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殺し屋と塩ケーキ

昨日はいろいろあった。

というかほとんどオレのせいでいろいろ起こした。

梓ちゃんを殺そうとしたところから濃い一日が始まった。

梓ちゃんの弟たちはみな殺し屋の業界でルーキーとして名を馳せている若い殺し屋だった。

でも、まだまだ未熟だと思う。

黒陣の綾斗は強いと思うけど、まだまだ子供。精神的に弱い。

紅迅の戒斗はまあまあ強い。だけど、喧嘩っ早いのがたまにキズ。

白塵の朔斗は戒斗と同じくらい強いと思う。だけど、オレは一番戦いたくないタイプだ。何を考えてるか分からないから。

と、オレはオレに割り当てられた部屋で眠りもせずに分析をしていた。

これはもう職業病だ。同業者の分析を無意識でしてしまう。

まあ、これは後々役に立つから悪癖とは思っていない。

それにしても、この家はなんなんだ。

殺し屋が三人に殺し屋に親を殺された奴もいて、普通の家じゃないのは確かだ。

だから依頼が来たのかもしれないが。


「まったく、あのクソジジィ。契約違反だぞ」

「あん? 誰がクソジジィだって?」

「鷹。うん、あんたもクソジジィだ」

「あ?」


鷹が睨んできた。

まあ、なんとも思わないけど。

オレは勢いよく起き上がる。


「それで?」

「ああ。黒陣たちには話しておいた。警戒するだろう。お前はどうするつもりだ?」

「うーん・・・。まあ、なるようになるさ」

「お前な・・・」

「別に敵意を持ってきたやつを殺らないわけじゃないぞ」

「どうだか・・・」


鷹がため息を吐いて、懐から煙草を取り出して火をつける。


「つか、鷹」

「ん?」

「お前、どうすんの? ここに住むのか?」

「住むかよ阿呆」


鷹が呆れたようにオレを見る。

別にオレは阿呆じゃない。


「じゃあ、なんでまだいる?」

「お前・・・!」


あ、鷹のこめかみがピキッて言った。

さすがの鷹も年には勝てないか。


「そんなに怒ると死ぬぞ?」

「誰が怒らせて・・・」

「オレ、もう寝る。おやすみー」

「テメェ・・・! チッ」


鷹が舌打ちをして、部屋を出て行った。

気配をたどれば、鷹は音もなく家を出て行ったようだ。

ふう。一応、起きてるか。

あいつらに何があろうとオレになんも関わりはないけど、梓ちゃんに何かあったら困るからな。

朝食にキューバンサンドウィッチを頼んだら作ってくれるって言ってたし。

楽しみだ。キューバンサンドウィッチ。

キューバに仕事で行ったら必ず食う朝食だ。

おっと、考えてたらよだれが垂れてきた。

まだ夜も明けてないから我慢しないと。

ああ駄目だ。

腹が減ってきた。

オレはキッチンに向かった。

すると、キッチンから光が漏れていた。

オレは不審に思いながらも警戒することなく、キッチンに入る。


「何をやってるんだ、梓ちゃん」

「うわっ」


オレはキッチンにいるのが梓ちゃんだと分かっていた。

本来なら寝ている時間のはずなのに梓ちゃんがキッチンで何かをやっていた。

オレに気づいて梓ちゃんが声をあげる。


「か、烏さんか・・・びっくりした」

「それで?」

「あ、仕込みをしてるんです。明日のお弁当の」

「ああ。綾斗たちのか」

「はい」


そういいながらも梓ちゃんの手は忙しなく動く。

オレも手伝おうと思ってキッチンに入る。


「手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。あと少しで終わりますから」


梓ちゃんが微笑んでやんわりと断る。

断られてしまってはやることもないので、オレはソファに座った。

オレの腹が小さく鳴っている。

ああ、腹減ったな。

そうオレが思っていると、梓ちゃんの鼻歌が聞こえてきた。

