殺し屋と中年T
少女を撃った男の名は烏と言うらしい。
今、烏は診察台の上で横たわる少女のそばにいる。
烏と呼んだ人物はそんな烏の様子に溜息を吐いている。
「じいさん! 早くこの子治してくれ!」
「なんじゃ、烏。そこまでこの娘になにかあるのか?」
じいさんが少ない髪の毛を揺らして首を傾げる。
「おい、じいさん。医者なら医者らしく白衣を着たらどうだ?」
「お前さんも来ていたのか。何、闇医者じゃから大丈夫じゃよ」
フェッフェッフェッと不気味にじいさんが笑う。
その笑い声に人物は顔を顰めた。
「それより、早く治してくれよ。俺の飯」
烏が診察台を叩いて催促する。
「お前、その言い方じゃその娘を食うみたいだぞ」
烏はその言葉を無視して、じいさんを見つめる。
「やれやれ。して、この娘は一体誰じゃ?」
じいさんが少女の撃たれた箇所を処置しながら聞いてくる。
「今回のターゲットさ」
頭をくしゃくしゃと掻きながら、懐をまさぐる。
煙草を取り出して、一服する。
「ほお。お前さん、依頼人を裏切るつもりか?」
じいさんが烏に向けて言う。
「契約より飯が大事」
烏がきっぱりと言い放つ。
「さっきから飯飯と言っておるが、どういうことだ?」
じいさんが烏ともう一人を見比べる。
「俺にもわからん。烏に聞いてくれ」
煙草を一気に吸って、煙を吐き出す。
落ち着いたような表情になった。
「こいつ、俺の好物たくさん作ってくれるって。それから、レシピさえあれば何でも作れるって。で、殺すのやめようと思ってたら鷹が来て、思わず撃っちゃった」
烏が端的に言う。
たかが食べ物のために烏は契約を裏切った。
「はあ? ふざけんなよクソガキ。結構いい金だったんだぞ」
鷹は煙草を握り潰して、青筋が浮いている。
「ほお。この娘は賢いのう。烏の弱点を突くとは」
じいさんが感心したように笑う。
処置が終わったのか、近くの椅子に腰かける。
「それで、この娘は?」
「小野梓、十七歳。高校には行かず、バイトを三つ掛け持ちしている。そのバイト代で下の弟妹たちを養っている。上にも兄弟はいるが、独り立ちして家を出てった」
じいさんは説明を真剣に聞く。
説明をしなければじいさんは執拗に聞いてくる。
「十七で苦労性だの。下には?」
「三つ子の弟と幼稚園に入ったばっかの妹がいる。親は……いない」
少し言い淀んだ。
「かわいそうに。鷹、お前の養子にしたらどうだ?」
「ふざけるなよじじい」
鷹のこめかみがピクピクとしている。
「ふざけてなんかおらんよ。お前の事だ。この娘の親がどうしたのか知っているのだろう? 言い淀んでいたしのう」
「……」
じいさんは見透かすような目で鷹を見る。
「本当に腹が立つほど聡いじいさんだな。当然知ってる」
「鷹、この子の親は?」
烏まで興味を持った。
「二人とも殺されたよ」
「それをこの娘は知っているのか?」
「頭がよけりゃ、気づいてるだろうな」
「……」
烏は少女を見て、ただ黙っている。
鷹は嫌な予感がして声をかける。
「か、烏?」
「……誰が殺ったんだ?」
烏が珍しく殺気を放っている。
普段は気配を感じないのに、この時は感じすぎるほどだった。
烏は鷹を睨んで、瞬きもしない。
「……知ってどうするつもりだ」
「殺る」
「なぜそこまでする?」
「鷹には関係ない」
「お前とこの娘に接点はないはずだ」
「……」
烏は押し黙り、何も言わない。
ただ、視線だけは逸らさなかった。
「お前、自分とその子を重ねてたりしないだろうな?」
「……」
烏は苛立たしげに目を細める。
図星のようだ。
「あの子とお前は違う。いい加減…」
「何も違わない。俺と同じだ」
烏が少女を見る。
「この子も親を殺されたんだ。同じだ」
烏が真剣な表情で少女を見る。
「お前いつまで引きずるつもりだ。もう何年も経ってんだぞ」
「……」
烏は返答をしない。
その様子に鷹は舌打ちをした。
「じいさん」
「なんじゃ」
「アレ、あるか?」
「あるが……あまり使いすぎるのは勧めんな」
「仕方ねえだろ。聞き分けのねえガキがいるんだからよ」
鷹は烏をチラとみた。
烏は鷹たちに興味がないように、少女を見ていた。
「まったく……お前さんも大概過保護じゃな」
そう言いながら、じいさんは机の中から透明な液体の入った小瓶を俺に投げてくる。
「過保護なんかじゃねえよ。こいつにはちゃんと仕事してもらわないと、こっちの収入が無くなるからだ」
じいさんが鷹の返答に笑う。
それに鷹は眉間に皺を寄せた。
「鷹、俺それ飲まないからな」
「力ずくでも飲ませる」
「なら、俺はあんたを殺す」
「殺れるもんなら殺ってみやがれクソガキ」
烏と鷹が睨み合う。
それを見てじいさんはまた笑う。
「…………ん」
その時、か細い声が聞こえた。
烏はばっと少女を見た。
少女がゆっくりと目蓋を開けていく。
烏が安堵の表情で、少女を見る。
「……あれ? 私殺されたんじゃ……」
少女がゆっくりと周囲を見渡す。
「ギリギリ急所は外れてたんだよ」
「え……?」
少女は驚いたように目を見開く。
鷹は少女が生きていたことに舌打ちした。
「お前、俺の好物たくさん作ってくれるって言ったよな?」
烏は少女の顔を覗き込みながら聞く。
「は、はい。言いましたけど……」
「じゃあ、俺カツ丼が食いたい」
「食べなかったんですか?」
烏が頷く。それからも烏はたくさんの注文を少女にした。
少女はそれに戸惑いながらも了承の意を示していく。
じいさんは二人を見て、不気味に笑う。
鷹は長い長い溜息を吐いた。