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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
20/44

13 「可愛いな、お前」

 透とスティルは、黙々と食器を洗う。水や、食器の擦れる音が鳴り、洗い始めてから暫くたつと、洗い場の静けさに気付くようになった。 ここに聞こえてくるのは、レストランから聞える僅かな騒音に流れ出る水の音と、スポンジが皿をこする音。 意外なことに、ここはオヤジたちの立っている場所から三メートルも離れていないのに、中々静かだった。

 透は洗いながら、オヤジさんとダットさんの二人だけで、これほどの量の料理を作っていると言うのは一体、どういうことなのだろうか、と思う。


「結構多いね」

「……まぁね」


 突拍子もなく話しかける透に、スティルは短く相槌を打った。お客のガヤガヤとした会話や、オヤジの怒号を発する様な大声が聞こえる中で、隣に立つスティルの声は、不思議と思うほどはっきりと聞えた。


「最近」


 透は、ぽつりと言葉を落とす様に呟く。


「あんまり多くの量をこなしてなかったから、随分と大変に感じるよ」


 洗った食器の水切りをしながら、次の食器を水の中に落とす。運ばれて来る食器はどれもある程度綺麗な状態で運ばれてくるので、水は多少の(にご)りを含みながらも、まだ綺麗と言えた。


「そう」


 少なくない間を置いて、スティルは素っ気なく答える。


「君は、いつもこんな感じに?」

「……愛想が無いのは昔からさ」


 透の問いかけに、少し手を止めたスティルは、洗い終わった食器の山に、手に持った皿を付け足した。


「ああ、そうなの? まぁ、それも気になってたけど……お店の方はいつもこんな感じ?」


 困ったように笑った透は壁……客席の方へ促すように視線を投げてみせると、スティルに聞きなおす。

 彼はため息をしながら、客席の方を(実際には壁を)一瞥すると、「まぁ、そうだよ」と短く答えた。 彼の表情は不機嫌そうではないが、無表情なのでどう思っているか良く分からない。


「おお、そうなの……」

「――すぐに行ってもらっても大丈夫だけど?」


 すごいなぁ、と付け足しながら次の食器へ手を移す透に、スティルは何かを見透かしたかのように言った。

 逡巡の後、彼の言った言葉を「向こうが気になるなら、フロアーで仕事しろ」と解釈した透は「う~ん」と困ったように唸る。

 返答に困った透を見ることなく、テキパキと食器を洗うスティルはため息と共に口を開く。


「……父さんはああ言ってるけど、まぁ、今の人数で遣り繰り出来ないわけでないから」

「……、……そのようだね」


 解釈した意味が違うことに気付いた透は、他にどんな意味があったか探しながら、生返事を返す。

 食器をちらっと見ると、大分食器が減ってきている。始める前の彼の口ぶりからして、一段落ついたら次の作業に移るのだろう。

 透が思案する中、スティルが言葉をつづける。


「君たちは、旅をしたり、好き勝手した方が楽しいんじゃない?」


 ここにきて、透はやっと意味を読み取ることが出来た。つまり「すぐにでも旅に出て行ってもらってもかまわない」「手伝わなくてもいい」あたりのつもりで、先程の言葉が出てきたのだ、と。


「……、まぁ……、その通りかなぁ」


 しっくりと収まる解釈を得ながらも、彼の言葉に思いつく言葉もなく、透は苦笑しながら頷いた。


「だったら、こんなお店で働くより、旅に出た方がいいんじゃない? ――」


 スティルは最後の方で、何か言おうと口を開きかけたが、視線を向けて透が少し面食らった表情でいることに気付くと、口を(つぐ)んだ。


「……ごめん、なんか怒らせたりした?」


 少し困り気味の笑顔に立ち直った透が聞くと、スティルは視線をそらす。


「い、いや……、……。食器洗うのが遅いから、とか、そんな感じ……です」


 スティルが言葉を選ぶように応える。透は、思っていたことを言わずに、すり替えて話していることに気付く。


「……そっか、すまなかった。それじゃ、早く洗って次に行こっか」


 水中の皿を探すように視線を落としていたスティルだったが、動揺に目が泳いでいるのを横目から見て取れた透は、なんとなく触れないでおこうと思ったのだった。



 その後、彼とは最低限のやり取りをするだけで、黙々と仕事をこなし続けた。

 スティルは気まずそうに黙っていたのだったが、その一方で透は、ほとんど誰も話しかけてこないので、これからのことについて色々と考えに(ふけ)ることが出来た。(上の空になることが多く、二回ほど言われたことをそのまま聞き流してしまうことがあり、その度に教えているスティルから冷やりとした目線を受けたが。)

