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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第3章:宇宙の覇権奪取

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第54話 イデオロギーの崩壊と、歴史の修正力の予兆

 深夜の東京、六本木ヒルズ。イージス・イノベーションズ本社の地下深くに広がるサイバー・コントロールルームは、静寂の中にも張り詰めた緊張感が漂っていた。


 巨大な世界地図のモニターには、アメリカ、中国、ロシア、欧州連合の諜報トップや安全保障の責任者たちが、デジタルな監視網を逃れ、泥にまみれたアナログな手法でスイスの古城へと向かっている推測ルートが、赤い点線で示されている。


「――ボス。彼らのトップがスイスへと決死の移動を続けている裏で、各国の政府レベルでも奇妙な動きが観測されています」


 特注のレザーチェアに腰掛ける私に、橘玲奈が手元のタブレットを操作しながら、極めて不可解なデータ群を提示した。


「ここ数週間、アメリカの国務省と中国の外務省の間に、表向きの外交ルートを通さない『水面下での実務者レベルの接触』が急増しています。さらに、ロシアと欧州連合の国境地帯において、両軍の警備部隊が意図的にパトロールの空白時間を作り、謎の特使が行き来している形跡があります」

「特使の行き来、だと?」

 私は眉をひそめた。


「はい。無論、彼らはイージス社の『神の目』の傍受を恐れ、電子メールや暗号通信は一切使っていません。紙の親書を直接手渡しするという、中世の密使のような手法でやり取りを行っているようです」

 玲奈は、美しい顔に理解不能なものを見るような困惑を浮かべていた。


「ボス。これは経済的、地政学的に見て、異常を通り越して『狂気』です」

「どういうことだ、玲奈」


「アメリカを筆頭とする資本主義陣営と、中国・ロシアを筆頭とする権威主義陣営。彼らは長年、世界の覇権を巡って血みどろの冷戦と経済制裁を繰り広げてきた水と油です。いくら我が社という共通の敵が現れたとはいえ、互いの喉元に核ミサイルを突きつけ合っている者同士が、これほど迅速かつ大規模に歩み寄るなど、絶対にあり得ません。互いへの不信感がそれを許さないはずです」


 玲奈の指摘は、極めて正確だった。

 超大国というものは、自国の利益とプライドの塊だ。どれほど強大な共通の敵が現れようと、「相手が裏切るのではないか」「相手が先に消耗するのを待とう」という疑心暗鬼が必ず先行し、足並みが揃うことはない。それが国際政治のリアルというものだ。


 だが、現実は違った。

 彼らは今、長年のイデオロギーの対立も、領土の火種も、過去の血塗られた歴史すらもすべて棚上げにし、ただ『神盾宗一とイージス社を排除する』という一点のみにおいて、完璧なまでに一つにまとまろうとしているのだ。


「……まるで、見えざる巨大な手が彼らの背中を押し、強制的に一つに結びつけようとしているかのようです」

 玲奈が、背筋を凍らせるように自らの肩を抱いた。


「見えざる手、か。……いや、その正体を私は知っている」


 私は冷めたコーヒーを口に運び、モニターの赤い点線を極寒の瞳で見つめた。


「それが『歴史の修正力』というやつだ」


「歴史の、修正力……?」


「そうだ。……前世の記憶の話をしたことがあったな、玲奈」

 私は、普段は決して口にしないその言葉を、静かに紡いだ。

 私が西暦2065年の未来から逆行転生してきた存在であることを、玲奈とヴィクトル、そしてクリスの三人は知っている。だが、その具体的な悲劇の内容については、深く語ってこなかった。


「2065年。前世で、日本が近海資源の採掘に成功し、世界を牛耳る資源大国へと変貌した時……大国どもは、自分たちのエネルギー覇権が失われることを恐れた」

 私の脳裏に、かつての絶望の光景が鮮明に蘇る。


「その時も、彼らは今回と全く同じように結託したのだ。イデオロギーの違いなどあっさりと放り捨て、アメリカの軍事力と、中露の暴力、欧州の政治力を結集して、『四大国合同の平和維持軍』などという見え透いた名目の同盟を組んだ。……そして、私がアメリカで開発した『神の雷』を使い、日本を火の海にして分割統治を行った」


 私の言葉に、玲奈は息を呑んで沈黙した。


「今世では、私は彼らが結託する前に日本のインフラを掌握し、宇宙の覇権を握った。彼らの戦力を一つずつ削り、恐怖を植え付け、二度と結託できないように分断したつもりだった。……だが、無駄だったというわけだ」


