9 武器屋と紅の鎧の女性
「お、あったあった」
ほっと胸を撫で下ろす透と、透の方向音痴に呆れる松之介。円を描くようにある表通りは、当然、輪のようになってつながっている。
しかし、それにも関らずこの通りに入った後も武器屋に気付かずに、二人が見つけたのは二週目が終わって三週目に入った時だった。
「……なんなんだ、こいつは」
歯を食い縛り、口元を殆ど動かさずに松之介が呟いた。涼しげな気温だが、彼のこめかみにはうっすらと汗がにじんでいる。
「すまんすまん。歩きなれてない上に、この街大きいじゃん? ぐるぐる回ってるといつの間にか同じところに出ちゃうし、見通し悪いし」
ははは、と笑顔でごまかす透は歩き疲れて不機嫌そうな松之介の背中を押しながら武器屋に入っていく。
ふと、入口に立っていた警備員(っぽい人)に睨まれた様な気がした。 透は努めて気にしないようにし、先程は外から見るだけだった武器屋の中に入って行った。
店内は、思いのほか横に広かった。店の中には武器を見て回る五人程度の客が居るだけで、レジと思われる大きな机が、店の奥とこちら側を隔てている。 表通りが騒がしいと思えるほど、店内は静かな空気が流れていた。
早速、松之介はじっくりとは言えない早さで次から次へと視線を移しながら見回っている。
店に入ってすぐのところに立っていた透は、足元に謎の赤い字が書かれた籠を見つけた。
「特売五百ヴァーリィ (ヴァーリィという文字は記号一文字)」と読めたそのかごには実に多種多様な形状の剣が入っている。横の傘立ての様な円柱状の籠には、槍が無造作に入れられていた。眺めているだけでも透は楽しめたが、不意にその武器がなんとなく粗悪品に思えてきた。
無理もない。「特売五百ヴァーリィ」と書かれているのだ。
透は顔を上げてあたりの武器を見渡した。一本ずつ丁寧に置かれている様な武器はちゃんと手入れが行きとどいているようで特売品とは違い、気品というものがある気がする。ぱっとみだけでも全部が、一〇〇〇以上の値段だ。
そういえば……と、透は出口から見える奥の足元に置かれた木箱を覗きこんだ。
入口に置いてある特売品の箱よりもなお酷い。
汚れていたり、抜き身のままの武器が、筆箱に入れ込んだ鉛筆の様に入っている。この中に手を突っ込んでいた由久が無傷なのが、不思議なくらいだ。「流れもの」と読める紙には、はるかに安い「一一〇ヴァーリィ」と書かれている。
箱の中の悲惨さを見ながら、由久の持っていた形が三つとも同じの細身の剣は、この中では上等品と言えるな、と思った。
こんなに安いなら俺も一本くらい……。ゴミ箱に破棄される勢いで沢山の剣や斧なんかが入っている中には、使えそうなものがまだ一本くらい入ってそうな気がした。
ふと、覗き込んでいた透の後ろから、足音が近づいてきた。足音が過ぎたところを振り返ると、店内を歩き回っている松之介が一周して通り過ぎた所だったようで、また歩いて行った。
今度は透もついていくと、『騎士・兵士』と書かれた表札のある棚からに置いてある剣に目が止まっている。
〝 騎士 〟って……お前はどちらかと言えば、斧持って薙ぎ倒す〝 戦士 〟って感じだろうに。防御力よりも攻撃重視、敵を薙ぎ倒すゲーム・プレイスタイルを見てきた透は、そう思っても口には出すまいと心に誓った。下手に言ったら、殴られる。
しばらく眺めていると、松之介は決心したように頷きながら、眺めていた『騎士・兵士』の棚から一本の剣を手にする。
ゲームらしく、実際の剣としてはどうなのだろうと思う様な修飾性重視な剣を手にするかと思っていたら、彼はなんだか同じものが並んでいる内の一本を選んでいた。
両刃の剣で、刃渡りだけで片腕一本半ほどの長さ。刀身の肉厚は四センチほどはありそうで、特別なところは見受けられず、無駄なところもないように思える。
ゲームでいうところの標準的な鋼の剣と言えそうだ。 ただ、それを振り落とされたら、透の肩なんて簡単に切り落とされそうな重量感と、刃の輝きがある。
松之介は色々と持ち替えてみては一人で頷き、最後に棚に置いてある鞘を手に取ると、刀身をしまった。確かに、松之介の体格の良さであれば、その剣は中々良いかもしれない。
構えをとってみたりしている最中、重そうに見える剣がぶれもしなかった所に透は、関心と「松之介なら」という納得と共に頷いた。
