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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
11/44

4 受難

 周囲は、壁のように不自然に辺りを囲く様に、霧――いや、雲が局地的に覆っている。


「……。」


 無言のまま由久が苦々しい表情で唸る。右の片膝を立てて座り、右腕を膝に口元を手で覆う由久から、右斜め前の方へ少し離れた所に透が、胡坐で肩を落とした様子で座っている。訪れた沈黙に、透は気まずい表情だ。 あの後、ショックのあまり暫く硬直していた透だったが、何よりも先に誤解を解かねばならない事態だと言うことに気付くと、慌てて由久に詰め寄った。気色悪がる由久に、なんとか弁明して話だけでも聞いて貰えるよう取り繕えた透だったが、ことの全てを話し終わった後でも、由久は微妙な顔つきのままだ。

 ちなみに、必死の言い訳を聞く条件として彼が提示したのは『いいから離れろ・近寄るな』だった。


「――で」


 ふと、(人外の姿でないだけマシだったか……)などと思っている透へ、ため息と共に由久が口を開く。


「『これは事故、わざとこの姿になったんじゃない』とか、『白い空間』や『激痛』などなど。それを信じろと?」


 由久は半ば呆れも含まれた困り顔で、透の言った言い訳のキーワードを聞きなおした。


「あ~、はい、そうです。出来れば信じて頂けたらなぁ、と……」


 透は委縮するような(・・・)態度で控えめに頷く。が、由久の目元がひくりと引き攣った。


「そうか。ま、取り敢えずふざけるのはやめろ」

「あ、いや、ごめん」


 こんな時でさえふざけを入れてしまっていることを、鋭く見抜いた由久のひやりとした警告が入ると、ビクリと透は目を反らした。

 再び、沈黙が訪れる。眉間に皺を寄せて目をつむる由久に、ちらちらと様子を伺いながら、何かしらの弁明を待っているのかと思った透は口を開きかけるが――由久の盛大なため息によって阻まれた。


「全く……頭が痛いね、ホント」

「すいませんでした」

「いや、謝らなくてもいい。謝られてもどうにもならん」

「……。」


 座りなおした音がする。ちらっと盗み見ると、片膝を寝かして、胡坐に座りなおした様だった。その表情は、眉間に皺を寄せている。透は視線を足元の、小石転がる草地の地面に落した。

 ……確かに、これが透自身ではなく、由久や松之介だった場合、透も同じような態度をとってしまうことは、透自身、容易に想像できた。そうでなければ、からかい続けたりとか……。兎に角、マシな扱いが出来るとは思えない。

 ……由久や松之介(・・・)


「まさか……」


 透がはっと顔を上げる。口について出た言葉は二人ほぼ同時だった。見合わせる二人には恐怖の色が互いに見て取れた。


「な、わけないか」

「……そんなことになったら」


 はは、と透が乾いた声で笑うと、由久が冷やりと言い放つ。


「てめぇら纏めて切り捨てるなりして、ぶち殺す」


 鋭い目線は透ではなく、いまだ晴れない霧の方へ向けられている。


「は、はは……、ぶちコロですか……」(おぉう……。ゲームだけあって本気でしそうで怖いな)


