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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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14

 俺とアルページュは、ヒシャ家のキッチンにある時間保管庫を覗き込んでいた。

 

 入口が大木の根元にある洞である以外は、少し古めかしいがなかなか広くて使い勝手が良さそうなごく普通のキッチンだ。


「メリルの卵でしょ、ブレドの乳に…」


 要は卵と牛乳はある。


「砂糖は?」

「これじゃないかしら?」


 アルページュが棚から蓋付きの陶器瓶をとった。

 蓋を開けると、サラサラとした大きめの粒をした砂糖が入っていた。


「エルブチ糖ね。水分が少ないからグラニューの代わりになるわ」

「…なるほど、となると…」


 俺はテーブルの上に置かれた紅茶の瓶を睨みつけた。

 

 これがヒシャから出された『お題』だ。


 最終工程の温風乾燥庫に入った紅茶が完成するまで約四十分。

『それを待つ間に、紅茶を使った美味しいお菓子を作れますか?』と。


『それと引き換えに、時間操作魔法陣の詳しいお話をお聞かせしますよ』と。


 色々な意味で、断れない依頼だ。


「作れますか?なんて、ずいぶん舐められたものねぇ、ふふふ」

 あくまでも口調は穏やかだが、アルページュも燃えているようだ。


「あの、なんとかなりそうですか?」

 入口から顔だけを覗かせて、ノーマが心配そうに見ている。


「ああ、なんとかなりそうだ」

 俺が応えると、ノーマは嬉しそうに笑った。


 その笑顔の下から、ひょっこりとヒシャが顔をつき出してきた。

 こちらも笑顔だ。

 ただノーマと違って、嬉しそう、なのではなく、楽しそう、なそれだ。


「なにか必要なものってありますか?」

「そうですね…」

「強い熱がでるヒルム板てあるかしら?そうね、バルトムの炎程度のがいいわね」

「ご用意します」


 気になるなあ、バルトム…


「あと、穀物の粉が必要です。コーンスターチてのは?」

 アルページュが首を横に振った。

「小麦粉ならありますよ」

「じゃあそれで」


 直ぐにヒシャがヒルム板と麻袋に入った小麦粉を持ってきてくれた。

 ボウル、鍋、茶こしに、木べら、道具類もなんとかなりそうだ。


「あら、これ素敵ね」

 アルページュが水屋の中から皿を一枚取り出した。

 純白で楕円の、丁度アルページュの顔が隠れる位の大きさのココット皿だ。

 因みにここまで俺はアルページュに何を作るかは一度も伝えていない。

 だがアルページュが選んだ皿は、俺が思い描いていた皿そのものだった。


 相変わらず出来る娘さんだ。


「よし、じゃあやるか!」

 

 掛け声と同時に、アルページュは卵を割って卵黄を取り出し始めた。

 俺もすぐに牛乳を鍋に入れて火にかけた。

 そしてそこに、ヒシャの紅茶をどっさりと入れる。


 煮出す。


 あっという間に牛乳に紅茶の色と香りが溶け出していく。

 充分に煮出したら、茶こしで茶葉をこしながら別の鍋に紅茶牛乳を移す。


「出来たわ」

 アルページュが卵黄と砂糖と小麦を混ぜていたボウルを差し出してきた。

 泡立て器が無いのに、木べらだけで完璧に仕上げている。

 

 紅茶牛乳をそこに半分注ぎ、素早く混ぜる。混ざったら、素早く元の鍋に戻す。


 ここからが勝負だ。

 

 火は弱火。

 とにかく混ぜる。 

 温度が高くなりすぎると、卵成分が硬くなって滑らかさが殺される。

 火加減に注意しながら、とにかく混ぜる。

 全体を掬い上げる様に、とにかく混ぜる。


「…きた」


 木べらにかかる抵抗が、どんどん重くなっていき、全体がクリーム状に変化していく。


「いい感じね」


 全体がもったりとしてきたら火を止めて、ココット皿に移す。

 表面を均して…


「うん、オッケーだ」

「味見は大丈夫なの?」

「ん?ああ…必要ない」

「へえ、自信があるのね」


 いえ、あるのは支障だけです…


「本当は冷やしたいところなんだが…」

「冷やしましょう」


 アルページュが引き出しから取り出したのは、模様のように小さな魔法陣がいくつも書かれた薄くて丸い布だ。

 それで皿を覆うと、アルページュは呪文を唱え始めた。


「プレニ・チュード・フランツェン」


 直ぐに布全体から冷気が発せられ始めた。


「ちょっと強いかしら…ダコス」


 ふっと一瞬布が踊り、流れ出てくる白い冷気が減った。


「便利だな、これ」

「そうかしら。わざわざ呪文を覚えておかないと使えないなんて、面倒だわ」


 それも一理あるような…


「すみません。今のところ無詠唱で発動する魔法の実験は失敗続きで…」


 振り返ると、ヒシャが出来上がった茶葉を手に申し訳なさそうに立っていた。


「お菓子、できたんですか?」

「いや、まだ仕上げが残ってますよ」


 俺は布を取り、均した表面を覆う様にエルブチ糖を振りかけた。


「ドゥオーモ・ドゥオーモ・シュマッツ」


 すかさずアルページュが呪文を唱えながら、やっとこで掴んだヒルム板をかざした。


 バルトム級の熱が表面の砂糖を溶かし、カラメルが出来ていく。


 数回板を往復させ表面を焼き付けたアルページュが、スッと板を離した。


「我ながら完璧だわ」

と、うっとりとした顔を浮かべる。


 確かに完璧だ。


 褐色の焼き面は少しの焦げ目を伴って香ばしい香りと光沢を放っている。


 その光景を見ていたヒシャが、ゴクリと唾を飲みこんだ。


「とても美味しそうですね。なんというお菓子ですか?」


「紅茶のクレマカタラナ、です。さぁ、食べましょう」


 入口の方からお腹の鳴る音が聞こえた。

 ノーマが今にも泣きだしそうな目で、こちらをじっと見ていた。

 

 ずっとそこにいたんですか?ノーマさん。


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