改めて自己紹介
みんなを連れてマンションに帰ってくると、私はとりあえず紅茶を淹れてみんなをもてなした。
「ごゆっくりッ!」
ダンッ!と大きな音を立てて、叩きつけるようにキラリちゃんの分の紅茶を机に置く。
私を騙してこんなことにさせたキラリちゃんに出すお茶なんて出涸らしでもよかったんだけど…まあ、それはおもてなしの精神が欠けているというもの。
お客様にはちゃんとしたものを出さないとね。
「そんなに怒らなくてもいいだろ…」
「ふんっ!」
「まあ、いきなり押しかけたのは悪かったとは思うけどよ」
「ならすぐに帰ってほしいね!あっ!ぶぶ漬けいかがどすぇ~!?」
「ごめんって…」
流石に申し訳なさそうにするキラリちゃん。
…まあ、この顔が見られただけで良しとしてあげよう。
これ以上言っても喧嘩になるだけだし。
私は怒りを何とか抑えて一旦許してあげる。
それを見て安心し、ホッと一息ついたキラリちゃんは紅茶を一口飲む。
「…なんか薄くないか?わざと薄いの出してないよな?」
…私の神経を逆なでするような発言をして、また私の怒りゲージが上がってきた。
「そんなわけないでしょ?ちゃんと適正量だし、一回目のやつ」
「砂糖は?」
「…今持ってくる」
また何か言ったらキレようと思ってたけど、砂糖を要求されて一旦我慢する。
紅茶に砂糖を入れる人は少なくないのに、砂糖を用意していなかった私の配慮不足。
すっごくむかつくけど、私にも非はあるので我慢だ。
不満はあるけど何も言いませんよ~、って雰囲気を醸し出しながら砂糖の入った小さな壺を机の上に置く。
「角砂糖だ…初めて見た」
「え?そうなの?」
「うん。それにこの紅茶、すっごく良いものなんじゃないの?」
「まさか。いつも飲んでるやつなんだけど?」
角砂糖は初めて見る上に、この紅茶を高いものだというカナタちゃん。
いつも飲んでる紅茶だから良いものとは思ったことがない。
キッチンから紅茶の袋を持ってくると、それを見たカナタちゃんはめをパチクリさせている。
「見たことない紅茶だね…でも、すっごく高級感のある袋だね?」
「そうかな?」
高級感のある袋…私には安っぽく見えるけどね。
自分ちょっと高いお茶ですよ感を、高級風の印刷で誤魔化してる袋だし。
「お茶もそうだけど、このマンションもすごいよね。田舎にしてはセキュリティがしっかりしてるし、結構広いし。家具もなんだか高そうだね」
「そうなのかな?」
「そうだな。高校生が一人暮らしをするにはちょっと持て余すんじゃないか?」
…確かに、広いとは思ったことがある。
でも、こんなものだろうと自分の中で納得してたけど…その感覚はみんなとズレてるのかも。
そう思った矢先、カナタちゃんからとんでもない質問が飛んできた。
「ミライちゃんって、もしかしてお金持ち?」
「……違うよ」
私は否定する。
でも、その前に少し間をおいてしまったこと。
そして、みんなの感覚で言う広い部屋。
…嘘をついているのは、誰の目にも明白だった。
「「「「……」」」」
私にとっては触れてほしくない話題。
その事は、みんなも私の雰囲気から何となく察したんだろう。
途端に部屋の空気が重くなって、静寂が痛いほど耳に刺さる。
その空気を破ったのは、キラリちゃんだった。
「よし!いい機会だし、改めて自己紹介するか!!」
「私は細川輝良理15歳。血液型はA型。趣味は散歩。特技はない。将来の夢も特にない。家は母子家庭で、父親とは3歳の時から会って無いから顔もほとんど覚えてないな。見ての通りの不良…いや、非行少女って言った方が良いか。このなりで実は喧嘩したことないし。あと、名前は輝くに良いに理由の理。個人的に若干キラキラネームだなと思ってるが、文句をつけようと思うほどではないな。ただ、それはそうとあんまり触れてほしくはないから、普通に接してくれ」
いきなり始まった重めの自己紹介。
母子家庭とかキラキラネームとか…あんまり触れ辛い話題ばかり。
あんまり人に話すようなことじゃないけど…これを言い出したのは、私のためって事でいいのかな?
