10 松之介、登録する
武器屋を出た透は、一~二歩ほどの距離を遅れて付いてくる松之介を引きつれて雑踏の中を歩いて行く。 少しばかり歩いていると、昼間に来た職業案内の店を見つけた。……が。
「あ~……」
透が気まずそうに唸る。 その店の扉の隣で壁に寄りかかり、腕を組んで通りを睨んでいる男が居た。 近づいていくと、その金髪頭の男がこちらに気付いたようで、寄り掛かっていた壁をけって仁王立ちになる。
「よっ。ちょっとまよ――」
「遅い!」
透が手を上げて笑いかけるが、口を開いた瞬間に怒声を浴びた。由久の機嫌が悪い。やはり、長時間ここで待っていたのだろう。
「武器屋なんて向こうに歩いて行ってすぐだろ? なんでこんなに時間がかかるんだ」
「いやはや、面目ない……」
舌打ちをしながら愚痴る由久に、透はただ困ったように愛想笑いを浮かべながら謝った。
「少々手違いが――」
「迷ったんだ。一時間以上も」
「迷ったぁ?」
透の言葉を遮って、さっくりと言ってしまった松之介の言葉に、由久が大げさに顔を歪ませながら聞き返した。その声の大きいこと。近くを歩く人が、何事かと由久を見た。
「――まぁ、そうとも言うかな」
「迷うって、すぐそこ――はぁ。お前ってやつは……」
由久が早口に文句を言いかけたが、途中で呆れ果てたのか力なく首を横に振るうと、くるりと扉の方へ向きを変えた。
「さっさと手続き済ませるぞ」
不機嫌な声で中に入っていく。
「あ~あ、怒ってるな。お前のせいだぜ?」
苦笑いでいう松之介に、透がため息と共に肩を落とした。
「まったく……真実とは時に残酷なものをもたらすのさ。折角、俺が彼に都合のいい筋書きを話してあげようと思っていたのに」
「それってつまり、嘘じゃねぇか」
演技を加えてスラスラと言葉を連ねる透に、松之介の苦笑は絶えない。
「……。まぁ、それじゃぁ、行くか」
「そうだな」
扉がゆっくりと閉じるのを見て、透が右手でジェスチャーを送りながら言うと、松之介も扉を見ながら頷いた。
中に入ってみると、店内は午前に来た時よりもさらに暗かった。外は夕方のオレンジ色に染まっているのに、ここは真っ暗な闇夜の中を歩いている様な気分だ。相も変わらずまた昼と同じように、老人の座る机だけが妙に明るい。
松之介の後を透が付いて、明かりの灯った老人の方へ歩みを進める。 由久と老人は何か話していたが、足音に気付いて、老人が由久越しにこちらを見た。
「ほぅ……一日に登録人数を増やすのか」
暗がりから歩いていくる松之介に目を細めながら言うと、あの機会と腕輪、手袋を取り出した。後ろの棚からファイルを取り出し、中から書類を一枚取り出す。由久と透の名前が入ったあの登録用紙だ。
老人は機械に登録用紙を入れ込むと、位置を調整する。
「話が早くて助かる」
透の二~三歩先で、由久が機械で文字を打ちこみながら笑った。覗き込むと『マツノスケ』と打ち込んでいた。
「ふん……マツノスケか」
打ち終わった由久は老人の方へ機械を押し返すと、老人はその紙をすぐに、だが、慎重に取り出す。
右手を口にあて、左手に登録用紙を眺めつつ呟くと、老人は早速、水晶に松之介の登録をし始めた。強い光と風が吹く中、由久が松之介に、腕輪を受け取った後に何が起こるかを簡単にざっくりと説明していく。
今はもう、あまり気にしていないが、昼のことを思い出す透はやはり少し不愉快そうな表情になった。 俺の時も先に説明があればなぁ……。
「ほれ、記録器だ。ハンターの方の説明は、もうしたか?」
老人が松之介に腕輪を渡しながら由久と透の顔を見る。
「あ~……そうだったな。宿に帰ったら説明するか」
思い出したように少し間を置いた後、由久が頷きながら言った。透と松之介は、その言葉を聞くと老人に軽く会釈してから先に出口に向かう。
「そうしてくれ。わしの負担がへるってものだ」
「ああ。じゃぁな、じいさん」
「暫くは来ないでくれ」
やることが増えてしまったとため息を吐く老人に、すまなかったなと笑いながら、最後に由久が案内所を出た。空は既に薄暗くなり、通りの人影が少なくなってきている。
二階にまで届く長い棒の先に火をつけた男が、街の表通りに灯に火をつけ回っているのが、まるで赤い人魂が火の粉を散らして飛び回っているかのようだった。
「明かりをつけるんだ」
透が意外そうに言った。
「そうだな。夜になってもこの表通りは、使うからじゃないか?」
「昼間の様な多さじゃないけどな」
由久が答えると松之介が辺りを見ながら言った。右も左も歩くのに苦労する様な昼間とは違い大分落ち着いているもの、まだ人が多いと言えるレベルの人通りだった。
三人は部屋に戻ると、すぐさま透が説明を始めた。
「――で、ハンターはモンスターを倒して、そいつらから一定の部位をはぎ取って、戦利品を『ロド』っていうハンター用の役所に出せば見合ったお金がもらえるって仕組みらしいよ?」
部屋にある脚の高い方の円形のテーブルの席についている二人。透の説明に松之介は頷きながら耳を傾ける。
「へ~……なんか、ゲームに良くあるって感じだけど、ちょうどいいな」
満足げに笑うと、聞くために身を乗り出死気味になっていた体を、椅子の背もたれにゆだねる。