 笑って相槌をとる透の笑顔は引き攣り、泣きそうな表情になった。


「――まぁ、松之介が変な格好じゃなきゃいい話だけどな」


 透のビビり様を見て可笑しく思ったのか、先程までと打って変わって苦笑する由久は、普段の口調でため息交じりに言った。


「そ、そうなのか?」


 戸惑いを隠せない透が聞きなおすと、由久は「まぁな」と答えた。


「変なの二人で常人が俺一人とか、真っ平御免だからな」

「変なの扱いかよ……」


 さっきとは違い、気楽そうに言う由久に、透が苦笑する。


「俺だってわざとじゃないんだが」

「どんな経緯があったにせよ『変なの』には変わりない」

「これは酷い」


 ため息を一つ、霧の中に視線を移す透に「あ、そうだ」と由久が思い出したように付け足す。


「まぁ、中身(・・)だけでもまとも(・・・)でいられるよう努力してくれ。でなきゃ、バッサリいくからな」


 せせら笑う由久が右斜め前の透を見る。


「――あ、ああ。心得とくよ」


 取り敢えず笑って返すと、由久は首をかしげてため息をついた。あまり信用していない様子だ。


「……まぁ、何にせよ、だな。でもま、その姿なら魔法を一番使えるだろ?」


 少し考えるかのように間を置いた由久は、棘のある物言いを止めて話題を変えた。


「あー……」


 今度は微妙な顔つきになる透。


「どうなんだろうなぁ。あのゲームだと、魔法使うのにアイテム必要だったじゃん?」

「やっぱ、こっちでもそうなのか?」

「どうなんでげしょ」


 由久の問いに、透は苦笑して応えながら、右手を顔の高さまで持ち上げた。


「……あ」


 何かしら行おうとしていた透が、ふと声を上げたかと思うと、そのままの姿勢で考え込んでしまった。


「……で? 無理なのか?」


 興味深そうに眺める由久に、透が振り向く。


「呪文どうする?」

「じゅもん?」


 一転して呆れ顔になる由久に、「そう、呪文」と透が頷いた。


「アイテムが必要じゃなかったら、普通、呪文があるのが妥当じゃない?」

「いや、んなこと言われても分かるわけないだろ……」


 首をかしげる透に、由久は面食らった様子で首を振る。


「適当に、頭に浮かんだ呪文を唱えてみれば?」

「ゲームとかの?」

「なんでもいいからやってみろよ」

「おっけー……」


 何やら気合いの入った様子で立ち上がった透は、由久から左横をみえるように位置取りをし直すと、右腕を前に差し出して(てのひら)を上に構えた。


「ファイアー(火)!」


 お馴染みの分かりやすい英語の一テンポ後に、シュボッと言う音と共に野球ボール大の火が出た。


「へぇ~。なんだか、ふつ――」

「バーン ストロングリィ(強く燃えろ)!」


 透の気合いの入った簡単な英文と共に、燃え立つ五十センチほどの炎が生まれる。


「ああ、呪文って中学英語のレベルなのか? これなら簡単そうだな」

「……。」


 感心したように言う由久と、あまり納得のいっていない透。ひゅっ、と腕を振って火を消すと、もう一度右手を胸の高さに差しだした。


「ウォーター(水)!」


 今度は水か? などと思った由久の目の前で、透の差しだした掌から、シュボッと火の玉が生まれた。


「……ちょ」


 由久の反応を待つ間もなく、腕を振って火を消すと再度構える。


「――まぁ、取り敢えず水でも湧きあがっちゃったりしないんですかねえっ!?」


 気合いの入った早口の様に飛び出した呪文(?)は、唱えている間にゴルフボール大の火が出た。唖然とする由久。丁度その頃。二人のはるか上空で光の輪が出現する。間もなくして、勢いよく一つの影が放りだされた。


「……おい、そこは火が出てきちゃまずいだろ」

「まぁ、一応、もうひとつ唱えとく?」


 一呼吸して、魔法のタネが分かりだした由久は、呆れて笑いながら突っ込みを入れる。火を消しながら透が聞くと、そうだな……、と由久は少し考えてから、一つ決め台詞を頼む、と提案した。思わぬ注文に、透が思わずニヤリ笑う。落下してくる人影に、二人は全く気付く様子はない。


「んじゃ……焦土の炎よぉお――」

「……ぁぁぁぁああああ!!――」


 即席で思いついたフレーズを透が叫ぶ。最後の方で、透の叫び声を上回る声が聞こえ、二人はそこでやっと、落ちてくる存在に気付いた。

 固く目を(つむ)る松之介。二人の顔が真っ青になるその瞬間、ノリに乗っていた透の大爆発が減速して降りてきた松之介を包み込む――。


「あっ、っっっちゃぁっぁぁぁあああ!!」

「松之介ぇえっ!?」


 減速して着地するはずだった松之介は、爆風に突っ込むと、その爆風と熱でもがきながら、横に飛ばされるように転がって行った。




 松之介と思わしき人物がうつ伏せに倒れている。黒いシャツと、紺色のジーパン。赤茶色の髪。ヘアーバンドを額に付け、バンドの下から乗り越えるように上から前髪が下りている、特徴的な髪形をしている外見は、彼がゲームで使っていたキャラクターと服装を除いた点で似通っていた。


「んの……ばかやろうがっ……!」


 慌てて()け寄る二人に、痛々しく起き上がる松之介は、歯を食いしばった怒気を含めて、吐きだすように言った。

 彼は、落下してくる時の風が爆風を防いでくれたのか、爆風による被害は少々の火傷らしき赤い()れくらいの外傷のようで、むしろ転がって行った時の擦り傷の方が痛々しい。


「殴ってもいいよな? ふたりとも――」


 服の土ぼこりをはたき落としながら立ち上がった松之介は、目線を上げた途端、凍りついた。

 その視線の先には、少女が立っている。視線は隣に移った。隣に立っている少年。見覚えのある切れ目と面影。薄金髪や整った顔になってはいても由久であると見て取れる。

 ……では、こっちの目の前に立っているのは?


