殺し屋と少女Aの兄弟 2
二人が謝ってから数分が経った。
それでも、二人は私を放さない。
いい加減、暑苦しく思えてくる。
「戒斗、朔斗。そろそろ放して」
長身の二人に抱き締められていると、自然私は軽く浮いてしまう。
軽く浮いたままだと、辛い。
そろそろ下ろしてもらわないと、キツイ。
肩がじんじんと痛んでいる。
早く、放してください!
「い~や!」
二人そろって、否定の意を示す。
い~や! じゃないの。
どんなにかわいく言おうとしても無駄。
とにかく、
「放しなさい」
と、少し怒ったように言う。
すると、やっと私の足が床に着いた。
でも、まだ二人は私に抱きついている。
いつも弟たちは私が怒って、許すとこうやって抱き着いてくる。
そして、数時間は離れない。
私は溜息を吐いて、烏さんと鷹さんを見る。
「ご迷惑をおかけしました」
私は頭を下げようと思ったが、二人が抱き着いていて下げることができないのを思い出した。
なので、言葉だけの謝罪になった。
「こっちが迷惑をかけたんだ。気にすんな」
鷹さんが私たちを見て小さく笑う。
ああ。鷹さんが私の現状を見て笑ってる。
初めて、弟たちが邪魔だと思った。
「・・・お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
私は苦々しく言った。
その返答に鷹さんが豪快に笑う。
烏さんは私たちを見て、呆然としている。
「・・・烏さん?」
「・・・・・・! な、何?」
「・・・」
烏さんの返答が遅かった。
はあ。
きっと、私たちを見て呆けていたんだろうな。
「ぼうとしていましたけど、どうしました?」
「いや・・・うん。正直に言おう。梓ちゃんの弟たちはシスコン?」
「・・・言わないでください。受け入れたくはないんです」
私に抱き着いている二人は、嬉しそうに笑みを浮かべている。
私はというと、烏さんの的を射た発言と現状から目をそらす。
「梓は僕たちが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、そのシスコンをどうにかしてほしい」
「シスコンのどこが悪いんだ」
「戒斗。ライオンみたいな頭して、そういうことを言うと変態に見えるよ」
「確かに。戒斗は不良っぽいのに、かわいい物好きだし。きっと戒斗は変態なんだよ。梓」
「そう言う朔斗も変態だよ」
「え~、僕も? どこらへんが変態だっていうの?」
「ドSのくせに、家族に対してだけドMになるとことか、拷問史を独学で勉強しているところとかだよ」
「朔斗。お前、重症だな」
「戒斗こそ重症でしょ」
「ああ?」
「なに?」
「・・・二人とも重症だよ」
私は呆れたように溜息を吐いた。
その時、ソファから音がした。
「ん・・・。お姉ちゃん、おなかすいた~」
妹が起きたようだ。
私は強制的に戒斗と朔斗を自分から引っぺがすと、妹に駆け寄る。
「今すぐ夕飯作るから、兄ちゃんたちに遊んでもらっててね」
「うん」
うん。いい返事。
弟たちに比べてこの子はよくできてる。
弟たちも一応はかわいいけど、この子のかわいさに比べたら天と地の差がある。
妹が私を見て、へへと笑う。
かわいい!
ものすごくかわいい!
自然、私の顔が緩む。
それを見ていた烏が、
「・・・君たちのお姉さんはシスコン?」
と、戒斗と朔斗に聞いていた。
それに二人は頷いた。
「シスコン。梓はオレたちよりも楓のことを昔からかわいがってたからな」
「そうそう。梓にとっちゃ、多分僕たちよりも大事なんだと思うよ」
三人が溜息を吐いている。
そんな溜息は私の耳には入らない。
今、目の前の天使が笑っているからだ。
おっと、天使の笑みに見惚れている場合じゃない。
夕飯の支度しないと。
「朔斗」
「何?」
「夕飯作るの手伝ってもらえる?」
「うん」
私は朔斗を伴って、キッチンに向かう。
戒斗は私たちがキッチンに向かうのを見ると、楓のところに行った。
「んじゃ、俺たちはこれで帰るな」
鷹さんが部屋を出て行こうとする。
「あ、夕飯食べていきませんか? 烏さんの食べたがっていたカツ丼ですよ」
「カツ丼!?」
あ、烏さんが釣れた。
烏さんがシュバッという効果音が聞こえそうな勢いでキッチンに入ってくる。
「作るの手伝う」
烏さんの言葉が単調になってる。
もしかして、食べ物のことになると話し方が単調になるのかな。
「そのまえに手を洗ってください」
朔斗が玉ねぎを切りながら烏さんを睨む。
烏さんが頷いて、手を洗っている。
私は思わず笑ってしまった。
「梓?」
「?」
「ごめん。なんだか、おもしろくて・・・」
私は口をふさいで笑いを堪えようと努力する。
が、笑いが収まる気配はない。
笑いすぎて涙が出てきた。
落ち着こう。
ふぅ・・・。
「あ~、久しぶりにここまで笑ったな~」
「何がおもしろかったんだ?」
戒斗がソファに座って、膝の上に楓をのせながら聞いてくる。
「だって、この家に殺し屋が四人もいるのに、なんか平和だな~って」
私は殺し屋の面々を見る。
烏さんは朔斗の隣で皿を洗っている。
朔斗は烏さんの隣で、豚肉を切っている。
戒斗はソファの上で楓と遊んでいる。
鷹さんは戒斗の向かいのソファにドカッと座っている。
「・・・そうだね」
朔斗が頷く。
私の目が細められる。
その時、ぐぅ~という音が聞こえた。
音のした方を見ると、二人ほど顔を赤くしていた。
一人は楓。もう一人は烏さん。
私は笑った。
「すぐに作りましょうか」
私は料理に取り掛かった。
なんだか、楽しいな。
その頃、梓のもう一人の弟、三つ子の一番上の綾斗は廃ビルの中にいた。
「・・・」
「た、助けてくれ・・・!」
綾斗の目の前には尻餅をついた中年男性がいた。
綾斗は一言も発しず、刀を男に向けた。
「あんただろ。俺たちの親を殺すように依頼したのは」
「!」
男が憎そうに綾斗を睨む。
「ふん! あいつらがいけないんだろう。あいつらは私の依頼をこなさなかったばかりか、勝手に殺し屋を辞めた。使えなくなった駒は捨てるのが普通だろう」
「・・・・・・クズが」
綾斗は刀を横に薙いだ。
その瞬間、男の首がごとりという音を立てて落ちた。
男は鮮血を噴き出しながら、倒れた。
綾斗はそれを汚いものでも見るかのように見つめ、刀に付いた血を振り払った。
「母さんや父さんはあんたの依頼をちゃんと遂行しようとしてたよ。それを妨害したのは、あんたが二重依頼した相手だ。すべてはあんたがいけないんだ」
綾斗は男であったものにそう言って、廃ビルを後にする。
そして、家路についた。