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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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24

 手に入った牛乳は大きな壺に十本。


 大きさ的にはミラの工房で使っていたミルクタンクとさほど変わらないので、おそらく一壺に四、五十リットルくらいだろう。壺は見た目は陶器っぽいが、触ると金属っぽい質感で、お姉さんによると、気球の上から落としても割れませんよ!との事だった。

 壺の蓋には魔法陣が書いてある。

 この壺自体が、時間保管庫なのだ。


「こんなに貰っていいのか?」

「何言ってんだ、こんなのさっきの搾乳量の十分の一にもならないんだから」

 セザンがケラケラ笑っている。


「ありがとうございます!勉強になりました」

 ミラがペコリと頭を下げるとチュードも帽子を脱いで深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそです」

「え?」

「お聞きいたしました。シュタイラー様のお孫さんだそうで」

「え、おじいちゃんの事知ってるの?」

「この世界のブレド酪農家でシュタイラー様の名前を知らない者はおりませんよ」


 乳の出を良くする飼料配合、牧草の管理、ストレスを溜めない飼育環境等『シュタイラー式』はいまや酪農家のスタンダードなのだときいて、ミラの目が少し潤んでいた。


 ちょっと行った事がある的な感じで言ってたが、すごいじゃないかあの爺さん。

 

 少なからず俺も感心した。


 だからヒシャがミラと対面して、

「ええ!シュタイラーさんのお孫さんですか!」

と驚いても、なるほどそうだろうな、としか思わなかった。


 そしてヒシャが懐かしげに、

「この研究用の制服は、シュタイラーさんに頂いたものなんですよ!」

とジャージを摘んでも、なるほどそうだろうな、としか思わなかった。


 当のミラは、

「おじいちゃん、日本のアニメが好きだから…」

と顔を真っ赤にしていたが…


「実はちょっと問題があって…」

 感動の対面が終わったところで、俺は本題をヒシャにぶつけた。


「乳酸菌と凝乳酵素、ですか…」

「何か心当たりはないかな?」


 話を一通り聞いたヒシャは、ノーマが淹れたミルクティーを一口飲んで「おいし」と呟くと、目を瞑りぶつぶつと一人ごとを始めた。


「えーと、あれはたしかブロメールの実が不作だった年の、いや違う…メサメサが鳴かなくなって苦労した春の、違うかあ…トトトコの大発生…うーん…」


「何を言ってるんですかね?」

 ノーマが不思議そうに聞いてきた。

「うーむ…」

「きっと二千八百年分の記憶をたどってらっしゃるのよ」

アルページュが推理した。

「なるほど…トトトコってなんなんだ?」

「…ごめんなさい…知らないわ」


「うーん、いや、うーん」


 コソコソ話す俺たちをよそに、ヒシャは暫くの間百面相を続けていたが、ふとミラを見て、

「あ!」

と顔を明るく変えた。


「そうでした!シュタイラーさんが来た時のあれだ!」

「なに?」

「どれ?」

「どれですか?」

「なに?おじいちゃんが?」


「えーとお、たしか…」

 

 誰かがゴクリと喉を鳴らした、


「嫁狂い!」


「なんだそりゃ!」


 すかさずノーマがミラの耳を塞いでいた。

 ナイス判断!グッジョブノーマ。


「…それってもしかして、ヨーグルト、のことかしら?」

「あ、それです!」


 当時シュタイラーがヒシャを訪ねてきたのは、乳の加工品としてヨーグルトを作れないかという相談が目的だったらしい。


「もちろん、魔法治安機関には内緒での行動でした」


 なかなか攻めてるな、爺さん。


「それで、それは成功したのか?」

「いえ、それが全然駄目で…」

「そうか…」

 

「ヨーグルトとカードは似てるけど使用している乳酸菌が違うよ。そもそもヨーグルトにはレンネットが入ってないから」

 ミラが説明してくれた。


「あーなるほどね、そういうことなんだ」

 

 ミラの説明に、ヒシャがなにか合点がいった顔を浮かべた。


「とりあえず、見てみますか?」

「え?」

「その時ヨーグルトは上手くできませんでしたが、実験は時折続けてるんですよ」


 ヒシャが案内してくれたのは、あのダンジョン…研究フロアだった。


「ここです!」

 

 それは、例のヘチマのようなものの大群が天井からぶら下がってゆらゆら揺れている部屋だった。


「トトトコです!」


 意外とあっさり会えたな、トトトコ。


「自然界のトトトコは、超大型動物のお腹にくっついて雨の後に流れ落ちてきた水を分解して吸収する、そういう動物なんですが…」


 雨露で生きるとか、なかなかつつましげな…え?動物なのこれ?


 ヒシャにお願いされて、俺は手を伸ばしてトトトコを一匹掴んだ。

 意外にもその手触りは柔らかくて暖かい、そして、ずっしりと重い。


「引っ張って外して下さい」


 言われるまま引っ張ると、トトトコはあっさりとくっついていた弦…いや触手か…を天井から離して、クルクルと巻き取った。

 よく見ると、頭の部分が蓋のようになっている。

 ヒシャにトトトコを渡すと、ヒシャは躊躇することなく蓋に手をかけて開けた。


「ごくごく稀に、乳房にくっついて雨水の代わりに子供が飲み零したお乳を吸収する種がいるんですが、吸収のプロセスでお乳を分解するんです。それが発酵分解なんじゃないかと踏んで、実験をしたんですが…」


 ヒシャはテーブルに置いてあったボウルの上で、トトトコを逆さにした。


「あ!」

 叫んだのはミラだ。

 

 トトトコの口から勢いよく飛び出してきたのは、白色の液体と同じ色をしたゼリー状の個体、だった。


「こんな感じで、なんか塊にしちゃうんですよ」


 しちゃうんです、なんて言っているが、ヒシャの態度には確信めいた自信が見える。


 ミラが恐る恐るボールの中身に手を入れた。

 少しかき回して、塊を手に取り、指で感触を確かめる。


「これ、カードです…」


「やったぁ!」

ノーマが飛び跳ねて喜んだ!


「いずれ役に立つこともあるはずなので、実験は続けていてもらえませんか」

 ヒシャがニンマリしながら言った。


「シュタイラーさんの言葉です」


 くそ、本当にやるなぁ、爺さん。

 

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