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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
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7 登録

「……おい」

「――アイタッ!」


 立ち去っていくオヤジさんの後ろ姿を追って、ぼんやりと厨房(ちゅうぼう)を眺めていた透は、背後から突然、後頭部を叩かれた。あまり痛くもないが、突然叩かれるのはあまり良い気分になるものではない。


「いきなりなぐ――」

「ちょっと待った」


 透が眉間を寄せて叩かれた後頭部に手をやりながら振り向くと、由久が透の言葉を止めるように手を出しながら言った。


「いらない時間を潰すきっかけを作ったのはどちら様で?」

「んな、だからって……!」


 透が抗議しかけたところで、彼は気にも留めない様子でくるりと向きを変えると出口の外へ歩いて行く。

 一方で透の方は、言い返す寸前のところで、自分でも「確かに」と思ってしまっていた。それ以上返す言葉を見つけられることもなく、握った拳を下ろしてため息をつくと、気を取り直して由久が出て行った出口の方へ歩き出す。

 外はとても良い天気で薄暗い部屋の中から外を出た瞬間、(まばゆ)く光ったように目を細め、そして感動に目を見開いた。


「……やっぱり凄いな」


 勝手口の様な出口から外に出た透は、あたりを見上げつつ呟いた。地面は赤みを帯びた煉瓦(レンガ)()き詰められ、建物は五階建ての立派(りっぱ)なもの――主に表通りの向こう側――から、二階建てのものまで、多種多様に建てられている。


 その殆どが地面と同じ煉瓦と、木材で出来ている。二人が出てきた、ここ宿屋(けん)食事処の『家猫』はその風景の中では眼を引く。白壁と青々と(しげ)った植物たちで、新鮮な印象を受ける。隣の、通りに沿うように建っている横に長い木造建築の家もうすい茶色の建物として、目立てずにいる。街を歩き回っても、木造建築の家は少なかったので、目立てないと言うことに関して、不憫さを覚える。

 食事処(レストラン)の裏口――宿屋の入口――から出ると目の前に大きな三階建ての建物があり、その上に円筒(えんとう)型の塔が建っていた。地面から五階分ほどの高さだと、透は目星をつけた。


 左斜め前方にはこの街の表通りに続いている広めの道。右手には街に住む人々の住宅街につながっていて、さらに丁字に分かれている。

 レストランは直角の曲がり角に建っているため、そこの角を曲がればお店の入口だ。


 透はお店の中を少しだけ(のぞ)きたいと思いつつも、二人は裏口から左斜め前方の道――表通りへ道を歩いて行った。


 表通りは、大きな円形の街の形からして、北西と東の大きな二つの門から繋がる一段と広くなった広場の様な丁字路を合流地点に、外側と内側で流れが違う。

 外側が時計回りで内側は反時計回りだ。


 これは時折通る、国の交易や拠点規模の物品運送用の巨大な馬車が通る道のりがそうだからで、年に数回程度しか行われない、巨大馬車による大量の物品運送は、この貿易拠点とされている街の、一種の行事の様相を(てい)している。


 街ができたての最初の頃は、巨大馬車も含め――元々巨大馬車用の貿易拠点なので――自由に道を走っていたために接触事故などが多く起こり、安全と馬車の減少を防ぐために、街側の人達は、急遽(きゅうきょ)、道路交通法のようなものをとりたてた。


 死活問題でもあった為か、街の人々は日常生活においてもこの流れを重視し、表通りは川が流れていくように見事なまでに人の流れができている。


 そんな歴史があるとは微塵(みじん)も知るわけがない二人は、その様子にただ圧巻(あっかん)し、時折通って行く中型~小型の物品用の馬車を、さながら流れていく丸太の様だと例えた。


 後で聞いて分かることだが、実はこの街には旅人用の馬車は入れない。


 旅人達の馬車まで入り込んでくると、所々で立ち寄ってはそこで流れが()き止められ、他の旅人達の馬車はおろか、最優先の物品用馬車までもが通れなくなると言った事態が起こるからだ。


