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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第4章:歴史の分岐点〜孤島攻防戦〜

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第70話 受け継がれる平和と、鋼鉄の防波堤

 私の初孫であるユウキがこの世に生を受けてから、四年の歳月が流れていた。


「おじいちゃん、みて! ここのパーツ、逆につけたらもっと早く動くようになったよ!」


都内の超高級タワーマンション。広大なリビングの絨毯の上で、四歳になったばかりのユウキが、イージス社の技術部が試作用に作った小型のAIロボットの関節部分を分解し、独自の組み換えを行って誇らしげに掲げてみせた。

 彼が改造したロボットは、通常仕様の倍近いスピードでスムーズに床を歩き回っている。


「おおっ! 素晴らしいぞユウキ! 超伝導モーターの出力制限をバイパスし、ジャイロセンサーの補正アルゴリズムを物理的な重心変更で最適化するとは! 四歳でこの流体力学の基礎を感覚で理解しているとは、間違いなく天才だ!」

「えへへー! もっとすごいの、作れるよ!」


 目を輝かせるユウキの頭を、私は愛おしくてたまらないというように撫で回した。

 今年で五十五歳になる私だが、医療ナノマシンの恩恵により、その外見は三十代の若さを維持している。そのため、ユウキから「おじいちゃん」と呼ばれると、傍から見れば少し滑稽な光景かもしれないが、私の精神年齢はすでに百十歳を超えている。この響きは、私の魂にとって何よりも心地よい音楽だった。


「もう、お義父さん。ユウキをあんまり甘やかさないでくださいよ。あいつ、イージスの開発部が作った最新のおもちゃを三日で分解しちゃうんですから」

 休日の私服姿のまことが、苦笑いしながらロボットの残骸を片付けている。彼はイージス社の宇宙開発部門で主任エンジニアを務めているが、家庭では完全にサチコの尻に敷かれている、心優しき青年だ。


「何を言うんだ誠くん。ユウキの空間認識能力と知的好奇心は、すでに同年代の子供たちを遥かに凌駕している。私の遺伝子と、君の優秀なエンジニアとしての才能が完璧な形で融合した証拠だ。……いずれ、イージス社の次世代ロケットの設計はこの子に任せよう」

「サチの時とまったく同じこと言ってるじゃない。本当にブレないわね、宗一くんは」


キッチンからお茶とクッキーを運んできた結衣が、呆れたように笑いながらたしなめる。サチコも隣で「パパは親バカ通り越して孫バカなんだから」と呆れ顔だ。


 前世の2065年。

 アメリカの地下研究所のホログラム越しに、彼が何か言葉を発しようとした瞬間に青白い閃光に飲み込まれたあの光景。その呪縛のようなトラウマは、目の前で温かい体温を持って笑うユウキの姿によって、完全に払拭されていた。


 ユウキが生まれたあの日、彼が飲んだミルクには、私が精製した『次世代型医療ナノマシン』が極秘裏に混ぜられていた。

 彼の血中には今、私や結衣、サチコ、誠と同じように、宇宙空間に浮かぶ『神のトール・ハンマー』と直結した生体アンテナが静かに定着している。彼の小さな心臓の鼓動は、常にイージス社のメインフレームと同期し、軌道上の悪魔の兵器の安全装置セーフティとリンクしているのだ。


 もし、この子の命が不当な暴力によって奪われることがあれば、その瞬間に世界は終わる。

 この絶対的な『相互確証破壊』のシステムが存在する限り、ユウキは地球上で最も安全な揺り籠の中で、健やかに成長することができる。


「おじいちゃん、次はこのロボット、そらとばせて!」

「ああ、任せておけ。おじいちゃんが最高のプログラムを組んでやろう」


 私は、純真無垢な笑顔を向ける孫を抱きしめ、深く、温かい安堵の息を吐き出した。

 この平和な時間。これこそが、私が五十五年という時を遡り、世界を恐怖で縛り付けてまで手に入れたかった真の宝物だった。


     * * *


 夕方になり、サチコ夫婦がユウキを連れて自宅へ帰り、タワーマンションに静寂が戻った後。

 私は、柔和な祖父の笑顔を仮面のように脱ぎ捨て、書斎の地下に構築された極秘のセキュアルームへと足を踏み入れた。


 照明を落とした部屋の中で、暗号化通信のシステムを起動する。

 モニターの分割画面に、六本木の本社にいる橘玲奈と、南太平洋の要塞ニヴルヘイムで指揮を執るDr.クリス・ウォーカー、そしてヴィクトル・イワノフの姿が映し出された。


「――お孫さんとの休日は満喫できましたか、ボス」

 玲奈が、洗練されたスーツ姿で恭しく一礼する。

「ああ。至福の時間だったよ」

 私は特注のレザーチェアに深く腰掛け、手元のグラスに入った冷たい炭酸水を口に運んだ。


「さて、表の平和は十分に堪能した。……裏の海の波模様はどうなっている?」

 私の問いかけに、玲奈の表情がCFOとしての冷徹なものへと切り替わる。


「四年前、ユウキ様がお生まれになった直後に我々が予測した『大国どもの狂気』ですが……いよいよ、現実の脅威として臨界点に達しようとしています」

 玲奈は、タブレットを操作し、巨大モニターに世界地図と無数の赤い光点を展開した。


「四年間、彼らは『非対称戦』を想定した安価な無人ドローンや旧式ミサイルの大量生産を続けてきました。我が社の『神の目』の監視によれば、現在その総数は数百万機に達し、ダミーの輸送船に偽装されて太平洋を囲む秘密基地に集積・配備されつつあります」

