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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
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5 宿屋兼食事処「家猫」

 初夏の森の中を透は歩いていた。川がすぐ近くを流れている。高い木々。景色が眩しいほどの、晴れ渡った良い天気だった。地面に揺れる木漏れ日が輝いて見える。 懐かしい記憶で……そう、中学生の時……修学旅行とかだった。由久たちと知り合った中学時代の……記憶で……。誰もいない景色の中を歩きながら、ほつほつとそんなことを思う。

 自分で体験した風景が、夢の中ではとても幻想的で……、突然、透は動けなくなった。ふと、何かに引っかけたのかと舌を見て、透は頭が真っ白になった。

 足元には、夏の陽によってつくられた、濃く黒い影。その陰から、細い腕が二本生えていて透の脚をしっかりと掴んでいた。

 見入られた様に何も考えられず、透はただ影を見続ける。初夏の暑さも、セミや川の流れ、風の音や様々な音が色を無くして凍りつく。 輝く様な幻想的な風景が暗くなっていく。じわりと這い上がってくるような気配……。息が重く、凍えて行く。顔が見え――



「……。」


 気が付くと、透はオレンジ色に揺れる天井を見上げていた。耳元で脈が聞こえるほど早くなっている。呼吸は浅く、頭がガンガン鳴ってあまり気分は優れない。


 ……。


 透は暫く身動(みじろ)ぎ一つしないまま、天井を見つめた。いつから、起きていたのだろうか。ずっと目を開いていた気もするし、ついさっき目を開けた様な気もする。

 何か、嫌な夢を見ていた気がするが……、と頭をひねらせる透だったが、今の彼には夏の風景も、細い腕のことも思い出せず、ただ漠然とした恐怖と真っ暗闇と言うイメージしか思い出せなかった。 揺れるオレンジを眺めつつ次第に落ち着いてきた透は「まわりはなんか静かだし……電車が止まってるのか? 心持ち堅いベッドだなぁ」などなど、呑気に考えていた途端、ハッとして跳ね起きた。


 透の部屋に、ベッドなんて大層なものは置いていない。


 部屋も自分の部屋ではないことに気づくと、透は無意識のうちに髪の毛の方へ手を伸ばした。肩まで伸びる髪は本来の透の髪なんかよりとても長い。色こそ全く違い、栗色に近い濃い色の金髪だった。


「よっ。目は覚めたか? ネイラ―― ……なにやってんだ?」


 物音に気付いたのか、声をかけてくる人物がいる。もしかしたら(かつら)を被っているだけなんじゃないかと髪の毛を引っ張っているところだった。

 髪を後頭部の上の方の髪を引っ張り上げている最中の透は、声に釣られて右の方を向く。透が寝ていたベッドは、どうやら居間に置かれたものらしい。ベッドから少し離れた部屋の中央に円形の脚の高いテーブルが置かれており、用意された四つの椅子に、松之介と由久が腰かけていた。奥にはカウンターキッチンの様なものが見える。 二人が席に座るテーブルの真上には、天井からつりさげられたランプがあり、それがオレンジ色の明かりの正体だった。

 由久と松之介は正面に向きあう様な形で座り、透が起きたことに気付いたからなのか、由久が椅子を引いてこちらへ体を向けていた。


「……。……いや、なんにも?」


 間を置いたのち、透は静かに手を下ろすと、髪を馴染ませるように手串をしながら平然と答える。と、そういえば、聞き逃せないことを聞いた気がする……。


「ここは何所(どこ)? それに『ネイラ』で呼ぶの、やめろ」


 部屋を見渡しつつ欠伸を噛み殺しながら言ったその声は、透の不機嫌さを物語っている。いつから記憶が無いのだかわからない。松之介と合流した直後は……確か由久が街のある方角がわかっていて、それについていったことは覚えている。そこから少しずつ順を追うように思い出していく。


「おお、さすが魔法使い『寝イラ(・・・)サマ(・・)でいらっしゃれますな――おい、どう思うかね? 家臣Aの松之介」


 嫌味に強調しながら皮肉たっぷりで言う眉間にしわを寄せたにやり顔の由久が、松之介に振り向くと、「そうだな……」と苦笑しながら松之介が透の方を見る。


「一丁前に胸があるところがまた……。一層のことNPCノープレイキャラクターを仲間にしたと思いたいところですな」

「ぬっ……」


 腕を組みながら悪乗りしている松之介の言葉が二連打の『口』撃となって彼の心を抉る。右目の下を引き()かせながら透が唸った。


「あと突然、爆発されるのも困ったものですなぁ? 由久」


 何のことを言っているのか判らなかった透は「はぁ?」と、訝そうな表情ののち、ハッとしてバツの悪い顔をする。

 そうだ、思い出した。

 思いつきでやってみたら魔法が使えたことに面白くなった透は、時折襲いかかってくる狼(?)に対して色々試しているうち――ドカンっと一発、自爆したのだ。それはもう、囲みこんでいた複数の狼はもちろん、二人もきっちりと巻き込んで。その時、一緒に意識が吹っ飛んだようだ。

