殺し屋と少女Aの兄弟 1
私を殺そうとしたのは(実際に撃ってきたけど)、烏という名前の凄腕殺し屋だった。
烏さんの隣でタバコを吸っているのは、鷹さん。
烏さんに仕事を仲介してるらしい。・・・殺しの。
少し気味の悪い笑い方をしてるのは、お医者さまらしい。ただ、未公認の。いわゆる闇医者。名前は教えてはくれなかった。
「それで、私は家に帰れるんでしょうか」
私はおずおずと聞いた。
私は撃たれた右肩を押さえながら、起き上がる。
烏さんが起き上がるのを手伝ってくれた。
「・・・・・・ああ」
鷹さんが不服そうに答える。
私が意識を取り戻してから、六本目のタバコを取り出している。
鷹さんはヘビースモーカーだ。
「よかった・・・。妹を迎えにいかないとだし、弟たちも帰ってくるから夕飯をつくらないといけないから、帰りたかったんです」
私はふにゃりと笑う。
生きててよかった。
本当によかった。
「親はどうした?」
鷹さんが聞いてくる。
私は少し考えて、
「死にました」
と答えた。
私の答えに三人とも目を見開く。
何か変なことを言っただろうか。
「死んだってどうして?」
今度は烏さんが聞いてくる。
どうしたんだろう。
私の親のことを知ってどうするつもりなんだろう。
「二人とも結婚する前は色々あったみたいで、恨まれてたみたいですから」
「もしかして・・・」
「はい。両親は殺されました。警察に言うことはできないので、行方不明ということにすると兄弟で決めたんです」
私はなんの抑揚もなく言った。
それに鷹さんがすごく驚いた顔をしている。
「知ってたのか」
「? はい、当然です。それにそうじゃないと、一般人である私が命を狙われる理由がないはずです」
私は烏さんを見る。
すると、烏さんが視線を逸らした。
「あ、今何時ですか?」
「午後の八時過ぎじゃが、なにかあるのか?」
「は、八時!?」
『?』
三人が訝しげに私を見る。
「弟たちが帰ってくる時間です! 夕飯用意しないと・・・ああでも買い出ししてないし・・・」
私は結構パニックしていた。
弟たちはご飯が用意してないと、激怒する。
あの怒り様は怖かった。
「と、とりあえず帰ろう」
私はすぐさまベッドから降りた。
そして、キョロキョロと周りを見回す。
「これ?」
烏さんが私の荷物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
私はすぐにバッグの中から、携帯電話を取り出す。
大量のメールと着信があった。
メールを開いてみると、一通を除いてすべてが弟たちだった。
私の体が知らず知らずに震える。
お、怒られる・・・!
そして、最後のメールを開いた。
「どうした?」
「た、鷹さん・・・どうしよう」
「うん?」
「弟たちに殺される・・・!」
最後のメールの文面はこうだ。
【いい加減帰ってこないと、精神的に、肉体的に、物理的に殺すよ?】
だ。普通に読んだだけなら、何かの冗談だと思える。
しかし、弟たちの恐さを知っている私はそうもいかない。
怒るならまだいい。
だけど、殺すまできたら確実に怒っている。
「送っていこうか?」
「烏さん・・・! ありがとうございます。でも、大丈夫です」
私は烏さんのやさしさに思わず涙が流れた。
やばい。ガチ泣きしそう。
「お前の帰りを遅くしたのは俺たちだ。送っていくさ。ついでに一緒に怒られてやるよ」