 

 

 そんな風に、物思いに耽りながら手伝いに(はげ)んでいると、気が付く頃には真夜中になっていた。店が閉店して、客がそれに合わせて帰っていく。清潔に見える店内も、人がいなくなって細かいところまで目が行くようになると、食べ物をこぼした後などで汚れていた。

 ――そう。閉店となると、その後片付けもしなくてはならない。


 店内は明かりを消し、厨房周辺の明かりが、店内を薄暗く照らしていた。


 透は濡れた布巾と十枚のシーツを渡される(実際はカウンターの横に置いてもらう)。店内のテーブルに被せてある、シミの付いたシーツを引っぺがし、テーブルを拭いてから新しいシーツを被せる。

 布巾にも、手伝いを始める前にスティルから貰ったあの液体が染みつかせてあるのか、拭くたび微かに爽やかなにおいが漂う。次々に取り換え、汚れているシーツをカウンターの横にまとめておく。


「ふぅ……」


 最後の一塊を置きおえると一息入れようと、近くの椅子に腰かけた。ここに纏め上げたシーツは明日洗うことになる。

 透は最後の仕事を終えた達成感に浸りながら、カウンターに一番近いテーブルの席に座ると肘をつく。ため息を吐き深呼吸すると、ハーブの香りと微かに消毒液の様な、アルコールの匂いがした。

 これも次第にアルコールが気化して、ハーブの香りしか感じ取れなくなるだろう。


「お疲れ様。いやぁ、いい働きぶりだったよ」


 テーブルに突っ伏して新しく代えたシーツの上から、拭いた後の残り香を嗅いでいると、オヤジ陽気に笑いながら背中を叩いた。強く叩かれると思い、身を強張らせたが、本当に軽くポンと叩いた。


「は、はい………」


 疲れて顔を歪ませるように苦笑いする透。いままで、働いてこんなに疲れたことは無かった。とは言っても、バイトも二ヶ月くらいしかまだ働いていなかったが。


「少ないが受け取ってくれ。ああ。日給みたいなものだ」


 そう言って差し出されたのは、五枚の金貨だった。たしか金貨は一枚一ヴァーリィだったはず。

 透は、片づけている最中に、ふと、店のメニューを見てみたが、一食分満足に食べるのに一ヴァーリィ掛かるか、掛からない程度だ。


「いえ、泊まらせて頂いているのに……」


 ハッとして慌てて起き上がった透は、困惑した表情で首を振って断った。内心、図々しい考えと思いながらも、住み込みで働かせてもらえている。しかも、手伝いに出ているのは一人で、残り二人は、一人が手伝った分でここにいる。三人分の三食の食事に部屋を借りている。正直、さらにお金をもらうのは気が引ける話だった。


「じゃぁ、これならどうだ? 今日の君の働きは、二十ヴァーリィと相当の働きだった」

「俺、そんなに働いてません」


 オヤジが提案するが、透はオヤジの言葉を遮るように即答した。オヤジは、最後まで聞きなさい、と透の目の前に手を出すと言葉をつづける。


「まぁ、それを払ったとしよう。そして、君達が泊まっている料金は一日当り、一人五ヴァーリィ。合計十五ヴァーリィでお釣、五ヴァーリィ。ん? どうだ?」


 オヤジさんが腰を屈めて、顔を見上げている透の目線に合わせた。


「え、でも………、あの、それならもう少し金額を減らしてくださいませんか? 受け取り辛いです」


 透は、真正面から目を合わせられ、しばしば目を逸らしながらもじもじと答えた。


「いや、君は受け取らないといけないんだ。それに、早くハンター(レティエ)として活動したいんだろ?」


 頑固として渡そうとするオヤジ。 それに応じず断固として首を縦に振らない透。変な押し問答が起きていた。 しばらくすると、オヤジは残念そうに溜息をつき「それなら」と言いつつ、オヤジが無精ひげを生やした顔をニヤリと挑戦的な笑い方をした。


