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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
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6 レティエテリジィナ

 翌日、三人は街を見物がてらに歩き回りつつ、大いに話しながら職を探していた。


 この街ラス・ナイクは、西の広大な森を越えた先にある城下町と、岩肌の山道や深い谷を越えた東の国境付近にある拠点の間にある物流の盛んな街で、城下町からは主に食物などが東にわたる商人から豊富にもたらされ、東からは鉱物資源などが出回ってくる。


 周囲が広い平原で近くに目ぼしい山などないこの街が煉瓦(レンガ)造りなのはその為である。木の外壁もある程度の強度があるが、煉瓦(レンガ)の堅い石材の城壁の方が格段に良い。

 魔物からの襲撃時に避難所となる役所が、どこからでも最も離れるように街は円形になっており、人が最も通る表通りは、北西の門と東南東の門の道をつなげて輪の形になっている。 住宅は表通りより外側で、主な商店や重要な役割を持つような建物は表通りから内側だ。


 三人は人通りが多くて、時折、長距離運搬用の大型の馬車も通る表通りを避け、住宅区に近い脇道を歩いていた。 表通りよりも活気が無いものの、街の住居者向けの商店は欠かせない生活用品が(そろ)えてある。


 しかし、住宅街周辺を歩いていても、とてもじゃないが職が見つかるわけもなく、三人はそれぞれ分かれて調べることにした。透がさらに奥の路地。松之介は大通りと住宅街につながる広い路地の通りだ。そうした経緯から人の多い表通りを歩いていた由久は、職業案内所にある掲示板を見つけ、張られていた一枚の張り紙と出合う。 


「そうか。ここは魔物と言った敵がいたと言っていたか……考えてみれば、ゲームだからな。当たり前か」


 掲示板を眺めながら頷く。由久は辺りを見回して、周りにも同じ張り紙があることを確認した後、素早く壁から引き剥がすと再び雑踏の中に紛れていった。




「――で? どうする」


 宿屋兼食事処『家猫』で、二人を待っていた由久は、透と松之介が戻ってくると早速話し合いを始めた。どうする? とは、『ハンター(レティエテリジィナ)』という職についてどう思うかという意味だった。


「どうするって……もってこいの職業じゃないか」

「まぁ、これからのことを考えると、それはそうなんだが……」


 三人は脚の高い方のテーブルに座って話していた。

 松之介が、何言ってるんだ? と言いたげな調子で言うと、由久は首を振りつつ顔を渋らせた。

 由久の話によると、この職業の最大のメリットは国境をフリーパスで渡れること、活動の自由度が高いことだった。つまり、このゲームクリアを念頭に考えると必需であり、必然的にこの職に就くことは想像に難くない。

 それでも、由久の表情はあまり明るくはない。


「問題は、魔物を狩る手段だ」


 ああ、そういうことか、と松之介が頷いた。


「ぶっちゃけ、ネイラしか――」(「おい」と、透が目を座らせて由久の方を睨んだ)

「悪い悪い。キャラクターネームで呼んじまう癖が抜けなくてな。

 ……まぁ、透しか、今のところ、魔物に対して具体的な攻撃手段を持ち合わせてないんだ」


 怒る透に、軽く笑いながら肩をすくませた由久は「で、だ」と会話の切り口を作る。


「すまないが、松之介は宿に残って留守番をしていてくれないか?」

「ん? なんでだ?」


 松之介が少し不満そうな表情になった。


「今は持ってなくとも、少し当てがあるんだ」


 そういった由久は、ちらりとチラシの方へ視線を落とした。


「……武器をもらえたりするのか?」


 追うようにチラシを見て、そして由久を見た松之介が聞いてみると、由久は首を横に振った。


「いいや、そうじゃない。ただ、少しの当てがあるだけなんだが――」


 由久はチラシに書いてある見たこともない文字の羅列に視線を走らせ呼んでいる。透も覗き込むと、全く見たこともない文字だが、読めそうだ。――と、そこで由久が視線を上げたので、透は文章を読む前に覗き込むのを止めた。


「まぁ、武器がもらえなくても金が集まり次第、やすっぽちぃ剣なりなんなり買っちまえばいいさ」


 由久が笑いながら背もたれに寄りかかると、チラシを透に投げてよこした。


「よみたいんだろ?」

「ああ~……」


 透は言葉を濁した。線で描かれた絵や記号みたいな文字が読めることには感動するのだが、あまり興味が無かった。それより、一刻も早くハンター(レティエ)として魔物と戦ってみたいという気持ちがあまりにも強すぎたのだ。