鷹さんまでもがやさしく声をかけてくれる。
しかも、慰めるように頭を撫でてくれた。
・・・ちょっとうれしい。
「ありがとうございます!」
「んじゃ、行くぞ」
鷹さんが頭をかきながら、先に部屋を出ていく。
私はおじいさんに頭を下げてから、部屋を出た。
烏さんは私が部屋を出て、少ししてから出てきた。
そして、私たちは妹を迎えに行った後、家に向かった。
家に着いて、玄関の前で一呼吸置いてから、玄関を開けた。
「た、ただいま〜」
返事はない。
それどころか、物音さえもしない。
私が少しずつ歩いて、リビングの前で躊躇していると、
「早く入ってこい」
という声が聞こえた。
私は反射的に返事をして、ドアを開けた。
中では弟たちのうち、二人が座って待っていた。
「梓」
弟に名前を呼ばれる。
私の背筋がピンとなる。
「どうして、帰りが遅いの?」
こちらを見ないまま問いかけてくる。
「えっと・・・」
「オレが引き止めたんだよ」
烏さんが私の横に立ちながら言う。
なんだか、少し気が楽になった気がする。
「・・・お前誰? 梓に何の用だよ」
喧嘩っ早いほうの弟が烏さんを睨む。
烏さんはそんなもの感じてもいないふうで、弟を見据える。
「殺し屋だ」
『!』
もう一人の弟が私の腕を引っ張って、私を庇うように烏さんから隠す。
「いっつ・・・」
弟に腕を引っ張られたせいで、撃たれた肩が痛みだした。
「梓? 怪我してるのか?」
「肩をちょっとね」
さっきと打って変わってやさしい声のトーンに戻り、私を気遣ってくれた。
私は痛みのせいで、引きつった笑みを浮かべた。
それを見た、喧嘩っ早い弟が鬼の形相で烏さんを睨んだ。
「お前がやったのか?」
「ああ」
烏さんと睨み合っている。
止めないと!
「戒斗、ストップ!」
「ああ?」
戒斗が鬼の形相のまま振り返る。
私は妹をもう一人に任せて、戒斗と烏さんの間に立つ。
「戒斗落ち着いて、ね?」
私は肩の痛みに耐えながら、笑みを浮かべる。
「こいつ、殺し屋なんだろ? んで、お前が怪我をして、こいつがやった。結局はそういうことだろ」
戒斗が私を通り越して、烏さんを睨む。
私は烏さんが見えない位置に移動する。
だが如何せん、二人とも長身だから背の低い私がいても見えてしまう。
「梓。こっちに来い。いつまでも殺し屋の近くにいるな」
戒斗が私に手を差し出す。
私はその手を取らない。
「・・・」
「梓」
「烏さんの誤解が解けるまでここから動かないから」
私は断固として動かない。
私と戒斗の睨み合いが続いた。
「お取り込み中失礼すんぜ」
鷹さんが沈黙を破るように、部屋に入ってくる。
戒斗がちらっと鷹さんを見る。
「・・・お前は?」
「殺しの仲介人兼殺し屋」
「また、殺し屋か。オレたちが何をしたってんだ。親父とお袋の問題だろうが。梓を狙うのはお門違いだ」
戒斗が悪態を吐く。
「両親が殺されたのは知ってんだろ。そしたら、子供を殺そうとするのは当然だ」
鷹さんが私の隣に立って、戒斗に話す。
「そうだろ? 殺し屋 紅迅」
鷹さんが戒斗を見たまま言う。
戒斗が殺し屋?
嘘でしょ?
「か、戒斗・・・嘘だよね? 殺し屋って、悪い冗談だよね?」
私は戒斗を震えながら見る。
戒斗は私を苦しげに見る。
「・・・本当だ」
戒斗が小さく答える。
そんな・・・!