「……ふぅ。そうか……。このお釣りの五ヴァーリィを受け取らないのなら、元の二十ヴァーリィのお金は存在しなくなる。君は、お金を支払わずに、部屋に居座る方がいいのか?」


 無茶にも程がある言い分だ……。だが、それを聞いた透は一瞬、困った顔をしつつも、その次の瞬間には「あ」と何かひらめいたようで、気さくに微笑み返す。


「あ、なら問題ないですよね? 今日までの分は無賃(タダ)でいいはずです」

「えっ?」


 明るい口調で言うと、思いもよらぬ反撃にオヤジはショックを受けたような顔をした。「あー」と言い訳に窮しながら言葉を探す。


「いや――だが、タダ働きをさせたというのも、俺の立場的に悪いだろう」


 今度は困ったように片眉吊り上げて「な?」と諭すように言う。が、透はサラサラ譲る気もなかった。


「なら、三日間、世話をしてくださるお礼として。少ないながらも気持として受け取ってくださいな」


 透は丁寧に断った。 言った後で、ふと、何故タダ働きで立場が悪くなるのか知りたくなったが、そこはあえて聞かないことにした。

 その前の『お釣りの五ヴァーリィを受け取らないのなら、元の二十ヴァーリィのお金は存在しなくなる』と言っていた所で、何故、お釣りを受け取らなければ、元の二十ヴァーリィが消えてしまうのかということも、にやにやとしたしたり顔で聞きたいところだが、やはりやめた。

 どう考えても、揚げ足にしかなっていない。


「……あ〜……それもそうだな」


 他の口実を探して口をパクパクさせていたが、暫くして親父は諦めたようで、言葉を濁しつつ頷いた。


「よし、部屋に戻ったら明日、手伝ってくれる子に、明日は早いと言っといてくれ」


 透を促すように立たせ、背中から優しく押しながら廊下の方へ見送る。


「日の出になる頃には下に来ておいてくれと伝えてほしい。頼んだよ」


 階段を上ろうと足を掛けた透に、廊下の向こうからそう言うと、オヤジはレストランのキッチンの方に姿を消した。


 ……金を受けって一刻も早く出てけって言われたら、避けようなかったなぁ。


 オヤジさんはそのことについて思いついただろうか? 透は腕を組んで考え込みながら階段を上る。

 きっと思いついたに違いない。でも、言い方に悩んで、結局辞めたのかも。あの歯切れの悪い話の切り替え方を考えると……、妙に納得できる。

 上りきった透は、階段からすぐ近くの扉のドアに手を掛けた。


「ふぅ〜………やっと終らせてきたよ」


 疲れが出て、ため息をつきながらドアを閉めると同時に透が言う。


「お、終ったのか」


 部屋に戻ってみると、松之介が脚の高いテーブルで本を読みながら、晩御飯であるパスタ(?)を少しずつ食べている。由久の姿が見当らない。


「あれ? 由久は?」


 松之介に聞くと、彼は棚の隣を顎で差した。見ると、棚と棚に挟まれるような形でドアがある。透は今まで気付かなかった。 耳を済ませてみると水が床を叩くような音が奥から聞こえてきた。


「あいつ、そこの部屋で何やってんの?」

「シャワーだ。帰ってきたときに気がついて、いま由久が入っている所」

「ふ〜ん」


 テーブルへ歩いて行った透は手前の椅子を引いて座る。しばらく黙っていた後、「シャワーねぇ」扉を一瞥して、透が松之介に向かって話しかけた。


「ゲームなのに色々可笑しい話だよな。面倒だよね」

「……まぁ」


 松之介は本から少しだけ目を離して透を見た後「そうだな」と相槌しながらも「だが……」と賛同しかねる様子で言葉をつなげた。


「食事も風呂も。面倒と思う時と、必要だと思う時があるだろ。眼の前に美味しそうな食べ物が並んでいても、腹が減らなきゃ楽しめねぇしな」

「な、なるほど……」

「様は、それらも娯楽の一つってことだ。このゲームが娯楽なんだから」


 松之介が、透の理解の範疇をギリギリ掠めてそれて行く理論を展開するので、透は難しそうに唸りながらも「そうだねぇ」と一応に相槌を打った。かろうじて彼は「まぁ、食事は楽しむものというのは同意が出来る話だ」と思うのだった。