「あー……あ、あの松之介?」


 少女が顔を顰めつつ、後頭部の髪をくしゃくしゃといじりながら口を開く。松之介は思わず、ビクッと身構えてしまった。その様子を見て、少女が慌てだす。


「と、取り敢えず落ち着いては貰えないだろうか?」


 な? と言いながら手で抑えるようにとジェスチャーを送りながらこちらを伺っている。……この反応を見たことがある。そういえば、この声も聞いたことがある。中学生のころではなかろうか? 今、松之介の想定している人物は、高校生になってから声変わりし始めたのだから。そうだと思い始めると、少し顔立ちに面影が見えてくるような気がする。

 ……ああ、頭が痛くなってきた。


「……どちら様で?」

「あ~っと、これはなんと説明してよいやらでしてね――」

「ヨルか……」

「そ、そのとーりです」


 苦痛のこもった声の松之介。夜茂木沢(やもぎさわ) 透の愛称で聞いてみると、少女は「はは……」と引き攣った笑いをしながら頷いた。


「はぁ……」


 松之介は盛大なため息と共に首を振った。二度目の反応で、少女は「はは」と笑いながら、少しだけ涙目になった。



 そんなやり取りをしていると、いつの間にか辺りを覆い隠していた霧が晴れていた。

 ぽつぽつと(まば)らに立つ針葉樹と、芝生の茂る丘陵(きゅうりょう)。日が昇り始めた早朝の光が照らし、朝露(あさつゆ)が輝いている。 取り敢えず、こんなところにいてもなんだからと、由久が落下している最中に見たと言う街を目指して歩く三人は、その道中で松之介に説明することになった。


 空には太陽と、橋を架けるように東から西の空を横断する無数の岩が、空の色に霞んで飛んでいる。心地よくひんやりとしたそよ風の中、今後のことを話しながら三人は街を目指して歩き始めた。


 説明が終わる頃には、小石と草地が広がるデコボコとした丘陵地帯を下って、近くの森に差しかかっていた。 おそらく、街道に使われている為であろう、踏みならされて草の禿げた道を歩き森の中を歩いて行く。 三人の歩く街道は木を切り、人為的に整地されたのか、木漏れ日の差す並木街道の様に快適な道のりではあった。とはいえ、時折、こちらに向かってくる幾つか――のおそらく敵である生物が襲ってくるので、その度、透が火を出現させて追い払うのだった。


「ありえなくはない。元々はそういう話だったしな」


 三人の右側を歩く松之介は、腕を組みつつ割と真剣な様子で言った。


「ちょ、俺の説明についやした時間は一体どこへ?」

「いやいや」


 先行するように歩く透が、こちらへ飛んでくるおそらく(・・・)鳥であると思われる生き物に向かって火を放ちながら(鳥らしきものは危なげなく避けたが)振り向いた。憤慨する様子の透に、松之介はなんともすっきりしない様子で「そうじゃない」と首を振る。


「透の話は一応に信じてみようかと思うんだが、俺の時と環境が違いすぎないか?」

「……え?」


 松之介の言葉に、思わず透が立ち止まった。


「どういうこと?」

「いや、どういうことと言われてもだな……」


 少し強い口調で聞き返した透に、松之介は面食らったように言葉を濁す。


「う~ん……」

「松之介のは、具体的にどんなだったんだ? ――ほら、止まんな。夜になる前までに、街に辿りつかないと不味い」


 困惑する松之介に応えを促しつつ、由久が透の背中を押した。


「まず……俺が起きた時にはなんつぅか……物置の真ん中にベッド作りましたって感じの所で目が覚めたんだが」

「……なにそれ」


 松之介が思い出しながら言うと、透が冷やりと訝しげな表情で聞き返す。彼は「俺にいわれてもな……」と肩をすくめただけだった。


「で? その先は? 姿は?」

「姿は……起きた時からこれだったな。……妙に急かされたな」


 一つ一つ思い出しながら松之介が言う。透は眉間に皺をよせ、一方で由久は静かに聞きながら最後に頷く。


「……俺の時も、妙に急かされたな。もしかして、薄暗い地下室みたいな部屋じゃなかったか?」

「ああ! なんか周りがコンクリや鉄板とか。せめて白い壁紙貼ればいいのにとか思ったな」


 由久が誘導するように言うと、その通りだと松之介の食いつきの良い返事が返る。


「で、説明する人がいた。しかも複数で。他にもスタッフらしき人物がいて――」

「変な野郎がひたすらしゃべってた!!」


 由久の後半部を、引き受けるように松之介が言うと「やっぱり……」と言って由久が頷く。透は始終訳のわからなそうに、二人を交互に見ていた。その心境を表すかのように、いつの間にか頭の上に現れた人魂も右往左往している。