「……なるほど。四年の歳月と国家予算を吸い尽くし、ついに飽和攻撃の『弾薬』が揃ったというわけか」

 私は目を細め、地図を埋め尽くす赤い光点の群れを睨みつけた。


『ええ。もはやこれは準備段階ではありません』

 暗号化通信の画面で、ヴィクトル・イワノフが火傷の痕が残る顔を歪めて報告する。

『彼らの狂信的な軍備増強は、いつでもトリガーを引ける最終フェーズに入っています。彼らがこれほどの物量を一箇所に集中させれば、ターゲットは間違いなく、我が社の宇宙開発の中枢であり最大の拠点……南太平洋の『ニヴルヘイム』です』


「国家の存亡を懸けた全リソースを投入した、狂気の物量戦か。……歴史の修正力は、大国どもを確実に特攻の道へと追いやっているな」

 私は、モニターに映る大国の軍事グラフを見下ろし、極寒の瞳で呟いた。


「彼らが理性を完全に捨てて襲いかかってくるのは、もはや時間の問題だ。……だが、我々もこの四年間、ただ彼らの準備を指を咥えて眺めていたわけではない。そうだな、クリス」


 私が南太平洋の要塞で狂気の笑みを浮かべている天才科学者へ視線を向けると、クリスは弾かれたように両手を突き上げた。


『ヒャッハー!! 待ってたぜボス! 四年かけてようやく、俺の最高傑作がお披露目できるってもんだ!』


 クリスは血走った目でキーボードを叩き、メインモニターにニヴルヘイムの立体構造図と、完成した防衛システムのシミュレーション映像を展開した。


『第一の盾だ! 島を囲む半径五十キロの海域と空域に、『完全自律型プラズマ・迎撃システム(アイギス・シールド)』の構築が完了したぜ!』

 クリスの解説と共に、映像の中で無数のミサイルが島へ向けて飛来するが、そのすべてが島に到達する遥か手前で、下から立ち上る青白い閃光の壁によって空中で次々と『蒸発』していく。


『深海プラントの技術を応用した、超大出力のプラズマ・ポイントディフェンスだ。島の地下に設置した巨大な量子スーパーコンピュータが、飛来する数百万のゴミの軌道をミリ秒単位で同時計算し、地上の砲台からレーザーのようにプラズマを照射して物理的に焼き切る。……弾数制限なんて概念はねえ。深海から吸い上げてる無尽蔵のエネルギーがある限り、どれだけ撃ち込まれようが永遠に撃ち落とし続ける!』


「素晴らしい。だが、相手が潜水艦からの海中魚雷や、海面すれすれの無人特攻艇で、プラズマの死角を突いて波状攻撃を仕掛けてきた場合はどうする?」

 私が冷静に指摘すると、クリスは「俺を舐めるなよボス!」と鼻を鳴らした。


『第二の盾だ! 海中および低高度の侵入者に対しては、ヴィクトルの部隊と協力して配備した『自律型マイクロ・ドローンスウォーム』が牙を剥く!』

 モニターの映像が切り替わり、黒い煙のようなドローンの大群が、海面を覆い尽くす敵の特攻ボートや魚雷に群がり、一瞬でスクラップに変えていく様子が映し出される。

『一つ一つが極小のレーザーカッターとプラズマ爆薬を積んだ、数千万機の自律型キラービーだ。一つの巨大な意思を持った防壁として、島に近づくあらゆる有機物・無機物を文字通りすり潰す。……これでもう、大国の軍隊は島に上陸することすら不可能だぜ!』


「……恐ろしいですね。もはや現代の軍事学の常識が、何一つ通用しない『絶対防衛線』です」

 玲奈が、完璧に構築されたニヴルヘイムのシミュレーションを見て、感嘆の息を漏らした。

「四大勢力が四年の歳月と国家予算を枯渇させてまで用意したミサイルの雨が、ボスの用意した未来の防波堤の前では、ただの虚しい花火大会に終わるのですね」


「彼らが物量で押し潰そうとするなら、我々はそれを『無限の迎撃力』で真正面から粉砕し、絶望させてやるのだ」

 私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクに両手をついた。


「ヴィクトル。クリスの防衛システムを完全に運用するための、シャドウの精鋭部隊の訓練状況はどうだ?」

『抜かりはありません、ボス』

 ヴィクトルの瞳に、冷酷な狼の光が宿る。

『我々シャドウの隊員たちは、クリスが開発した漆黒の強化外骨格エクソスケルトンの操縦訓練を完了し、すでに一人一人が現代の戦車一個中隊に匹敵する火力を有しています。……万が一、防衛線を抜けて島に上陸する奇跡を起こした部隊がいたとしても、我々が物理的に狩り尽くします』


「よし」

 私は、画面の向こうの腹心たちに向けて、絶対零度の冷気を纏った声で告げた。


「歴史の修正力は、彼らをいずれ必ず狂気の特攻へと駆り立てる。大国どもは、自分たちが数百万発のミサイルを撃ち尽くせば、我々の『盾』が砕けると本気で信じているだろう」

 私は、窓ガラスに映る自分の冷徹な顔を真っ直ぐに見据えた。


「だが、私が用意した盾は、彼らの希望を根底から粉砕するための『絶望の壁』だ。……彼らが国家の命運を懸けて全弾を撃ち尽くし、手札のすべてを失ったその瞬間に。彼らは初めて理解するのだ。自分たちが挑んでいた相手が、決して勝つことのできない『神』であったということを」


 私が命を懸けて完成させた、絶対的な聖域。

 愛する家族の平和な日常を守り抜くために、極東の悪魔はあらゆる可能性を排除し、完璧な迎撃態勢を静かに整え終えていた。

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