人に触れられたくない事情をあえて自分から晒すことで、私を一人にさせないため、みたいな。
そんなキラリちゃんは、『次はお前』と言わんばかりにカナタちゃんに熱い視線を送っている。
最初は渋っていたカナタちゃんだけど、私の触れてほしくない話題にふれたのはカナタちゃんだし、その尻拭いのためにキラリちゃんは身を切った。
覚悟を決めると、自己紹介を始めた。
「私は西寺叶多。15歳で血液型はAB型。趣味は…えっと、特になくて、特技もないかな~。将来の夢は、多分幼稚園の先生。家柄は、特に話すことはない普通の家で、お姉ちゃんが一人いるの。それと……中学の頃は友達が居なくてね?いわゆるボッチってやつだったから、ミライちゃんに声をかけてもらえてすごく嬉しかったなぁ…なんて」
最初のうちは頑張っていたけれど、やっぱりあまり話したくない過去の事になると失速してしまったカナタちゃん。
最後には言葉を濁しつつも、それでもちゃんと言い切っていてとても偉い!
自己紹介を終えたカナタちゃんはユウちゃんに視線を送る。
すると、ユウちゃんが覚悟を決めた強い意志を感じる面持ちで立ち上がり、自己紹介を始めた。
ちなみに、誰も立って自己紹介はしてない。
「わ、私は!大橋優羽です!15歳のO型で趣味は本を集めることで特技は速読で200ページくらいの本なら1時間ちょっとで読めます!しょ、将来の夢は図書館で働く人図書館司書になりたいと思ってて勉強もしてます!そ、その!あの!ひっ、人と話すのが苦手でコミュ障だけどよろしくお願いします!!」
立ち上がったユウちゃんは、早口言葉を言うみたいにすごい速度で言葉を並べて行った。
けれど喋り慣れていないのかあんまりはっきり聞こえなくて、何となく言っていたであろう言葉を脳内で補完する。
そのために処理に時間がかかってしまって、みんな呆気に取られていた。
その様子を見て自分の失敗を悟ったユウちゃんは、顔を真っ青にして絶望したような表情を見せてしゃがみこんでしまう。
「つ、つっ、つ、次…!お、おおぉおね、お願いしますぅ~!」
「え?あ、うん…」
ユウちゃんの様子がおかしいけど…とりあえず私の番が回ってきた。
本音を言えばやりたくない。
けど、みんな言ってくれたからやるしかないんだ。
みんなの覚悟を、無駄にはしない。
「私は広田未来15歳。血液型はB。趣味は特にないかな。特技は、多分家事がそれに該当するかも。高校生で独り暮らしができてるし。将来の夢はあんまり決まってない。そして家は…カナタちゃんの予想通り、いわゆるお金持ちってやつ。兄が2人いて、1人は医者をやってて、もう一人はイギリスの有名大学に留学してる」
「え、すご…」
私の自己紹介を聞いて、キラリちゃんの口から本音が漏れた。
すごい、か…
「…すごいのは家族だよ。私には何もない。バカだし、キラリちゃんの予想通り怠け者だし、特技も人に誇れるような特別なものがない。優秀な兄2人の出涸らしだよ。私の取り得は明るさくらいじゃないかな?鬱陶しいくらい前向きで明るいでしょ?だからこういう暗い話は苦手かな」
私が自己紹介を終えると、やっぱり部屋に静寂が戻ってきた。
お互いに自分が人に触れてほしくない話をして同じ立場になったとはいえ…それで何かが変わるわけでもない。
だから静寂を破ったのは、またキラリちゃんだった。
「なんで一人暮らしを始めようと思ったんだ?」
私への質問。
でもその問いは……特大の地雷なんだよね。
「独り暮らしは、自分からやろうと思ってやってるわけじゃない。家を追い出されたんだ。『お前のような奴は家の恥だ。出ていけ』ってね?」
「……ごめん」
「別にいいよ。そんなこと言うような親と一緒に暮らしててもストレスなだけだし」
予想通り、空気は最悪の状態まで悪くなった。
もう少しマシな理由があると踏んで振ってくれた話なんだろうけど…まあ、相手が悪かったね。
