殺し屋と夜食
「梓!」
私の名前を呼ぶ声にゆっくりと振り返る。
そこには息を切らして、汗までかいている綾斗がいた。
その後ろには戒斗と朔斗もいた。
「・・・」
私は何も言わず、ただ微笑んで、綾斗の呼吸が整うのを待つ。
綾斗は深呼吸を繰り返し、息を整える。
あんなに息を切らして、汗をかいて、走って私を追ってきたのだろうか。
私をそれを考えると、胸がいっぱいになる。
「ふう・・・」
呼吸を整え終えたらしい綾斗がゆっくりと歩いてくる。
私は瞬きもせずそれを見守る。
そして、私の前に来ると綾斗が深く頭を下げた。
「あんなこと言って、ごめん!」
突然の謝罪に私は目を見開く。
「そんな、綾斗が悪いわけじゃないよ!」
「いや、俺が悪い。俺のせいで、こんないい思い出のないところにまで追いこんでしまったんだから」
綾斗が申し訳なさそうに、一向に頭をあげない。
私は静かに綾斗の言葉を聞いている。
「お前は俺の大切な姉弟で、大切な家族で、俺が護らなきゃいけないのに・・・本当にごめん!」
一層深く綾斗は頭を下げた。
そんな綾斗に手を伸ばす。
そして、ゆっくり綾斗の頭に触れる。
「!」
「そんなことないよ。ここは確かにそんなにいい思い出はないけど・・・。でも、ここで父さんと母さんに出会えた。父さんと母さんのおかげで綾斗たちに出会えた。それにね、綾斗」
「?」
「綾斗は私のことをちゃんと護ってくれてるよ?」
「・・・」
綾斗が泣きそうな顔で私を見る。
そして、私に抱きついてきた。
本当にこの弟は・・・。
私は抱きついている綾斗の背中を宥めるように撫でる。
すると、抱きついている綾斗の腕の力が強くなる。
私は綾斗の頭を撫でる。
それを見ていた、戒斗と朔斗も抱きついてきた。
私は抱きついている弟たちを抱きしめる。
このかわいい弟たちは、素直に、家族想いに、大きく育ってくれた。
私は一人一人の頭を優しく撫でた。
「まったく、この弟たちは。高校生にもなって甘えん坊なんだから」
私が微笑む。
三人も微笑んだ。
三人は私の言葉通り、離れる気配はない。
そのとき、車が入ってきて、烏さんが運転席から降りてきた。
「烏さん」
「見つかったか。よかった」
「あなたのおかげで、梓と仲直りができました。ありがとうございます」
綾斗が離れ、戒斗と朔斗も離れる。
綾斗が烏さんを見ながら礼を述べる。
「それから、あなたがうちに住むことも許可します。ただし、取引が有効の間だけです。もし、あなたが梓を殺そうとしたら・・・」
戒斗と朔斗が私の前に立つ。
「オレたちが」
「僕たちが」
『お前を殺す』
三人が烏さんに鋭い視線を向ける。
それに烏さんは楽しそうな笑みを浮かべ、
「期待してる」
と言った。
それからちょっとして、和やかな雰囲気になると誰かからぐーという音が聞こえた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・腹が減った」
烏さんがお腹を押さえて悲しそうに呟く。
それに私は思わず噴き出した。
「あはは。そうですね。私も走っておなかがすきました!」
「オレも~」
「僕もちょっとおなかがすいたかな」
「俺、夕飯食ってない!」
私たちは笑った。
「あ。でも、もううちの冷蔵庫になにもないよ。今日はいろいろあって買い出しできなかったし」
「誰かさんのせいでな」
戒斗と朔斗が烏さんを見る。
烏さんはふいと視線をそらす。
私はふふと笑った。
「烏さん。スーパーまで乗せていってもらってもいいですか?」
「いいよ」
「よかった。じゃあ、明日の分も買い出ししちゃいましょう。いつもは歩きなのでそんなに買えなかったんです」
私は烏さんの乗ってきた車に向かって歩いていく。
それに続くように三人も歩く。
そして、私たちは二十四時間営業のスーパーに買い物しに行った。
そこで、私がお金を所持していないことに気づき、烏さんが代わりに支払ってくれた。
烏さんは自分のお金だからか、ばんばん食料をカートに入れてくる。
いらないものも入れるから、私はそれを取り出しては元に戻しを繰り返していた。
一層疲れた私が居た。
そんなことを繰り返しても、結局は大量に買った。
烏さんいわく、どんぶり一杯じゃ全然足りないらしい。だから、大量に買うのだそうだ。
だけど、そんなに買ってもうちの冷蔵庫には入らない。
私は思わず大きなため息を吐いた。
それにも気付かず、烏さんは上機嫌のまま運転をする。
私はそれにまた溜息を吐いた。
それから、私たちは家に帰った。
家ではうたたね状態の鷹さんがソファに座っていた。
「ただいま戻りました」
そう言うと、鷹さんがぱちりと目を開ける。
急に目を開けるので、私は少しびくっとしてしまった。
「おう。遅かったな。妹なら、変わらず寝てるぜ」
と鷹さんが欠伸をしながら言う。
買い物袋を大量に持った烏さんたちが部屋に上がってくる。
「あれ、鷹まだいたの?」
「おいおいひでえな。俺はお前らの妹を一人にするのは賢明じゃないと思って留守番してやってたんだぞ。少しは感謝しろ」
鷹が頭をかきながら、懐をまさぐる。
私は食料を冷蔵庫に綾斗と一緒に詰め込みながら、鷹さんにお礼を言う。
「留守番ありがとうございます。鷹さん」
「おう。それから、黒陣と紅迅、白塵」
「なんです?」
鷹さんが手招きする。
三人が反応する。
私は呼ばれてはいないので、気にはなるけど、気にしないようにした。
三人は鷹さんのところに集まる。
鷹さんは三人に小さな声で何かを言っているようだ。
私はちらとそちらを見た。
すると、それを遮るように烏さんが食料を冷蔵庫に入れるのを手伝ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いや。それで、なにを作ってくれるの? 結構腹減った」
「そうですね・・・。もう夜中ですし、軽いものにしようかなと」
「たとえば?」
「たとえば・・・あんかけ卵とじうどんとか?」
「! うまそう! それがいい!」
あ、一気に烏さんのテンションが上がった。
私はそれにふふと笑った。
私と烏さんは並んで料理をしていた。
だから、気付かなかった。
鷹さんたちが深刻な話をしていることに。
綾斗たちの表情が鋭くなっていることに。
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