「よし、これだ。……二千か。ヨル、これにするから買ってきてくれ」
「――はぁ?」
やっぱりそれにするのか、と後ろで細く笑みながら眺めていた透は、松之介の不意打ちに、表情を変えられないまま聞き返してしまった。その様子は少し不気味でもある。
「いやいや……。それはお前のでしょ? なんで俺が――」
「誰のせいでこんな道に迷ったんだっけかな」
何の冗談だと笑いながら、差しだされる剣とお金の入った袋を押し返すと、余裕の笑みで聞き返して透に突き返した。
「多分、一~二時間くらいはさまよったな」
「おいおい……」
そういって頬笑み顔に無言で差しだす不気味な松之介。しばらくして根負けした透が、はぁっとため息を吐きながらお金と剣を受け取り――損ねて、危うく剣を落としかけた。
「お、重っ」
「ああ、結構な」
想像以上の重さに片手で持てない透は袋を脇に抱えながら剣を両手で支えなければならなかった。松之介が持っていた時は、軽々とは言えないが、せめて透でもなんとか片手で持てる程度の重さだと思っていた。
しかし、重い。「結構」どころではなく、想像以上に重い剣は両手でも危なくなってきた。
「すみません……これください……っ!」
澄ました顔を取り繕いながらレジに向かったが、声までは澄ましきれなかった。その様子に受付の女性が苦笑気味に笑う。幸いにも、必死だった透はそれを見ずに済んだ。 代金の支払いのために、カウンターに慎重に置いたつもりだったが、重さのために力加減が難しく、危なっかしく落とすようにカウンターに転がした。
「はい。えーっと……」
女性が剣を見て、ひょいっと持ち上げ――その光景に透はショックを受けた――値札をみると、慎重に剣を置き、顔を上げて明るい営業スマイルで行った。
「――二〇〇〇ヴァーリィになります」
「……あ、はい、二〇〇〇ヴァーリィ……。……。ヴァーリィ?」
面食らった透は、絶句しつつなんとか立ち直り、慌ててお金の入った袋を広げ……かけた所で透は手を止めた。
ハッとして透は頭の中が真っ白になった。始めたばかりの透が金貨の単位など知る由もない。もしかしたら説明書に書いてあったかもしれないが……覚えが無い。
「ちょ、松之介……!」
「?」
周りを気にしながら、小声で叫ぶように松之介を呼んだ。気づいた松之介がこちらにくる。
「どうした?」
「お金の単位がわからない」
透の言葉に、今度は松之介が「え」と一言、面食らった表情になった。
(お前、午前中に由久と来たんじゃないのか?)
後ろにふりかえって透の肩を抱えて受付の女性から少し離れると、声をひそめて怪訝な表情で透を見る。が、透も眉間にしわを寄せた、おもわしくない表情で首を横に振った。
(来たけど……)
透はため息と共に肩を落とした。
(あいつ、『外で待ってろ』とか言って。入ってたかと思ったら、中でたったかと剣三本かってきちゃったんだ)
なんだよそれ……と、松之介が呆れたように言い、そしてハッとしたように透を見た。
(待てよ。なんであいつが知っていて、ヨルが知らないんだ? おかしいだろう)
(俺だって知りたいよ)
舌打ちをしたいのをグッとこらえつつ、透がつけどんに言い返した。
「あの、失礼ですが……」
声をひそめて会議(?)をしていた二人に突然、店員から話しかけてきた。今、もっとも迷惑しているのは店員なのだ。が、その店員の女性から思いもよらぬ言葉が出てきた。
「お金の単位をご存知ではないようでしたら、説明いたしましょうか?」
驚いて二人が女性を見る(透は女性よりの身長が低いので見上げる形になった)。二人の再びショックを受けた表情に、店員が多少動揺したのか、慌てて付け足す。
「あ、いえ、最近、他の大陸から来るお客さまも多いのか、時々、貨幣の単位を知らないお客様もいらっしゃるので、ひょっとしたらと……」
「ぜ、ぜひ、教えてください!」
松之介が落ち着きを取り戻す前に、透が台に手をつき身を乗り出して叫んだ。広い店内にいる、少ない客が何事かとその場から首を伸ばしてこちらに注目する。松之介は頭を抱えたくなった。
「は、はい」
突然、叫び出すものだから店員の女性もひるんだ様子で苦笑しながら頷いた。彼女は、レジの中から形の違う金貨を一枚ずつならべて話しだす。
