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麦わら帽子の竜はノーマに気付くと、驚いた風を見せた。
竜にもちゃんと表情があるんだな…
そしてすぐにうれしそうに手を振った。
だが強く振りすぎたのか、掌の風圧で枝が大きく揺れると、その竜は焦って揺れた枝を必死で抑えた。
バサリと俺の倍はありそうな葉が落ちてきた。
葉っぱもここまでデカいとさすがに重いんだな。
「ははは、あいかわらずラサイはあわてんぼうね!」
いやいやノーマ、そういうのなら君もあまり負けていないと思うぞ。
もしかしてそういうのが転移竜の特質なのか?
いやジェーンはそうでもなかったな…
などと考えていると、ラサイは麦わら帽子を脱ぐと逆さにして、俺達の目の前まで下げてきた。
「乗せてってくれるみたいです」
「あら、優しいのね」
「じゃあ…」
俺達が帽子に乗り込むと、バサリと大きな音が響き、白い羽毛に包まれた羽が広がって羽ばたいた。
「うおおおおお」
ラサイは一気に上昇して、景色が一望できる高度で止まった。
「広いわね~」
見える範囲いっぱいに、森…おそらくブドウ畑が広がっている。
目を凝らすと、そこかしこで竜達が作業をしているのが見えた。
そうか、そういう事か。
合点がいった。
何故転移竜の一族がブドウ農家をしているのか。
つまり、転移竜の一族じゃないとこのブドウは栽培できないんだ。スケール的に…
「あそこがうちの村です」
森の中心に大きな湖があった。
その湖畔に湖全体を囲むようにして、家々が建ち並んでいる。村と呼ぶには規模が大きい。
「あれ?家が普通の大きさだけど?」
「いやだイオリ様。普段は普通の姿で生活してるに決まってるじゃないですか」
ノーマが照れたように俺の肩を平手で何回も叩いた。
ああ、照れる事なんだ…
ラサイは一気に森を渡ると、そのまま湖の真上まで飛んで、その勢いのまま下降し始めた。
「え?まさか湖に?」
「ちょっと止めて。この服お気に入りなのよ!」
「大丈夫です!ほら」
水面が迫ってくると同時に湖面が波立ち始めて、次の瞬間水中から大きな丸い石舞台が飛び出してきた。
「おお!」
ラサイは羽ばたき一つで速度を一気に落とすと、その石舞台の上にふわりと着地した。
「到着です!」
「へ、ヘリポートみたいなもんか?」
「そうみたいね」
俺とアルページュが顔を見合わせて感心していると、上空から一陣の風が吹いてきた。
「あ、ラサイ待ってえ!」
かなりの慌てっぷりでノーマが頭上に向かって叫んだ。
つられて見上げるとそこにもう竜の姿はなく、気配を感じて視線を降ろすと、そこにはノーマと同じ年頃の、ノーマと同じようにとても可愛い顔つきの、優しそうな、純朴そうな娘さんが立っていた。
なにひとつ身につけずに…
ああ、そういえばノーマも最初は裸エプロンを披露してくれたな、でも最近は転移後でもちゃんと服を着ていたな、ジェーンも変身後はおばあちゃんの恰好だったな、などといろんな思いが瞬時に俺の脳を駆け巡ったが、最後に浮かんできたのが、
『あ、この子はノーマよりも少しふくよかな体つきなんだな…』
というごく素直な感想だった。
「うわあああ!」
ノーマが音速のダッシュでラサイに向かっていき、そのままの勢いで飛びつくように抱きついてその身体を隠すと、
「まわれみぎぃ!」
と大声で俺に向かって叫んできた。
「はい!」
勢いに押されて急いで回れ右をしたが、俺はその直前のコンマ数秒で、ノーマダッシュを受け止めたラサイのノーマよりもさらにひときわふよかなそれが、ぼよんとショックを吸収する一部始終を拝見させて頂いていた。
「あらイオリ、いいもの見させて貰ったわねぇ」
アルページュ、君は素で言ってるのかもしれないが、今は止めてくれ…
「見たんですか?」
ごくごく背後でナイフばりにそう声を突き付けられて、俺はゆっくりと首を横に振った。
「どうしたの?ノーマったらそんなに慌てて」
ラサイの声は、見た目通りの純朴そうな声だった。
ノーマの深いため息が、首筋を触った。
「ラサイ、服は…」
「え?お家に置いてるけど」
「はああああ…」
今度のはさらに深いため息だった。
「…これ使って」
鎖が揺れるような小さな金属音がした。
「え?これダンメルト魔石じゃない!こんな高いものいいの?」
「あら、ノーマそんなの使ってたのね?」
「イオリ様と初めてあっちに行った時にちょっと大変だったんで、エルブジ様がいくつか持たせてくれたんです。皇室の備品です」
「へえ、さすが皇室ねぇ」
それからちょっとの間があって、
「いいですよ」
の声に振り返ると、服を着たラサイがニコニコしながら立っていた。
「えーと、私の幼馴染のラサイです」
「いつもノーマがお世話になってます」
ぺこりと頭を下げたラサイの胸元で、揺れたペンダントの石が紫色に光っていた。
あれがダンメルト魔石か?なるほどそうか…そういう感じのね…機能ね…
エルブジめ、要らんことを…
「あ?」
俺の心を見透かしたかのように、ノーマが紗友里ばりの睨みをきかせてきた。




