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異世界。  作者: yu000sun
一章 テストプレイ
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2 ゲーム開始前

 薄暗い部屋の中、黒いシャツと紺色のジーパン姿の彼はベッドに横たわっていた。

 ぼんやりと意識がはっきりしない。眼をつむったまま、松之介は(もや)がかった意識で、色のない夢の中を漂う。

 灰色のイメージが付きまとうのは、古い記憶だからだろうか? 誰かの――


「――気分はどうですか?」

「うっ……」


 突然、かけられた声と共に視界が真っ白に包まれる。思わず腕で庇いながら眼を細めた松之介は、起き上がりながら忌々しげに唸った。


「吐き気がする……。頭痛が……、……あ?」


 眩しさに、眼の奥に鈍痛を覚えながら呻くように呟く松之介は、眼をこすりつつ周囲を見渡して思わず声を裏返させた。

 全く見覚えのない部屋。学校の教室ほどの広さで、煌々と灯る明かりは松之介の頭上に有るものしかなく、部屋は明るく照らされたベッドを中心として薄暗くなっている。ベッドの周囲には囲う壁の様に、おびただしい量の機材、錆びた廃機材が混在して並ぶ。奥の壁は窓など一切ない。コンクリートがうちっぱなしの壁が暗闇の内に連なっている。

 ふと、脚に違和感を感じて見てみると、なんと靴を履いたままベッドの上に座っていた。


「おはようございます」


 呆けた顔で辺りをきょろきょろと見渡す松之介に、うしろから女性が話しかけた。声の主を探していた松之介は、後ろへ首を捻る。そこには白衣姿の女性が立っていた。

 どうやらそちら側が出入り口らしく、女性の後ろには扉と、コンクリートをくりぬいて付けられた大きな窓が、通路と奥の実験場の様な場所をのぞかせる。


「恐らく理解しているとは思いますが……。今回、テストプレイに志願して頂いた夜茂木沢様の友人、樋野 松之介様でよろしいですね?」

「……ああ、はい」


 後ろの女性へ向き直りつつ、いまいち状況が飲み込み切れていない松之介は、頭を掻きながら頷き――手にバンドが引っかかった。不思議に思って意識を頭にやると、自分の異変に気付いた。


「ん? なんで髪が……?」

「鏡が入用ですか? 申し訳ございませんが試運転ということで、姿の変更はできないものとなっております」

「はぁ……。取り敢えず、鏡があるなら見せてもらって良いですか」


 少し早目の口調に、起きたばかりの松之介は調子を合わせきれず、生返事な調子で応えた。彼女は、ポケットから手鏡を取り出す。「ありがとうございます」と、礼を言って鏡を受け取った彼は、女性から視線を外して鏡を覗き込む。

 赤茶色の髪。ヘアーバンドを額に付け、バンドの下から乗り越えるように上から前髪が下りている、特徴的な髪形をしている外見は、彼がゲームで使っていたキャラクターと服装を除いた点で似通っていた。

 自分の顔の面影をどことなく感じさせながらも、全く他人になると言うのはなんとも奇妙な感覚である。


「どうでしょう? 現時点では、問題があったとしても対応できませんが」

「まぁ……元々こっちの姿になろうと思ってたので」

「それは良かった」


 彼女は表情を変えることなく相槌を打った。


「姿を変える時は、選べないんですか?」

「選べます。ただし、その段階の記憶はないと思います――さて。では、早めに進めて行きましょうか」


 淡々と答える女性の後ろで、扉がノックされると彼女は神経質な早口で言葉を加えた。扉が開くと、容姿端麗な青年が入ってきた。彼は入ってくるなり口を開く。


「こちらも忙しい。君の友人らもすでに向こうへたどり着いている。すぐさま事前のテスト項目と説明事項をこなそう」


 男は松之介の返答を待たず、言葉を続ける。


「まずは、一番重要な言語テストだ。世界観を出すために、向こうでは地方や異種族の間で、それぞれ異なった言語を使っている。コミュニケーションにおける言語の重要さと言う者をしってほしいというゲームデザイナの意向でね。

