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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
23/44

16 お人好し二人、現実的考え方が一人

「返して当然だな」

「だよね」

「……んなわけあるか……」


 朝食を並べる由久は、昨日の晩のやり取りを透から聞き、その結果に対しての二人の反応を見て、右手で頭を抱えながら唸った。こいつらの考え方、本当どうにか出来ないもんかね。

 配膳を手伝いながら、由久の言葉に「えー?」と透が異を示す。


「いくらなんでも、こんな良い部屋に食事まで貰って、お金は受け取れなくない?」

「あのなぁ……」


 ため息と共に首を振った由久は、静かに呼吸を深くする。その予兆に、透と松之介が気付き、まずい、という顔つきになった。

 耳をふさぎたい衝動をあと一歩のところで踏みとどまった二人に、由久の怒涛(どとう)の説教が押し寄せる。


「年上から申し出――しかも雇い主の提案で、こっちの為になることを、よりによって上げ足をとる様な形で断ったわけだ?

 お前、松之介と違ってバイトやってるよな? 期間としては長くないかもしれんが、同じころに始めた俺よりかは断然、時間の密度が違うはずだ。

 お前はバイト先で年上からの提案、申し出を断るように教えてもらったのか?」

「い、いいえ」


 由久の怒り様に、たじたじと答える透。


「げ、元気よく『はい』と答えるようにと、教えてもらいました……」


 学生生活中のバイト先では、休憩時間の傍らなどの話をしたりと、周囲の人が透の事情を知っていた。時々、食事をごちそうしてもらえたりと、困惑して委縮する透は開口一番「でも、悪いですし……」と断ることが多かったが、そんな中、年上の先輩に言われたのである。


「だろ? だいたい俺たちは旅をするためにお金を集めようとしているわけで、ここで生活するために働いてるんじゃないんだぞ?

 くれる給料が多少、高すぎたところで貰えるものは構わず貰っとかないといけないんじゃないか? さっさと出てく為にもな。旅をしたいんだろ? 違うのか?」

「旅、したいです……」


 ごしょごしょと、俯いた透が手をもじもじさせながら小さい声で答えた。松之介が心配そうに透を見る。彼には、透が涙目になっている様が想像できた。


「だったら以後、軽率な真似はするなよ? こっちにも今は余裕ないんだから」

「……そんなに金が欲しかったのか?」


 意気消沈している透を横目に見つつ、松之介が聞くと「そうじゃない」と由久は不機嫌に首を振った。


「受け取るのは、相手の気持ちを汲むということなんだ。こっちが金を余らしているわけでもないんだし、心配してくれてんなら受け取った方が向こうとしても気持がいいだろ? 断られるよりかは」

「む、むずかしい……なぁ」


 松之介に、ため息交じりに答える由久に、しょんぼりした様子の透は唸りながら呟いた。

 由久が意気消沈する彼を一瞥する。……少しきつかったか? いや何時も通りの言い方だったよな。


「……じゃ、俺はこれで。俺は手伝いにもどっから、お前らちゃんと探しに行けよ」

「了解」


 見るからにショックを受けているのがわかる透に、少し申し訳ない様な気持がしないでもない由久は、松之介に後を任せる意味を込めて手を軽く上げて言う。 彼は頷いて手を上げ返した。それを確認した由久は急いで部屋を後にする。


「あ~、次は何だっけ? 荷物運びか」


 由久は苦々しく顔をゆがませると、盛大に独り言を言いながら階段を降りて行く。

 階段の正面にある倉庫に行ってみると、スティルはすでに右から左へ行ったり来たりして荷物運びをしていた。


「遅い。早く、テキパキとこなさないと料理が作れないんで」


 そう言い捨てるとせっせと裏口から奥の厨房に運んで行った。


「相変わらず手際のいい事で。……ハァ〜」


 今のは、由久なりのほめ言葉だ。ため息をつくが、そんな事もしていられない。由久も荷物運びに取り掛かった。荷物はそれほど重くはないが、油断していると突然重い荷物があったりと、様々だ。