 通りに出て、二人は人の密集率が比較的少ない道の中央――流れと流れの間を外側の流れに沿って歩いていた。

 (しばら)くたったころ、急に透は腕を組み、う~んと呻き声を上げながら考え込み始めた。


「出るときに、レストランの名前を見たんだけど、なんで『家猫』? 何故に猫?」

「さぁ? それより今は職だろ」


 由久が今朝見つけた案内所を探しながら心なしに答える。


「――ハンター(レティエテリジィナ)か……。あんな話を聞いた後だと、少し乗り気にならないね」


 透が肩を落として――由久が話に乗ってこないので仕方なく話題を乗り換えつつ――呟いた。


「まぁな。就職(しゅうしょく)者が死んだとなれば……恐ろしくもなるもんだ。就職者が急増したということは、プレイヤーがこの職に(なだ)れ込んだってわけだが、実際は減少しているらしいとはどういうことだ」


 先程とはかわり、探しながらも腕を組みながら考える由久の表情は真剣なもので、少しの()の後、呟くように言った。


存外(ぞんがい)、俺たちが考えているよりも、魔物ってのは強いのかもな」


 由久の言葉に、透は苦い表情になる。彼が言うとなんとなく重いが、怖気ついてるなんて思われたくなかった透は、表情を取り繕いながら「わかんないなぁ」とわざと呑気に答えた。 その様子に、あたりを見回していた由久は、透を一瞥(いちべつ)して呆れたように首をふる。


「少しは危機感とか緊張感ってものを持てないのか? ……ん?」


 不満そうに由久がぼやいていると、ふと彼の視線の先に見覚えのある風変りな店を見つけた。透もその視線を追ってその店を見る。表通りの内側にあるその店は、見るからに他の店とは違っていた。


「こっちだ」


 そういうと、由久はその店に吸い寄せられるように向きを変えて、足早に近づいていく。

 逆向きの人の流れに逆らうことはできず、流されながら横を横断する様な形で内側の方へ歩いていき、内側の方へ到達するとそこから人の間を縫うように店の方へ歩いていく。


「ここが職業案内所?」


 風変りなお店の前に着いた透は看板を見上げながら声を裏返した。

 遠くからは風変り――街の景観(けいかん)に対して――と言えたが、近づいてみると、嫌にさびれていることが分かる。ボロではないのだが――この街で初めてみる、大きなショーウィンドのガラス越しに見える中は、薄暗く、殺伐(さつばつ)としていた。


「ホントに……ここ?」


 職業案内所と聞いて明るい景観を思い描いていた透は戸惑いを隠せない様子で聞いた。薄暗く、殺伐としているせいか、店の中はとても広く感じられる。


 店の奥のスポットライトの様についた一点の明かりのもとには、役所で使われていそうな立派な机と谷の様に積まれた二つの書類の山。わずかに光が当たる後ろには、本棚と謎の器具が所狭(ところせま)しと置かれている棚があるだけだった。


「ああ、俺が張り紙を見つけたのはここだ」


 その言葉を聞いてもう一度看板を見上げる。案内のパンフレットの字は、何故か読めたのにこの文字は読めない。


「ここだ。間違いない」


 由久はだめだしと言わんばかりに、自身のある声で確信めいたことを言った。


「ここに張ってある紙が、職業の案内板なんだ。ほぼここで間違いないはず」

「そっか。じゃぁ……」


 頷いた透は早速ドアノブに手を掛けるが……なんだかとっても入りにくい。さっと身をひいて、お先にどうぞと由久を振り返るも、彼は何故か冷ややかな目で透を見る。

 散々渋った挙句、やけくそになった透は勢いよくドアを開けて中に足を踏み入れた。

 外からは暗くてよく分からなかったが、部屋の両壁にはずらりと棚が並んでいる。驚いたことに、奥の机に一人の眼鏡をかけた老人が居た。 ドアを開けた音に気付いたのか、老人が顔を上げた時に、その大きな丸眼鏡の黒光りする(ふち)が光る。


「いらっしゃい……どんな職業をお目当てかな?」


 入口で建つ二人に、そのしゃがれた声で話しかけた。大きな眼鏡は、老人の痩せこけた顔と合わさって、骸骨(がいこつ)やミイラを思わせた。 老人は仕事中の様で、ちらりと見た後は、再び手元の紙へ視線を戻した。