女性の説明によると、
銅貨は一ウィック。
銀貨は十ウィック。
金貨は一ヴァーリィで、一ヴァーリィは五十ウィックであるらしい。
それ以上の単位は、十ヴァーリィで二ミリほどの厚さで、金貨二枚を横に並べた大きさ程度の長方形の銅板。五十ヴァーリィで銅板と同じ大きさの銀板。二百ヴァーリィで、銅板、銀板と同じ大きさの金板。
そして、一気に飛んで二千二百ヴァーリィで、大きめ――金貨二枚半並べた長さ、横幅まで均等に拡大した大きさ――の修飾性の高い金板。
一応、二百ヴァーリィ金板と二千二百ヴァーリィの間にも間を補うようにあるらしいのだが、急に貨幣の様子が変わった。五〇〇ヴァーリィで青っぽい紙幣。一〇〇〇ヴァーリィで、二人に馴染みのある千円札の様な色合いの紙の紙幣。
紙幣と、二千二百ヴァーリィ金板は額が高すぎて、国や有力商業者との間で木箱何十個の単位で行きかう様なものなので、その三つはもはやおまけの様なものだった。
やはり、そのどちらも現物は無いようで、カウンターの右の方へ置かれている地図と共に商品として並んでいる貨幣表の図を指でさしながら教えてくれた。
結構ややこしいな、と二人は言いあいながら熱心に聞く。
一番低い銅貨から、二千二百ヴァーリィ金板までそれぞれに呼び名があるそうで、銅貨がウィック。銀貨がシールで、金貨がヴァーリィ。銅板がウァンズ。銀板がサーヴ、金板がヴィード。
青っぽい紙幣がタースで、日本紙幣の様な色の紙を使った肌色っぽい紙幣がテルリ。
そして最後。一般貨幣の中で一般から掛け離れている、少し大きめの金板が、ウィオリ。
「……あれ? 最初の銅貨は何て名前だったけ」
心のうちに呟いたつもりだったが、思わず口から出てしまった。
女性の店員がさも当然の様に説明するが、中々不規則な単位で覚えづらい。透は頭を抱えたくなったが、松之介を見てみると――どうやら透と一緒らしい。
女性の差す貨幣表を見ながら、困って目を細めていた。
「取り敢えず、同じ金属や種類っぽいやつは、最初の発音が似通った文字なんだな」
松之介が腕を組みながら納得するように頷きながら呟いた。
アルファベット――と言いたいところだが、その発音も微妙に合わない。取り敢えず、似通っている発音が、覚える鍵になりそうなのは確かだ。
そうは思いつつも透が「でもなぁ……」と首をかしげていると、女性店員は愛想よく微笑んで、「ならどうぞ」と二人に貨幣表を渡した。
「いいんですか?」
「ええ、構いません。売り物じゃない上に、毎日のように役所から補充が来るので」
値札があるのでてっきり商品だと思っていた透は、驚いて聞き返すと、貨幣表の値段だと思っていたものがこの近辺を詳細に描かれた地図で、もうひとつの方がこの国――ルビナ――の国土を描いた地図らしい。
地図には興味はあるが、まずは剣の支払いを済ませなければ。透は早速、お金を数え始めると、松之介はもう少し武器を見回りたいと言いだした。松之介が居てもしょうがないので「ああ」とだけ頷いて答えると、彼はレジの前を去って行った。
袋の中から、金額を数えながら貨幣を出していく。色々と入っているが、残念なことに銅貨のウィックと、銀貨のシール。おまけの様な高額な紙幣や貨幣は出てこなかった。
そうして、最初はほっとした様子だったものの、次々に小分けしてお金を数えていく内に、透の顔は再び青白くなっていく。袋の中のお金を全て数え終わった合計金額が一八五〇ヴァーリィしかなかったのだ。
言葉も出ない。
考えてみたら、ゲームが始まってすぐにこんな高価なものが買えるはずはない。
二〇〇〇ヴァーリィと二〇〇〇円という価値観が無意識のうちにあった透は、持てば重いほどのお金の入った袋には、当然、支払って余るほどのお金があると思い込んでいたことを、なんてバカな考えだったのだろうと後悔した。
「…………。え~っと……」
透の表情を見て、なんて声を掛けてよいのやら。女性店員は、ただ「申し訳ございませんが、お手持ちが足りないようですので……」などと言ってしまえばいいところだろうに。むしろ、そう言ってほしかった。
暫く黙ったまま固まっていた透は、やっとこさショックから立ち直って落ち着きを取り戻してきた。
仕方ない。「やっぱりいいです」と言って潔く松之介に諦めてもらうことが一番無難だ。
