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問題が一気に解決して、チーズ作りがいよいよ本格的に始まった。
「専用の部屋を用意しました」
ヒシャが案内してくれたのは、紅茶研究室の隣のドアだった。
「うえええええ!」
入った途端にミラから悲鳴にも似た叫びが上がった。
いいぞミラ、新鮮な反応だ。
気持ちはわかる。ドアの中にはシュタイラーの工房よりも広い空間が用意されていた。
真ん中の仕切りで、空間は2つに分かれていた。
「天井に効果打ち消しの魔法陣を仕込んでおきましたので、この部屋の時間は基本的に正しく進んでいます。で、仕切りの向こう側ですが」
ヒシャが仕切りの扉を開けると、床に大きく書かれた魔法陣がすぐに目に入ってきた。
「即席なので不恰好な魔法で恥ずかしいのですが…」
大丈夫です。どう恥ずかしいかは全くわからないから。
「これでこの場所の時間は自由に進み方を変えることが出来ます」
ヒシャの説明に、全員、ノーマさえもが思わず息を呑んだ。
軽く言ってくれているが、多分誰もが熱望したであろう夢の魔法が、ここに施されている。
(見た目)女子中学生の手によって…
「遅めることも?」
「遅めることも」
「早めることも?」
「ゼロから百まで自由です」
百というのがどういう単位なのかは全くわからないが、とにかくすごい。
「最速にすれば、三日で一年位は経過するはずです。魔法陣作動中に部屋に入ると不必要に歳をとっちゃいますから気をつけて下さいね」
とっさに計算は出来ないが、とにかくすごい。
ミラが少し狼狽えた顔で見上げてきた。
俺が作った笑顔は今回は無視される事はなく、ミラは、
「異世界、すごい」
と見開いた目を向けてきた。
そして何かを思いついたのか、もう一度床の魔法陣をじっと見つめた。
「ノーマ」
「なに?ミラ?」
「この部屋に何日かいたら、私もノーマみたいになれるかな?」
その質問が何を意識しての事なのか俺は追求しなかったが、ミラは明らかに自分の胸元を見ていた。
「あ、え、あ、ええ?いや〜」
狼狽えて俺を見ても無駄だぞ、ノーマさん。
「ミラ、そういうのは自然に任せて。人それぞれだから。個性があるからこそ美しいの」
アルページュのナイスフォローが入った。
「そうよね、イオリ」
その確認は要らないぞ。
「そうですよ!大丈夫ですよ!これからが成長期なんですから!」
「ヒシャが言っても説得力を感じないんだけど…」
それは同感だ。
「とりあえず必要なものを教えて下さい。あとでトトトコはこっちの部屋に移しますね」
「カードを入れる大きなバットがいる。あ、あと作業台の高さって…」
「大丈夫です。全部ミラさんに合わせて用意しますよ」
ミラとヒシャが本気ミーティングを始めた。そして、
「カードをカットするために一回集めてから…」
「なるほど、粒の大きさが鍵なんですか、ふんふん」
直ぐに二人の世界に入ってしまった。
かなり相性が良かったようだ。
「ミラ、楽しそうですね」
ノーマは微笑ましく見守っている。
「私達の入る隙はなさそうね〜」
アルページュものんびり口調だ。
「二人とも、のんびりはしてられないぞ」
「え?」
「なに?」
二人が同時に反応した。
「チーズは目処がたったが、あともう一つあるだろう」
「そうか、そうですね」
「白ワインね…さてどうしたものかしら」
アルページュが腰に手をあてて、困ったポーズをとった。
「ふふふ、大丈夫。目処はある」
「そうなの?」
俺が浮かべたドヤ顔に、アルページュが思いっきり訝しげな顔を浮かべた。
「実はノーマの実家はフドウ栽培農家なんだ」
「あ、覚えててくれたんですね!」
「当たり前だ」
俺はドヤ顔のドヤ度をさらに追加した。
「あ、でも…」
「ん?どうしたノーマ?」
ノーマがバツの悪そうな顔を浮かべ、頬を指先で軽く掻いた。
「今って、ブドウの収穫時期じゃないですけど…」
「へ?」
アルページュがその訝しげな表情の訝しさ度を、目いっぱい追加した。




