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異世界。  作者: yu000sun
序章 
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 早朝、まだ空が夜闇から白み始めた(あお)色の中、バイクが閑散(かんさん)とした街の中を走っていく。新聞を乗せたバイクは、そのけたたましいエンジン音を響かせ、線路を(はさ)んだ駅の反対側にある住宅街の中を走っていた。

 走らせては止め、朝刊の新聞を配っていく。アイドリングするエンジン音さえ、早朝の空気の中では、その存在感を知らしめていた。


 そうしているうち、一棟(ひとむね)のアパートの前にたどりつく。


 大して気にも留めるような所はなにもなさそうな――だが、強いて言えば、安っぽさが漂うくらいなのが特徴のアパートだった。感慨深く見上げた彼は、少ししゃがれたため息と共に新聞の束をつかむとバイクを降りた。 カンカンカン、と朝の静けさに足音を響かせながら足早に二階に上り、手早くポストへ新聞を突っ込んでいく。鳴り響く騒音に気遣う様子もなく一階に降りると、残りも奥から順当に配っていく。

 配り終わった時、彼の手元には新聞が一部、残っていた。

 妙だなと思ったのも(つか)の間、「あ」と口を開いた。 新聞を脇に挟みながらポケットに手を突っ込んで手帳を取り出す。予定表……約束ごとを記したメモ……日記の様な雑記……。慌ててページをめくる中、程なくして今日の配達についてのメモ欄を見つけた。


 [一〇六号室、 夜茂木沢(やもぎさわ) (とおる) 様]


 すぐ近くの扉を見る。部屋の番号は宛先とは違って若い数字だ。ふり返った彼は奥の部屋の前に戻って行く。アパートの通路を進んでいくと、突き当たりに扉がある一番奥の部屋。無理矢理ガシャンと音を立てて入れられた新聞紙は、ポストに入りきらずに、玄関の外から一面の記事を覗かせている。


『失踪者続出、現代の神隠し?』


 一緒に張られた画像には不穏な見出しの近くには、別の記事の内容だろうか。専門家が書斎の様な場所で、にこやかに笑って座っている写真が貼られている。

 しかし、そんなニュースを運んできたこの新聞も、ここの住居者の様々な用途によって、読まれることもないまま使われ、捨てられることになるだろう。……そう。新聞とは、夜茂木沢 透にとっては汎用性のあるキッチンペーパーのおまけに情報がくっついてくる程度の認識しかないのだ。


 そんな彼の「特別な始まり」になる今日は、早朝のこの時間から時刻が回り、朝の六時に始まる。

 昇り始めた朝日が、日射条件の悪い部屋の極一部を照らしている。散らかって衣服の山や本の山が床を占める部屋の中は、いまだ青みのかかった薄暗闇に閉ざされていた。

 そんな静寂の中、目覚まし時計が突然、騒がしく鳴り響く。鼓膜を叩くような轟音。すかさず、掛け布団代わりにかぶっているタオルケットの中から物凄い速さで足が伸び、時計を吹き飛ばした。時計は悲鳴の様に、ベルを一瞬だけ「リンッ」と高く鳴らしたかと思うと、壁にぶつかるゴンッと音と共に、けたたましく鳴り響かせていた騒音を止めた。


「……っ…。……んぁ?」


 寝ぼけた彼が少しだけ目を開ける。だが、それもすぐさま閉じ切ってしまった。彼は再び訪れた静寂の中で、雑然と散らかった部屋の真ん中に敷かれた布団の中で丸まっている。 ジンジンっとする(すね)の痛みによって目を覚ますのは、それからしばらくたってからのことだった。




「……。」


 雑然とした部屋の真ん中に敷いた布団に半身を起しながら、彼は眼を(しばた)く。数秒ほど、夢と現実がごっちゃになっていた彼は、脈拍と共に走る脛の痛みを感じつつぼんやりとした意識の中で、唐突に理解した。


「ついに犠牲者が二桁に入ってしまったか……」


 痛む右足の脛を(さす)り、壁の近くで転がっている目覚まし時計の残骸(ざんがい)を見つつ、彼はしみじみと呟いた。 時計は六時を指した形跡を感じさせながらも、一部だけ掛けたプラスチック片と電池を、その(あたり)へ転がしている。ぼけた頭をなんとか()ませながら、透は自分の寝相の悪さと無意識に反応する右足を恨めしく思った。

 また、実家の近くのディスカウントショップに買いに行かなくちゃならないのか……。面倒だなぁ。いっそのこともう買うのを止めるのも、いいかもしれない。

 眠気が後に引くダルそうな表情で欠伸をした。ため息をすると、不意にカーテンのしまった窓の向こう側で電車が走っていく。部屋に、振動と騒音が舞い込んできた。

 喉の渇きを覚えた透は、騒音に眉間にしわを寄せながら、一つっきりしかない部屋から小さな冷蔵庫へ視線を移した。のそのそと立ち上がって廊下の方へ歩いて行く。

 冷蔵庫は、部屋から玄関まで一本道に伸びる短い廊下の台所と一緒になっていて、こぢんまりとしていた。冷蔵庫の扉を開けると、昨日のうちに入れておいた水入りコップを取り出すと、その水を飲み始める。

