14 まだ見ぬ世界と、まだ見られぬ体
翌朝、夜のうちに冷えた肌寒い風が頬を撫で、透はゆっくりと夢から現実へと帰ってきた。
「朝……か」
目覚めの一番、透の思ったことはそれだった。気が付くと、体感温度が異様に思うほど寒い。 夢の内容は思い出せない……が、何か恐ろしいものを見た様な気がする。ここ最近……というか、ここにきてからと言うもの、あまり夢心地はよろしくないようだ。
しばらくの間、心臓の鼓動に耳を傾けながら、天井をぼんやりと眺める。少し薄暗く、影を落とす天井は、壁紙などを張らずに白い壁材がむき出しのままの様だ。 ベッドを体に馴染ませるように少しだけ体を動かすと、ふと、体で覚えた感覚とは違う、縮こまった様な奇妙なものを覚える。
そんな些細なことで、ああ、この体は違うんだな……と、透はため息をしながら、しみじみと感じた。
「……あ」
――そういえば現実の方の体は、一体どうなっているのだろうか?
起き上がって松之介に聞こうとソファへ向く。昨日、透が寝ていたところに松之介が毛布をかぶって、窮屈そうに膝を曲げて寝ていた。 身長が縮んでしまった透はそうでもなかったが……松之介は三人の中でも身長が高いので、なんだか不憫に思えてくる。
「……。」
……もうしばらく、そのままにしておこう。視線を外し、窓側から反対側に置いた靴をはく。無言でベッドから降りた透は、部屋の中央にある、足の高い円形テーブルの方へ歩いて行った。 四つあるうちの一つへ腰かけると、またため息を漏らした。……一人でこうしていると、妙に体つきが気になってしょうがない。胸とか……。
右足のくるぶしを左足に乗せる様な形で、椅子の上に半胡坐に座る。
「……。」
右腕で頬杖をついた透は、しばらく考える様に宙に視線を泳がせていると、急に顔を真っ赤に染めた。
「……ん。こんなことで一々、確認しようとしたら……なんか、駄目……だな、うん」
ふと、興味本位で思いついたことが有ったが、そんなことを自分ので見たりとかしても、嬉しくないし……等と、一人ぶつぶつと誰に言い訳をしているのか。 はっとして、自分の恥ずかしいばかりの状況に気付いた透は、更に赤面して「うぁ……」と自己嫌悪に頭を抱えて唸った。
「……腹減ったな」
暫く蹲っていたが、ふと、そんなことを思う透。目の前の、テーブルの上には朝食がまだ準備されていない。窓の外へ視線を向けると、外は曇り空だった。
白い天気の中で、住宅区の家々から白い蒸気の様な煙がちらほら上がっているのが見える。その景色の奥で大きくそびえる街の外壁。街の、平均して大体二階建ての家々を越える高さの防壁の奥には、広い平原が広がっている。 北西へ景色を切り取る窓には、遠くにそら色に霞みながら雲の天井に遮られる巨大な山が見える。
「……あの山、でっかいなぁ……」
見えているのは、その巨大な山脈地帯の端の一部なのだが、曇り空と相まってその非現実的な大きさに圧巻される。星空の夜に見た山は、更に高く、まさしく星天に届くような壮大な山だったのを覚えている。
あの山の麓の街では、きっと良質な鉱石を使った鋼を打つ、沢山の鍛冶屋があるに違いない。
巨大な山の発掘でとれた数多の鉱石。それを精錬する工場。焼けつく様な高温と、精錬された金属へ振り落とされる槌……。響く金属の鳴る音を、目をつぶって想像する透は、ゆっくりと目を開く。
そして、何故か上気した頬に、熱っぽいため息と共にぽつりと呟くのだった。
「俺も武器、ほっしぃ~なぁ……」
遠くに、記憶から移し見る巨大な山を、曇り空の現の遠景に重ね見る。曇り空の隙間から、歓迎するように天使の梯子が降りていた。




