殺し屋と青年Y
しばらく間が開いてしまったので、いろいろと変わってしまっているかもしれませんがご了承ください。
戒斗たちが帰ってきたおかげで、オレの負担は減った。
楓は戒斗と遊んでいるし、朔斗は戒斗の傍らで本を読んでる。
この分なら仕事を入れても大丈夫な気がする。
「鷹」
「なんだ」
「何か仕事はないのか」
「梓ちゃんを殺さなかったことで、お前の評判はガタ落ちだ。しばらく大人しくしてろ。もしくは死ぬくらいに仕事を持ってきてやろうか?」
「おとなしくしまーす」
たった一つの依頼を失敗しただけでこうなるとは。
なんとなく予想はしていたが、これは予想以上だった。
「それよりも、梓ちゃん遅くねえか?」
「今日は遅くなるって、梓ちゃん言ってた」
少し溜息混じりに言う。
「ふーん。夜になるのに一人で大丈夫かね?」
「大丈夫ですよ。綾斗がいますから」
「?」
「………梓には秘密にしておいてくださいね?」
「あ、ああ?」
「綾斗は高校に通っていません。正確には中退したんですけどね」
朔斗が少し苦笑交じりに言う。
この兄弟は他にも梓ちゃんに隠し事をしているのか?
「俺たちや楓は大丈夫なんだよ。俺たちは自分で自分を守れるし、楓は靖兄が守ってるし」
「でも、梓は違う。梓も高校に通っていれば守れるけど、通ってないし。バイトで夜遅いことも多いし。だから、綾斗は梓を守るために高校を辞めたんですよ」
「だけどよ、梓ちゃんがコイツに殺されそうになってたとき綾斗いなかったよな?」
鷹が思い出すようにしながら言う。
確かにその通りだ。
あの時近くに綾斗の気配はなかった。
まあ、気付かれないようにすることはできるだろうけど。
「その日は本当に運悪く、綾斗に仕事が入ってたんだよ」
「僕も仕事あったし、戒斗はそもそも気付かれないようにすることが苦手だし」
朔斗が戒斗を見ると、ぷいっと目を背けた。
戒斗は性格的に隠すのが苦手そうなのはわかる。
それとは逆に朔斗は隠すのが得意そうだ。
「お前ら、簡単に情報を話すのはバカとしか言いようがないよ」
突然、この場の誰のものでもない声が聞こえた。
オレでも気付けなかった。
勢いよく声の方を見ると、体は硬直した。
「さっきぶりだね。烏君?」
笑顔を向けられている………はずだ。
でも、なぜだ。
頬を嫌な汗が伝う。
「ど、どうも……」
「戒。楓と一緒に上に行って」
「は? 靖兄何言って……」
「…な?」
「…はい」
戒斗が楓と一緒に二階に上がっていった。
その表情は少し青ざめ…て、青ざめどころじゃない!
あいつ死にそうな顔してたぞ!
この人、どんだけ怖いんだ!
「さて、と。詳しく話を聞こうかな。殺し屋の烏君」
オレと対面するように靖晴が座る。
自然と姿勢が正座になる。
なんでこう、この人に見られると体が竦むんだ。
「詳しくと、言うと…?」
「そんなの決まってるだろ? 俺の妹を殺そうとしたっていうのは本当かな?」
「えっと…」
なぜか目線を逸らしたくなる。
そんなオレを見て、鷹が笑ってる。
あー撃ち殺したい。
「正直に答えろ。お前は聞かれたことにだけ答えればいい」
さっきまでと表情が! 違う!
さっきまで一応は笑顔だったのに、今は射殺しそうな目で見てくる。
なんだこれ、泣きたくなるのは初めてだ。
「確かに、オレは梓ちゃんを殺そうとしました。でも、結局は…」
「殺そうとしたんだね?」
「は、はい」
「ふぅん。じゃあさ、ここで殺されても文句はないってことだよね」
また笑顔になった。
これは……オレ、死ぬんじゃないか?
「靖晴兄さん。契約が有効な間は駄目だよ」
「朔…。でも、コイツ梓を殺そうとしたんだろ? しかも、殺し屋で」
「うん」
「で、お前らもコイツを殺さずにいて、仕舞いにはこの家に住まわせて?」
「うん」
「で、お前らが殺し屋だってことも鷹のせいで梓にバレて?」
「う……え? 兄さん知ってたの?」
えっと、どういうことだ。
もしかして、この人もカタギじゃないのか?
頭が混乱してきた。
「あはははは!」
鷹が急に大声で笑い始めた。
とうとうボケたか?
「さすがは、元マフィア。俺のことも覚えてたか」
「…え?」
「忘れるわけがないでしょう。あんたが……いや、やっぱりいい」
「賢明な判断だな。まだ話さない方がいい」
「俺はあんたが大嫌いだ」
靖晴が鷹を睨んでる。
この二人の間に一体何があったんだろうか。
「……今は梓もいないし、朔も高校生になったし。話してもいいかな」
何事かぼそっと靖晴は呟いた。
耳がいいオレでもよくは聞こえなかった。
「とりあえず、改めて自己紹介しようか。俺は小野靖晴。梓や朔斗の二番目の兄だ。血がつながってないのは知ってるよな?」
「はい」
「それから、今は保育士をやってる。保育士になる前はマフィアに入ってた。今でもその縁で裏社会の情報は入ってくる。何か質問は?」
朔斗が驚いた表情をしている。
確かに驚く事実だ。
この日本にはヤクザはいてもマフィアはあんまりいない。
まあ、オレもヤクザとマフィアの違いなんてもんはわからないけど。
「兄さん、マフィアだったの?」
「一応な。あ、そのマフィアってのは母さんがボスだった組織だぞ?」
「え!?」
「あーあ。まだガキに話すにゃ早かったろ。見ろ。衝撃うけてんじゃねえか」
鷹も知っていたらしい。
それにしてもどんどん衝撃的なことを言うな。
梓ちゃんの母親がマフィアのボスだって?
しかもそれを朔斗たちは知らない。
「まあ、殺される時にはすでに後継が決まってたし、俺は社会勉強の気分で入ってたけど」
靖晴が軽く言う。
マフィアに入ることが社会勉強?
馬鹿なことを言っている。
裏社会に足を突っ込めば、二度と表の人間としては生きていけない。
それなのに、軽くこの人は言う。
「あんたは裏社会をなめてるのか?」
「なめてる? 違う。俺は確かに表の人間だ。でも、裏の人間でもある。俺は二面性を持ってるんだけだよ」
靖晴はどこか面白そうに微笑んでいる。
梓ちゃんの家族は普通の家族じゃない。
まだまだ隠されていることがあるはずだ。
「鷹……」
「残念だが、お前のその要望には答えられない。それを調べることは裏社会で死を意味する」
鷹はオレの考えていることがわかったようだ。
その上で拒絶した。
本当になにかがある。
「烏君。君は敏腕の殺し屋だそうだね。でも…俺ほどじゃない。お前には俺を殺すことはできない。これでも一応殺しの技術は教わったんでね」
目の前にいるはずなのに気配がしない。
突然気配が消えた。
反射的に銃に手が伸びる。
「君の銃から銃弾が放たれる前に君は倒れることになるぞ」
靖晴は微動だにしない。
武器に手を伸ばすそぶりもしなければ、阻止する動きもしない。
「そこまで」
また新たな声がした。