「……。」


二人はあえてそれには触れずに置いといた。


「なんか、俺の時と違うじゃん」


 話の切れ目であることを見計らって、不満たっぷりに透が言うと「どちらかといえば」と由久が後頭部を掻きながら言った。


「違うというか、丸々別物だな……お前、実はわざとやったりとかしたんじゃないのか?」

「いくらなんでもそりゃない。選択しすらなかったんだよ?」

「……それはまた、逆に面倒なんだけどな――」


 立ち直った由久が渋い表情で首を振る。


「――手っ取り早く『出直してこい!』でバッサリできるんだが」


 バッサリとはつまり、物理的な意味で体をバッサリということだろうか? 想像したとたん、人魂がバッサリと斜めに割れて、シュボっと言う音と共に消える。


「……このゲーム、死んだら復活できないんだが」

「設定の不備で文句言えばまたやらせてくれるんじゃないのか?」


 少し泣きそうなのを、目を細めて誤魔化す透に、松之介が問題ないだろうと答えた。と、そこでふと由久に思うところがあったのか、口元を押さえつつ「いや、待てよ……」と呟いた。


「俺たちはテストプレイヤーなわけだし……どちらかといえば、このままの方がいいのかもしれん」


 透が「どういうこと?」と聞き返す。人魂がポンっという音と共に再び現れた。現れた人魂をゆっくりと頭の上を徘徊している。


「……。」


 突っ込むべきか否か迷いながら、由久は結局、無視しながら話を続けた。


「……ほら、テストってことは、キャラクター設定の時の仕方が違かったように、いろんな状態の情報がほしいわけだろ? もしかしたら、透が意図しない姿にされたのは、わざとなのかもしれん」

「だったらなおさらだろ」


 なにをいってるんだ? と言いたげな松之介に由久は、「だからだよ」と答えた。


「俺たちがここにいる理由は、この世界に不備があるかどうかということだろ。

 設定時に性別を異性の方に決めるやつは少なくてもいるかもしれないし、そういったときにゲームをプレイしている最中、どうなるのか試したかったとして、それが偶々透だったのかも」

「俺が?」


 迷惑そうな表情で透が苦々しく言った。実際、こんな状況になっているのだから迷惑この上ない。


「だってそうだろう? 透の時の『設定』の方が、どちらかというとゲームっぽかったじゃないか。……まぁ、多分おっさんが相手だったから、演技指導がなってなかったんだろう」


 至極当然のように由久が言うと、そういえば確かに……、と頷いてしまった。


「う~ん……。でもなんで俺だけ?」


 だが、まだ納得できない様子の透は腕を組みながら唸っていると、由久がすかさず、あっけらかんとして言う。


「お前がテストプレイヤーに選ばれてるからだろ」

「あ……そうか。松之介と由久はおまけなのか」


 まぁ、そういうことだな、と松之介が相槌を打つと、由久が切り出した。


「取り敢えず、テストプレイはこのまま続行ということだ。早くて一週間後には一時的に終わるんだ。今回は生き延びることを最優先にして、次で旅をすることにするか」


 歩き出しながら由久が話す。それはどういうこと? と立ち上がりながら透が聞くと、そういわれた、とだけ由久が返した。


「職員が来る。で、その職員が次の指示として目的地を指定する。そこが多分、向こうにゲームとして帰れる場所だろ。様はタイトル画面に戻るって感じだな」

「なるほど――あ、犬!」


 ふと、茂みから物音を察知した透が進み出て右手を(ひるがえ)す。機敏な動きで駆ける大型犬サイズの緑色の生物が、透に大口を開いて飛びかかり――ボンっと言う音と共に吹っ飛ばされ、茂みの方へ消えた。


「あ、危なっ!」


 吹っ飛ばした直後、まさかあそこまで近づかれるとは思ってなかった透は、驚きのあまり後ろに跳びはねた。


「なぁ、今の見たか? 犬……というか狼って感じだな? 緑色の狼って聞いたことあるか?」

「ないな」

「森の中に居たから苔生(こけむ)しちゃったんだよ、きっと」


 松之介が興味深げに、飛ばされていった茂みを注視しながら即答すると、透が調子外れたことを言う。由久は口元に手を当てながら辺りを見渡していた。 茂みの奥へ消えて行った緑色の狼っぽいものは、もがく様な音を茂みの奥で聞えさせていたかと思うと、すぐさまその気配を消した。


「犬とかは、集団で狩りをしたりする気がしたが」

「――まぁ、あまりゆっくりはしてない方がよさそうだね」


 辺りを警戒するように見渡しながらいう由久に、賛同するように透が頷くと、額に汗を浮かばせながら二人を見上げる。


「なんか、魔法が出にくくなってるかも」


 二人は絶句した様子で、あまり良いとは言えない雰囲気が漂ってくる。この言葉の後、暫くして事件が起こるのだった。

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