「これから登録しに行くんだ。少しくらいは……」


 言いかけたところで由久は言葉を止め、まぁいいか、と透の方へ手を出す。

 手を伸ばしかける最初の動作で、チラシの方へ視線が言っていることに気付いた透は、由久が手を伸ばしきる前に、由久の方へチラシを渡した。


「俺が話しつけるから、透は一緒についてくるだけでいい。――で、松之介は、今日のところは部屋で留守番していてくれ」


 由久が松之介の方へ向いた。彼は、丁度テーブルの上に置かれた本へ手を伸ばしている所だった。


「店主が、何かの話で来た時、誰かいないと困るだろ?」

「ああ、了解」


 本をひき寄せ、その本の題名を読みながら松之介が答えた。その様子を見た由久は、「よし、行くか」とテーブルに手を当てて立ち上がると扉の方へ歩いて行く。透も慌てて立ち上げると「じゃ」と松之介に片手を上げ、由久の後に続いた。


「取り敢えず街の職業案内所に行ってくる」


 由久が扉を開けつつ振り返って松之介に言うと、そのまま出て行った。


「留守番よろしく」


 由久の開けた扉に体を滑り込ませた透は、松之介にそう言って部屋を出ると、ドアを閉めるその隙間から、松之介が承知したと言うかのように軽く手を上げていたのが見えた。

 部屋の扉を見ながら右手を見ると、由久は「コ」の字型に折り返す階段を下りて、体が半分見えなくなりかけていた。


「ちょ、早いって……」


 先を行く由久に向ってつぶやくと、急ぎ足に追いかける。

 由久に追いつき、階段を下りていくと、荷物置き場のような薄暗い、広めの部屋に出た。廊下と部屋を分けていた壁を壊して作ったようで、廊下と天井の間で変色している部分がある。削った後のようだ。


 そんな薄暗い倉庫の白塗りの壁に、四角くくりぬかれた窓から光がさす。窓のすぐ外には植樹されているようで、緑の鮮やかさに外の天気の良さがうかがえる。


「すいません、邪魔です」

「え?」

 

 階段を降りきったところで棒立ちしていた透が、驚きのあまり慌てて飛びのいた。右手の細い廊下の先……厨房(ちゅうぼう)から出てきた少年は、道を開けた透の横を通って、重そうな荷物を抱えて盛んに倉庫の中を動き回っている。


「あ、お出かけですか――」

「ええ」彼の言葉に、透が頷いた。

「――念のために言っておきますけど、明日までは平気ですから」


 少年が荷物をせっせと運びながら素っ気なく言った。「平気」とは、宿泊代(しゅくはくだい)のことだろう。見れば、恐らく透たちと殆どかわらない歳だ。もしくは、少しばかり年下だろう。


「まぁ、そうなんだが……しばらくこの街に滞在することにしたんだ。――で、宿泊代とか、そのあとのことを考えて、これから職に()こうと思ってる。ハンター(レティエ)だ」


 由久得意の、初対面であろうとなかろうと敬語を使わない様子で答えた。それでも、いつもより砕けていない話し方でしゃべっているように感じられる。

 『滞在』の下りで彼の空気がにわかに変わった様な気がした。それを由久も感じたのか、続きを付け足すように言った。

 そこで、少年がぴくりと動きを止める。透は由久の粗悪(そあく)な言葉使いに気を悪くしたのかと思ったが、そうではなかった。


「|冒険者(ルタエ-ラザ)……ですか」

「?」

「――いえ、なんでもありません」


 無表情だった彼の表情が確かに険しくなった。が、それを彼の肩越しに見た透が、どうしたのだろう、と思っていると、それに気づいたのか、彼はさっと元の表情に戻った。

 『なんでもありません』と言う割には、荷物を運んでいた手を休めて何かを思い出すように考え込んでいる。

 少しの沈黙が流れ、いよいよ気になった透が「大丈夫ですか?」と尋ねようとした時、彼は組んで口元に充てていた手を解くと、こちらに振り向きざま、(おもむろ)に口を開いた。


