18
「は?異世界?何言ってんの?」
ミラは胡散臭そうに俺を見上げている。
子供らしい、物怖じの無い豊かな表情だ。
まぁ、そうだと思う。それが正しい反応です。
事情を説明したのが初対面の俺だったのも悪いのだろう。
「私そんなたわ言に付き合ってる暇はないの。ウリアおばちゃん、あの子連れて帰るね」
あの子というのは、家の横にいた乳牛の事だ。
実はここはミラの家が経営する牧場の敷地内で、あの牛はそこの乳牛だった。
放牧中に群れから離れてはウリアの元を訪ねてくるのが癖らしい。
「ちょっと待ってミラ。あなた今から工房へ帰るの?」
「うん。もちろん。今日はこれから仕込みをしなくちゃいけなから」
仕込みだと?
俺と同様にアルページュも目をきらりと光らせた。
アルページュがしゃがんで視線をミラに合わせた。
「ねえミラ。よければ今からその仕込みを見せてもらえない?邪魔はしないから」
「うん、いいよ」
「あのお姉ちゃんとおじちゃんも一緒にいいかな?あのおじちゃん、ああ見えて腕のいい料理人なのよ」
おじちゃん…ああ見えて…
ノーマ、そこは笑うんじゃなくて怒る所だぞ。
「えー?まあ、別にいいけど…アル姉ちゃんの頼みなら…」
俺のありったけの愛想笑いは、ジト目で打ち消された。
牧場の敷地はとてつもなく広いようで、ミラの工房までは歩いて一時間近くかかるらしい。
道中、アルページュがミラについて教えてくれた。
「この牧場はね、もともとミラのおじいさんがお一人でやっていたらしいの。ただもう随分お年で体力も弱っているから、今はミラが手伝っているのね」
「親御さんは?」
「うちの父さんと母さんは、牧場の仕事に興味が無いの。二人とも役所に勤めてる」
「へえ、大変だな」
「別に、私が好きでやってるから」
「君はいまいくつなんだ?」
「女性に歳を聞くのは失礼だって言われなかった?…十歳よ」
おお、テンプレな反応が新鮮だ。ヒシャと比べるのもなんだが…
「その年で自分の好きな仕事がもうあるなんて、すごいなぁ、うらやましい」
少し愛想も込めての言葉だったが、隣のノーマに、
「え?イオリ様はそうじゃなかったんですか?」
と言われて気付いた。
そうだった。俺も小学校の卒業文集に、
『将来の夢 僕の夢は世界一の料理人になる事です。その為にまずは一流レストランで一流の料理人について修行して…』
と書いたクチだった。
まぁ、俺の子供の時に比べると、ミラは図分しっかりしてるけどな。
「ねえ、おじちゃんってまさかアルお姉ちゃんの彼氏なの?」
「違います!」
ノーマ、相手は子供だ。本気で怒らない。
「じゃあ、お姉ちゃんの彼氏?」
「え、あ、いや、それも、違うと言えば違うんだけど。まぁ、でも、それは、えーと、どうかなぁ」
ノーマ、相手は子供だ。本気でモジらない。
「…ふーん」
ミラが俺をじろじろと眺めた。
「まあどっちにしても、めっちゃ不釣り合いだと思うけどね」
本当しっかりした子供だな、おい。
「あら、私はイオリの事好きよ」
止めろアルページュ、相手は子供と竜だ。
「ぐるるる!」
ノーマも唸るな。
などと楽しい(?)会話をしているうちに、建物が見えてきた。
これまた絵本に出てきそうな古い木造の家屋と、大きな木造の平屋。平屋は大きさからすると牛舎だろう。
その隣に、それとは不釣り合いな近代的なプレハブ建築の建物が見えた。
それほど大きくはないが、下町の工場程度はある。
「あれがうちのチーズ工房よ」
おじいさんと少女の二人で作るチーズと聞いて、なんとなく勝手に掘っ立て小屋的な建物をイメージしていたが、なるほど、これは『工房』と呼ぶにふさわしい。
工房の前に人が立っていた。
「お帰りミラ。お客さんかね?」
「ただいまおじいちゃん。見学希望の人」
これもまたなんとなく、大柄で立派な髭を蓄えた寡黙なおじいさんを想像していたのだが、ミラの祖父は細身で上品そうな、いたってスタンダードな老人だった。
「お久しぶりですシュタイラーさん」
「おお、これは絶世の美女のおこしだ。元気だったかいアルページュ」
なかなか口が回る方のようだ。
両手を広げて歓迎のポーズをとったシュタイラーは、ノーマに気付くと「ほう」と嬉しそうに呟いた。
「こちらのお嬢さんも負けず劣らず美しい。こんな美女二人が訪ねてくるなんて長生きはするもんだな」
そう喜びながらノーマとアルページュの後ろに回って二人の肩に手をまわした。
ちょっと待てこの爺さん、ずいぶんお年で体力も弱ってるんじゃなかったのか?
「私達自慢のチーズ工房、是非見学していって下さい!」
そう言うとシュタイラーはノーマに向かってウインクをした。
「特に君には初めて見る物ばかりで面白いはずですよ」
ちょって待てこの爺さん、今何を言った?




