愛のためなら、全てを犠牲にする――でも、彼女は僕を裏切った
夜の静かな街角。エアコンの機械音とネオンの微かな唸りだけが耳に届く中、私はATMの前に立っていた。
デジタル画面が疲れた私の顔を映す。
残高:20,000円。
私は立ち尽くす。
お金はどこに消えたのだろう。
昨日、給料をもらったばかりのはずなのに。
考えをまとめる間もなく、ポケットのスマホが静かに震える。
メッセージだ。
彼女からだ。
私が一番愛する少女から。
微笑みながら画面を開く。
「こうくん、ネットでかわいい服見つけたんだけど…買ってくれる?」
添付されていたスクリーンショットには、一枚のワンピースが映っていた。
可愛らしいが、少し大胆なデザイン。柔らかい色に、身体のラインをうっすらと見せるカット。シンプルなのに魅力的。
価格:30,000円。
私は再びATMの画面を見る。
20,000円。
あと10,000円足りない。
指がスマホの画面の上で止まる。
理性は叫ぶ。しかし、心の声はそれ以上に強い。
「うん、あとで買ってあげる。」
すぐに返信が来る。
「えへへ、ありがとう、こうくん!大好き!」
微笑みが広がる。
不思議だ…たった一言で、すべての重荷が軽くなったような気がする。
私は本当に彼女を愛している。
もしかしたら、愛しすぎているのかもしれない。
そして、それが私の問題の始まりになるのかもしれない。
今はまだ、気にしない。
彼女が幸せなら、それでいいのだ。
ATMの部屋を出る。
夜の空気が肌をかすかに刺す。
街灯が、普段より長く見える自分の影を映す。
再びポケットに手を入れ、スマホを取り出す。
連絡先の一つの名前を探す。
父。
数秒の呼び出し音の後、低い声が答える。
「もしもし?こうたろうか。どうした?」
私は深く息を吸う。
「あ、父さん、ごめん。10万円送ってくれない?給料入ったら返すから。」
軽い口調で言う。あまりに軽い。
しばらく沈黙が続く。
「何に使うんだ?昨日10万円送ったばかりじゃないか。」
胸が詰まる。でも声は落ち着かせる。
「急なセミナーがあって、結構高くて…だから追加で必要なんだ。」
嘘だ。迷いもなく口をついて出た。
言う時も震えない。
「大学のためなら問題ない。」
ようやく父が答える。
「送るよ。」
大学。
その言葉は他人事のように聞こえる。
実は数か月前に退学していたのに。
「ありがとう、父さん。」
私は静かに言った。
通話が切れる。
画面を見つめる。
面白いな。
昔は親に嘘をつくと胸が押し潰されるように痛んだ。
今は…何もない。空っぽだ。
それが全て、みゆきのためなら構わない。
お金も、嘘も、プライドも…
全て犠牲にできる。
「大好きだよ、こうくん」と彼女が微笑む限り、世界はまだ意味がある。
しかし、心の奥底で小さな声が囁く。
もしいつか、何も与えられなくなったら…
それでも彼女は笑ってくれるのだろうか。
小さなアパートに戻る。
狭く、壁は薄く、薄暗い電灯だけが光る。
静かすぎる。
椅子に座り、窓の外の夜を見つめる。
正直、未来がどうなるか分からない。
みゆきを愛している。
でも、彼女は散財家だ。とても。
欲しいものはいつも高価で、すぐに手に入れなければ気が済まない。
でも、彼女が言うたびに—
「大好きだよ、こうくん」
不思議と胸が温かくなる。
全ての不安が溶ける。
「はぁ…疲れた」
私はつぶやき、ベッドに倒れ込む。
眠りに落ちる。
翌日、日曜日。
デートの日。
駅前で、鏡で髪を整える。香水を首と手首に軽くつける。
心臓が早鐘を打つ。
「こうくん!」
柔らかい声。
振り向く。
彼女が歩いてくる。まるで天使が人間界に降りたかのように。
髪が朝の風に揺れ、笑顔はいつも通り明るい。
「おはよう」
すぐに抱きしめてくる。
「みゆき…」
抱き返す。
細くて温かく、甘い香り。
迷いはない。彼女こそ、私の愛する人。
「お腹すいた?」
「うん、すいた」
お気に入りのレストランへ並んで歩く。
少し贅沢な場所だ。財布には痛い。
でも、みゆきのためなら問題ない。
「このパンケーキ、美味しい!」
笑顔が胸を温める。
2,000円ほど飛んだのも忘れる。
食後は水族館へ。
巨大な水槽の魚、可愛く歩くペンギン、イルカショーで喜ぶみゆき。
私はただ彼女を見つめる。
イルカではなく、彼女の幸せそうな顔を。
夜。
駅前で別れる前、みゆきが小さく手を胸の前で合わせ、甘えるように言う。
「こうくん…さっきの服、買ってくれるよね?」
私は微笑む。
「うん、給料入ったばかりだし」
嘘だ。
封筒を取り出し、60,000円渡す。
目を丸くして、歓声をあげる。
「わぁ!ありがとう!」
笑顔が眩しい。
「本当に大好きだよ、こうくん!」
その言葉、その笑顔…
すべてが報われる瞬間。
お金は取り戻せる。
でも、みゆきの笑顔は私だけのもの。
帰宅。
夜がいつもより静かに感じる。
ベッドで横になり、天井の小さなひびを眺める。
今日の幸せを反芻する。
しかし、心の片隅で小さな疑問が芽生える。
もしいつか、お金を持たなくなったら…
彼女は笑ってくれるのだろうか。
財布は空っぽ。
でも、心は満たされている。
愛か、愚かさか。
数日後。
ミニストップでの仕事はいつも通り。
明るい蛍光灯、並ぶ商品、天井のスピーカーから流れる音楽。退屈だが安定している。
「先輩、今日はいつもより楽しそうですね」
後輩の声。短髪で、ラフな服。男の子と間違われることが多いが女の子だ。
「え、そうかな?昨日デートしたからかな」
微笑む。
「まだその女の子と付き合ってるんですか?」
眉をひそめる。
「え、なんで?」
「いや、先輩、もう別れたと思ってました」
彼女の声は冷静だ。
心の奥で、少しだけ同意する部分がある。
でも怒りが先に立つ。
「何が言いたいんだ?」
少し声を荒げる。
「俺に別れろって言うのか?」
後輩は深呼吸して答える。
「先輩、別れろとは言いません。でも、あの女は先輩を利用してます。」
胸に突き刺さる言葉。
私は分かっていたはず。
でも、他人に言われると違う痛みだ。
そして、数日後…
ある日、彼女は私の知らない男とホテルの前で会っていた。
それを見た後輩が撮影し、私に見せる。
私の世界が一瞬で崩れる。
お金、嘘、すべての犠牲は…何だったのか。
泣けない。虚しい。
ただ、空っぽ。
でも後輩の言葉が響く。
「先輩、まだ終わってない。終わったのはその愚かな恋だけ」
初めて、深呼吸できた。
まだ、人生は終わっていない。
最終的に、私は東京を離れ、故郷へ。
両親に全てを正直に告げ、許される。
後輩はずっとそばにいる。
年月が過ぎ、私は安定した生活を手に入れる。
そして、いつしか家族ができる。
愛は失われたが、人生は続く。