 透の記憶が戻った事を、表情から見て取った二人はさらに続ける。


「ああ、そうですな。我らは交代で『寝イラ(・・・)サマ(・・)をこの街まで運んできたわけですよ。貴女(あなた)様がお爆発お(あそ)ばせられた為に、騒音によって引き寄せることになった、狼の群れから逃げながらね」


 いつまで続ける気だと思っていると、そこでハっとする。不気味な笑顔の、うっすらと開いた由久の目が笑っていないことに気が付いた。


「――さて、言うべきことは何かな?」

「ごめんなさい! すみませんでした!」


 由久が指の間接を鳴らしたところで、透はすぐさまベッドに正座すると、土下座した。それを見てしばらくしてから、どうするよ? と顔を見合わせる二人。

 由久が顎で指すと松之介は少し肩を上げて「いいんじゃないか?」といった風に返した。


「……まぁ、今回のところは許しとくが……次はその辺に捨てていくかんな」


 透が伺うように顔を上げると、はぁ、とため息交じりに由久が言った。


「……? いや、なんか腑に落ちないんだが」


 改めて考えてみると、それまで守っていたのは透であるわけで。なんだか疲れが貯まりだした所で、無理に魔法をつかっていたのも爆発の原因であったのだ。

 ……まぁ、過ぎた話か。

 透が体勢を戻して、ベッドの横から足を下ろすように座る。しばし沈黙の後、再び透は口を開いた。


「……で、ここは一体どこ?」


 聞いてみた直後、まぁ、どう考えても街の中なのだろうことに気が付く。


「まぁ、街の中の宿屋だよ」

「そうですよねー……あれ、お金は?」


 案の定、松之介が分かりきった答えを返してくれたので適当に流したところで、気が付いたように言うと松之介が、ははっと笑い飛ばした。


「ねぇよ、んなもん」

「……え、……じゃぁ支払いは?」


 透の表情が曇り始めると、それは今のところ問題ない、と由久が落ち着いた様子で答えた。


「ここの部屋、三日間だけ無料(タダ)で貸してもらっているんだ。まぁ、今日はもう夜だから、明日と明後日の二日だけどな」

「うわ、ほんとに夜なのか」


 松之介が『もう夜だから』の辺りで、顎で透の後ろの方を差したので振り返ってみると、壁に開けられた四角形の穴の様な窓から、真っ暗な夜空に星の絨毯の敷かれた風景が広がっていた。 壁とベッドの間には五メートルほどのスペースがあり、膝辺りくらいの脚の低いテーブルとそれを挟んで両側にソファが二つ置いてあった。


 それにしても、こんな広い部屋を三日間も無料で泊まれるのか……。透は信じられない思いで部屋の中を見渡した。


 透の部屋は長方形で、横幅二.七メートル、奥行き五.四メートル。九畳の部屋だ。しかし、この部屋は感覚で自分の部屋を基準に、横幅が透の部屋の奥行と同じ。問題の奥行きが透の部屋の奥行の三倍弱ある。 由久は部屋に据え置きされている簡単なキッチンで、酒ダルの様なものから、コップに水を汲んでいる。