 う、重い………。中身は何だ? 木箱にはってあるメモ用紙を見てみると……中身は『ラデエヒの実(クォ・リェデエヒ)』と発音できそうな文字が書かれている。


「……本格的に意味不明な……野菜? がでてきたな」


 メモを読んだ由久は、聞いたこともない名前の野菜に若干、引きつつ蓋を開けてみた。中には青黒く、ごっつりとした岩の様な身が入っている。ひび割れた部分から真っ赤な果肉が見える。スイカを連想したが、見たところ水分はあまりなさそうだ。


「おお……」


 現実にあるのか? こんなの、と思いながら蓋を閉めた由久は、よっこらせっこらと厨房の方へ運んで行った。

 重たかったり、軽かったり……。さぼりたいなぁ、と思い始めた由久の所へスティルが戻って来た。


「これからちょっと買出しにいってくるけど、次の仕事は、昨日使った、お客に出すナプキンとテーブルクロス洗う事だから。サボったりしないでください? 働いてるんだから」


 顔を合わせた途端にスティルはそう言うと、由久の質問を待たずに裏口から出て行った。


「やつはエスパーか!? ……次は洗濯って洗濯機ってあるのか? ……。無いよな……はぁ~」


 由久はホームセンターでバイトをしていた。はっきり言って物品搬入や商品移動の時は、かなり忙しく、そんな中でもさぼることなく働けていた。しかし、ゲームに来てまで働きたいとは思わない。地味な多忙に、独り言増倍中の彼は半ば折れ気味であった。



 一方の透達は、丁度朝ご飯を食べ終わった所だった。


「いや〜美味しかった!」

「確かに」


 満足そうに言う透に頷く松之介。透は、お腹を満たしたことですっかりと立ち直ったようだ。


「さすが、食事処を開いているだけある」


 食事で使った食器を片付け、廊下のすみにある小さな台に置き、魔物を求めて部屋をあとにする。 魔法の牽制に両手剣の攻撃で敵を倒す。そんな戦略を立てながら、気合いを入れながら街へ繰り出て行った。




「よっと……くぁ〜、疲れた」

 最後の荷物を運んでいた由久は、厨房の手前に置くと背伸びをした。食材の入った箱は全て上面を開け放ち、横に並べた状態にしてある。恐ろしいことにもうすでに二箱ほど、空になりかけている。


 やっと終ったからといって仕事はこれだけではない。次は……


「次は洗濯か……ん? 洗濯って言ったってどこですればいいんだ?」


 そう言えばスティルはどこでやればいいか言っていなかったではないか。これでは、洗濯をする事さえ出来ない。 この隙に少し休もうか……。由久の頭に一瞬そんな考えが浮んだが、すぐにその考えは良心によってかき消された。

 三日間、無料で留めさせて貰った上に、金稼ぎ(魔物狩り)で旅の準備ができるまでいさせてくれるといっているのだ。サボろうとしていいはずが無い。

 由久は働いている内、忙しさによってこれがゲームであることを忘れていた。


 厨房の中にちょっと顔を入れてみるとオヤジさんと若い男性――ダットの二人が(せわ)しく料理を作り続けている。 人々のおもに朝食、昼食、夕食、それぞれの時間帯の合間はそれぞれ交替で休みながら働いているとは言え、人手不足は深刻な問題のようだ。


