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よおし!フラグは立てきったぞ。
あとは回収だ。
「私の故郷でもブレドを飼ってるお家があったんですけど、一度寝返りで大変な事になってましたよ」
「ああ、寝返りは気をつけないとね。うちは防止策として熟睡できるように餌の配合を…」
だからフラグは立てきったって…
「着きました」
突き当たった扉をチュードが開いた。
暖かい空気と明るい光が扉から漏れてきて、眩しさに思わず目を閉じた。
手探りで中に入ると、踏み込んだ足に柔らかい草の感触が触れた。
少し慣れてきたぞ、よし、目を開けるか。
目を開けて、まっすぐ前を見た。
そこに、黒い山がそびえていた。
いや、山じゃないな、これはもう山脈だ。
「ちょっと、止まらないで進んでよ」
ミラが俺を押しのける様に前に出て、
「ヒッ」
と息を呑んでそのまま固まった。
広い、とてつもなく広い牧草地…っぽい。
とても地下とは思えないような、そうか、ヒシャの森と同じようなからくりで牧草地を丸ごと持ってきてる…のか…な?
おそらく何もなければ素直にそういう感想にたどり着くのだろうが…
目の前にいるそれで、それを判断する為の資料は視界の最下部、それの足の間から見える景色のみに限定されている。
「相変わらずでかいなぁ」
セザン、それは俺達の世界だと、せいぜい象かキリンを見た時のお気楽な反応ですよ…
目いっぱい見上げても、黒山の山頂、あの特徴的な鰭は見えない。
右を見た。黒山が続いている。
左を見た。黒山が続いている。
左の黒山が、動いた。
あー、あそこって頭か。
角が見えた。
角ってあんなジャンボ旅客機よりもデカいものだっけ?
「確かブレドって寿命いっぱいまで成長し続けるんでしたよね」
「その通り。なかなか詳しいですね。しかも寿命がとても長い生き物で」
「この子っていくつなんです?」
「ああ、この子はまだ若くて、今年で百二十歳ですよ。人間で言うとそうですね、二十五歳の娘さん、てところです」
「じゃあアルページュと同い年くらいだ」
ノーマに振られたアルページュは、しかし返事を返さなかった。
返せなかった…が正しい。
それはそうだ、体長(推定)一キロ近い生物と同い年と言われても…
「なんで驚いてるの?セルパの方が大きいでしょう?」
「いや、セザン、そうは言うけどな…」
平べったくて土地がそのまま飛んでいるようなセルバと比べると、体も丸っこくてしかも四足歩行しているこれは質量感がまるで違うぞ。
言い換えよう、威圧感と脅威感がケタ違いだ。
「これって、もしかして、怪獣?」
ミラが言った。
ブレドがゆっくりと歩き始めた。
同時にズシンと地面が揺れた。
ミラ、正解だ。
「凄おおおい、かっけー!」
「えええ?本気か?ミラ?」
ミラの目がまた星になっていた。
そうか、この子は竜ノーマも『かっけー』と評価したんだった。
「ああ、ちょうど午後の搾乳時間のようですね。どうです?せっかくですから乳しぼり体験でもしていかれますか?」
そんなほのぼのファミリー牧場的なイベントが可能なのか?
「あ!やりたいやりたい!」
「わたしも!」
ノーマはともかく、ミラの順応性には特別な才覚を感じる。
「私は見学しておくわ…」
「あ、じゃあ、俺も…」
「は?」
ノーマさん、そこは突っ込まないで。別にアルページュと行動を共にしたいとか、そういうんじゃないから。
結局、俺とノーマとミラの三人でファミリー乳しぼり体験をすることになった。
「気をつけてくださいね。動きはゆっくりですが、踏まれると即死ですからね」
「ぺちゃんこどころか地面と一体化しちゃうな。はははは」
農場勤務組は、あくまでも平常運転でとんでもないことを口走っている。
ブレドが進む先に人だかりが見えた。
チュードと同じ制服、間違いなくここの職員達だ。それがだいたい三十人位。
そして人だかりの中心には、気球が浮かんでいた。
なるほど、いやー、なるほど。
ブレドは気球の近くまで行くと、その歩みを停めた。
よく飼い慣らされている、のは間違いない。
チュードは何やら職員達と打ち合わせをすると、
「ではお三方、こちらのゴンドラへお乗りください。乗り込んだら命綱を腰に結びますので…」
と、あいかわらずの笑顔で呼びかけてきた。
命綱の必要な乳しぼり体験とか初耳なんですが…
「お子様の手はしっかりと握って離さないようにお願いしますね」
同乗した女性職員が慣れた手つきで全員に命綱を巻いてくれた。
もしかしてこれってスタンダードなアクティビティだったりするのだろうか…
ゴンドラの真ん中に梯子がぶら下がっている。
見上げると、梯子は気球の中を通って天辺の穴に繋がっていて、その穴の先には、木で組んだ足場のようなものが見えた。
なるほど、いやー、なるほど。
なんで俺は高所恐怖症じゃないんだろう、と本気で後悔した。




