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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第3章:宇宙の覇権奪取

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第60話 密室への声と、崩れ落ちる傲慢の灰

 スイス・アルプス山脈の奥深く。万年雪に囲まれた『シャトー・デ・エーデルワイス』の地下に設けられた、分厚い石壁と電磁波ジャミングに守られた円卓の間。


「――以上をもって、G4(臨時四ヶ国協調体制)による極東制圧作戦の基本方針はすべて確定した」


 アメリカの中央情報局(CIA)長官が、赤ペンで無惨に四分割された日本地図を見下ろし、重々しく宣言した。

 中国の国家安全部(MSS)トップ、ロシアの連邦保安庁(FSB)高官、そして欧州連合(EU)の安全保障理事会トップ。彼らもまた、自国の欲望と覇権の復活を約束するその地図に、満足げな視線を注いでいる。


「太平洋上での合同軍事演習による宇宙インフラへの威嚇。通信の死角を突いた四ヶ国合同特殊部隊の同時降下。そして神盾宗一の排除と、イージス社の完全な解体……完璧なシナリオだ」

 ロシアのFSB高官が、分厚い葉巻に火を点けながら獰猛に笑った。


「作戦決行は三ヶ月後。我々がそれぞれ本国へ帰還し、軍の統帥部に秘密裏に動員をかければ、極東の悪魔が事態に気付いた時には、すでに太平洋は我々の大艦隊と航空戦力で埋め尽くされていることだろう」

 中国の諜報トップも、スコッチの入ったグラスを持ち上げた。


「人類の脅威を取り除き、正しい世界の秩序を取り戻す。……そして、奪われた我々の富と威信を、正当な力で奪還するために。乾杯といこうではないか」


 欧州のトップが音頭を取り、四人は立ち上がった。

 彼らは、自分たちが地球上の誰にも見られず、誰にも聞かれず、完璧な密室の中で歴史の歯車を回したのだと本気で信じ込んでいた。極東の民間企業がどれほど未来の技術を持っていようと、大国の総力戦の前に必ずひれ伏すと、微塵の疑いもなく確信していた。


 四つのクリスタルグラスが、円卓の中央で触れ合おうとした、まさにその瞬間だった。


『――随分と景気の良い皮算用だな・・・』


 ピタリ、と。

 完全な密室であるはずの円卓の間に、不意に、極低温の金属が擦れ合うような『合成音声』が響き渡った。


「なっ!?」

「だ、誰だ!!」


 グラスを合わせようとしていた四人の高官たちは、弾かれたように一斉に立ち下がり、即座に懐から護身用の拳銃を抜いて周囲を警戒した。

 だが、部屋には彼ら以外の人間は誰もいない。分厚い石壁の向こうには各国の精鋭特殊部隊が何重にも警備を敷いており、スピーカーやマイクの類も、入室時の徹底した電子機器探知検査で完全に排除されているはずだった。


『どこを見ている。上だ、愚か者ども』


 声は、彼らの頭上――アンティークのシャンデリアから聞こえていた。


「あれは……虫、か?」

 中国の諜報トップが、眉間を寄せて呻いた。

 シャンデリアの豪奢なクリスタル装飾の影に、ハエほどの大きさしかない、銀色に光る微小な『何か』が張り付いていた。そして、その微小な物体から、人間の声が直接空気を震わせて再生されているのだ。


『電波を遮断し、石の壁に引きこもれば、私の耳から逃れられるとでも思ったか?』


 極東の悪魔――神盾宗一の冷酷な嘲笑が、絶対の密室であるはずの空間に容赦なく響き渡った。


「ば、馬鹿な! この部屋は軍事レベルの完全なジャミング下に置かれている! 外部への電波通信など一切不可能なはずだぞ!!」

 CIA長官が、信じられないものを見る目でその『羽虫』を睨みつけた。額からは、すでに滝のような冷や汗が流れ落ちている。


『お前たちの原始的な常識で私を測るなと言っているだろう。……そのドローンは、電波通信などという化石のような技術は使っていない』


 合成音声は、彼らの理解を拒絶するような未来の真理を淡々と突きつけた。


『低軌道上の私の衛星から、肉眼では捉えられない極細の『量子レーザー光通信』で直接リンクしているのだ。お前たちのジャミングなど、文字通りただのそよ風に過ぎない』


 四人の顔から、サァッと血の気が引いた。

 彼らが国運を懸け、泥を這い、アナログな移動手段で死に物狂いで到達したこの場所。絶対に誰にも聞かれてはならない極秘の謀議を重ねていたその内容が、最初から最後まで、一字一句違わず、彼らが最も恐れる存在に筒抜けになっていたのだ。


