竹の君の憂鬱
「これなる竹の君は美しく、気品ある姫君でございます」
父役の男の声に、竹の君は御簾の奥で震え上がりました。竹の君は決して美しくありません。生まれてから何度も鏡を見たことがありますから、己の容姿が十人並み以下なのを十二分に承知しています。都では長くて艶々とした、絹糸の如きまっすぐな黒髪を美しいと言いますが、竹の君の髪は薄茶色の癖毛で、その一点をもってしても決して美しくはないのです。容貌など言うまでもありません。
孤児として引き取られて以来、父役の男が高値をつけるべく、やれ舞が上手である、知性にあふれた姫君である、花を活けられるなどと話を盛っていくので、竹の君は大変困惑して、御簾の奥でさめざめと嘆くのでした。舞も生け花も経験はありますが、初歩の初歩を遠い昔に習った程度のことです。知性にあふれるならさぞかし名のある女房から手習いを受けたに違いないと噂になりますが、決してそんなことはありません。一人歩きする噂に、竹の君は胃をキリキリさせています。その嘆きさえも「決して自分の美しさを鼻にかけない」だとか「憂いに満ちた様子が美しい」などとさらなる誤解を生んで、竹の君の憂鬱はますます深くなるばかりでした。
竹の君の評判を聞きつけて、都の公達が求婚に訪れますが、御簾をめくればすぐにわかるような嘘をくり返す父役の男に、竹の君はうんざりしました。父役の男は高値をつけたいだけなのです。竹の君の引き取り手がないと知るや否や交替して、また別の父役の男が、あれやこれやと話を盛っていきます。もはや女衒と呼んでも差し支えありません。
竹の君には、余人には見えない幼馴染の龍がおります。生まれたときより傍にあり、共に育ち、竹の君の肩に乗っかってひそひそと内緒話をして、竹の君の憂鬱をほんの少し薄めてくれる存在です。このように親しげな者が既にあるのに、なぜ求婚する者を呼び込むのか、竹の君には全く理解ができないのでした。
御簾の奥をのぞいた公達は「ちぃとも美しくない」「騙された」「嘘つき」と憤慨しますし、話をするだけで終わった公達は「お高くとまっている」「美しいのを鼻にかけている」などとやっぱり怒りだします。勝手なことだなぁ、そこに自分はこれっぽっちもいないではないか、よく乳を出す雌牛の扱いと何が違うのかと、竹の君は辟易するのでした。
醜女の竹の君、名だたる公達をだました稀代の悪女とばかりに、都は絵巻や歌を流行させて、あの手この手で竹の君を責め、笑います。世の人々は実に勝手なものです。
しまいには、家の生垣の向こうから揶揄する声がたくさん飛んでくるようになったものですから、竹の君はますます人目を避け、世捨て人のような暮らしを送っています。揶揄も嘘つきという罵声も、話を盛り続けた歴代の父役の男にすべきではないかと、竹の君はやはり憂鬱を深めます。理不尽極まりない話です。
報復せぬから、いつまでもこのような不幸な目に遭うのではないか? 不幸や理不尽な扱いに甘んじ、慣れてしまうことで、より不幸になるのではないか?
こうして竹の君は次第に悪態をついて殴り返すようになり、名実ともに醜女かつ悪女になりましたとさ。めでたしめでたし。