 私は、自らを嘲笑うように低く笑った。


「人類の闘争本能と、大国の傲慢さは、私がどれほど小細工を弄そうとも、必ず『同じ轍』を踏もうとする。前世では『日本の資源』を奪うために手を組んだ彼らが、今世では『イージス社という特異点』を排除するために手を結ぶ。……大義名分が変わっただけで、彼らが人類の総意として結託し、私を、日本を叩き潰しにくるという『歴史の結末ゴール』は、一ミリも変わっていなかったのだ」


 モニターの向こうで、南太平洋の要塞から回線を繋いでいるヴィクトル・イワノフも、重々しい沈黙を守っていた。


『……ボス。彼らが前世と同じように完全に結託し、「G4」として国家の総力戦を仕掛けてくれば、いかに我がシャドウの防衛網でも、地上でご家族を完全に守り切ることは難しくなります』

 ヴィクトルが、冷静な戦術的見地から事実を口にする。


「わかっている。通常戦力による物量で押し潰されれば、我々は負ける」

 私は、デスクの上の家族の写真――高校生になったサチコと結衣の笑顔を見つめた。


「だからこそ、彼らがアナログな密談で結託を深め、我々の想定を超えた総力戦の準備を整えようとしている今、その希望の芽を根本からへし折る必要がある。……彼らが人類の総力を挙げて立ち向かってくるその時に、宇宙そらから絶対的な力を見せつけ、その心を物理的にも精神的にも完全に粉砕するのだ」


 私の命と直結した、軌道上の『神の雷』。

 それは、大国どもが結託という歴史の修正力を働かせてくることすらも見越して、私が用意した究極の対抗策カウンターだ。

 運命が私を殺そうとするのなら、私はその運命ごと、この世界を焼き尽くす。


「ヴィクトル。スイスの古城周辺の状況はどうなっている?」


『――ちょうど今、最後の一人が到着したところです』

 ヴィクトルの声が、研ぎ澄まされた刃のように冷酷な響きを帯びた。


 メインモニターの映像が切り替わり、スイス・アルプス山脈の奥深くに位置する『シャトー・デ・エーデルワイス』の遠距離赤外線映像が映し出された。

 万年雪に覆われた険しい山道を、何重にも偽装を重ね、泥と雪にまみれた四人の男たちが、それぞれの護衛部隊に守られながら古城の門をくぐっていく。


 アメリカCIA長官。中国の国家安全部トップ。ロシアのFSB高官。欧州連合の安全保障理事会トップ。

 現代の地球上で最も強大な権力を握る四人の影の支配者たちが、ついに一つの密室へと集結したのだ。


『城の周囲には、各国の特殊部隊が数百人規模で展開し、完全な物理的封鎖陣形を敷いています。上空の対空レーダーは最大出力で稼働し、城内を満たしている電磁波ジャミングの出力も、先ほどさらに一段階引き上げられました』

 ヴィクトルが、冷ややかに報告を続ける。

『彼らは今、この地球上で最も安全な「絶対の密室」に入り込んだと、そう確信していることでしょう』


「滑稽なものだ。……自ら逃げ場のない鳥籠に入り込んだことにすら気づいていないとはな」


 私は、モニターに映る堅牢な古城を見下ろし、極低温の笑みを浮かべた。


「クリス。例の『虫』の状況は?」

 私が別の暗号化回線を開くと、Dr.クリス・ウォーカーの狂気に満ちた顔が映し出された。


『ヒャッハー!! 完璧だぜボス!』

 クリスは、手元のコンソールを激しくタイピングしながら絶叫した。

『俺の造ったナノ・ドローン『ベルゼブブ』は、三日前に城の空調ダクトを通って、彼らが集まる円卓の間のシャンデリアの裏に潜伏済みだ! 城内がどれだけ強力な電磁波ジャミングで覆われていようと、こいつは低軌道上の衛星と『量子レーザー光通信』で直接リンクしてる! ジャミングなんて、文字通りただのそよ風だぜ!』


「よし。彼らの密談の音声、映像、心拍数から発汗量に至るまで、すべてのデータを一字一句逃さず収集しろ」

『了解だ! 化石どもの最高にマヌケな作戦会議を、特等席で聞かせてもらうぜ!』


 私は、深くレザーチェアに身を預け、冷めたコーヒーを口に運んだ。


 大国どもは、自分たちが誰にも見られず、歴史の分岐点となる重大な決定を下していると信じ込んでいる。

 だが実際には、彼らの謀議はすべて、極東の悪魔の特等席でポップコーン片手に鑑賞される滑稽なショーに過ぎないのだ。


「さあ、見せてみろ。歴史の修正力が生み出した、お前たちの最後の足掻きを」


 私は、暗闇のコントロールルームの中で、目をギラつかせて呟いた。

 人類の闘争本能と、大国のエゴが導き出した『打倒イージス社』の最終シナリオ。

 その全容が、今まさに、量子レーザー通信の不可視の糸を伝って、極東の悪魔の耳元へと届けられようとしていた。

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