 由久は、一瞬でも自分だけ休もうと思った自分を恥じつつ、「ちょっと、いいですか?」と、忙しそうに料理を作る親父さんに声をかける。


「ん? 何だ」


 小さく頷くと目線をチラッと由久に投げかけるとすぐに目線を戻した。由久は、良いけど手早めに、と受け取った。


「昨日使った布類を洗いたいんだが、どこでやればいいんだ? って、ことなんだが」

「ああ、それなら――」


 切った肉を小さい皿にうつす。今度は大きな玉の状態のレタス(と思われる野菜)を手元に引き寄せながら、眉間の皺も寄せる。なんて説明しようか考えているようだ。


「二階の廊下に、途中で左に曲がれる廊下があるだろう? 曲がって、小さい廊下の左側の部屋が倉庫になっている。で、壁伝いに屋上に出られる階段があるはずだ」


 一枚ずつに分けると重ねて、シャキ、シャキと四等分にしていく。新鮮な野菜の音は、食欲をそそられる。

 由久はすでに腹ごしらえをしてあったが、それでも、かじってみたいと思った。


「屋上に出てすぐ右側に洗濯道具がある筈だ。それを使って洗ってくれ。んで、――」

 ざるに入れると素早く水で軽く洗い、ボールに移す。

「洗い終わったら風でとばされないように洗濯バサミで止めておいてくれ」


 別々にして置いた野菜をフライパンに移して炒めていく。レタスは薄く切ったトマトと共にダットの元に渡された。


「ああ、分った」


 由久は頷くと厨房から出て行くと「よろしく頼んだよ」と後ろからオヤジの声が聞えた。

 面倒だが……ま、仕方無いか。

 その後も、なんだかんだ言いながらも、頼まれた仕事を順調にこなし、気が付けば昨日透が仕事を終えたのと同じころの真夜中。彼はカウンター席に座って、少し休んでいた。

 おそらく、真夜中の十一時頃だろう、と由久は思った。そこへオヤジが近づいてくる。


「ご苦労さん。これ、今日一日の給料だ」


 そう言って渡されたお金は、五十ヴァーリィ金貨のサーヴ銀板貨幣だった。由久は疲れも合わさってか、目を見開いた驚き、暫く言葉に困った。


「ちょ、え……これは?」


 透と松之介には、貰えるものは貰っとけとは言ったものの、これは少し度が過ぎているように思える。

 一日五十ヴァーリィ……単純計算で一ヶ月千五百ヴァーリィか。それに、透の言っていたことも含めると、三人分の宿泊代の相殺で……実際はもっと貰っているみたいだな。

 一食をメイン、サブ含めて注文すると、一ヴァーリィほどするのが分かっている今、由久は怪しく思った。


「ありがたく貰っておきます――が、これは少々額が大げさなんじゃ?」


 由久は受け取ったサーヴ銀板貨幣を見て、それからオヤジに目線を移した。目には鋭い光がある。


「な~に、それくらいどうってこと無いさ」


 オヤジは豪快に笑い飛ばした。


「魔物が見つからなくても、その金を貯めて道具でも買えば、もっと行動範囲を増やしたり出来るだろう? ――なにせ、旅の道具はどれも高価なものばかりだからな」

「これは有り難く貰おうかと思います。――が、しかし、この額は納得が付かないのですが……」

「……ふむ」


 由久の言葉にオヤジはため息ひとつ、どうしたものかと腕を組んで由久を見下ろす。顎の髭を触りつつ、やがて「そうだな……」と口を開いた。


「君みたいなのは数種類のタイプがいるから、少し不安なんだが……まぁ、聞かれたら隠すことでもないな」


 そう言って頷くと、由久の隣の席へ腰を下ろし、(ふところ)からこじんまりとした――実際は由久たちが持っていた金貨袋と同じ大きさの――袋を取り出すと、縦に振った。

 ジャラッジャラッと音が鳴り、結構な数の金属が入っていることが伺える。それすべてが、金貨などのお金なのだろう。


「俺たちは、町長から金を貰ってるんだ。君たちがここに来た初日からね。この中から五ヴァーリィ差し引いた金額を出しているんだ。

 五十ヴァーリィの内、四十五ヴァーリィが街からの特別支援金から、なんだよ」

「なるほど……昨日、五ヴァーリィだけ渡そうとしてたのは?」

「彼女、年下……そうでなくとも、あまり好印象ではないスティルにも、嫌な顔せず言うことを聞くし、なんとなく五十をいきなり渡しても受け取ってもらえない気がしてね。

 まぁ、それでも受け取ってもらえなかったわけだが。正直、受け取り拒否は初めてのことだったんで驚いたよ」

「そうなのか?」


 その言葉に、由久が興味深そうに食いついた。思わず、口調が素に戻りながら。オヤジはそんなことを気にしない……むしろ面白がるように好意的な態度を見せる。


「まぁ――むしろ、五十でも少ないって不満に思う人の方が多い。――で、一つ聞いておきたいんだが」

「?」

「君たちは『プレ』――あぁ……『外』から来たんだよな?」


 辺りを注意深く見渡して誰もいないことを確認したオヤジは言いにくそうに聞いた。由久はその態度に(いぶか)しく思いながらも、頷いた。


「まぁ、俺たちは試験的な『プレイヤー』の筈だが、それが――」

「その言葉は使わない方がいい」


 オヤジは由久の言葉を遮るように、少し神経質に言った。自分から聞いてきたのだろ……と由久は少し不服に思いながら「それは何故?」と聞き返す。オヤジは少し考え込んで、そうして(おもむろ)に口を開いた。