けど、こうなると今度は私がなんとかしないと空気が悪いままだよね。
なら、私が触れにくい話をしてお相子にしようか。
「キラリちゃんのお父さんって、どうしていなくなったの?」
「離婚だ。理由は知らない」
「ふ~ん。寂しい?」
「別に?もう慣れたからな」
「私と一緒だね」
私がそういうと、キラリちゃんは苦笑した。
そして、仲間を…同じように家族の事で悩む仲間を見つけた目をして、手を差し出してくる。
謎に握手を求められてるけど…まあ、受けておこうか。
私とキラリちゃんが握手していると、カナタちゃんが身を乗り出して頭を下げてきた。
「ミライちゃん。ごめん!」
「えっ?急にどうしたの?」
いきなり謝られて流石に困惑した。
でも、そんな私をよそにカナタちゃんは話を続ける。
「その、色々事情があるかもしれないのに、何にも考えず聞いちゃって、ごめん」
「ああ、そんなこと?いいよ別に。怒ってないし」
謝るのは確かに筋かもしれないけど、それで私が怒るのもちょっと変な話だ。
だって、知らなかったわけだし。
世の中知らなかったで済まないことはあるけど、少なくとも今はそれには当てはまらない。
「でも…っ!?」
私は、頭を下げたままのカナタちゃんの両頬を手で覆って持ち上げ、上を向かせる。
そして、その顔を覗き込んだ。
「それに、私は過去にはこだわらない派なの。苦しい過去をずっと引きずってても、今が苦しいだけだし。そればっかり考えてちゃ二の足を踏んで先に進めないからね」
「ミライちゃん…」
私の説得を受け、ようやく顔をあげるカナタちゃん。
「まあ、これは私の理屈だから、当然当てはまらない人もいると思う。でも、私はこのくらいじゃへこたれないから安心して。これでもメンタルは強い方だから!」
胸を張って自慢する。
これで、少しは元気になってくれると良いんだけどね。
「ミライはこう言ってるんだし、深く考えなくてもいいんじゃないか?どうしても自分で納得できないなら、自分なりの禊をすればいいだろ」
「細川さん…」
助け船を出してくれたキラリちゃん。
キラリちゃんの言葉を聞いて何か響くものがあったのか、カナタちゃんの顔色がよくなった。
「まっ、禊で何するかは後で考えてくれ。今は、この宿題を終わらせることが先だからな」
「ギクッ!」
「この流れで有耶無耶にしようってんなら、そういかないぜ。辛気臭い話はここまでだ」
「ぐぬぬぬ…!」
カナタちゃんの気が晴れたところで、キラリちゃんによって強制的に勉強会が始められた。
嫌だったけど、家まで招き入れてしまった以上後には引けない。
仕方なく英語の勉強をすることになったんだけど…
「お前…これでよくやっていけると思ったな?」
「うるさい!英語は苦手なの!!」
「やれやれ…先は長そうだな」
「だね…頑張ろうね?ミライちゃん」
「うぅ~!」
苦手な英語を無理矢理勉強させられて、泣きながらなんとか単語を覚えた。
明日には全部忘れてそうだけど…とりあえず解放されたからよし。
というか、キラリちゃんの教え方がスパルタで、もう二度と家には上げないと心に決めた。
「明日もダンジョンに行くから、みんなしっかり休んでね?」
「そうだな。ミライも早く寝ろよ?」
「わかってるよ。じゃあ、また明日!」
「また明日」
「また明日ね~」
「コクッ…!」
また明日…日曜日からは本格的にダンジョンに潜る。
それに向けて、英気を養わないと。
そう思いながらリビングのソファーに戻ってくると、一件のメッセージが届いた。
キラリちゃんからだ。
「げっ!」
メッセージの内容は単純だった。
『ちゃんと勉強もしろよ』
…これを無視したら、明日グチグチ言われるんだろうなぁ。
「『わかってるよ!』っと。はぁ…もう一回だけ、単語の勉強をしておくか」
キラリちゃんにまた怒られるのも嫌なので、机の上に放り投げられている単語帳を開き、そこにある単語をノートに書き写した。




