15 新宗教? 心理? いいえ、心構えです
今回は、二人分の視点切り替え。
松之介 → 透 です。
ふと、松之介は目を覚ました――丁度、夢の中でまだ見ぬ魔物と対決している最中である。
「……。……んぅ、夢だった、かぁ~」
角を生やした灰色の魔物……。昔話などで良く見知る鬼の格好をした数十体の魔物を相手に壮絶な殺陣を演じていたところだった。いよいよ気合いが入り、力んできたところで体が重くなって……気付いたら松之介はソファの上でもぞもぞと蠢いていたようだ。
首を回して狭い視野で辺りを見渡す。ソファと低くなった視点の為に部屋を見渡すことは出来ない。
欠伸をかみしめつつ背筋を伸ばしながら起き上った松之介は、窓際から向かい側のソファ、手前の剣へと目を移し、自分の買ったばかりの剣を手に取ったところで、最後に、頬杖をついてこちらを見る、黄色い寝間着姿の少女へ視線を移した。
「おはよう」
「……、……。……、……あ、ヨルか」
少女(?)が朝の挨拶をする。寝ぼけ眼の松之介が、あんぐり口を開けたまま疑い見ること数秒。夢の中と整理がついた結果、はっとして透のあだ名を呼んだ。
「……正解」
その様子を特に口挿むわけでもなく、半目の眠そうな目で見守っていた透は、ため息と共に口元を柔らく笑んで頷いた。
「『不正解』って言ってもらいたかったぜ」
透の付くため息と違い、明らかに嫌悪と落胆の色を見せるため息をついた松之介は俯かせた首を横に振りつつ言うと、途端に透が口元を歪ませる。
「おいおい……。俺に女になれってことか? 酷くないか? それ」
「はいはい、わるかったナ」
寝起きは弱いらしい。不機嫌そうに言うと、それを意にも解さないように受け流す松之介は、重い剣を携えながら、更衣室の方へ歩いて行く。
「……ちょっと、これは酷すぎる扱いだと抗議したいところだ」
松之介が更衣室に入っていく最中に、後ろから透の独り言を聞いた松之介は『一応、冗談のつもりで言ったんだがな……』と心の中で愚痴る。更衣室の棚にある木細工の籠へ目をやりながら、松之介は透への態度を時折、決めかねていた。
実のところ、思い返す度に透と距離を置きたい気持ちにかられるのは、松之介と由久、二人の共通する悩みの種だった。
だからといって、その通りに行動するのは、それも許せないことだとも思っている。……幾つかの籠を見た後、自分の分の着替えを手に取った松之介は寝巻を脱ぎ出した。
その嫌悪感を誤魔化そうと口について出るのがイジる様な言動だと、透が真に受けて言葉を詰まらせていた時から、松之介は自覚はしていた。由久も恐らくは……。
そして、二人ともこれの絶対的に等しい解決方法を、口に言わずとも分かっている。多分、透もそうなんじゃないか……?
『慣れれば何でもない』。
まったくもってその通りだ。松之介は自嘲気味に心の中で吐き捨てた。しかし、慣れるとは……? 二人の時折の毒の入った接し方に……、今の様な無碍にする態度に慣れてしまうのは良くないとは分かってはいるが……。
……なんだか、俺らしくないな。
ごそごそと着替えながら、ふと松之介は思った。
なんでこんなことで悩む必要があるんだ? と。どうせ、あいつはあいつなんだし、当たり身半分に嫌悪を感じる様なものは流しちまった方が、今までの付き合い方なんじゃなかろうか?
由久は、嫌なことは、はっきりと言う。つらいことも含めて、正しいと思ったら口に出してるし、透なんて思いついたことなら考えもせずに行動してしまうことが多いんじゃないか?