(どうしようかしら……。負けてあげる? でも店長にはどう言い訳しよう……一五〇ヴァーリィなんて金額、肩代わりできないし……)
正面からチラチラとこちらを見る視線を感じる。店員の口からは、ぼそぼそとした聞えづらい独り言が聞こえてきている。
「……あ~――」
俺は一体、何をしているんだ。はっきりとそう思いながら、透は恥ずかしさに視線を落としながら口を開いたその時だった。
「あなた、お金足りないの?」
「――っ!」
「すみません、変えてきます」と言おうとしていた透は、驚きのあまり、息を吐くのを吸ってしまい、むせてしまう。 不思議そうに聞く問いかけに一瞬、飛び上がってしまうほどびっくりした透は慌てて振り返った。
透のすぐ後ろには、鮮やかな紅色の鎧で身を包む背の高い女性が立っていた。
店員さんも思わず驚いた表情で視線を背の高い女性に移す。 女性は、エメラルドグリーンの長髪をポニーテールで、前髪を左目の上で七三分けをしていた。 頭には顎の下にまで伸びる、紐の付いたニット帽の様な形の、紅い革製のヘルメットを着けている。胸部装甲は外しているのか元々ないのか、つけていない。紅い鎧のインナー服としてか、クリーム色に近い白の長そでを着ていた。
「いくらくらい、足りないのかしら?」
その言葉の行き先は透――ではなく女性店員だった。あまりのことに、驚いた表情の店員も、慌てて「一五〇ヴァーリィほどです」と答えた。
「そう」
店員の答えに、女性は明るく笑顔を返した。その笑顔の魅力は、透の思考を、本当に一瞬、真っ白にし尽くすほどのものだった。
「いいわ。それくらいなら私から」
頬笑みを残したままそう言うと、女性は腰の鞄から『銀板』硬板を三枚、三種類に小分けされたお金の中に加える。女性店員が『それくらいなら』という言葉にとても驚いていたが、彼女の左手首を見た途端、「あ」と言ってその顔から驚きの表情が消えた。
「あ、あの、そんなことしてもらわなくても! め、迷惑でしょうし……」
一方の透はとても狼狽していた。思ってもみなかったことが起こったことに慌てて、両手を振りながら首を小刻みに横に振る。 初対面の人間にこんなことをしてもらうなんて……恐縮極まりないといった様子の透にその女性は透の肩に手を乗せる。
実のところ、人見知りをする透は、女性に対しても不慣れなため、ビクッと体を揺らした後、にわかに頬を染める。
「人の好意は、素直に受け取っておくものよ?」
恥ずかしくて顔も上げられずに俯いている透にそう言って彼女は店員にウィンクをすると、店員も笑って彼女にウィンクを返した。
「確かに二千ヴァーリィお預かりいたします。お買い上げ、ありがとうございました」
そういってにこやかに剣を透に渡す。
「え? あ、あの……いいんですか?」
半ば強制的に説得されたようで、戸惑っている様子の透が女性を見上げると、その女性は明るく笑っていた。
「まぁね。一五〇ヴァーリィくらいならどうってことないわ。それに困ってる人見かけると、ついお節介をやいちゃう性分なの。気にしないで」
「見慣れた光景ですものね」
陽気にそういうと、店員が相槌を打つ。「そうね」と二人が笑っていると、奥からやってきた別の男性店員から鉾ではなく、特徴的な刃の付いた槍を持ってくる。代金を渡して受け取ると、透に「それじゃぁ」と言って立ち去って行った。
――あ。
手を振る彼女の手首に、あの水晶の付いた腕輪があるのを見た。あの人も、ハンターだったのか。 放心状態に近い透は、表通りの人の流れに消えて行く女性をしばらく見つめていたが、ハッとして我に返った。
「あ、あの、ありがとうございました!」
振り返った透は慌てて店員に頭を下げてお礼をいうと、女性の店員は微笑んで「いいえ」と答えた。もう一度頭を下げると、他の武器を眺めている松之介の背中を軽く小突きつつ――重い剣の勢いが抜けずに、鈍い音がしたが――足早に歩く。
出入り口まで歩いて行った時、透はちらりと、顔をゆがめた松之介越しに清算受付を見た。女性店員が小さく手を振っているのを見て、透も照れくさそうに笑うと、小さく会釈して店を出る。
なんだか、妙な心地よさにあふれている透が見上げた空は、もう夕焼けに染まり始めていて、空が全体的に淡いオレンジ色になっていた。