 その(せま)い空間を、水を飲みつつ横目に眺める。詰め込めて、せいぜい一週間きっかりの食料しか入らない冷蔵庫は、もう空になり、近いうちに買い出しに行かなければならないことを告げていた。

 ゆっくりと飲んでいた水を飲み終わるころには、二本目の電車も通り過ぎていき、遠くでは駅のアナウンスが聞こえてくる。彼は立ち上がりざま、冷蔵庫の上にある流し台にコップを置いた。

 部屋に戻り、寝起きの乾いた目をこすりながら、部屋の壁にかけてあるカレンダーをみる。今日は七月の二十日、金曜日。


 ああ、今日が終われば明日から夏休みか。


 「夏休み」という響きに、透は意味もなく口元が(ほころ)びた。 学校がない分、アルバイトにより多くの時間を費やすことができる。そしたら、生活するのに必死な給料にも余裕が出てきて、久しぶりに駅前で遊ぶことができるだろう。

 ……いや、お金に余裕ができても、時間がなくなるのか。(ほころ)びた口元は、再び無表情になった。

 最後に、駅前で遊んだといえたのは期末試験前日――二~三週間ほど前のことだ。……不思議なものだ。そんな時ばっかり、妙に遊びたくなるのだから。

 あの時に遊んだばっかりに (実際は、その日だけではなく、他の日も遊びながらの勉強だったためだからだが)、落第点ぎりぎりの成績を出すことになった透だった。そんな透の一方で、一緒に遊んでいたはずの友人二人は、普段通りというべきか、楽に試験を合格していた。

 それぞれ苦手な科目は彼並みではあったが、得意な科目やそれ以外の科目については中々の点数だ。自分の勉強不足を痛感している最中に言われたのだから、試験のことを思い出すと、かってに二人の試験の点数も大体のところを思い出す。

 妙にあきれ顔をされたのを思い出したところで、透はため息をすると首を振った。


 やめよう。朝から憂鬱(ゆううつ)な気持ちになってどうするんだ。


 気持ちを入れ替えるように少し深めに息をすると、上の寝巻を脱ぎ捨て――ようとして、彼はぴくりと動きを止めた。不意に携帯電話が鳴っていることに気付いたのだ。しかも、着信音などではなく、曲が流れるアラームが流れている。

 耳を澄ませ、(おもむろ)に視線を移していき、その源を彼は特定した。慌てて部屋の隅に積まれた衣服の中に腕を突っ込む。数着の衣類が周りに投げ飛ばされる中で、程なくして鳴り続ける携帯電話をみつけだした。

 焦りの表情の中にふっと浮かんだ喜びの表情も、そこに表示されていた時間を見てさらに顔が青くなる。出かける十分前に鳴り出すアラームなのだが、すでに長い間アラームが鳴っていたようだった。もう五分ほどで、出かけなければならない。

 アラームを止めると、携帯電話をひきっぱなしの乱れた布団に投げた。


「やばい、まずい……っ!」


 急いで着替えては支度を整えなくては、と慌てて着替え始める透。なるべく騒音にならないように、つま先で走る部屋の中には、トットットッと何とも奇妙な足音が部屋の中に響く。まるで、幼い子供が走りまわっているような音だ。

 ちらりと、玄関に通じる廊下の小さい台所をみる。

 ……朝食なんて暇ないか。投げ出した携帯電話を制服のポケットへ滑り込ませつつ、台所を兼ねている二メートル弱の廊下を急ぐ。どうせ終業式しかないのだから、食べなくても大丈夫だろう。


「あ、新聞」


 玄関で焦りながら靴を履き、玄関を出ようとドアノブに手を伸ばした途端、扉のポストに入った沢山の新聞に気付いた。そういえば、古新聞も少しくらい捨てたほうがいいかもしれない。 毎日届く新聞との消費が釣り合わないまま、古新聞が貯まりつつあったのを思い出しながら、透は配達物の束を部屋の方へ投げると共に玄関を開けた。五月蠅くならないよう気をつけながら、素早く玄関の扉を閉めると鍵をかける。

 駅に急そごうと振り返ると、女性が丁度アパートの通路へ入ってきたところだった。狭い通路で、半身傾けながらすれ違う。


「おはようございます」

「ええ、おはよう。夜茂木沢(やもぎさわ)君」


 内心、やや緊張気味にも笑顔で挨拶すると、すれ違った女性は鍵を探しだす手を止めて、笑って答えてくれた。挨拶を済ませた透は、正面に向き直って慌ただしく走って行くのだった。

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