第12話 表の盾(イージス)と、裏の剣(ヴァルハラ)
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サチコが誕生してから一ヶ月後。
六本木のイージス・イノベーションズ本社、社長室。
「でちゅねー、サチは今日もかわいいでちゅねー。ああっ、玲奈、見たか今の! 私に向かって笑ったぞ! 間違いなく天才だ!」
私はデスクの上の特大モニターに、ベビーベッドで眠るサチコのリアルタイム映像を映し出し、顔をだらしなく崩していた。
「……ボス。それは単なる新生児の生理的微笑です。それよりも、こちらの四半期決算の書類にサインを……」
「後回しだ。そんな紙切れより、サチの成長記録のバックアップを取る方が先決だ。サーバーをもう三台増設しろ。最高峰の暗号化セキュリティをかけろよ」
「……」
玲奈は深々と溜め息をつき、こめかみを押さえた。
「天下の経団連の重鎮たちを容赦なく土下座させ、世界市場を冷酷に支配する『氷の怪物』が、まさかここまで重度の親バカになるとは……。ボスの敵が今の姿を見たら、腰を抜かしますよ」
「何とでも言え。私にとって、世界経済などサチのオムツ代を稼ぐための副業に過ぎない」
私が真顔で言い放つと、玲奈は呆れたように肩をすくめた。
「分かりましたよ、親バカCEO。では、副業のサインが終わりましたら、午後からはロンドンの投資ファンドとのオンライン会議をお願いしますね」
玲奈が書類を置き、呆れ顔のままヒールを鳴らして社長室を退出していく。
カチャリ、と重厚なドアが閉まった瞬間。
私の顔から、だらしない親バカの笑みがスッと消え去り、極低温の冷徹な顔へと切り替わった。
モニターに映る無邪気なサチコの姿を見つめながら、私の頭脳は冷酷な計算を巡らせていた。
表の経済力と権力は、手に入れた。日本のインフラも掌握しつつあり、私の流動資産はすでに小国の国家予算を凌駕している。
だが、それだけでは足りない。
世界経済を支配し、法律や特許で縛り付けたところで、それらはあくまで『平和な法治国家』というルールの上でしか機能しない。
四大勢力――アメリカ、中国、ロシア、欧州連合。あの貪欲な超大国どもが、イージス社の持つ『オーバーテクノロジー』の異常性に気づいた時、彼らは決して法廷で争おうとはしないだろう。
彼らはルールを破る。
国家権力という絶対的な暴力を使い、暗殺部隊を送り込み、私の愛する家族を人質に取り、物理的に技術を奪いに来る。前世で彼らが、武力で日本を無政府状態に陥れたように。
この最高に愛らしく、脆弱な命(弱点)を守り抜くためには、表の権力だけでなく、国家の「暴力」を真っ向から粉砕し、蹂躙できる強大な裏の武力が必要不可欠だ。
毒には毒を。暴力には、より圧倒的で理不尽な暴力を。
「表の経済で富を吸い上げる巨大な盾が『イージス(Aegis)』なら……裏で大国の喉首を掻き切り、悪魔の兵器を建造するための凶悪な剣が必要だ」
私は誰に聞かせるでもなく、静かに、だが確かな誓いと共に言葉を紡いだ。
「今日、この瞬間より。私兵部隊の育成と『神の雷』建造を目的とした秘密結社――『ヴァルハラ』の設立を宣言する」
北欧神話において、主神オーディンが集めた戦死者たちの館、ヴァルハラ。
いずれ四大勢力に神の裁きを下すための、狂える戦士たちの拠点だ。
私は手元のタブレットを操作し、高度に暗号化された隠しフォルダを開いた。
まず必要なのは、絶対的な安全を確保できる物理的な『拠点』だ。
日本の国内では、すぐに各国の諜報機関に嗅ぎつけられる。
「南太平洋にある、旧フランス領の無人島……ここがいい」
私は地図上の小さな点にマーカーを引いた。
この島を、イージス社が設立したダミー会社を何十個も経由させて購入する。表向きは『民間宇宙開発のためのロケット発射基地』として偽装し、地下深くにアメリカの監視衛星すら誤魔化せる巨大な兵器製造プラント『ニヴルヘイム』を建造するのだ。
そして、その計画を遂行するためには、私の手足となって動く『狂人』たちが必要になる。
私は次のフォルダを開いた。
そこにリストアップされているのは、私が前世の記憶から抽出した、世界中に散らばる『最高に狂った、だが腕は確かな本物のバケモノたち』のデータだ。
「……さて。まずはヴァルハラの兵器開発チーフとして、『狂った頭脳』を手に入れに行くとしようか」
天才物理学者による孤独な戦争の準備が、世界の裏側で、ついに本格的な産声を上げた。