 松之介はまた本に視線を戻す。会話が終わって次の話題を探していた透だったが、松之介は黙々と本を読んでいるので、その様子を観察しながら時間を潰すことにした。


 透はだらけながら意味もないことをするのが、結構好きだ。


 手元に寄せてあったスパゲッティーにフォークを差し込んで押しのけてスペースをとると、首を上げるのが面倒なので、顎をテーブルに付けて突っ伏したような状態から横眼に観察していた。

 透が暫く黙って見上げている、松之介が急に口に手をやりニヤけだした。またしばらくすると突然、眉間にしわを寄せた緊迫した表情になって、次の瞬間には小さく「ふぅ〜」とため息をついて、寄せていた皺を放した。


 本に熱中するとこんなにも面白いことをするのか。透は、笑いがこらえきれず、急いで松之介の反対側に顔を背けると、口から「クックックッ」と忍び笑いが漏れた。

 笑い声もあって視線に気付いたのか、本から目を離さずに「今度はなんだよ」と、少しイラついている様子で言った。


 透は口のニヤけが取れないまま顔を戻すと、料理に視線を戻してフォーク手に取りサラダを突っつきながらボソボソと呟いた。


「いや、お前って何時から本を読むようになったのかと思って」


 呟いたのは、普通に喋ってしまったらまた噴き出しそうになったので、口の筋肉を緊張させておく必要があったからだ。

 それを聞いて松之介はフッと笑った。


「中学の時は、透が本の虫だった。人の事はいえないだろ」

「あ、それもそうか。感染でもした?」


 鼻で笑いながら透が言うと「そーかもな」と松之介が軽く笑う。会話はそれで終わった。

 暫くして、透は突然「あ」と声を上げると、さっさと自分の分だけ食べ、松之介に剣を貸してほしいと懇願しだした。彼は当惑した様子で少しだけ渋ったが、最後には「……いいぜ」と剣を渡す。


「なんで剣を貸してもらいたかったんだ?」


 透が真剣な表情で、鞘から抜いた剣を見つめているので、暫くして松之介が聞いた。


「ん? や……これはできてからのお楽しみだ!」


 彼は、松之介に何やら楽しげに答えると、剣を熱心に眺める。


 ――ふぅ〜ん……。この剣、重いが、見た目よりは軽い。刀身は幅広で七~八センチほどはあり、厚さは分厚い根元の部分で四センチ、先の部分では緩やかに薄くなって三センチと分厚い。刀身の中央部分と両刃の中腹部分が、へこむ様に溝がほられている事に気付いた。

 幅広の剣だから……種別的には、イメージ的にブロード・ソードかな?


 あ、でも、ブロード・ソードって、当時細身の剣が主流だった中で幅広だったから幅の広い剣(ブロードソード)って言うんだっけ。……いや、幅が八センチもあったら幅広か。

 ……まぁ、どうだっていいや。


透はテーブルに置きながら|(慎重に置いたが、やはりゴトッと落ち、松之介が非難が増しく目を細めて透をみた)、腕を伸ばしながら剣を観察する。

 刀身の長さは腕二本くらいだから一一七センチ……? 松之介が持つと結構、あってるけど……やっぱり重いし、長いな。


 彼は知らない。如何に松尾と言えど、二十五キログラムを超す規格の剣は片手で保持するものではなく、両手で構えるにも長さにつられてまともに持つには苦労する。現実ではおよそ両手剣の範疇に収まるこのサイズだが、店では片手剣として売られていた。


 透は、柄の根元と刀身の中ほどを持って、重さを確かめるように少しだけ持ち上げる。柄の部分もそれに応じて長いし……どうみても両手剣だよなぁ……いやロングソード? それとも、バスタードかも。腕力を鍛えて、柄に重しを付けて重心を鍔に近づければ、何とか片手でも持てそうだ。……振り回せそうにないけど。


 透は色々と持ちかえて眺めまわし、完全に剣にのめりこんでいた。その最中、何やらドアの開いた音がした。そんなことに目もくれずに、ひたすら剣に没頭する透に「……お前、なにしてんの?」と由久が話しかけてきた。