「あ、こ、こんにちは! ……あ~……」

「ああ、これなんだが――」


 一滴の朝露(あさつゆ)程度の勇気が尽きてどもり(・・・)始める透の横を通り過ぎて、由久は軋む床を落ち着いて歩いていく。その手にはあのチラシがあった。


「『レティエテリジィナ』……と言う職業に就きたいんだが」


 老人を照らす照明が足元を照らし始めたところで、静かに落ち着き払った声で言った。


「ほぅ。ハンター(レティエテリジィナ)になりたいと……。それはいらん」


 由久がチラシを差し出したが、老人は視界に入ってきたそれを払いのけるように手を振る。由久は「そうか」とだけ答えて、ズボンの左ポケットにねじ込んだ。


「言っとくが、最低でも二人組以上からだ――その娘と一緒か?」


 老人は手元の書類から目を離して顔を上げると、由久の後ろからこちらへ歩いてきた透を上目使いに観察しつつ由久に聞き返した。目を細めているが、その眼光は鋭い。


「ムス……?」

「ああ、そうだ」


 透は顔が引き()った表情で口を開きかけたところで、由久がそれを(さえぎ)るように一歩前に出て続ける。


「そうなんだが、あとから仲間を……。あ~、つまり……? ――あ、いや、人数を増やしても大丈夫か?」


 右手にしぐさを加えつつ、左手では透を後ろに押し返していた由久は、不意になんだか妙なさわり心地にあう。思わず後ろを振り返りそうになったが、触られた透自身、それを意識していないのか、差して反応しないので、左腕を戻してそのままやり過ごして続けた。

 老人はその一連の様子に、不思議そうに片眉だけ吊り上げた。


「……ああ、その度に職業案内所に来るか、組合の支店である『ロド』に申請すれば――」


 机から引き出した。開くと、それは実は箱で、禁止の混ざった白い書類を取り出した。青と金の飾り枠の書かれた書類には、七つの氏名欄が書かれていた。


「何人でも構わん――と、言いたいところだが、簡単な手続きも七人までで、それ以上になると大がかりな団体の加盟方法になり、手続きがやたら長くなる。と、それだけ注意しておこうか」


 老人の言葉を言いきると共に、その紙を由久の方へ押しやる。しばらく由久は口に手を当てて黙りこみ、そして再び口を開いた。


「あー大丈夫だ……。この職で頼む」


 静かで慎重さが感じ取られる調子の声だった。由久の後ろで、透はこの漂わせる静けさに早くも眠気を感じ、欠伸を噛み殺していた。 老人は一つ頷くと、机の上に散らばった書類を片付け始める。書類の山を更にどかすと、机の端に置かれていたタイプライターを連想させる様な機械を手元に引き寄せ、その登録用紙を入れた後、由久の前に押し出した。


「これは?」


 由久は老人の顔を見ながら、機械を打ちやすいように手元へ引き寄せる。

 あの不可解な文字が沢山並んでいるのを見た由久は、直感的に『文字を打つ物』と分かったが、気付いた時には口から言葉が(こぼ)れるように問いかけていた。


「登録用の機械だ。……お前さん、文字の読み書きはできるかね?」


 老人の言葉に、タイプライター(の様な機械)を確かめるようにいじっていた由久は表情を曇らせた。


「あ~……。読めるが、書けるかは微妙なところだな」


 由久の『ヨ』にあたる部分を探しながら彼は答えた。文字を打つ盤が薄汚れていて、嫌に古いところを見ると他の職業の登録などにも使われているものなのだろ。


「……。」

「?」


 由久があまりにもゆっくりに打ち込んでいるので、透が不思議そうに後ろからのぞいた。彼は慎重に確認しながら自分の下の名前「ヨシヒサ」を打ち、行を変えると ――歯車を回すとガシャガシャと壊れそうな音を立てながら少し離れた所の欄まで移動した―― 今度は「トオル」とキーを叩いた。