 だが、心配しないでほしい。ゲーム自体は、ほぼ全ての国で共通言語と言うのが普及されている非常に都合の良い作りになっている。君たち意識せずとも日本語を扱うように、自然とこの共通語を話せるように設計さているからな」

「はぁ……」


 本格的だな、と感心する一方で、全部日本語でいいじゃねぇか、と面倒くさく感じながら生返事を返す松之介。「よし」と彼は景気づけるように両手を叩いた。


「それでは練習しよう。共通言語と日本言語の切り替えは受動、能動の両方で切り替えられるようになっている。相手が日本語で話しかけてくれば、日本語が標準になるし――」


 青年は言ったん言葉を止め、口の中でもごもごと動かした後、言葉をつづける。


「――『共通言語で話しかけられれば、君の意識の標準言語は、無意識に共通言語へ《シフト》する』」


 耳に入ってくる音と意識に入る言葉の相違に眼を白黒させる松之介が、途中で痛みを訴えるように顔を歪ませた。


「『おっと、すまない』」


 詫び入れる様子を微塵も感じさせない軽重な口調で謝った。


「『悪いが、今私が言っている言葉が分かるかね? 分かるなら、共通言語を意識的に使って、何か話してみてくれ』」

「……、……。『はじめまして、おはよう。そして、さようなら』」

「『よろしい。』――言語適応は、訛りもなく、すこぶるいい調子だ。先程の言葉は友人からの印象深い台詞かね?」


 偶々、思いついた言葉がそれだったので言ってみただけだったのだが、考えてみれば透が口にしていた口癖みたいなものだった。ゲームで遊んでいる最中、敵を出合い頭に襲う時、いつもこの台詞を嬉しそうに言うので、いつの間にか覚えてしまっていたようだ。


「まぁ良い」


 松之介が頷くのを待たずして、彼は女性の方へふり返る。


「シフトはまだ、関連、意味づけしていない外来語だったな――助手、メモを」

「はい――次いで現段階の予想では、対策には、適応言語の精度を緩めるのが一番手っ取り早い方法である、と?」

「ああ、それで良い。まぁ短絡的な考えだが、時間がない。あと、二つ三つ、自分で考えうる意見を書き込んでおいてくれ。後で提出するように」


 青年が指示すると、淡々としていた女性は、少しばかり生き生きとした様子で、手に持っていたレポート用紙へ書き込んでいく。「ところで」女性の方へ意識が行っていた松之介は再び、青年の方を見た。


「見たところ痛みが有ったように見受けられたが、どうだった?」

「ああ~」


 息をする間もないほどにしゃべり続ける青年に、押される松之介は「どうっていわれても」と歯切れ悪くしながら答える。


「なんていうか、頭の奥が、こう……ねじれるっつうか……」

「鈍い痛みが?」

「まぁ、そんな感じです」

「ふぅん……。……。……まぁ、いいだろう」


 幾らかの間の後に、青年は指を鳴らしながら頷く。どこが『いい』のか問い詰めたい、と松之介は思った。納得のいっていなさそうな表情の松之介に構わず、彼は続ける。


「君は、生成期間が一番長く掛ったからな。先程、終了段階を済ませたばかりで、言語の定着に少しの(なん)があったのだろう。

 心配することはない。友人らと共に、向こうで生活している内、言語切り替えに慣れて、負荷による痛みを感じることはなくなるはずだ」

「そうですか」

「長いと言うことは、遅いと言うことだ。君の友人らはもう向こうで合流している。しかし、テストや説明を抜いてしまっていては私たちの仕事にならない」


 そう言いながら彼は壁際に積まれた機材の中から出っ張った取っ手を握ると、思いっきり引っ張った。ガシャガシャと金属の音を鳴らしながら、モニターが出てくる。


「はは、すごいだろう? いまどき、どデカイ(・・・・)ブラウン管のモニターだ。この部屋にしかないがな」


 青年が笑いながら、電源を入れる。耳を劈く不快音が一瞬聞えた後、バチバチと音を鳴らしながら画面が明るくなる。


「改めて言うが、時間がない。流しになってしまうが、しっかり聞いてくれ」


 矢継ぎ早に話し続ける青年に、感服の念を抱き始めながら、松之介が頷く。


「では、始めよう。まずは旅の目的だ」


 青年が快活に言う。モニターを見る松之介の横でカチリと音がする。助手と呼ばれた女性が操作しているようだ。

 映し出された文面を読もうとした矢先、その意識を引きつけるように彼がしゃべりだす。


「ここに書かれているのは君たちが向こうに行った際の目的とは別の、ゲームとしてやってほしい内容だ。すでに何千、何万とテストプレイヤーたちがこの目的を順次、行動している」