「剣を調べてるんだ」


 剣から目を離さずに淡々と答える。熱中している透の視線で、剣が焦げてしまいそうだ。


 ――だんだん疲れてきた……。


 目が疲れてきて、目頭を押さえる。


「まぁいいや……それで透。仕事はどうだった?」

「うん。普通のアルバイトよりきつかった」


 体の筋を伸ばしながら言うと、不意に欠伸が出た。


「そうか………そんなに剣が面白いのか?」


 再び剣に目を戻していると、呆気にとられている様子の由久が聞いてきた。


「ああ」


 一本調子で答える透。

 ふと、一瞬だけ由久を見るとパジャマ姿だった。ピッタリとサイズが合っている。ちらりと見ただけなので服しか見ていない。


「透、次お前だ。着替えは一番上の籠に入ってるから」

「あぁ、行くよ……。――剣、置いとくよ」


 疲れからか、とてもに眠そうに言う透は剣を机の上に置く。そのまま欠伸をして、由久が出てきたと思われる、まだ透の入ったことのない一室に向かって歩き出した。――最後まで彼は由久の()を一瞥することないまま。

 今までドアの隣にある棚の所為で、見向きもしなかった部屋だ。 剣に集中していた時はあまり気にしなかったが、疲れ果てている透は、ゆっくりと危なげな足取りで脱衣室に向かう。 そんな様子の透を見送ると、脱衣室のドアが閉まった瞬間に由久が、嫌に無気味な笑みを顔中に広がせた。


「……あれは面白いことになりそうだ」


 閉められた扉を見送りながら手短な椅子に座ると、開口一番、ニヤリと笑う。


「……覗くのか?」

「地獄を見たいならどうぞ?」


 透が風呂場に行き、それを由久が見送ったところ、といった状況をおり合わせて考えた結果、松之介が気持ち悪そうに顔を顰めながら言うと、由久は肩をすくませて首を振った。


「あれはきっと、血を見る」

「転んで頭をぶつけるとか?」

「いや……」


 本をパタンと閉じて話を聞く松之介は、血を出す様な状況を思い浮かべて思いつく事態を行ってみると、由久はまた首を振る。


「他に何かあるか? 転んで怪我してってのが一番、自然だと思うが……」

「もっとあるだろ? あいつなんだし――」

「へぁっ?!」 


 由久が促すのを聞きながら、「ほかに?」と考えを巡らせる松之介に突然、奇声が聞こえてきた。


「――ちょ、わ、わわっ!? わぁぁぁあああっっ!? 血ぃっ!? ……う……ううう」


叫び声の後に、呻く様な声が聞こえる。


「……なんだ? 今の」

「ヒント、言おうか?」

「ああ」

「透にエロ本」

「おぉう……簡潔な答えをありがとう」


 ニヤリと笑う由久の簡潔な答えを聞いた松之介は、目を細めながら相槌を打った。暫くして、赤くのぼせた透が、止まらない鼻血で寝巻を彩らせながら、ふらふらと出てくる。にやにやして待っていた二人に大いに笑われるという形で、透が出迎えられた。


「ふ、不覚……」

「いまどき、女の裸で鼻血だす高校生って……なぁ?」


 替えのタオルで鼻を押さえながら呻く透に、由久が意地の悪い笑い顔でイジる。


「どうすんだ? これから。この調子だと、先に出血死で死にそうだぜ」

「むぅ……」


 文面に置き換えれば、心配してるように聞こえるが、今の松之介は笑いをこらえながら言っている。誰がどう聞いても、からかって言ってるようにしか聞こえなかった。


「まったく……これじゃ、この先が思いやられるな?」

(まった)くだぜ」

「くぅ……」


 そう言って笑う二人に、透は言い返すこともできずに、泣きたくなるのを堪えながら目を座らせて、相槌を打った松之介を睨む。彼らは、意地の悪そうな笑みと共に「可愛いな、お前」と留めの一撃を喰らわせた。


「……俺、もう寝るからな」


 言い返すことが出来ない透は拗ねたように声を低くして言ながら席を立った。反論しようにも、彼らはより一層意地悪そうな笑みを深めることだろう。もうそれ以上、何かと言われる前に透はベッドにもぐりこむ。二人は、その後暫く談笑していたようだが、その内容を聞く気になれず、早々と眠りに落ちた。

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