「そんなに難しいか? それ」

「……見た目以上にな」


 やっと終わってほっと溜息をついた由久に透が横から言うと、彼は少し気分を害したのか透の言葉を鼻で笑いながら返した。


「――これで終わりか?」

「……ああ。これで手続きは終わりだが……」


 由久の言葉に、老人は紙を引きぬいて打たれている名前を見ながら、頷いた。だが、言葉とは別に、老人の言い方は続きがある様な言い方だった。

 老人は書かれている文字に目を走らせる。由久は彼が口を開くのを待った。


「――お前さんたちは、もしかしてアレ(・・)か?」


 少しの間考えていた老人が、登録用紙を仕舞い込みつつ(たず)ねる。透はその瞬間、由久の口元が()んでいたのを、肩越しに見た。透に悪寒に近い衝撃が走る。


「アレ、てのは?」

アレ(・・)ってのはな……」


 老人が言いつつ、顔を上げた時には由久の表情は、訝しげな表情に(つくろ)ってあった。


「――いや、先に細かい説明をしよう」


 なんだか言いにくそうに渋った老人は、しゃがれた声で説明を始めた。


ハンター(レティエテリジィナ)は街から街へ移動して旅する様な職業だ。――いや、しなくてもいいんだがな? まぁ、それだったら住み込む街の自警団なりなんなりに所属した方が、扱いが良かったりするから、その辺りは自分らで考えてくれ。

 ――で、旅をするわけだが、大抵(たいてい)の街にはハンター(レティエテリジィナ)用に作られた役所、『ロド』と呼ばれているものが、一軒ずつ建てられている」

「街に一軒ずつ……」


 老人が(うかが)うように少し間を開けた。由久はひとり言のように繰り返す。


「ああ、そうだ。街に到着したら、まず、役所(ロド)を探すと良いだろう。小さい町や村だと、その町や村の役所と一緒になっていることもある。

 ハンター(レティエテリジィナ)の主な稼ぎと言えば、やはり魔物との戦いで得られる、特定の部位に価値があるが、渡す部位と売れる部位に分かれる――」


 老人が一旦、切ったのでそれに合わせるように由久が頷いた。


「――渡す部位ってのは、すべての魔物にはこれが定められている。角だったり爪だったり色々だが……。売れる部位ってのは役所じゃなくても取引してもらえる価値のある部位だってことだ。

 場合によっちゃぁ、渡す部位と被ってるのも、ままある。

 自分で商人と取引した方が金になる可能性があるから、珍しいものあったら取り敢えず商人なりに持って行ってみるのもいいだろう」

「……つまり」


 黙っていられず透が口を開いた。


「珍しかったら商人に持って行ってみた方がいいかもよって話ですか?」

「まぁそんなところだ」

(そのまんまじゃねぇか)

「……なるほど」


 老人は何がおかしいのか――透の馬鹿さ加減に笑ったのだが、本人はそれに気付かない――笑って相槌をうつと、透は考え込みながら頷いた。たぶん、今言われたことを整理し直しているのだろうと由久は思った。


「それで、魔物からとれる部位だが、当然、ランクがある。ランク別の表はロドに張ってあったり、配ってたりするから後で行ってみると良い。

 無論(むろん)、高い報酬のある部位は困難な代物だ。ちなみに、ロドで集められたアイテムなんかは、商人に売られていくため、さっき言ったように自分で直接、商人と交渉するのも手だ。

 ……評価は上がらないがな?」

「評価?」


 由久が訝しげな表情になった。


「ああ、魔物をランク分けしているように、人も評価に応じてランク分けされるのさ。評価の基準は色々あったりするが……。

 簡単にいえば、どのランクの魔物をどれだけ倒したか、ランク別のアイテムをどれだけ納品したか等だ」

「……倒した魔物の数は、まさか自分で……?」


 透が少し気落ちした様な表情で聞いた。老人は、いいや、と首を振る。


「そいつは、これが……」


 老人は机の引き出しから、透明で水色の水晶がついた革ベルトの腕輪を二つ引っ張り出した。タイプライター(の様なもの)と周辺の書類やらをどかして、二人の目の前に置く。


「この腕輪が記録してくれる。特定の条件を満たすと本部の方からランクが上がったことがこの腕輪に通知される。ランクが上がれば報償としてロドから贈り物があったり、特権をあたえられたりもする。まぁ――」