 松之介は、どう反応を返そうかと考え、相槌も(わずら)わしいという結論に至った。彼は一呼吸を置いて続ける。

「君たちの目的は主に彼ら――」


 ぱっと顔写真に移り変わる。こけた頬に無精ひげを生やした眼鏡顔の男、白髪交じりの丸顔の男、二十後半……いや、三十代? の女性。

 どれもアジア系……日本人にしか見えない顔ぶれであり、その上活発そうではない……事務処理なんかをしていそうな感じの人達だ。


「―――『逃亡者』とされるキャラクターの確保をしてもらいたいのだ。この写真の者たちはごく一部。我々が担当する『逃亡者』たちだ」

「三人だけですか?」

「いや、他はすでに済んでいる。先程も言っただろう? すでに何千、何万のテストプレイヤーが向こうにいる。……話を戻そう。彼らであると確認が取れるのであれば、肉体が死んでいてもかまわない」

「……生きていては駄目なんすか」

「どちらでも構わない。――だが、相手は抵抗するだろう。ゲームだ。あとは分かるだろう?」

「……。」

「とはいえ、やはり広大な世界で、この三人を探し出すのは非常に困難を極める。どこにいるか目星がついていないからな。

 そこで、まずは『システム側』の職員が君たちの下へ訪れる。ここの職員ではなく現場の職員たちが、実際に移動手段を行使して向かうので、一週間から一か月の間、かかると思ってくれ」

「はぁ……。」

「よって、何よりも『死なない』ということが重要だ。君たちには第二の人生を歩むが如く生活基盤を手に入れてもらいたい。早々に探索へ足を歩み出してもらってもかまわないが、早々に現世と別れを告げてもらっても困る。君らの様な志願者を探すのも、中々骨を折るのでね。全てが終わった後には、しっかりと給料も出るから、真面目にやってもらいたい」

「ゲームマネーや、ゲーム中のお金として?」

「いや、ちゃんとした現金、日本円だ。五十万円を基本として、活動内容によって差し引いたり上乗せされる。真面目にしてくれていれば、五十万はカタイ(・・・)ということだ」

「はぁ……」


 五十万。偉く大きく出たもんだなぁ、と松之介は眼を座らせた。何千、何万も雇って遊んでるやつらに五十万も払うのかと思うと……。疑わしげな彼に「我々もそこまで真剣に取り組んでいると言うことだよ」と、青年は熱く拳を握りながら語る。


「何せ開発規模が、規模だ。この開発事業は、生産性、コスト、利潤、リスクを度外視して行われている。()わば、開発者たちの熱い想いだけでなりたっているという、非常に浪漫と情熱あふれたものなんだ!」

「は、はぁ……」


 熱く語る彼に押されつつ、ふと気だるそうにこの話を聞く由久と、対照的に一緒に盛り上がって熱くなる透が眼の前に浮かんだ。一瞬吹き出しそうになった松之介は、寸でのところでニヤケ顔にするだけの止まった。


「現実的な話をすると、スポンサーも熱い人たちだったんだが、冷めやすい人たちでもあってね。我々には継続に猶予が無くなりつつある。一人のテストプレイヤーでも無駄にしたくはないのだよ」


 話は少しの間を置いて区切られると「次だ」と言って青年が話を繰り出す。


「世界観の説明をしよう。

 舞台は、剣と魔法の世界。正しくファンタジーの世界。夢があるだろう? 魔物や神だっているんだ。数多の国家、種族、宗教、人種、言語……数えればキリがない多種多様さ彩りあふれる世界を、君たちに歩いてもらいたい。

