11 初仕事、ならず
翌朝、武器を携えて早朝から街の周囲に広がる草原にやってきた三人だったが、日が高く昇り始めても、その収穫はゼロだった。
魔物と呼ばれそうな生物に遭遇することもなく、周辺を探索するもデコボコと丘陵のある草原には何も居なかった。
「……。なんでどこにも居ないんだよ……」
歩きつかれた透は、立ち止まって膝に手をつきつつ、あたりを見間渡した。ずっと魔物を探し続けているのだが、魔物どころか動物さえ見かけることが無い。
森の方へ行くことも考えたが、二人は「それはまだ早いんじゃないか?」と渋った。と言うのも、あの苔狼(仮名)の群れに追いかけられた時は、本当に死に物狂いで逃げていたのだと言う。いくら武器を持ったと言っても、もう少し実践に慣れた方がいいとの考えらしい。
……ふと、涼しげな心地よい風が吹く。現実では見たことのない風景。静かな風にそよぐ草の音を聞きながら、はぁっとため息をついた。
顔にかかる横髪を退かしながら透は、もう一度あたりを見渡すと、仰向けに寝転んだ。草原だけあって空がとてつもなく広く、そして高い。
雲が疎らな塊となって、晴れと曇りの間の様な天気だ。
晴れの日の様に空は霞まず真っ青で、雲は巨大な塊が疎らに流れて行き、草原に大きな影を落とし、草原には日向と日蔭の斑模様が出来ている。時折、天使の梯子と呼ばれる分厚い雲と雲の隙間から見える光が壮大な景色……と透は思った。見ていてこんなに清々しい天気も珍しい。
今は丁度いい具合に涼しいが、大きな塊の雲が流れていくと言うのを考えると、近いうちに雨が来るかもしれない。気のせいか、雲の密集率が高くなってきているようだ。
「明日か、明後日には雨が降るかな……。にしても、空にはあんなに高く日が上がってるしさぁ」
日が昇っているといっても、まだ、日の出から少し上の方へ昇ったにすぎない。しかし、三人は日の出前の暗い中から置手紙を一つ書いて、魔物狩りに出たのだ。
予定では、朝食ごろ――六時半~七時頃あたりの時間帯――には一旦戻るはずだったのだが、それも返上して、今ここにいる。
「くそがぁ~……疲れた~」
上半身を起こしながら、うだうだと愚痴を垂らしていると、腹に住みつく食欲旺盛な虫が鳴いた。現実の体とは違い「グゥ~」ではなく「クゥ」と短く少し高い。体調の影響なだけだろうが、妙に悲しい気持ちになった。
「……腹減った……。一度戻らないか、由久~。―― よぉしぃひぃさぁぁぁああ!!!」
精神的にギブアップに近い透は、自棄になったように大声で叫んだ。が、残念ながらその声は、どちらかと言うと女性の泣き叫びに近かった。
……自分の叫び声を聞いた透は、二度と自棄に大声を張り上げないと心に誓った。
「――うるせぇよ」
暫くして、今度は松之介にも叫ぼうかと考え始めたところで、でこぼこと小さな丘が連なる草原に突如、出現するかのように向こうの丘から金髪の頭が見え、由久が顔を出した。
眉間にしわを寄せ、不機嫌に気だるそうな表情だ。
「その金切り声で叫ぶくらいなら火でも打ち上げろっての」
「それは言わなんで……。で、疲れたんだけど、戻った方が良くない?」
寝転んだまま由久を見上げる透の問いには答えず、由久は少し間を置いた。
「……まぁ、疲れたのは確かだし、このまま粘っても収穫は無さそうだな」
辺りを見渡しながら腰に差した剣を叩きながらぼやくように言った。
「仕方ない、一度戻るか。あまり人を頼るのは乗り気じゃないんだが……松之介ーっ! 帰るぞーっ!」
先程透が叫んだ声を上回る大声で辺りに叫ぶと、程なくして松之介が透の後ろにある丘の方から、汗を流しながら少し疲れた様子で歩いてきた。 運動不足になるとかで、あの重たい剣を背中に担いだまま、走り込みをしながら探し回っていたのだ。
「どうする? 勝手な考えかもしれないけど、オヤジさんのお店でさ、日替わりに手伝わせてもらわない? 一人がお店、二人が魔物狩りにってさ」
松之介が会話の聞こえるくらいの距離まで来た時、立ちあがりながら透が提案した。
「良いとは思うけどな。その手伝いと狩りに行くやつはどうやって決めるか」
松之介が聞き返した。流している汗や見た目と違って、なんでもない様子だ。透が立ちあがったのを確認すると由久が歩き出す。松之介が透の横を通り過ぎて由久の後を追っていくのを、服に軽く着いた土や草を払いながら、透も後に続いた。
「交代交代だけど……最初はやっぱジャンケンじゃないか?」
「いや――」
透がジャンケンのグーを作りながら聞くも、上半身と首でこちらを向いた由久が首を振った。
「これは話し合いで決めよう。それより、まだ手伝わせてもらえるかどうか、決まっているわけじゃないんだ」
「それもそうだな」
「……。」
松之介の頷きに合わせて相槌を打ちながら透は、ふと、辺りの景色を見つつ現実の世界の景色を思い出して、その差に感慨深い気持ちを抱いていた。
見通しの良い平原であるために見える街まで、まだまだ距離はありそうだ。
「結構遠くまでいってたんだな」
「だね」
松之介が言うと、失笑気味に透が頷いた。疲れたせいなのか、やややさぐれている。あたりが草原で遮蔽物が無いので、近いように思えたが、デコボコとある小さい丘を上り下りしている内、街に着く頃には一時間ほど掛ってしまった。
北西門から帰ってきた三人は、街道を時折通る馬車を見ながら門をくぐった。ふと、松之介と由久の二人が、思い出したかのように門の方へ視線を向けると、門に立っている番兵らしき人たちに軽く会釈する。
門の両端に何人かいるうちの二人組が片手を上げて応えた。
「俺たちがここに来た時に、あの宿屋を教えてくれた人たちだ」
「ああ、なるほど」
二人に倣って、一応に笑顔で会釈しつつ、誰? と言った感じの透に由久が耳打ちした。 向こうでも、二人のうちの一人が周りに説明してるかのように指差しながら何かを話している所だった。
北西門をくぐり、緩やかなS字カーブを歩いていると、通りの左手にハンターたちの重要な役所、『ロド』が見えてきた。大きな看板を下げている割に建物は小さい……と思いながら建物の前を通ると、長細く奥まで続いていて、奥で広くなっている。
見た目は小さくて、しかし、中は想像以上に大きいようだ。
そのまま歩いて、北西門通りと表通りをつなぐ大きな広場の様な場所に出る。
広場の中心には噴水があり、北西門からの道からだと、噴水の向こうに街の中心地、役所区が見える。
役所区は住宅区の表通りの三階建てなどの商店などとは違い、まるでビルの様な高さを誇っている。遠くからでも煉瓦造りなのが分かる。それが住宅区の様にぎっしりと立ち並んでいる。
きっと、中心地の方は丘になっているに違いない、と透は思った。
北西門通りと表通りの合流地である広場から右――反時計回り――に歩くために内側の方へ歩き出す。街の景観と地図を覚えながら宿屋まで来たところで、透が「あ」と声を上げた。
「三人でぞろぞろと厨房に入っても迷惑なんじゃないかな」
「ん? ――それもそうだな」
由久が頷く。
「だったら、代表が――」
「誰が?」
「そりゃぁ、じゃんけんで」
言いかけた透に、松之介が突っ込むと、彼は即座に握りこぶしを上げながら答えた。