『日本を四分割し、私の家族を殺し、資源と技術を山分けにする。……九年前のサイバー攻撃の失敗から少しは学習したかと思ったが、結局はイデオロギーをかなぐり捨てて暴力に頼るしかないらしいな』


「き、貴様……我々の作戦を知った上で、どうするつもりだ! ここで我々を暗殺すれば、大国はただちに日本へ全面的な宣戦布告を行うぞ!」

 ロシアのFSB高官が、銃口をドローンに向けながら虚勢を張って怒鳴りつけた。


『暗殺? そんな無駄なことはしないさ』

 宗一の声は、彼らの底浅い脅迫を完全に鼻で笑っていた。


『ここで四人の首を刎ねれば、お前たちの祖国は新たな強硬派を生み出し、またコソコソと陰湿なテロを企てるだけだ。……私はただ、親切心から忠告してやろうと思っただけだ。お前たちがどれほど束になろうと、どれほど国家の総力を挙げようと、私の築き上げた『聖域』を脅かすことはできないと』


「強がりを言うな! 我々の合同艦隊から対衛星ミサイルが雨霰と降り注げば、貴様の通信衛星網など一瞬で機能不全に陥る!」

 欧州のトップが、震える声で叫び返した。


『……ならば、試してみるがいい』


 ドローンから発せられる声が、一段と低く、絶対零度の冷気を帯びた。

 それは、もはや警告ではなく、神が下界の罪人に対して下す冷酷な死刑宣告だった。


『お前たちが結託し、軍事演習という名目で私の領域に牙を剥くというのなら、私はそれを物理的に叩き潰す。三ヶ月後、太平洋上で予定通り演習を行うがいい。……宇宙そらが誰の領域であるのかを、お前たちのその傲慢な魂に、骨の髄まで刻み込んでやろう』


 シュッ、という微かな音が鳴った。

 シャンデリアに張り付いていた銀色のナノ・ドローンが、自らの内部回路を完全に焼き切り、自壊パージした音だ。

 ドローンはただの灰色の粉となって、四人が囲む円卓の中央――赤いペンで無惨に引かれた日本地図の上へと、パラパラと音を立てて崩れ落ちた。


 証拠すらも、完全に隠滅された。

 彼らの密室に、再び重苦しく、死に絶えたような静寂が戻った。


 だが、四人の権力者たちの心臓は、恐怖と屈辱で早鐘のように打ち鳴らされていた。

 自分たちの最も深い秘密が完全に掌握されていた恐怖。そして、あの男から放たれた、大国の総力戦すらも赤子扱いする圧倒的なまでの自信。


「……長官。どう、しますか」

 欧州の代表が、枯れた喉を鳴らしながらCIA長官に問う。


「……やるしかない」

 CIA長官は、テーブルの上に落ちたドローンの灰を力強く握りしめ、血を吐くような声で絞り出した。

「奴は、我々大国の総力戦を正面から受けて立つと言ったのだ。ここで恐れをなして引き下がれば、我々は永遠にあの男の奴隷となる! 三ヶ月後の合同軍事演習は予定通り決行する! 奴の通信網を宇宙から叩き落とし、我々の覇権を取り戻すのだ!!」


「そうだ。奴がどれほど未知の技術を持っていようと、物理的なミサイルの飽和攻撃をすべて防ぐことなど不可能だ。我々は絶対に勝たねばならない」

 ロシアの高官も、自らを鼓舞するように低く唸った。


 彼らは、もはや後戻りのできない破滅の道へと、自らの足で歩みを進めるしかなかった。

 恐怖を怒りで塗りつぶし、大国としての意地とプライドにしがみつく。歴史の修正力という見えない運命の糸に操られるように、彼らは人類の総力を結集した『最後の軍事行動』へと突き進んでいく。


 円卓の上の日本地図に落ちた、一握りの灰。

 それは、三ヶ月後に太平洋上で彼ら自身が迎えることになる『絶望の結末』を暗示しているかのように、静かに、ただ冷たくそこにあった。

 彼らが掲げようとしていた祝杯のグラスは、誰の口にも運ばれることなく、ただ沈黙の中に置き去りにされていた。

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