 広いばかりではなく、整然とした部屋は、自分の部屋よりずっと、快適に生活できるだろう。


「――それでだ」


 透が部屋の中を見渡している最中、由久が切り出した。


「明日は職を探しに行く」

「え? ――あ、そうか」


 由久の言葉に最初は驚くものの、考えてみると納得した。しかし、ゲームをしながらも働かなければならないとは……。


「でも、求人しているところがあるのか?」

「ゲームだから、そこら辺は大丈夫だろう」


 何気なく思ったことを言った透だったが、何バカなことを、といった風に由久が返す。それもそうか、と頷く透はベッドに倒れ込んだ。


「……どうせだったら旅をしながらって感じの職がいいなぁ」


 でも、三人の目的としては、旅よりもシステム側の人と会うことが当分の目的なため、この街で滞在しての生活になるのだろう。

 なんだかなぁ、と思いながら透は窓の外を眺める。見事なまでの星空が瞬いている。


「……多数決になると、そうなるのか」


 透のぼやきを聞いたのか、由久は残念そうに言った。


「え? 多数決?」


 驚いた透が飛び起きる。由久がテーブルに肘をつきながら右手で顔を覆うようにしている。その横では松之介が笑っていた。


「ああ、三対(ゼロ)ってことでな」


 顔を上げた由久の顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。


「それじゃぁ……」

「ああ、旅の装備と資金が整い次第、旅にでるつもりだ」


 よっしゃぁ! と、透がグッと握りこぶしを作っていると「ああ、ちょっと待った」と由久が声をかける。


「まぁ、それとは関係ない話なんだが、割と重要な話でな」

「?」


 透には何のことだが読めない。


「今まで話してたのは明日からの予定だ。で、今からの予定といえば、もう夜だし、寝るしかないんだが……」


 そうだなぁ、と透が相槌を打つ。


「この部屋と、この部屋につながっている個室の中にベッドが一つずつ。ベッドが二つある」


 そこで由久は言葉を区切った。話を続けるのかと待っていたが、答えを催促していることに気づいた透は、考え始め、そして顔色が悪くなってきた。


「……まさか、ベッドが足らないから片方に二人?」

「いいや」


 恐る恐る言う透に失笑しながら由久が首を振った。


「そんなの嫌だろ」

「ああ、主に俺たちが嫌だ」


 由久の言うと、透より先に松之介が返した。つまり俺たちというのは由久と松之介の二人のことだろう。


「でだ。そっちの方にソファがあるだろ?」

「? ――ああ、そういうことか」


 みなまで言わずとも、といった感じに透が頷いた。それを確認すると、よし、と松之介が手を叩く。


「これで解決したし、もう寝るか」

「?」


 そうだな、と由久が相槌を打ちながら立ち上がった二人に、透の疑問符は消えない。


「え、でも誰がソファに――」


 言いかけたところで、透の呆気にとられた表情は、一変して(いぶか)しげ表情になった。


「……俺がソファで寝るの?」

「あたりまえだろ」


 透の言い方が少し癪に障ったのか、それともここに来るまで大変だったのか、松之介が少し怒り気味に言った。


「森からこの街まで結構な距離があったんだぜ? それを担がれていただけという上、宿屋に着いた後は早速ベッドを占領してたんだ」

「あ~、うん」


 若干ご立腹の様子の松之介にたじろぎながら、そうだね、と答えると、脱がされた靴を探してベッドの下に手を伸ばした。 靴を履いて立ち上がると、入れ替わるように松之介がベッドに座りこんで靴を脱いだ。


「ごゆっくり」


 松之介が欠伸をしたところに、透が肩をすくめて失笑するように言った。思わず不服に思っている気持が出てしまった。しまったと思うも――実際はただ、かわいらしい笑顔で、小首をかしげるように言っているだけにしか見えなかったのだが――幸いなことに松之介は見えてなかったようで、眠そうに「ああ、おやすみ」と言うと布団に入ってしまった。

 よほど疲れていたのか、急に眠気が来たのか。 どちらも体験はしたことのある透は、ふと、急に怒ったような風になったのは、それは松之介が疲れて眠かったからだったのかもしれない、という考えに至った。


 ベッドと壁の間の、五メートル程の空間に置いてあるソファと脚の低いテーブルに近づく。テーブルの上には毛布がたたまれていた。 靴を脱ぎ、ソファの肘掛けを枕にするように横になると、毛布を引っ張って被った。先程まで寝ていたせいか、今はそんなに眠気が無い。


 ハラリと風が頬を撫でる。


 ふと、風に誘われて外を見る。そこには、空が明るくさえ思える星空と不思議な光景が広がっていた。これこそ星の絨毯という言葉が合いそうなほどの見事な星空を、は絵や写真でしか見たことがない。空を流れていく無数の岩は月明かりを浴びてか、青白い輝きと陰影を帯びながら空を横断していく。遠くに見える青白く輝く巨大な山。月明かりの元で、自らが輝いているようにさえ思えるほどだ。

 その景色を切り取る窓のふちは、町の灯火によって揺らめきのある橙色に色づいている。


「……きれいだな」


 透は思わず口に出してしまうほど感動した。 空は……そう。まるで呼吸している。透は目を輝かせながら、そう思った。これほどまでに星が多いと、一瞬弱まったり、逆に強く光ったりするのが分かる。

 灯の揺らめきに装飾される窓枠は、(さなが)ら、美しい絵画をはめ込む額縁の様だ。


 一目見ただけで先ほどまで心を埋めていた、ちっぽけな理不尽さがスゥッと星空の空気に溶けて消えてしまったようにどうでも良くなった。 そして、この夢のような世界をもっと見ていたいと強く思うようになる。透は頭を窓側に向けてうつ伏せになって、肘を立て支えながら寝転がった。

 しばらくして、松之介が寝てしまった気配がしてくる。全く、こんなにきれいな景色が見れるのに、もったいない……。

 それから透は意識がなくなるまでぼんやりと星空を眺め続けていた。


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