「最近、ハンター(レティエテリジィナ)になる人が多いんですよ」


 突然のことに、透は「はぁ……」と相槌を打つしかできなかった。彼は気にしていないらしく続ける。


「よろしければ、ハンター(レティエ)について知っている限りでお話ししますが……」


 そういう彼の顔は無表情だった。


「あ、本当ですか? ぜひ、よろしくお願いします」


 半ば反射的に答えてしまった透は、興味津津の表情で。良い終わる頃には、その表情の裏で後悔していた。 チラシを読む間も惜しいと思っていたのに……。

 一方、由久の方は、出口に近い少し離れた所に立っていたが、透の言葉を聞いてすぐには出られないことを悟り、腕を組んで壁に寄りかかった体勢になった。


「わかりました」


 透の本心を知るわけもなく、彼は――おそらく接客用の―――愛想の良い笑顔をして頷く。

 彼が話す内容は本当に簡素な言い方で、主にハンターと呼ばれる職について。五年前に職業として認められたこと、三年ほど前からグループ制になったこと。

 そして、ここ二~三カ月の間にハンターになる人が急増したことを教えてくれた。そして、急増するも、実際は減少しつつあるということも。


「でも、他にも職業はありますから……旅をするには、とても重要な職業ですけどね」


 透は、何故か、『旅をするには』に若干の協調を込めているように感じられた。あらかた話し終わったらしいのか、少年はまた荷物を運ぶ作業を始めた。

 そのあと、少しだけ彼は黙りこみ、透がそわそわし始めたころ、積み重ねた木箱を持ち上げた彼はこちらを向いた。


「何か目的があるのなら――」


 もうそろそろ出ようかと思い始めていた透は、不意を突かれて少しびっくりした。


「一つの街に滞在しない方がいいですよ。……存外、生きようと思えば、街の外の方が生き倒れにならないものです」


 そういう彼の表情は無表情で、透が何と返答しようか困っていると、最後に「では失礼します」と静かに言って――透は、ひやりとしたものを感じた――彼は奥の方へ歩いて行った。


「……」

「……んじゃ、話も終わったようだし。行くか」


 しばらく言葉を失って立ち尽くしていた透に、由久が寄り掛かっていた壁をけって立つと呼びかけた。


 ――……。なんだか……ね。


 気がつくと透の頬には冷汗が流れていた。彼が話している最中、返事をするどころか、相槌すらまともに返すことができなかった。


「よぉ、こんにちは」

「!」


 後ろから突然、声がした。驚いて後ろを向くと、大柄の男が腰にエプロンを掛けて立っていた。どうやら、外から戻ってきたらしい。

 見た目は、透にとって内心怖気づくには十分な迫力だったが、エプロン姿に親しみのある声かけと笑顔を見て、そんな気にならなかった。


「あ、こんにちは」


 由久が頭を下げる。その瞬間、透はこの人が自分たちをこの宿に泊めさせてくれている人……あるいはその関係者だということに気付いた。 そうだと思うと、自然と警戒心がなくなった。


「お嬢さん。あんたはもう大丈夫なのかい?」

「――……あ、はい!」


 大柄の男が誰に向かって言ったのか気が付くのに少なくない時間を費やした透は、慌てて返事をした。

 それを見た男は愉快そうに笑うと、由久は、やれやれ……と首を横に振っていた。


「そうかそうか! ――さて。まぁ、さっきのは、アイツの(ひが)みだと思って大目に見てやってくれ。あんなことを言って(ひね)くれてはいるが、そんなに悪い奴じゃぁないんだ」


 さっきは言葉探しに必死になっていて気が付かなかったが、なるほど。言われてみるとひやりとした物言いは(ひが)みということか。


「最近、どうもあんな調子でな。すまない」


 男が軽く頭を下げると由久も「気にしてないさ」と言った。透だったら恐れ入って慌てて首を振っている所だ。


「ちょっと、私情(しじょう)があってな」


 奥でせっせと働いている少年をみて、男性は、は〜っとため息を吐いた。


「そうなんですか。……え~と」


 バンダナの少年の名前を言おうとして、透は困ってしまった。思い出そうとしても、名前が出てこない。

 なにしろ、名前なんて聞いてもいないのだ。


「あの馬鹿息子の名前か? スティルってんだ。おれのことは、オヤジとでもよんでくれ」


 大柄の男――オヤジの言うことに苦笑を浮かべた透は、表情を直してから口を開いた。


「彼は一体どうしたんですか? 先程も、急に考え込んだりして……」

「あ~……」


 透の真面目な表情に、今度はオヤジが苦笑しながら言葉を濁した。と、そこへ由久が近寄り、どん、と肩を強めに叩いたのち批判じみた目配せをした。それで、あっと透は小さく声を上げた


「あ、すみません」

「いや……」


 慌てて謝る透にオヤジは手を横に振った。


「こちらこそ、すまんな」


 彼は申し訳なさそうに謝った。透が無神経に聞いたのが悪いところなのだが、彼の表情は若干、曇っていた。


「おっと忙しいのに店長がこれじゃ仕方ねぇな。んじゃ、俺はレストランの方があるからな。気をつけて出かけな」


 思い出したように言うと陽気に笑いながら、スティルの父、オヤジさんはそのまま奥の厨房――レストランに向かって透達の脇を通った。と、「ああ、そうだ」と言いながら再び振り返った。


「三日間って言ったがハンター(レティエテリ)でも|冒険者(ルテエ-ラザ)になるのも嫌になったら、うちの店で働いてもらってもいいぞ。そん時は遠慮なくいいな」


 強面で気の強そうな父に、母親似なのか、優しい顔に冷えた口調の少年、スティル。

 似ていないようで、改めて思うと親子の様な気がした。


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