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低能な料理番  作者: ミツル
第一章 異世界への招待
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 衝撃は俺の身体全体を襲った。

 思わずのけ反りそうになったが、それはそのまま俺の中に浸み込むように飛び込んできた。

 飛び込んで、ぶわりと広がって、内側から俺を丸ごと包み込んだ。


 これはなんだ?

 

 脅威は感じない、むしろ心地良い。


 これは…つまりあれか?

 

 わかった。これは、感情だ。

 理解できたわけではなく、そう感じた。強い感情が俺の体全体に染み渡ったんだ。


 感じた途端、胸が熱くなった。


「あれ?え?」

 

 涙が頬を伝った。

 泣いているのか、俺…


 俺は感情の正体に気付いた。

 

 俺は今、猛烈に感動している、のだ。

 でも、なんで?

 

「あ!」

 ノーマが声をあげた。

「やべ!」

 らしくない言葉を続ける。


 涙を拭いながら見返すと、ノーマは真っ赤に染めた顔を慌てて俯かせた。

 小さく「ひゃー」と吐き出す。


 ひょっとして、もしかして。


「…今のは…ノーマの?」


 ノーマはほんの小さく頷いた。


「私の…感情です」


 やっぱりそうなのか。

 

「俺、今なんかすごい感動してるんですが…」

「…ですよね」


 ノーマが上目使いで、俺を見ている。なんかひどく恥ずかしそうだ。


「…あの、実は私は…私の一族は転移竜で…」

「いや、それはもう今更なんで」

「でですね、私達は異世界へ転移することだけがその力というわけでなくて、転移そのものが私達の力というか、それは能力のほんの一例なわけで…」


 ノーマの言っている事はしどろもどろで理解し難い。

 が、フルに頭を回転させて、俺は答えを導き出した。


「…それってつまり、なんでも転移できるってことなのか?」

 

 ノーマはほんの小さく頷いた。


「あ、でも全部というわけじゃないんです。私達自体のテリトリー…体の中にあるものに限られるんですけど…」


 なるほど、だから俺は転移の度にパックリされちゃったわけだ。


「それで、それは物や生き物だけでなくて、認識できる概念さえあるものならば、実態がなくてもそれを飛ばす事が出来ちゃうんです、ですから…」

「あ…なるほど」


 わかった、もうわかったぞ。

 

「今、ノーマの“感動”が俺に転移された、てことだ」

「…その通りです」

「すげぇな」

「でも、なんでもかんでも好きなように飛ばせるというわけではなくて!」

 

 ノーマは慌てて両手を振って否定した。


「私はまだ若くて熟練が足りないので、目に見えないもの、特に感情や意志のような曖昧なものは私自身の感情がとてつもなく高ぶった時に、目の前の人に無意識で飛ばしてしまうというか、つまりは、そのお…すみません!」


 ブン!と音がする程に頭を下げるノーマを見て、俺は感動していた。

 これは、俺の分の感動だ。

 つまりノーマは俺の料理を食べて、無意識に自分の感情を転移してしまう程にとてつもなく感動してくれた、というわけだ。


「謝らなくていいよ。いや、むしろ感謝しなくちゃいけないのは俺の方だ。そんなに喜んでもらえて、料理人冥利に尽きるよ。ほら、冷めないうちに食べな」

「すみまふぇん」

 

 涙目の笑顔が、パスタを頬張る。

 見ているだけで、こちらが幸せになる。


「あの、ほれ、なんて料理なんでふか?」 

 ほっぺがリスのようだ。


「ああ、ペペロンチーノ、基本的なパスタ料理だよ」

「ふぉんとうに、メチャメチャふぉいしいですぅ」

「これには別名があってな。“絶望のパスタ”って呼ばれてるんだ」

「ふえ?ふぉんな美味ひぃのに?」

「まともな食材が買えないような絶望的状況でも、たった三つの材料で作れてしかも美味い。それでそう呼ばれてるんだ」

「へえー」


 会話の間に、ノーマは一皿をペロリとたいらげた。ちょっと物足りなそうに見えた。


「…まぁ、俺の最後の料理にはお似合いかもなぁ…」

「え?どういう事ですか?」

「あ!」

  

 今度は俺がしまった!という顔をする番だった。思わず口が滑ってしまった。


「最後の料理って、いったい、どういう事ですか?」


 鬼気迫る顔でノーマが身を乗り出してきた。


「いや、近いって!」

 顔を背けたが、頬にノーマの鼻息がかかる。


「ど、う、い、う、事、で、す、か?」

 鼻息がかかり続ける。


 真実を話さないと、この竜はそのうち火でも吐くかもしれない…


「…いや、隠すつもりはなかったんだけど」

「正直に話しなさい!」

 俺のため息は鼻息で掻き消された。

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