「特権?」


 特権という言葉に食いついた由久が説明の途中で口をはさんだ。


「特権と言ってもそんな大したことはないし、意識しなくて大丈夫だろう。最初のうちはロドと関わりのある商人や店から少し値引きしてもらえたりするくらいだ――」


 老人は机の下から、何やら手袋の様なものを取り出してきた。手の甲に黒と水色の線で描かれたミミズがのたうち回った様な紋様がある。黒と水色は、波動くように線の中を漂っていた。


「今から、水晶にお前さんたち二人の名前を登録させる」


 そういうと、(おもむろ)に左手を差し出した。二人は、腕輪が出された直後、手に持っていたりして、いじくっていたのだ。


「名字とかいらないのか?」


 名前しか入れてないことを思い出した由久が聞くと、老人は水晶を受け取りながら答えた。


「大丈夫だ。登録する際の名前は偽名でも良い。登録に使った偽名は愛称と同じだ。情報整理や、ロドから名指しされる際の名前に使うくらいだからな。

 水晶に登録した名前を入れた後、最初に『素手』で触れた人間の持ち物になる」

   

 質問に答えながら、老人は手袋を右手にはめた。手の甲の紋様と水晶が水色の淡い光を放ち始めた。 机の端に置いてあったペン立てから一本の古びた棒を取り出す。


「まずお前さん。トオル……でいいんだな?」


 (てのひら)に棒で何かを書き込みながら老人が聞いた。透が頷く。


「そうか――」


 老人は棒をペン立てに戻すと、水晶をつかんで握った。掴まれた水晶と手袋の淡い光が、そよ風を起こしながら少しだけ光が増した。

 老人が気合いの声と共に歯を食いしばった。水晶が強く握られたかと思うと、突然に強い風が巻き起こり、強烈な光が水晶から放たれ、指の間から洩れる。

 透はあまりの眩しさに手で光を遮りつつ、その光景を見ようと必死で目を開いた。が、突然、光と風が水晶に吸い込まれるように消えてなくなる。


「出来たぞ」


 あまりのことに茫然としていると、老人が水晶を差し出していることに気がついた。まだ、何もしていない水晶より、若干濃く強い光を放っている。 透は恐る恐る手を伸ばした。水晶に触れてみると、なんでもない。熱かったりするのかと思っていたが、至って普通で、冷たいくらいだ。


「握りしめろ」


 透が慎重につまんで受け取っていると、老人が言った。驚き半分、不思議に思いながらも摘まんでいた指を上に向けて(てのひら)に転がす。

 透は言われたとおり、水晶をギュッと握りしめた。


「うわっ!? ――わ、……う、……」


 握りしめた途端に、水晶から忽然(こつぜん)と水が溢れ出し、透の体を一気に飲み込んだ。足元を水に(すく)われ、体が水中に浮く。

 慌てて水晶を離そうと、力一杯に指を()がそうとするが、手の内側に強力な接着剤を付けられたかのように、手から離れない。口から息が漏れていき、息も苦しくなってきた。 危なくなってもがいていると、突然、水がはじけて地面に落ちた。透もそれに伴って前のめりに膝をつく。


「おい、大丈夫か?」


 息を切らして、ショックから這いつくばったままの透に、由久が声をかける。老人が軽く乾いた声で笑っていた。


「い、いきなり、水が……」

「水?」


 由久は訝しげに老人を見た。透以外には、彼が突然、もがきながら浮かび上がったように見えていた。


「違う。あれは幻覚だ。周りを見てみろ。濡れてないだろ?」


 老人は、笑いの余韻を残しながら答えた。透は老人を見ながら唖然としている。


「すまない、説明を抜いたか所があったようだ。水晶に持ち主の登録をさせるときに、水に飲み込まれる幻覚に襲われるらしい」

「らしい?」

「ああ」


 由久が透の腕を持って立ち上がらせる。老人は、今度は由久の水晶に手に持ったところだった。


「何しろ体験したことないんでね。時々説明し忘れてしまうのさ」

「あんた……故意(こい)犯だろ」

「気にするな。幻覚くらいで死ぬ奴なんて、どの道ハンター(レティエ)になれんよ」

「まぁそれもそうだな――」


 呆れ笑いを浮かべながら言う由久と老人の会話は、まばゆい光と共に強い風が会話をかき消した。


「……。」


 透は釈然としないながらも、水晶に由久の名前が登録されていくのを眺めていた。

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