「あとで、三人にも言っておいてもらいたいのだが……あまり、君たちの存在は歓迎される様な印象を、世の中は持っていないということだ」


 重々しく言ったオヤジの言葉に、由久は絶句して目を丸くする。


「な……、じゃぁ、その支援金は俺たちが――あぁ『外』から来たことと関係なしに?」

「いや……」


 オヤジが首を振る。


「これは『君たち(・・・)』を支援するように受け取った金だ。町長、俺へと回って君たちに届いているわけだ」

「……どういうことなんだ?」


 聞き返す由久に「いいか?」とオヤジは声をひそめる。


「大体予想は付くが……ただ、君らは表立って『外来人(プレイヤー)』であることを名乗らない方がいい。

 君たちが今のままでいれば、たぶん、常識が少し欠けた程度に思われるはずだ。そう邪険(じゃけん)に扱われることもないだろう」


 あわせて由久は、ぱっと纏め上げた答えに至った。『調子に乗って、盗賊、強盗まがいな事はするな』と。思えば、伝統的なRPGなどでは、人の家のタンスからアイテムを勝手に持っていったりと、色々悲惨だ。

 つまり、そういうことをするなと言う警告なのだろうな。


「……オヤジさんはなんで俺たちが『そう』ではないかと?」

「いや、簡単な話『彼ら』がここへきて間もない時は、俺の所へ回されるようになっているんだ。むしろ、『彼ら』では無いことを期待してしまってね」

「? それはそれでどういうことなんです?」

「『彼ら』はその……あまりに横暴と言うか、不自然というか。まぁ、会えばなんとなくわかるものさ。特徴は結構あるからな」

「……さっきの『五十ヴァーリィは少ない』と言っている辺り、大体想像がつくな」


 由久は頷きながら、ふと気付いたことがあった。


「まぁ、俺たちの様なのはレアなケースだったんじゃないかと。ゲームだったら、て思いますからね。イレギュラーを抱えている所為で、こうなった様なものだし」

「君たちはここのことを『ゲーム』というようだが、それもあまり使わない方がいい。この街はまだしも、目の敵にする奴等から目をつけられるかも知れん」


 ……ふむ、徹底的なリアル路線で行きたいのか? それなら魔法や魔物といった存在は、少々邪魔になりそうな要素な気がするが……。まぁ、現実に戻ってまでここでの感覚を持っているわけじゃないだろうし、付き合うか。

 考え込む由久は、最後に頷くと相槌を打った。


「――そうですね。あの二人がいる以上、俺としてもあまり非常識な事は出来ませんし」

「? 何故だ?」

「強盗まがいなことをしたら、あの二人が容赦なく討伐しにきそうな気がしてね。やつら、曲がった事は嫌いな性格だし」


皮肉に笑う由久に「君たちは仲間なのだろ? そんなことをするのかね」と不思議そうに聞き返す。


「俺たちには、向こうの世界にも体があるんです。つまり、そういうことですよ」

「死んでも別にかまわない――と?」

「死んだときのリスクもあるようですが、まぁ、そんな考えです」

「ほぉ……」


 由久の言葉にオヤジは驚いた様子で相槌を打った。二人とも思考に耽る中で、無言の空間になる。先に口を開いたのはオヤジだった。


「まぁ、このことは君の仲間以外、周りに話さないでくれ。あまり良い結果をもたらさないからな」

「わかりました」

「少し遅くなってしまったな……んじゃ、明日の当番に朝早いって伝言をしておいてくれ。明日も頼むよ」

「はい、言っときます――あ、時計ってありますか?」


 頷きつつ由久が聞くと、立ち上がったオヤジは驚いた顔をする。真面目な話から一変して「あるにきまってるじゃないか」と破顔させて笑った。


「なければ不便だからな」


 オヤジは、カウンター席の上の方を指差した。 それを追ってみると天井から少し下がったところに時計が掛けてある。

 由久の体内時計はさほどくるっていなかったらしい。針は十一時二十六分を差していた。 あんな所にあったのかと頷きながら由久も立ち上がると、軽く一礼したのち、テーブルの合間を縫って廊下に歩いて行く。裏口の階段へ歩いて行き、二階に上がって行った。


