殺し屋と少女K 1
ケークサレを食べてからしばらくして。
「そういえば、烏さん」
「うん?」
「今日はお仕事あるんですか?」
「ああ・・・。たぶんない。鷹が仕事持ってこない限りはないからな」
「じゃあ、お願いがあるんですけどいいですか?」
「お願い?」
「はい。今日一日、妹の世話をお願いしたいんですけど・・・」
「あー・・・」
確か梓ちゃんの妹って楓だったよな。
保育園に通ってるんだっけ?
「ありがとうございます! 今日はバイトで、帰りが遅いんですよ。保育園の場所は知ってると思うので、夕方になったら迎えに行ってもらえると助かります!」
梓ちゃんが口早に言っている。
ん?
オレが、梓ちゃんの妹の世話?
・・・。
「いやいや無理無理」
「え、でもさっき了解してくれましたよね?」
「いや、ちょ、え?」
「おはよう」
「あ、おはよう。綾斗、寝癖ついてるよ」
「え、嘘」
「ホント」
「鏡見てくる」
「うん」
あれ~?
なんか流されたような・・・。
まさか、会ったばっかのやつに大事な妹を任せたりはしないよな。
うん。
そうだ、任せたりなんかしない。
「・・・はよ」
「戒斗。ちゃんと顔洗ってからご飯食べてよ!」
「うい・・・」
戒斗が綾斗と同じ方に歩いていく。
それと入れ違いで、すでに制服を着て完璧な状態の朔斗がリビングに入ってくる。
「おはよう」
「おはよう。朔斗、楓起こしてきてもらってもいい?」
「わかった」
それから、六人で朝食を食べ、綾斗たちは学校に行った。
家を出る間際に綾斗に釘を刺された。
あいつには信用されていないようだ。
まあ、信用されたらそれはそれで困るんだけど。
「じゃあ、楓を送りに行きましょう」
うん?
いつの間にかオレの左手を楓が掴んでいる。
楓の左手は梓ちゃんに繋がられている。
うん~?
あれ、結局決定しちゃったのか!?
そして、手を繋いだまま、家を出る。
「お姉ちゃん」
「何?」
「このお兄ちゃんは新しいお兄ちゃん?」
「うーん。ちょっと違うかな」
いや、そこは否定しようよ。
ちょっとどころじゃなく新しいお兄ちゃんじゃないから!
「ちょっと、梓ちゃん。オレ新しいお兄ちゃんなんかじゃな・・・」
「でも、うちにすんでるよね?」
「まあ、そうなんだけどね」
あれ、オレの話無視されてる?
「じゃあ、新しいお兄ちゃんじゃないの?」
「うーん・・・」
「いや。オレ新しいお兄ちゃんじゃないから。ただ住まわせてもらってるだけだから」
「イソウロウってこと?」
「うん。そうそう」
楓が純粋な目で見てくる。
不純な動機で住んでいるとは言えない。
オレは引きつった笑みを浮かべる。
「楓、居候なんて言葉どこで覚えてきたの?」
「テレビ」
「あ、そう」
梓ちゃんと楓が普通に会話している。
その時、掃除をしているおばちゃんの横を通り過ぎた。
「あらあら若い夫婦だこと」
ん!?
オレはばっとおばちゃんを見た。
オレ達を見て笑ってる。
オレ達を夫婦と勘違いしたのか?
じゃあ、もしかして、楓はオレたちの子だとでも!?
