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翅を失い余命を抱えた異世界の妖精<エレナ>と僕たちの小さな奇跡  作者: 新発田 怜


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余談:翅のかけら

 梅雨の合間を縫うように、やわらかな日差しが窓辺に射し込んでいた。

 新しく暮らし始めた家──小さな二階建てのその家には、新しさの匂いが漂っている。


 佐藤康太は、書斎の片隅にある古い棚を整理していた。引き出しの奥に、指が一冊のノートに触れた。薄い埃を払うと、表紙の色はすっかり褪せ、角はほつれている。それでも、康太にはすぐにわかった。


 ──エレナの日記。

 それは、彼が十代の頃、結衣と過ごした“あの日々”の記録だった。小さな妖精との、不思議で切なくて、温かい記憶。翅を失い、世界から忘れられかけていた彼女と過ごした、かけがえのない時間の痕跡。


「……まだ、覚えているよ」


 ぽつりと呟きながら、そっと表紙に手を添える。その瞬間、紙の間から何かがひらりと滑り落ちた。


 細い翅のような形の押し花だった。色はほとんど抜け落ちていたけれど、形は記憶の中のまま。あの時、エレナがこっそり彼に託してくれた小さな花。触れた指先に、ぬくもりにも似た感覚が蘇る。


 ページをめくるたびに、心の奥底に眠っていた記憶が、少しずつ解き放たれていく。


 誰にも見えなかった、小さな妖精。翅を失い、存在を忘れられかけていた彼女。

 ──それでも、確かに生きていた少女、エレナ。


 そのとき。


「パパー!」


 陽菜ひなの弾けるような声が、記憶の中の時間を一気に現実へ引き戻した。

 康太は顔を上げた。振り返ると、五歳になる娘が全力で駆け寄ってくるのが見えた。つられて笑みがこぼれる。少し遅れて、妻の結衣が穏やかな足取りで姿を見せた。


「お片づけ、もうおしまい?」


「うん、あと少し。陽菜、どうした?」


 康太が言うと、陽菜は息を弾ませながら、琥珀色の瞳を輝かせて言った。


「おへやにね、きれいなおねえさんがいたの。ちっちゃくて、きらきらして、ふわ

ふわうかんでたよ!」


 その言葉に、康太と結衣は同時に動きを止めた。

 鼓動が、一拍だけ間を空ける。


「……その子、名前、言ってた?」


 康太の問いに、陽菜は元気に頷いた。


「うん。エレナっていってたよ。『またあえたね』っていわれたの」


 まるで、過去がいまへとそっと手を伸ばしたような感覚だった。

 康太は窓の外に目をやった。揺れる風がカーテンをふわりと撫で、日差しがきらきらと舞っていた。

 その中に──見えた。小さな輝きがふわりと浮かんでいた。


 彼女は、そこにいた。


 透けるような翅がそよぎ、柔らかな手が、小さく振られる。変わらぬ笑顔。変わらぬまなざし。

 少年の頃、最も大切にしていたものが、そこにあった。


「あなたたちの想いが、私の今の翅なの。そして今、陽菜ちゃんの心が──新しい光をくれたの」


 結衣がそっと康太の手を握る。

 彼女にも、エレナの姿が見えていた。


「ありがとう、康太、結衣。あなたたちに出会えて、本当によかった」


 エレナは陽菜の指先に触れるように、ふわりと近づいた。陽菜はくすぐったそうに笑って、小さな手を伸ばす。

 お互いの手が触れると、エレナは陽菜の栗色の髪をそっと触り、優しい声で囁いた。


「また、遊ぼうね」


「うん!!」


 少女の声に、エレナは優しく頷いた。

 そして、ひとひらの光となって、宙へ舞い上がる。風に乗り、空へ──。

 その姿を見送りながら、結衣が静かに呟いた。


「……おかえり、エレナ。今度は、陽菜の物語を見守ってあげてね」


 康太の掌には、小さな光の翅が残っていた。まるであの頃のように。

 まるで、あの時間がほんの少し、今に重なったかのように。


 陽菜は康太からそっと翅をすくい上げ、両手で包み込むように手に取った。


「パパ。エレナね、またあそびにくるって言ってたよ」


「うん。いつでも、来てくれるさ」


 淡い雲が流れる午後の空に、ひと筋の光が弧を描くように流れていく。


 空を見上げる三人の背に、その視線の先に、ひと筋の光が流れていった。


 そして──その光の向こうから、たしかに声が届いた。


「……ただいま」


 風が優しく草木を揺らし、時間がほんのすこしだけ滲んでゆく。

 けれど想いは、きっと滲まずに残る。願いとともに、未来へ受け継がれていく。


 だって──

 陽菜とエレナのお話は、まだ、はじまったばかりなのだから──。

お付き合いいただきありがとうございました。現在、続編「【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。~あちこちから狙われてるから敵はデスる前にぶっ潰す~」を執筆中です。よろしければこちらもお付き合いいただければと思います。


https://ncode.syosetu.com/n9209kw/



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