21
セルパを見たミラは、腰を抜かさんばかりに驚いた。
いや、実際にペタンと尻もちをつくと、無言のまま隣のノーマに抱きついた。
「怖くないから大丈夫」
ノーマが頭を撫でると、安心したように頷いた。
なんか姉妹みたいだな…微笑ましい。
この世界に戻ってくる時、竜に変身したノーマの姿を見たミラから飛び出したのは、
『か、かっけー!』
という大称賛とキラキラの視線だった。
それからミラは妙にノーマに懐いている。
今もノーマからセルパの説明を受けながら、二人手を繋いで前を歩いていく。
「どうしたんだノーマ?もうイオリの子を産んだのか?」
セザンが相変わらず体育会系のノリで出迎えてくれた。
「え?あ、いや、そうじゃなくて、えーそう見えますー!そんなあ、えへへ、あ、この子は、ミラと言って、イオリ様のお客様というか、あちらの子で…」
「わかってる。冗談だから」
軽口をガチ受けされて逆に恥ずかしくなったのか、セザンの方が赤くなっている。
「で、今日はなんの要件なんだい?」
「それなんだか…」
帝国に戻った俺達はまず牛乳を調達する事にした。
実験するにせよなんにせよ、まず原料がない事には、と意見したのはミラだ。
それに全員が同意した。
『となるとまずはセルパかあ』
『うーん…」
ノーマが頭を捻った。
『でも私、あそこでブレドって見た事ないんですよね…』
「こんなところでブレドなんて飼えるわけないだろ!」
セザンが高らかに笑った。
「やっぱり。ですよね〜」
ノーマもケラケラと笑っている。
いや、君達にはあるあるかもしれないが…
「そんな事したら、重くてセルパが落ちるって!」
どんどんブレドがスケールアップしていく…
「あればっかりは地上の専用牧場で育ててるんだ。ちょうど飼料を届ける便があるから送っていくよ」
セザンがそう言うと、セルパがゆっくりと動き始めた。
実はこいつ、俺達の言葉を理解しているな。
気になるのは、俺達のやり取りをじっと見ているだけのアルページュだ。
なんかやけにおとなしいような…
というよりは、硬くなってるような…
いつものふんわり感がないような…
「もしかして、緊張してるのか?」
「イオリはブレドを見た事がないからそんな平然としていられるのよ」
若干批判的な色の視線を貰ってしまった。
そうか、当然ながらアルページュはブレドを見た事がある、もしくは詳細を知っている、のか。確かシュタイラーがブレドが無理と言った時も咎めてはいなかった。
ブレドっていったい…
「見えてきたわよ」
前方の草原に牧場らしき施設が見えてきた。
遠くからでも分かる高い柵に、木造校舎のような建物が一つだけ、そして柵の中を歩く動物の群れ。
「ん?あれ?」
おかしい、想像と違う。
確かに柵は普通の牧場よりはかなり高いが、せいぜい動物園の象の柵位だ。
そして歩いている動物も、それに合わせた大きさ…本当に丁度象位の大きさだ。
「え?そんなもん?」
思わず言ってしまった。
セルパは牧場に近付くと、舌を伸ばして建物の二階部分に繋がる通路を作ってくれた。
「さあ、ついたわよ!」
セザンに続いて通路を歩きながら牧場を見下ろすと、歩いている動物…ブレドの姿がよりはっきりと確認出来た。
黒い肌、長く曲がった角、乳牛というよりはどちらかと言えば水牛に近い…か?
いやいや、さすがに水牛の背中にはああいう縦一列の大きな鰭は生えていないか…
鰭は太く伸びた円錐状のしっぽの先まで続いている。
確かに初めて見る形だし、かなり大型の動物だが、そんなに騒ぐほどか?
「ブモオオオオオ」
ブレドが一声上げた。なるほど牛っぽい。
しかも体に似合わず小さくてつぶらな黒い瞳がなかなかに可愛い。
「うわー可愛い!」
ノーマが叫んだ。
うんそうだね、確かに可愛い。
そうかそうかあれがブレドか…アルページュもシュタイラーも何を怖がってるんだ。
「ちょうど繁殖期だからな。子供達を上に出して日光浴させてるんだ」
ん?子供達?
「じゃあ、あれって?」
「そうだな、多分生後一週間てところかな!」
「きゃあ!」
アルページュが諭すように俺の肩に手を置いた。
ああ…そうだよな、そう来なくちゃ…
「どうですか?かわいいでしょう!」
優しそうな中年男性が出迎えてくれた。
薄緑の作業服っぽい制服、間違いなくここの飼育員だろう。
「チュード、お客様。乳が欲しいそうよ」
「どうもどうも!ここの飼育員をしておりますチュードと申します」
自己紹介をしながら1階に降りると、仕切りの無い空間が広がっていた。
牧草が一面に敷かれている点を覗けば、飛行機の格納庫的な感じだ。
牧草地側にある今は開きっぱなしの大きな扉が、子供達の出入り口だろう。
そしてその反対、建物の裏手側に、閉じられた同じ大きさの扉がある。
「今は繁殖期ですから、いい乳が出ていますよ」
チュードはにこにこしながら、裏手扉の脇にある人間用のドアを開けた。
やっぱり…
想像した通り、その先には地下へと続く階段があった。
帝都のマジカルプロムナードへの通路を思い出した。
きっと隣の大きな扉の先にも地下へ続くデカい通路があって、子ブレド達は夜になると親が待つ地下へ帰るのだろう。
「ブモオオオオオオオオオオオオ!!!!」
通路の先から鳴き声が響いてきた。
さっきの鳴き声とは明らかに違う大きさと迫力、周りの空気がビリビリと震えている…
ミラが青ざめた顔でノーマの後ろに隠れた。
「大丈夫、怖くないから」
ノーマ、さすがに今は説得力を感じないぞ…
「さあどうぞどうぞ!帝都自慢のブレド牧場、しっかりとご堪能下さい」
チュードの笑顔に影が差しているように見えた。
これは招待なのか?それとも誘い込んでいるのか?
アルページュが再度俺の肩に手を置いた。
今度の手は、小刻みに震えていた。