「で、それとだな――」
それまでソファに寝そべり、黙っていた由久が口を開いた。
「更に詳しく書いてあった情報なんだが、ハンターの仕事はどうもそれだけじゃないんだ」
ソファから起き上がりつつそう言うと、ポケットの中から一枚の紙を取り出してきた。ハンターの職業案内が書かれていたあの張り紙だ。
「普段は、それぞれ加盟したグループごとに行動していれば制約はこれと言って無いらしいんだが、滞在している街の一定の要請は絶対に受けなければならないことになっている」
「要請?」
松之介は椅子をずらして由久の方に向くと、真剣な面持ちで聞いた。一方の透は、要請って言ってもイベントじゃないか、程度にしか思っていない。
「色々あるんだろうが、多くは街の『防衛』だ」
「防衛? 魔物からか」
由久の言ったことに松之介が聞き返していると、隣で透が「ガウ」と言いつつ口から小さい火を噴いた。魔物の物まねのつもりだ。
「いや――」
由久が首を横に振った。こちらに歩いてきながら、張り紙を目の高さまで持ってきて、二秒ほど黙読する。
「――魔物だけが限定ってわけじゃなく、時には街を荒らしに来る賊なんかも蹴散らすらしい。条約では、どの国の国力にも固定して属してはならず、国境を自由に行き来できる代わりに、ハンターはその町々の要請を優先的に受けて、最低限断れないことになっている」
言い終えると、張り紙から目を離し、机の上に投げた。紙はへろっと曲がり、ゆっくりと机に落ちた。
「なんだか面倒だな。『街の要請』ってなったら断れないって……『何でも屋』って感じだな」
皮肉を言いながら笑う松之介に、由久もつられるようにははっと笑った。
「まぁ、なんでもするわけではないが――大体その通りだ」
「強制労働ってことかぁ……」
由久の言葉に、透が嫌そうな顔をした。
「……それってつまり『物語を進めるための回避不能の絶対要請』て、ことだよね?」
「言えてるな。けど言い回しが……何ともバカっぽいな。頭の上に文字とルビ振りしてまで言うことか?」
由久がしゃべりだしてから暫く黙りこんでまで考えていた透の言い換えの言葉に、松之介が、ははっと笑いながら言う。
「うっさい脳みそ筋肉、脳筋バーサーカー」
「……。この弩級方向音痴が」
「まぁ、『物語』が進行するのか怪しいところだけどな」
二人のやり取りを由久が失笑するように笑いながら言った。
「……あ」
眼を座らせていた透が、ぼそりと呟いた。気が付くと、既に部屋の中が薄暗くなっていたのだが、急に部屋が明るくなった。
天井を見上げると、ランタンが灯っている。ぶら下がっている円柱型のランタンの上に、つりさげるための金具の他に少し太めの紐が天井を伝って部屋の外――廊下の方にまで続いている。
「ランタンからコードみたいのが出てるけど、あれでつけたのかな?」
透が不思議そうに見上げ、二人も「確かに……」とランタンを眺めていると、誰かが部屋のドアを叩いた。三人が返事をする前にドアが開く。
三人が視線を移した丁度のくらいで開いたドアの奥は、料理を持ったスティルが立っていた。
「夕飯です」
昼間の調子の様に淡々と言うと、手に持っている料理をテーブルに並べ始めた。開け放たれたドアの方を見るとワゴンが置いてある。下の厨房からどうやって持ってきたのだろうか。
「あ、すまない」
由久もテーブルを離れて手伝いながら言った。昼食の時もそうだが、並べられた料理は見入られるように美味しそうだ。
並べられた料理のおいしそうな見た目と匂いに、思わず涎が口の中を満たす。
「食べ終わったら、廊下に出しておいて」
「あ、うん。わかった。――ありがとう」
料理を並べ終わったスティルは、これまたそっけなく言うと、そさくさと出て行ってしまった。透が一応に返事をし、スティルが出て行くのを見送る。彼がドアを開けて部屋から出て行くのを見届けた三人は「頂きます」と手を合わせてから、食べ始めた。
特に会話が弾むこともなく、二言三言、交わしては黙々と食べる三人。と、透があることに気付いた。
そういえば、明日は早速、魔物を狩りに行くんだよな……。どこに行くのか、目星はついてるのか?
街の外に出ても、魔物が掬う『場所』に行かなければ、ただ悪戯に時間が過ぎて行くだけのようなきがするけど……。
「そういえば、明日、どこに行ってモンスターを狩りに行くんだ?」
「……。」
透の何気ない一言に、松之介は首をかしげて「さぁ?」と言いなが由久をみる。これまで仕切っていたのは由久だけに、彼に考えがあると思っていたが――。由久は、口に運びかけていたスープの具を口に入れ損ねて落としたところだった。
「……まぁ、いってみればわかるさ」
由久が、ははっと乾いた笑いをした。が、それに釣られて笑う者はいなかった。二人が顔を見合わせると肩を竦ませてみせる。
その様子にしばらく「ノリが悪いな」と二人を見る由久だったが、とぼける素振りで流す二人に、やがてため息と共に首を振った。
三人は、特に空気が悪いというわけでもないのに、そのまましばらく黙り込んだ。部屋の中は静けさを漂わせて、下のレストランの喧騒が窓から良く聞こえてくる――。