「あぁ、終わった終わった」


 体をほぐしつつ呟く。ため息交じりに部屋に戻ると、既に透の姿は無く、松之介が例の如く脚の高い円形テーブルの方の席に座って本に読み深けていた。

 見ると、朝の寝まきから着替えている。服は早朝にエルフィンが、脱衣所の籠に入った脱いだ後の服と交換したが、それに気づいたらしい。


「……また、本読んでるのか」


 松之介を嫌なものを見るような苦々しい表情をしながら由久が言った。もちろん、冗談だ。彼のこの手の冗談は松之介も慣れていた。


「暇だからな。暇つぶしに本しかないんだ」


 ゲームをしている最中なのに暇……おかしな話だ。彼の話に、由久は自嘲的に笑った。


「あの馬鹿はどうした」


 椅子に座り込みながら由久が聞く。松之介が目線を上げるとソファを指差す。見ると毛布がこんもりと、人型サイズの卵が入っているように盛り上がっている。


「ヨルは放っておくと九時に寝ちまうからな。全く……習慣ってのは、凄いな」

「ああ。高校生で夜の九時に寝られるなんて考えられねぇな。バイトでそれ以上に遅いに帰りになることなんてざらにあっただろうに」


 松之介が「変と言うか、不思議と言うか」と頷きながら相槌を打つ。


「あ、松之介」


 ベッドに向かった由久が松之介の方へ振り向いた。


「明日、今日の俺みたく、朝早くに起きる事になってるから。明日の日の出前、にな」


 靴を脱ぐとソファーに横になる。


「朝早いが時間になると寒さで自然に起きられる。変な話、温かくして寝ない方が、起きやすいかもしれないからな……んじゃ」


 毛布を被ると、あごが外れるんじゃないかと思うほど大きく欠伸をした。


「……。俺も寝るか」


 松之介はパタンっと本を閉じると立ち上がり。テーブルの上のランプの火を消した。 天井のランタンの明かりをどうやって消したは知らないが、部屋は明るすぎると思えるほどの月明かりが差し込む中、薄暗くなった。


 ごそごそと音がする。脱衣室に入って寝巻きに着替えているのだろう。それを明日、起こしにきたエルフィンと一緒に、持って行って洗濯することを、彼は知っているだろうか。

 女性物の下着――透が止むを得ず着ている女物の服はエルフィンが洗ってくれるが、ほかはシーツを洗濯する際、一緒に洗わなくてはならない。


「日の出前だから朝の四時ごろか? ……心配だ」


 松之介はため息とともにドアノブを回すと隣の部屋に入って行った。その様子を片目で見送ると、由久は少しだけ伸びをして、ため息を吐いた。


「……ふう。仕事が終わってクタクタに疲れた後にソファー(これ)はないだろ。なんか妙に明るいな……――」


 愚痴をこぼしながら、ふと空を見上げた由久は絶句した。空は、星ひとつ見えない曇り空だったのだ。 それでも、時々薄く延びる雲からぼんやりとその輪郭が見える。


 由久の見上(みあげ)るその空には、腕を伸ばし、手の平一杯のばして中指と親指の間にやっと収まるか収まらないかと言うほどの巨大な『月』と、さらにその周りに小さい二つ『月』があった。


「今、曇ってるんだよな? なんでこんなに見えるんだ?」


 雲を通してみる月は、新月の後だったのか、輪郭がぼやけているが妙に鋭い形の月だ。 由久は驚いているのもつかの間、自分が、一日中働いて汗のしみついた服で、寝心地の悪いまま寝ようとしていたことに気が付いた。

 それで、少し冷静になったのか、また忘れかけていた事実――これがゲームであることも思い出した。これもゲーム的な表現に違いない、と由久は思うことにした。


「……シャワー浴びてからねるか」


 欠伸をしながら由久は起き上がってベッドを後にすると、脱衣室に入って行った。


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