聞いたことのない歌だけど、いい歌だ。

オレは目を閉じて、梓ちゃんの鼻歌に耳を傾ける。

なんか、切ないけど温かみを感じる歌だな。


「・・・その歌」

「はい?」

「今、梓ちゃんが歌ってる歌は何? 聞いたことない歌だけど」

「ああ。この歌ですか」


梓ちゃんがちょっと声を大きくして歌を歌う。

梓ちゃんが歌うからなのか、すっごく切なく聞こえる。


「うん」

「この歌、母さんが作ったんですよ」

「お母さんが?」

「はい。母さんが家事をしているといつも歌っていたんです。私はよく家事を手伝っていましたから、いつの間にか覚えてて、母さんと同じように家事をしているとつい口ずさんじゃうんですよね」

「ふうん」


梓ちゃんが恥ずかしそうに笑う。

だけど、すぐに悲しそうな表情になってしまった。

それをオレは横目で見た。

そっか・・・。

オレは妙に納得した。

梓ちゃんは会ったときから、時々憂い顔を見せる。

過去のことが関係しているんだ。

こんな姉さんを持ったなら、綾斗の気持ちもよくわかる。

あの三つ子がシスコンになるのはよくわからないけど。

梓ちゃんには重い過去がある。

それが梓ちゃんの表情を曇らせる原因だろう。

でも、それは誰にだってあるものだ。

人によっては些細な出来事でも、その人にとっては重い出来事になる。

そうだ。

そうなんだよ。

オレもいい加減忘れればいいのに。

あれはどうしようもなかったんだから。

ああなるしかなかったんだから。

ああするしかなかったんだから。

どんなにあの時、ああすればよかったと考えてもすでに過ぎ去ったこと。

今更、何も変わらない。変えられない。

オレには殺すことしかできない。

それしかオレは持ってない。

だから、あの時もそうするしかなかった。

別に恨まれてもいい。

オレは恨まれるようなことをしたんだから。

たとえ、オレがあそこで何もしなくてもあの人は死んでた。

だったら、オレのこの手で・・・。

オレが思考の闇に沈んでいると、コトという音がした。

ソファの前のテーブルに食べ物の盛られた皿が置かれていた。


「これ・・・」

「おなかがすいていたんでしょう? まだ夜も明けてないから、簡単なものしか出せませんけど・・・」


梓ちゃんがお盆を抱えてはにかむ。

その表情を見ていたら、今まで考えていたことが馬鹿らしく思えた。


「ありがとう。結構腹減ってたんだ」

「やっぱり。おなかの音聞こえてましたよ?」


そう言って、梓ちゃんは笑いかけるとキッチンに戻っていった。

オレは皿を手に取る。

皿に盛られていたのは、野菜をふんだんに使ったケークサレだった。

焼いた音がしなかったから、前作ったものだろう。

オレは一切れを口に放り込んだ。

塩ケーキと呼ばれるケークサレが甘く感じられた。

野菜本来の甘さなのか、それとも砂糖を使っているのかはわからない。

でも、その甘さのおかげで少しすっきりした。

そして、すぐにケークサレを完食した。

空になった皿を持ってキッチンに入ると、梓ちゃんが驚いたように皿を受けとる。


「もう食べ終わったんですか? ここまで早く食べる人は戒斗以来初めてです」

「うまかった」

「そうですか。よかった」


嬉しそうに笑い、梓ちゃんは皿を洗い始める。

オレはその姿を見て、おもわず表情が緩んだ。

初めてだ。

殺し屋になってから、食い物以外で表情を緩めたのは。

オレはその表情のまま、ソファに戻る。

外が明るくなり始めている。

今更寝るつもりはない。

今は、朝食がなんなのか胸を躍らせて待つことにしよう。

ケークサレ・・・フランスの塩ケーキ。砂糖を使わない塩味のケーキで野菜をふんだんに使うことから朝食などに食されることが多いという。



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