「なんで・・・なんで、隠してたの?」
「それは・・・」
「私の納得できる理由を話して」
「・・・」
戒斗が黙り込む。
私は戒斗を見つめて、答えを待つ。
「梓。それくらいにしてあげて」
その時、妹を抱いている弟が梓を哀しげな目で見ていた。
私はその目に息を飲んだ。
「朔斗」
戒斗が朔斗を見る。
まるで、朔斗に言うなと言っているようだった。
「戒斗。もう隠しきれないよ」
「けどよ」
「梓。落ち着いて聞いて」
朔斗が私に語り掛けてくる。
私はうなずいた。
「僕たち、殺し屋なんだ」
「ぼ、僕たち・・・?」
「そう。綾斗、戒斗、僕。三人とも殺し屋だよ」
朔斗は妹をソファに横たえながらゆっくりと話す。
「綾斗は『黒陣』。戒斗は『紅迅』。僕は『白塵』ていう名前で裏では通ってる」
朔斗は戒斗の隣に立って、梓を苦しげに見た。
なんで・・・なんで・・・?
大事な弟たちがどうして、殺し屋に・・・。
「どうして・・・?」
「元々、普通のバイトをするつもりだったんだけど・・・」
「普通のバイトじゃ、お前に負担がかかりすぎる。ただでさえ、お前は高校に行かずにオレたちを一人で養ってるんだ。しかも、家事も全部一人でやって・・・。オレたちと年は一つしか変わらないのに、お前一人に負担をかけすぎてた」
「そう思った僕たちは、せめて金銭面で負担をかけたくなかった。だから、殺し屋になった」
「殺し屋は一回だけで、大金が入るしな」
鷹さんが補足するように言う。
それに朔斗がうなずく。
戒斗は私から顔を背けた。
「・・・・・・れが」
「?」
戒斗と朔斗が首をかしげる。
「誰が・・・そんなことを頼んだっていうの!」
私は感情のまま、二人を怒鳴りつけた。
私はそんなこと望んでない。
私は家族を失いたくない。
だから、殺し屋なんかになってほしくなかった。
「でも、梓・・・」
「でもじゃない! 父さんと母さんを殺したのは誰? 殺し屋でしょ! 確かに、父さんも母さんも裏では有名だったかもしれない。だからこそ、殺されたんだよ。私は、弟まで失いたくない・・・」
目から涙が流れだす。
どんなに拭っても、涙が止まらない。
とめどなく涙が流れて、もう喋ることができない。
肩は痛いし、弟たちは殺し屋だって言うし、涙は止まらないし、もう嫌だ。
殺されるよりも嫌だ。
私の体が震えている。
その体を包むように、烏さんが手を置いた。
私は烏さんを見上げた。
「梓・・・」
「二人とも、梓ちゃんの気持ちを考えろ」
烏さんが二人を見据えて、喋れない私の代わりに二人を咎めてくれるようだった。
「なんのために、梓ちゃんが大変な思いをしてると思ってるんだ? お前たち兄弟のためだろ。そんな梓ちゃんに心配させてどうする」
「そうだ。この嬢ちゃんはお前らがいるから死にたくなかったんだ。だから、烏っていう殺し屋を懐柔することができたんだ」
「懐柔ってひどい」
烏さんが口を尖らせる。
鷹さんは豪快に笑う。
「わかっただろ。お前らの姉ちゃんは家族のためなら、殺し屋さえも屈伏させる強さをもってんだ。そんな姉ちゃんに心配かけんな」
「鷹さん、屈伏なんてしてません!」
「同じだろ。懐柔も屈伏も」
鷹さんは笑い飛ばす。
私と烏さんは、鷹さんを見据える。
「・・・」
戒斗と朔斗は黙って私たちを見ていた。
私は二人と同じように黙って、二人を見つめる。
その時、二人が顔をうつむかせた。
「ごめん」
「ごめんなさい」
二人が謝った。
私はふにゃりと笑みを浮かべた。
二人は悪戯がバレた子供のようだった。
私は背伸びをして、弟たちの頭を撫でた。
二人が目を見開いて、私を見る。
私はその視線に答えるように笑った。
「許す」
私が笑いながら言うと、二人が抱きついてきた。
大きな子供が泣いているようで、私は、私に抱きついている二人を抱き締めた。
背後で烏さんと鷹さんが微笑んでいた。