そんな二人だから、俺みたいなんかが面倒を見るよろしく――と本人は思っているが、実際には振り回されて――間を取り持ったことが幾つかある。
棘のある態度を受け流しながら、馬鹿な行動に付き合うってのも、今更ながら慣れたもんだろ。仁山の突発的異常行動に比べたら、透の被りなんて可愛いもんだ。仁山なら、面白そうだという理由で、後先考えずに「女」や「奇怪な生物」になりかねない。
そこでふと、松之介は動きを止めた。着替えるために俯かせていた顔を、徐に上げる。
「……なんだ、別にかわったところねぇじゃねぇか」
彼の頭上から目に見えぬ光が降り注ぎ、松之介は悟りを開いた。
つまり、中身が今までどおりの友であるならば、外見など気にする必要はないのだと、心の底から納得したのだった。
時は少し回り、街の住宅区には朝の人気が感じ取られ始める。部屋で待機している二人は、すでに着替えを終えて朝食が来るのを待っていた。 二人は円形テーブルにお互い向かい合うように座っている。
松之介の服装は、複数のポケットの付いた厚手のダークブラウン(焦げ茶)色のジャケットを上着に、白い下着を着こみ、下は黒の下地に、風切り模様を表現したような白い刺繍の入った固いジーンズズボン。 剣はベルト共に左肩から斜めに通り、横に巻いた胴の幅広のベルトにつながって固定され、固定金具は胸のあたりにある。今は、ベルトごと剣を脇に置いていた。
彼は、昨日読んでいた本の続きを読んでいる所だった。その一方で、透は居心地の悪そうに座っていた。
彼女(?)の服装は、黒いニット生地の長袖タートルネックシャツに、柔らかな薄いオレンジ色の半袖ベスト、腰から太もも辺りまで二重生地になっている白いスカートだった。
ブラジャーに四苦八苦したが、ベストを着込む前の長袖のタートルネックシャツは、見事なまでに胸の形を強調する。
更衣室にある鏡を見た透は羞恥と胸に対する興味の二重の恥ずかしさで、暫く赤面が治らなかった。 松之介に赤面している所を見られたら馬鹿にされること必須なので、赤面が収まるまで更衣室にしゃがみ込んでこもっていたが、それもまた彼女(?)の御愛嬌である。
「……。」
本を読んでいる松之介を、透が訝しそうに様子を伺う。先程、更衣室から出てきたと思ったら、急に謝ってきたのだ。 愚痴が聞こえた所為なのかと透は思ったが、突然、掌を返す様な行動に、透は疑わずにはいられなかった。普段の透だったら、謝られたらそれで納得するのだが、今の透はそうもいかない。
……透は、自分や二人が思っているほど、自分の気持ちに余裕が無かった。
「……なぁ」
透は、徐に口を開く。
「なんだ?」
透からの視線に気づいていた松之介は、すぐに反応を返した。普段そのもの――むしろ、素っ気ないくらい――の態度に、透の中で一層、疑いと不安が強くなる。 言葉を発そうと口を開くも、詰まった声が出るだけで、少しの沈黙の後に「うっ」と声を鳴らしたかと思うと、黙り込んでしまった。
「……なんでもない」
「?」
「……――」
松之介が目を細める。居心地が悪いと思い始めた透は、ふと、自分が変な言動をしていることに気付いた。その途端、言い訳をするという考えに結びつき、誤魔化すという行動まで数瞬もかからなかった。
「あ、いや……お金ないんだよな? 俺も、剣が欲しいな、て」
照れ笑いをする透に、松之介は「ああ、なるほど」と納得したように頷いた。
「暫くは無理なんじゃないか? 金だって入ってきてないんだし」
「あ、うぅ……」
ほっとしたのも束の間、その表情はすぐさま気まづそうな顔になった。松之介の頭に「?」の文字が浮かぶ。
「……昨日、給料が出たんだけど……」
「そうなのか?」
「五ヴァーリィ……」
「おお、五ヴァーリィ……。武器にはまだ程遠いな」
「……で、その……」
ふーん、と頷く松之介に透は言いにくそうに言った。
「受け取らずに返しちゃった」
「――は?」
呆気にとられた松之介は、思わず本を閉じてしまった。松之介の視線に、透はすまなそうに身を縮こめる
「だ、だって、半日で五ヴァーリィとか……しかも、オヤジさん、元々の金額は二十ヴァーリィだって言うし」
「それで返したのか?」
松之介が聞き返す。透は少し間を置いたのち、口を開いた。
「……だって俺たち、タダで泊めせてもらってんだよな?」
「あ、ああ~、そういうことか――」
透の言葉に、あきれ半分の攻める様な雰囲気だった松之介が一転した。彼自身もまた、自分が同じ状況になった時、断ってしまう様な気がしたからだ。松之介はそれ以上、聞き返すことはせず、透もそのまま黙り込んだ。
そうして、会話が途切れて暫くした後に、由久が料理を持ってきた。