いやいやいや。
そんなわけがない。
落ち着け、オレ。
殺し屋にあるまじき動揺の仕方だぞ。
オレが頭を抱えていると、
「お兄ちゃん、大丈夫? 頭が痛いの?」
楓が心配そうにオレを見てきた。
オレはその表情に、もうどうでもいいやという気になった。
「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけだから」
オレが柔らかめに微笑むと楓が嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「よかった~!」
楓が嬉しそうに手を引っ張る。
はあ。
子どもに調子を狂わされるとは、オレもまだまだだな。
もっと鍛えないと。
「・・・」
「・・・何?」
「いや、あの、本当はものすごく嫌なんじゃないですか?」
「え?」
「なんか疲れた顔をされているから・・・」
確かにオレはいまだかつてないほど疲れてる。
たった数十分でここまで疲れさせられるとは思わなかった。
それに最初はものすごく嫌だった。
今まで生きた子どもと接したことは少ない。
死んだ子どもなら数えきれないほど接しているけど、生きた子どもに接したことがない。
だから、生きた子どもに接するとすっごく疲れる。
これも何かのツケだろうか。
今まで殺した子どもたちからの罰だと思えるほど精神は疲弊している。
だけど、それはさっきまでだ。
何かが吹っ切れた今はなんともない。
「大丈夫だよ。久しぶりに子どもと接したから、接し方が分からなくて戸惑ってるだけだけだから」
「そうですか・・・。本当に嫌だったら言ってくださいね?」
「ああ」
心配そうな顔でオレを見ていた梓ちゃんはその表情のまま、前を向く。
オレも溜息を小さく吐いてから、前を見た。
すると、夜に来たことがある保育園が見えた。
夜だったからよくはわからなかったけど、結構大きな建物だ。
「おはようございます」
門のところで、保育士とみられる若い男と女性たちがいた。
保育士は女性がやるイメージがあったけど、男もいたんだな。
と、オレが感心していると、男がこっちを見て眉間に皺を寄せた。
なんだ?
「おはよう、梓」
「おはよう、兄さん」
ん?
梓ちゃんが男を兄さんって呼んだ。
てことはこいつも兄弟か。
「靖晴兄ちゃん! おはよう!」
「こら楓。ここでは先生、って呼べって言っただろ?」
「はーい、先生!」
「よし」
靖晴というのか。
若いから、梓ちゃんのすぐ上の兄かな。
楓は靖晴に挨拶した後、梓ちゃんに手を振って駆けて行った。
「兄さん。この人は・・・」
「知ってるよ。烏、でしょ?」
靖晴がニコリと笑う。
笑ってるのに笑ってる感じが全くしない。
この年で初めて恐怖を感じた。
これぞ、蛇に睨まれた蛙ってやつだな・・・。
「うん。何で知ってるの?」
「綾斗から聞いた」
「そう。それでね、迎えは烏さんが来るから」
「は?」
「私、バイトで帰り遅くなっちゃうんだよ」
「お前、殺し・・・ゴホン。他人に楓の迎えを頼むのか?」
「だって、兄さんは仕事で無理でしょ?」
「いや、送るくらいは大丈夫だから」
「駄目。仕事の邪魔になるもの。迎えは烏さんがします。これは決定事項です」
「え」
あれ、やっぱり決定事項なんだ。
はあ・・・。
仕方ない。今日は仕事を入れないようにするか。
「梓・・・」
「大丈夫だって! 取引が有効のうちは」
「・・・わかった。おい、あんた」
「あ? いや、すいません」
ぎろりと睨まれた。
思わず謝っちまった。
こいつ絶対、カタギじゃない。
「楓の迎え頼んだぞ」
「・・・はい」
オレの返事を聞くと、靖晴は梓ちゃんと少し話した後、他の園児たちの方へ行った。
オレはやっと解放された気がした。
「じゃあ、楓のことよろしくお願いします。これ、家の合鍵です」
梓ちゃんが鍵を渡してくる。
オレはそれを受け取って、
「帰りはいつぐらい?」
と聞いた。
迎えは仕方ないけど、その後も一緒となると話は別だ。
「夜の十時くらいになると思います」
「綾斗たちは?」
「学校終わったらすぐ帰ってくると思うので、夕方くらいでしょうか」
「楓の迎えは何時くらい?」
「三時くらいにお願いします」
最悪、綾斗たちが帰ってくるまでは一緒ってわけか。
うん。オレ一人じゃやれない気がする。
鷹を呼ぼう。
「わかった」
「じゃあ、私こっちなんで、今日はよろしくお願いします」
梓ちゃんがオレに頭を下げると、早足で歩いて行った。
オレはその後ろ姿を数瞬見てから、家路についた。
はあ・・・。
今日は長い一日になりそうだ。
家帰ったら、何か作って気を紛らわそう。
そう決めて、オレは音もなく走った。
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