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いかに転移竜といえども、勝手に他国領に転移する事は許されていない。
越領許可証を持って国境を正規に超えた後、それぞれの国内で転移をする、しかも一般の住民に見られないように、がルールだ。
「異世界への転移も許可が必要なのか?」
「…」
「もちろんですよ。でも異世界への場合は、許可を受けた特定の竜しかやっちゃダメって事になってます」
答えないノーマの代わりにラサイが答えてくれた。
因みにノーマは、もう半日以上口を開いていない。
「なるほどライセンス制って事か。という事はノーマもその許可証を持ってるわけだ」
「…………」
「ノーマは今のところ最年少の異世界転移竜なんですよ」
「へー、すごいわね」
「…………………………」
荷台の床に直接三角座りしているノーマは、ピクリとも反応しない。
「…」
「…」
「…」
ここは年長者である俺の出番だな。
「ノーマそろそろ…うわ!」
「ガルルル!」
三角眼のノーマに噛みつかれる寸前で、俺は伸ばした手を引っ込めた。
アニマル系ドキュメンタリーのレポーターなら、『もし一瞬でも遅れていたら、今頃私の手は胃袋の中だったでしょうね』的なコメントが出たところだ。
「もう!いい加減に観念しなさいノーマ!」
ラサイがキレた。
ガタリと馬車が動き始めた。
門番が御者台のエルブジに、「良い旅を!』と手を振っている。
門の向こう側に、賑やかな街並みが見えた。
「もう私達、オステリアに来てるんだから!」
門をくぐると、喧騒が馬車を包んだ。
「ここは国境の街なので貿易が盛んで賑やかな街なんですよ」
エルブジが振り返って言った。
皇室にオステリアへの入国許可を打診すると、案内役を買って出てくれたのはなんとエルブジだった。
『私以外に適任はいませんからね』
『どういう事だ?』
『私はオステリア出身ですから』
意外だったが、心強い。
そのエルブジが、人型のまま竜属性を剥き出しにしているノーマを優しく見つめた。
「ノーマ、そんなにその人に会うのが嫌なのかい?でも、その村に行かないと、ブドウは手に入らないのだろう?」
穏やかな口調に、ノーマの瞳孔が縦型から丸に戻った。
「はああー」
お、唸り声がため息に変わったぞ。
流石エルブジ、年の功だ。
「去年の春に、村同士の交流会があったんです。私もおばあちゃんに呼ばれて参加したんですけど…」
ノーマは膝に頭を預けたまま話し始めた。
「その時向こうの村長と一緒に来てたのが息子のティムローで…」
「向こうの、ボラーゴ村の狙いはハッキリしてたんですよね。あの村、年頃の女の子が少ないらしくて、番探しが一番の目的で」
なるほど、嫁不足の農村のお見合いパーティーみたいな。
「おばあちゃんの顔を立てる為にしょうがなしに、のつもりだったんですけど…」
いるいる、合コンの人数合わせ的な役割だ。
「はあああああ〜」
ノーマが過去一深いため息を吐いた。
「いやあ、アレは凄かったね」
面白がるラサイを、ノーマがキッと睨みつけた。
構わずラサイは背筋をピンと伸ばすと、左手で眼鏡を上げる仕草をしながら、右手をピンとノーマに向かって伸ばした。
「ノーマさん、一目見て僕の心はあなたに奪われました!貴方こそ私の相手に相応しい!どうぞ私と番になって下さい!」
「…マジで辞めて、ラサイを葬りかねない」
「あははは」
なるほど、ティムローはそういう感じの奴なのな…
「…いけすかねぇな」
「え?何?イオリ様?」
ノーマが顔を明るくして聞いてきたが、
「あ、いや、なんでもない」
と誤魔化してしまった。
「そんなにその人が嫌だったの?タイプじゃなかったとか?」
「えーでも村にはいない賢そうな見た目で、私は嫌いじゃなかったけどなあ」
「そういうんじゃなくて。私はお城での仕事もあるし、まだまだやりたい事もあったのに、そんなのお構いなしにしつこく言ってくるし。あと、それに…」
ノーマがチラリと俺を見てきたが、俺はそのまま立ち上がって、御者台のエルブジの隣に移った。
「お金持ちそうだしいいんじゃない?」
「そういうのもたしかに大事だと思うわあ」
「いい加減にしてよ!」
背後では女子トークが盛り上がっている。
俺は組んだ足を支えに頬杖をついて、何処を見るともなく視線を泳がせた。
「街を出たら街道沿いに馴染みの宿屋があります。そこに馬車を預けて、明日朝にでも村まで転移しましょう」
「…ん、ああ、わかった」
「…気に入りませんか?」
「ん、いや、別にそうじゃないけど」
「そうですか…」
顔は確認しなかったが、エルブジが微笑んでいるのは雰囲気でわかった。
「彼等も民族繁栄の為に、腹を括っているのでしょうな」
「そういうもんなのか…」
「イオリ様…」
「ん?」
「イオリ様も、そろそろ腹を括る時期かもしれませんよ」
…そうか、そろそろそういう時期なのか…




