒髪の男は頬に手を当て驚いた顔をしている。

 騒然とする表通りの中心で、透が勝ち誇るかのように声高らかに笑った。


「よかったな?! いまは魔法一〇〇%オフセールだぜ――逃げるぞ松之介!」

「え、ちょ、まて!」


 はっはっはっ! と笑いながらも、次の瞬間には脱兎の如く逃げ出す透の後を慌てて追いかける松之介。数秒遅れて男たちも酷い形相で追いかけてきた。

 かくして、十人近くの鬼がいる鬼ごっこが開始された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