 だが、そこには圧倒的な理不尽がある。力による壁だ」


 表情豊かに話す青年。話がそれやすいが、しゃべり続けるのがうまい人だな、と松之介は思った。


「君たちは主人公だ。だが、何千、何万の主人公たちがあの世界では旅をしている。主人公で有って、英雄や神ではない。死に急ぐ真似はしない様に。

 レベルアップの概念はない。だが、心配しなくていい。現実と同じく、鍛えれば強くなる。現実離れした体にね。今の段階では、普段の君たちの身体能力と大差ないと思うが、鍛えればそれにこたえるように体は強くなって行く。旅をするのはそれからでもいいだろう」

「……。」


 話が長くて、松之介は段々と飽きてきていた。松之介や透は、実際に試してみて実感し、覚えて行くタイプだった。「まとめに入ろう」両手を打って彼は言った。


「君たちには、向こうに行く。向こうでは、死なない様に行動する。飢えや寒さで倒れてしまっては笑えないからな。そして、現地の職員が君たちを訪ねてくる。遅くなってもあまり焦らないでくれ。君たちの学校、家族にもしっかりと手続きを行ってある」


 やっとか、と思いながら松之介は背筋を伸ばした。


「現地の職員たちと会い、次の指示が出る。その指示をクリアして、晴れて君たちの仕事が終わりになる。これで以上――」


 話し終えようかとしたその時、後ろの扉からノックをする音が聞こえてきた。青年が黙り、入ってきた職員らしき男性が耳打ちする。


「――なんと……。最重要人の夜茂木沢君に手違いがあったらしい」

「何?」


 彼が打ち明けるように口調を変えて言うと、松之介は訝しげな表情で応えた。


「彼は、説明を聞く前に飛び出して行ってしまった様だ」

「……は?」


 思わず間抜けた声で聞き返してしまう。


「相当慌てていたのだろうか? 詳しくは分からないが……」

「……いや、あいつのことだから、長い話に耐えられなかったんじゃないかと」


 松之介が呆れた笑みを浮かべると、つられる様に青年も口元を歪ませた。


「……なるほど、説明はもっと切り詰めるようにしよう。――では、そろそろだな」


 青年が助手を一瞥する。彼女は頷くと部屋を出て行った。「ついてくるように」開いた扉に続いて青年が歩いて行き、松之介がそれに従って歩いてく。


「中継地点のここから、ゲームの中へゲートを繋ぐ。君はそこを通って向こうの世界に到着と言うわけだ」


 映画か何かの地下基地の中の様な廊下を歩いてく。


「部屋からもチカチカと遠くで光っているのが見えていただろう? ここがそう」


 廊下を抜けて、三階分吹きぬけにした広い部屋に出た。大きな装置と数人の科学者のテンプレートでも云うかのように白衣をまとった男女数人の職員が立っている。青年の後に続いて歩いて行く。部屋の真ん中を進み、奥の巨大な装置へ歩み寄って行く。

 装置の上へ歩いていき「君はあそこに立ってくれ」青年は、手摺のない橋のように渡された場所を指差した。松之介が指示された場所に立つと、青年が合図を送る。何かの起動音と共に、機械が動き出したのか騒音を立て始める。

 騒音の音域、音量が一段と高くなって行き――「そして、これが!!」――青年が声を張り上げた。


 「ゲートだ!!」


 瞬間、眩しい光に思わず眼を閉じると、眼を開けた時にはリング状の『如何にも』と言った様子のゲートが現れた。


「さぁ、君の旅立ちの時間だ」


 周囲は水を打ったように静まり返っている中、青年の声が響き渡る。橋の下に現れた虹色に移り変わるゲートを目の前に思わず「すげぇ」と呟く松之介は、後ろへ振り向きかけ――


「また会おう!」

「うわっ」


 ――青年の快活な声が聞こえたかと思うと、突如として彼の視界は崩れた。足場が無くなった松之介はバランスを崩しながら落ちる。


「ああぁぁぁぁ……」


 ゲートを突きぬけて大空へそのまま落ちて行った松之介の叫び声が、研究室の中でむなしく木霊し、ゲートが閉じられる騒音によってかき消された。


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